39話・再開
翌日、俺は一人で千葉ダンジョンに来ていた。
琴音は体の事情で休みである。
デュアルキャストの影響ではない。
単純に、女性ならば誰でも起こるあれ。
口で言うのは憚れるので、察してくれ。
以前にも何度かあったので問題はない。
それに今日の仕事はただの下見。
最近、千葉ダンジョンの二階層が突破されたのだ。
とてつもないスピードである。
俺も二階層のモンスターを何度か調べた。
情報提供はしていたが、それにしたって早すぎる。
どうやってボスを倒したのかも気になるところだ。
ボスの強さも各ダンジョンによって違うだろう。
だが、一筋縄じゃいかないのは共通の筈。
千葉ダンジョンには数週間来ていなかった。
その辺の情報収集も今日は兼ねている。
昨今のダンジョン関連の話題はまるで激流だ。
次々と新事実が明らかになっていく。
それらを纏めるのも、冒険者協会の役目。
きっと目黒さんはまた徹夜続きだろう。
可哀想なので、手伝える事なら手伝うつもりだ。
まあ、そもそも国家冒険者なのだから、協会が命じたら表向きは従わないといけないのだが。
そうそう、協会協力員の正式名称が決まった。
それが国家冒険者だ。
ダンジョンで一定の成果を出し、かつ冒険者協会にも協会的な者にしか与えられない肩書きである。
公的機関にも干渉出来る権利も与えられているのだから、政府の力の入れようが伺えるものだ。
最も、現段階で国家冒険者の資格を持っている冒険者は、俺を含めて僅か数人程度。
そう簡単に資格は与えないようだ。
まあ、職権濫用とかされても困るからな。
冒険者全体のイメージが下がる。
そこら辺の審査もあるらしい。
人格、性格調査だっけ?
余りにも横暴だと能力があっても落とされるようだ。
あとは過去の犯罪歴も調べられる。
この辺りはグレーゾーンだ。
犯した罪がどの程度かにもよる。
万引きとかだと、普通に資格が降りるとか。
勿論万引きだって立派な犯罪、窃盗罪だ。
犯罪に大きいも小さいもない。
ただ、国家冒険者にした方が、結果的に国が利益を受け取れるかどうか……の、天秤だ。
使えるものは何でも使う。
今の協会はそういう方針に近い。
危うい気もするが、目黒さんなら大丈夫だろう。
なんて事を考えていたら、千葉ダンジョンに着く。
相変わらずの人の多さだ。
最初期に比べ、冒険者の装備の質が上がっている。
しっかりと冒険者の強さが上がっている証拠だ。
俺としては、二階層のボスを倒した奴を知りたい。
そう思って協会支部に行こうとする。
が、しかし。
「なあ、俺達のギルドに入らねえか! 英雄さん!」
「おい! 先に勧誘したのはこっちだぞ! ささ、竜殺しの英雄殿、是非俺達のギルドに!」
「竜殺しさーん、私達のギルドに入ってよ〜」
人、人、人。
俺は無数の人々に囲まれてしまった。
しかも全員、冒険者。
ギルドの連中が勧誘しに来たのだ。
随分前に、ギルドには暫く入らないと言ったのに。
彼らはしつこく勧誘を続けて来る。
いい加減面倒だ……はあ、勘弁してくれ。
俺の腕力なら強引に引き剥がせる。
しかしそれをやったら、怪我をさせてしまうかも。
以前の俺なら迷わずそうしただろう。
けど今はなるべく穏便に立ち回りたい。
無意味に強い言葉を使ったり、暴力を振るう必要などない事を、俺は最近になってようやく気づいた。
どうしたものかと思案する。
すると、ちょんちょんと左手の裾が引かれた。
続けてこそっと、耳打ちされる。
「こっちです」
「……?」
なおも左手の裾が引かれる。
どんな人物かは判断出来ない。
どうやら俺を逃してくれるようだ。
信用出来ないが、ジッとしても拉致があかない。
俺は裾に引っ張られる形で動き出す。
「しゃがんでください」
「こうか?」
声の主の指示通りに動く。
途端、僅かな光が人混みの中で輝く。
「……何?」
人混みの中央、さっきまで俺が居た場所。
そこには『俺』が居た。
毎朝鏡で見てるから、間違える筈がない。
正真正銘、俺の顔だ。
一体何がどうなっている?
「アレが身代わりになりますから、さ、早く」
しゃがんみこんだまま移動する。
アレとは俺そっくりの奴の事だろう。
恐らくは何かのスキルだ。
ここは黙っておくか、話がややこしくなる。
それから数十分後。
俺は人混みから完全に離れた建物の影に隠れていた。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ……貴方には、恩がありますから」
俺をここまで連れて来てくれた人物に礼を言う。
「恩? 何の話だ?」
「あの……覚えてませんか?」
「……もしかして、あの時の大学生グループか?」
「はい、そうです」
過去の記憶が呼び起こされる。
邪竜事変よりも前のこと。
千葉ダンジョンの奥に強引に入った者達が居た。
案の定モンスターに襲われたが、俺が助けたのだ。
彼女はその時の一員だったな。
「日陰聖奈です。改めて、あの時はありがとうございました。貴方は私達の命の恩人です」
ぺこりと頭を下げる日陰聖奈。
大学生なら、年齢は俺とそう変わらない筈。
なのに顔つきはまだまだ幼さが残っていた。
髪型は一本の三つ編み。
学内ではモテそうな雰囲気の子だ。
俺は余り好みじゃないな、こういうタイプは。
「さっきの、君がやったのか?」
さっきのとは、俺のドッペルゲンガーの事だ。
「はい。《分身》と《変幻》というスキルです」
「へえ、そういうスキルもあるのか」
MPとHPを消費して作る《分身》。
その分身に姿形を変える《変幻》を使ったと言う。
中々応用が効きそうなスキルだ。
これらのスキルを使っているという事は……
「なんだ、結局続けてるのか、冒険者?」
「はい、それで、その……」
「聖奈! その先は俺に話させてくれ」
彼女の言葉に被せるように、若い青年の声が響く。
そちらへ振り向くと、数人の男女達が居た。
やはりと言うか、あの時の大学生グループだ。
「お久しぶりです、笹木さん。峰打恵斗あの時は助けて頂き、本当にありがとうございます。」
「礼ならもういい、それより何の用だ?」
「……実は、折り入って頼みがありまして」
「頼み?」
途端、彼と周囲の仲間達が一斉に頭を下げた。
そして峰打恵斗は言う。
「俺達を、貴方の弟子にしてください!」
「………………は?」
暫く、俺の中の時間が止まった。
彼らの頼み事とやらは、それだけ突拍子がない。
俺の弟子になりたい?
何言ってんだ、こいつら。
「言ってる意味が分からないんだが……」
「勿論、一から説明させて頂きます」
聞いてやる義理は無いが、気になるので黙っておく。
それから峰打は話し始めた。
あの日、俺に助けられた以降の自分達の事を。
「最初はもう、ダンジョンからは手を引こうって考えていました。非日常すぎて、恐ろしいって言うか……でも、笹木さんの戦う姿が、忘れられなくて」
「俺?」
「はい。同年代の人間なのに、まるで違う……ダンジョンに挑む心構えが、俺らとは比べ物にならない程決まっていて……純粋に、憧れたんです。自分の意思で何かを成し遂げる、強い覚悟に引かれたんです、俺達全員」
大学生達がこくんと頷く。
いや、そんな事を言われても……
「俺達、もっと強くなって、先に進みたいんです!」
声高に叫ぶ峰打。
あんまり大声を出すと、また見つかりそうだ。
さてと、どうしたものかなあ。
弟子なんて面倒だから取りたくない。
そもそも俺にメリットはあるのか……?
そこでふと、思い当たる。
小田、あいつが属していた組織は、今何をしている?
情報に進展が無いので放置していた。
組織について探ろうにも、手掛かりが無さすぎる。
その手伝いをコイツらにやらせるのはどうだ?
千葉ダンジョンの情報収集を任せる。
一々ここへ来る事も少なくなるだろう。
ダンジョンのアイテムを取らせに行かせるのも良い。
それに、どんなに俺が強くなっても、俺は一人。
自由に動かせる戦力ってのは、良いかもな。
「いいだろう、弟子にする訳じゃないが、レベル上げの手伝いくらいならやってやる」
「本当ですか!?」
「ただし! タダで手伝う訳じゃない。俺が力を借りたい時には、馬車馬のように働いてもらうぞ?」
「はい! 構いません!」
全員、目を輝かせながら頭を下げた。
なんか、洗脳してるみたいで気分が悪い。
コイツら詐欺とかに騙されそうだ。
とにかく七名の手駒を手に入れる事に。
彼らを育て、強くさせる。
そうすれば出来る事も増えるだろう。
選択肢は多い事に越した事は無いからな。




