44話・お前は誰だ
コボルトに関しての注意事項は特にない。
ワームと同じく、単調な攻撃しかして来ないからだ。
魔法を使うような事もない。
強いていうなら刃物を持っていることくらいか。
それも刃渡り十センチ程度のナイフ一本。
斬れ味はお世辞にも良いとは言えない。
総じて手強いモンスターでは無いと言えよう。
しかしそれも、一匹だけならの話。
十匹以上集まると少々面倒だ。
勿論俺なら瞬殺出来る。
だが、それでは峰打達の成長にならない。
彼らはいつも多対一で戦ってきた。
それも常に自分達の方が多い数で。
けれども今回は逆、敵の数の方が多い。
冒険者を続けていれば、モンスターの群れと遭遇する事なんて、それこそ山程あるだろう。
そんな時の対処法を教えておきたい。
例え数で劣っていても、勝つ方法を。
「勇気は魔力障壁を貼れ! 陽介、みみは勇気の後ろに隠れながら、隙を見て攻撃するんだ!」
峰打が叫びながら指示を出す。
指示を出された三人は、ぎこちないが動き始めた。
「陣と奈緒は魔法の準備だ。出来る限り広範囲にダメージを与えられるよう、調整してくれ」
「や、やってみるよ」
「え、ええ」
魔法の準備に取り掛かる田村と丸山。
魔法はある程度、形をイメージで変えられる。
琴音もプラズマボールを散弾のようにしていた。
とは言え、これは普通に発動するよりも、多少準備に時間を要するのが欠点らしい欠点である。
その時間を稼ぐのが、前衛の役目。
「ガウアアアアッ!」
「っ、この……はあっ!」
伊藤が魔力障壁を盾に、コボルトと戦う。
魔力障壁の強度はそれなりのようで、今のところは突破される心配は無いようだ。
その障壁に身を隠しながら、高山がコボルトを斬る。
コボルトは布切れしか装備していない。
高山の短剣はあっさりとコボルトに突き刺さる。
「ガウアッ!?」
「よっしゃ、どうだ!」
「陽介、油断するな!」
「え、どわっ!?」
峰打が叫ぶ。
一匹のコボルトを倒した高山。
直後、別のコボルトが彼を狙う。
高山は浮かれていて、直前まで気付けなかった。
「ガウアアアアッ!」
攻撃の瞬間、高山は障壁から身を乗り出している。
彼を守るモノは何もない。
その身にコボルトの剣が振りかざされる。
「っ!?」
「陽介、しっかりしてよ!」
「み、みみ! サンキュー!」
ガキンッ!
コボルトの剣と加藤の盾が激突する。
加藤はそのまま盾でコボルトを押し返した。
返す勢いで踏み込み、コボルトの体を斬る。
「ガウア!?」
「まだよ!」
斬り付けられ倒れるコボルト。
加藤はその体を盾で突き飛ばす。
すると背後に居た別のコボルトとぶつかる。
敵が集団である事の弱点を突いた攻撃。
数は力であるが、時に弱みにもなり得る。
上手いな、良い戦闘センスだ。
「恵斗、魔法の準備、出来たぞ!」
「よし、俺のタイミングで撃ってくれ……聖奈!」
「なに?」
「頼む、少しの間コボルトを引き付けてくれ」
「うん、分かった。私、そういうの得意だから」
言って日陰は二人に分身した。
まるで鏡合わせのような二人の日陰。
二人の日陰は左右に別れコボルト達を惑わす。
「三人とも下がれ! 陣、奈緒、頼む!」
前衛の三人が素早く下がる。
日陰も本体の方は戻ってきた。
攻撃が止まった事について困惑するコボルト達。
そこへ二つの魔法が叩き込まれた。
「《アースインパクト》!」
「ガウッ!?」
田村の土魔法が炸裂する。
コボルト達の真下の大地が割れ、浮き沈みを始めた。
足場が崩れたコボルト達はまともに立たない。
アースインパクトはそういう魔法だ。
地面を壊し、動きを封じる。
直接的な破壊力は控えめ。
だが、次の魔法の布石にはなる。
「《スパイラルスプラッシュ》!」
大きな渦状の水の塊が、コボルト達に降り注ぐ。
水の塊は常に渦巻いていた。
回転する波の速度は激しく、近くの岩を削る程。
直撃すれば、絶命は免れない。
我先にと逃げようとするコボルト達。
しかし、割れた大地からはそう簡単に逃げられない。
「ガウッ、ガウアアアア!」
最後の抵抗とばかりに剣を投げ飛ばしてくる。
それを伊藤が魔力障壁を張り、冷静に防ぐ。
数秒後、コボルト達は渦の中に巻き込まれた。
その中で無残にも斬り裂かれていく。
水の中なので血が舞う事もない。
まるで液体の棺桶だ。
綺麗な水がコボルト達の血液によって汚れていく。
「ガ……ガウ……」
どちゃりと、最後の一匹が渦から落ちる。
その後魔石を残し消えていった。
コボルトはもう、一匹もいない。
「……勝った、のか?」
「ああ、お前達の勝ちだ」
「………っ、う、おおおおおおおおおっ!」
峰打達は歓喜の雄叫びをあげた。
ダンジョン内では余り大声を出さないでほしいが……
今くらいはいいだろう。
特に何も言わず、そっとしておいた。
◆
「しゃーっ! マジやべーだろ俺ら!? あの数のモンスター倒しちまったよ! 最強だろ!」
「陽介、流石に調子に乗りすぎだ、自重しろ」
「で、でもよお!」
「うん……私達、ちょっとは成長したのかな……」
子供のようにはしゃぐ高山。
それを諌める峰打。
しかし彼に険悪な雰囲気は無く、他のチームメイトと同じように顔を綻ばせていた。
そんな二人を見て、日陰が呟く。
「笹木さんに助けられた時の私達じゃ、まず確実に全滅してたよ」
「そりゃ、レベルも1だったからな」
「う……あ、あの時の事は、悪いと思ってるよ……」
「もう気にしてねーよ」
「……勇気、ありがとな……」
大人数で何かを成し遂げる喜び。
それは当人達にしか分からない。
この経験は、絶対に糧となるだろう。
「そうだ笹木さん、何故俺に指揮を?」
「ん? そりゃお前のスキルだよ」
「あっ……!」
峰打は自分で気付いたようだ。
彼はスキル【カリスマ】と【指揮官】を持っている。
カリスマは仲間の能力値を上げ、指揮官は自分の指示通りに仲間が動けば、その行動に対し補正が入る。
リーダーとして、これ以上ないほどの資質だ。
最後の魔法も指揮官スキルのおかげで威力が向上し、コボルト達を殲滅出来たと言える。
「これからもその調子で、仲間を引っ張れよ?」
「はい!」
「さ、レベル上げの続きだ。まだまだ時間は––––」
ある、と言いかけた瞬間。
「ガルアアアアッ!」
「っ!」
頭上からモンスター……コボルトが降ってきた。
反応出来たのは俺だけ。
咄嗟に幽騎士の剣を鞘から抜く。
この距離なら彗星剣で間に合う。
「彗星––––」
「《ブラストアロー》!」
「ガウア!?」
コボルトは熱線のような矢に射抜かれた。
下半身が吹き飛ぶコボルト。
地面に落ちる前に、魔石を残して消滅した。
「な、何だ一体!?」
「まっ、まだモンスターが居たのか!?」
「落ち着け皆んな! 一ヶ所に固まるんだ!」
ナイスだ、峰打。
心の中で彼に賞賛を送る。
峰打達は互いに背を預ける形で、一ヶ所に固まった。
全員で周囲を見渡す事が出来る陣形だ。
俺と琴音は戦闘態勢を取り、矢の方へ向く。
コツ、コツ、コツ。
何者かが、こちらへやって来る。
コツン。
そいつは、俺達の前で立ち止まった。
「やあ、君たち。危なかったね?」
「……?」
「僕が来たからには、もう大丈夫。モンスターが来ても、さっきみたいに射抜いてあげるからさ」
茶髪に青い瞳。
背は俺と同じか少し下。
身体の要所に金属製の装備を付けている。
左手には、大きな弓。
背中に矢筒を背負っている。
間違いない、こいつが矢の主だ。
「お前は誰だ?」
「はは、随分と不躾だな。助けてあげたのに?」
「はあ?」
弓の男は偉そうに言う。
確かに、見ようによってはそう見える。
だがあの程度の奇襲、慣れた奴なら出の早い必殺技で即座に対応できる、とても威張れる事じゃない。
なんかムカつくな……こいつ……
弓の男はニヤニヤと笑いながら近付いて来る。
そして、俺の隣に居た琴音へ笑いかけた。
「やあ……ようやく会えたね、琴音さん」
「……貴方は」
「琴音、知り合いか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる琴音。
何故か焦っている。
顔色も良くない。
「何だ、伝えてなかったのかい?」
「……」
「だったら、僕の口から言ってあげよう」
「っやめてください!」
「僕と彼女は––––」
琴音の制止の声を無視し、弓の男は続けた。
「––––婚約者なのさ」