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対決②

 ローズの足元で、堅い氷を割って、植物が発芽する。ほんの少しだけだった草花が一気に広がっていく。

 あり得ない、なんて言っても仕方がない。タネはどこにあったのかとかこんな極寒の地で草花が育つものかとか、意味のない言葉だ。

 そういうことが出来るのが今のローズ。万能の魔法を描くことのできる、超巨大なキャンバスを完全に支配していることをただ証明している。

 ……同時に、ここで退いてほしいという彼女の意思も感じた。命を拒むように冷たい世界に命を芽生えさせるよりも容易く、俺たちの命を刈り取ることもできる……。だからここで諦めてはくれないかと。

 けれど、そういうわけにはいかない。どこまでやれるか分からないが、分からないなりに足掻くだけだ。さっきは炎の魔法を使ったが、そのせいで氷が溶けている。あまり南極の環境を壊すわけにはいかない。

 『裁きの剣』を構え、戦う意思を示す。と、同時に。ローズのものではない殺気が俺に向けられた。……これはワールドだ。マズい。もしかして、さっきまではワールドの優先順位がサクラの方が上だったから襲われなかっただけなのか?アイツの方に目を向けるのも恐ろしい。咄嗟に空間の裂け目を開けて、中に飛び込んだ。ワールドの舌打ちが、小さく聞こえた。


「こえーよアイツ……」

「おっ。公平サン戻ってきましたね」

「いきなりでごめん。ワールドの傍は危ないからさ」


 その点ミライの傍は安心だ。いきなり肩の上にいる俺を叩き潰したりしないし。


「そんなことより、どう戦いますか」


 ミライが刀を構えて尋ねてきた。その眼はローズから少しも離していない。彼女の傍に来たことで安心してしまったのか、俺も少し緩んでいたな。反省だ。

 俺が距離を取ったことに気付いたのか、ローズがこちらを向いた。強いプレッシャーを感じる。対峙しているだけで身体が震える。


「今のローズとまともにやっても勝ち目は無いだろうな」


 率直な感想を口にする。

 生き物として人間とステージが違う魔女が、更に上の次元の魔法使いになってしまったら、勝てる確率は限りなくゼロに近い。少なくとも普通にやったんじゃあ負けるだけだろう。

 ミライもそれくらい分かっている。その上で、彼女の肩から見える彼女の口元がニッと笑みを浮かべた。


「ってことは、作戦ですね。勝つためには頭を使わないと、ってことですね」

「そういうことだね。今のローズ相手にまともに戦ってられないっての」


 弱点を突くようなアンフェアな戦い方をして漸く勝負の土俵に上がることが出来る。今のローズは無敵と言っていい力があるが、俺が思うに一つ弱点がある。

 どれだけ強くなっても彼女はローズ。本質は変わらない。人間を傷つけることにきっと、躊躇いがある、はずだ。


「俺が接近戦を仕掛けていけば、きっとローズはイヤだと思うんだよ」


--------------〇--------------


「うおおおっ!」


 火が付いた公平クンはやはり、強い。即決で一番イヤな戦い方──接近戦を選んでくる。ミライちゃんの肩から飛び出した公平クンは、ロケットみたいに真っすぐに私に向かって飛んできた。

 エックスは何度も才能がない、と言っていた。事実魔法の才能は薄いかもしれないが、それを補って余りあるほどに戦いのセンスがある。生まれ持ったものではなく、幾度となく死線を超えることで培ってきたものなのだろう。

 けれど今の私には、それに迎え撃つ用意がある。南極の大地に生まれた草花は、私の魔法により成立した疑似生命。命がある。そしてデザインは私の自由。私の思うままに彼らは動いてくれる。

 一つの蔓が公平クンの脚に絡みついた。彼の意識が一瞬、蔓に向き、速度が僅かに落ちた。が、すぐに取るに足らないものと判断を下し、再び私に意識を集中させた。

 それを待っていた。蔓から電撃が走り、公平クンの身体に流れる。


「あああああっ!?」


 ほんの刹那だろうが、公平クンの意識は確かに落ちた。その瞬間に魔法の維持が出来なくなって、落ちていく。意識が途切れたのはほんの一瞬。公平クンは無事に着地をし、私と足元の草花を交互に見た。顔を上げたり下げたりしている。


「こ、こいつら……キャンバスがあるのか……」


 流石ね。エックスに鍛えられているだけのことはある。想定外の事態や自分の常識にない出来事でも一瞬で呑み込んで、理解できるのは公平クンのいいところであり、警戒すべきところでもある。

 命であるならば、魔力もキャンバスも持つようにデザインすることは可能だ。以前の私には不可能な所業だったけれど、今の私にはそれができる。もう一つ魔法を使うための意思を持たせる必要はあるが、それは私がタイミングを合わせればいい。魔法使いの眷属を、私は幾らでも用意できる。この草原の一つ一つの草花が、いつでも魔法を使えるように準備をしている。


「これ以上電撃を受けたくないなら、今すぐに帰りなさい」

「……『メダヒード』!」


 地面に手を突いて炎の魔法を放つ。炎は地面に広がり、草原を焼き尽くさんとしている。

 発想はいい。けれど、大事なことを忘れている。


「……!?」

「炎を防ぐ魔法だって、この子たちは使える。そう簡単に燃やせないわ」

「くそ!これならどうだよ!『未知なる一矢・完全かい……」


 呪文を詠唱するより先に公平クンの立っている場所に槍が投げつけられた。公平クンは咄嗟に後ろに下がり、槍を避ける。


「ち……邪魔するな、ワールド……!」

「邪魔?それはこっちのセリフです」


 ワールドはわざとみたいに足音を立てながら槍に近づいていき、引き抜くと同時に冷たい視線で公平クンを見下ろした。


「虫けら。ローズの説得は私がやります。ウロチョロするなら、先に踏み潰してあげましょうか?」

「『レベル5』!」


 『最強の刃・レベル5』。その発動と同時に公平クンのキャンバスが心の中を超えて現実に広がる。ワールドは『警告』までに留めたが、公平クンは既に『攻撃』を行っていた。殆ど不意打ちだ。詠唱無しで発動した『断罪の剣・完全開放』は、十三本の剣同士が織りなすネットワーク内に、ワールドを既に捕らえている。


「な、この……!」


 なんて危険なことを……。公平クンの顔が青ざめているのは寒いからではないだろう。

 強引にネットワークを引きちぎろうとするワールドだが、動くたびに魔法のエネルギーがその身を襲い、バランスを崩して、倒れてしまう。


「さて……これで、邪魔はなくなったぞ」


 公平クンが『レベル5』をこちらに向けて、私を見上げる。

 ワールドを利用する手もあったはずだ。その方が後々のリスクも少なく済んだと思う。敢えてそれをしなかった。何かを企んでいる。

 警戒するべきは公平クンだけではない。今、彼が確実に使える要素は──。

 背後から、小さくて微かな剣の気配がする。

 派手に動き回って見せて、ワールドを攻撃するところも見せて、私の意識を公平クンに集中させるのが狙い。ならば本命は、魔女化を解いて小さくなり、死角から私の背後に迫った彼女。

 けれど、まだ甘い。蔦がミライちゃんの身体を捕まえて、地面に叩きつける。


「ミライ!」


 振り返る必要はなかった。気配さえ探知できれば、周囲に草原が広がるこの場で、攻撃を防御することも反撃することも容易である。


「今のが、奥の手かしら?」

「──まだだあ!『勝利の剣・完全開放』!『未知なる一矢・完全開放』!」


 巨大な二つの完全開放が、左右から私を襲う。今ならヴィクトリーやエックス……元々の使い手の魔法でも防ぐことが出来る。眷属たる草花を成長させ、守りの魔法を纏わせる。それを幾つも作り、絡み合わせることで盾とすればいいのだ。


「今だ──!」


 公平クンが魔力で脚力を強化する。思い切り地面を蹴って、私の視線の高さにまで跳び上がると、指輪をした手を前にして、「『燦然たる刃』!」と叫んだ。

 エックスが作った魔法の指輪……!自分自身を光の刃とし、限りなく光速に近い速度で放たれる一撃必殺の魔法。両サイドからの攻撃に対する防御で使える眷属はかなり減った。けれどまだゼロではない。多少頼りないが、残った全部を盾として、受け止める。


「だっ!」


 光の刃になって公平クンが真っすぐに突撃してきた。ぎりぎりで間に合った盾が、その一撃を受け止める。


「うあああああッ!」

「くっ」


 ……やっぱり侮れない。エックスが作った魔法というだけのことは、ある……!相当強固な守りだって言うのに……、突き破、られて……!


「だああ……っ!」


 左右からの攻撃を相殺するのと殆ど同時に、公平クンが眷属の盾を突き抜けて飛び出してきた。私を守る草花たちは力を失い、崩れ落ちていく。ここまでやってくるなんて。想定していなかったとは言わないけれど、少し驚いた。

 ……でも。既に公平クンの攻撃に私を倒すだけの勢いはない。辛うじて私の頬を人間の力で殴りつけることが精いっぱいだろうし、それだって、私は攻撃される前に公平クンを掴んで、止めてみせた。

 軽く力を入れると、苦しそうな声を上げる。思わず私は、公平クンをその場に放り投げる。ぎりぎりで防御が間に合ったみたいだけれど、苦しそうなのは変わらない。


「い、ってえ……」

「……ほら。貴方たちの全力の攻撃だって、私には捌ききれるんだよ。だから──」

「どうしてさっき握り潰さなかった……!」

「えっ」

「できた、はずだ!それでローズの勝ちだ!なんで、それをしない!」

「……私は、貴方たちを殺したいんじゃないの。ただ諦めてくれたらそれで」

「だったら殺せ!殺されるまで諦めねえからさあ!」

「……!」

「草原はかなり消えた。今なら……!」

「分かった」


 公平クンの言葉が止まった。強がりの言葉?虚勢の言葉?それとも何かの作戦で挑発していた?分からないけれど、少なくとも生半可な攻撃で公平クンは止まらないことは分かった。

 だから、覚悟をする。殺したくはないし殺すつもりはないけれど、そうなる可能性のある切り札は、使わせてもらう。


「ここからは私も、全力だよ」


 公平クンが深く息を吐く。次の一撃を、待っている。

 一番強いのは生きようとする力。疑似生命である草花は燃えたけれど、命はまだ完全に死んでいない。むしろここから、もう一度蘇ろうとしている。

 その力を束ねて、私の魔法も合わせて、命ごと全てを焼き尽くす光とする。


「疑似生命、起動。接続。結合。融合」


 残った草花が成長していく。一つになっていく。ただ絡み合うだけではなく、溶け合うように一つに。やがて私の力を受け取って、眷属たちは一つの樹となった。命を撃ちだす砲撃樹。その砲口が今、咲く。

 公平クンが自分に向いた花を睨んだ。


「いくよ。『終の光』」

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