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40話・噂の冒険者

 

 峰打達とは一旦別れた。

 携帯電話の番号を交換したので、連絡は取れる。

 俺の今日の目的は協会に行く事だ。


 思わぬ事態に遭遇したが、時間にはまだ余裕がある。

 それから峰打達から気になる事を聞いた。

 二階層を突破した冒険者。


 それは彼らにも知られてないらしい。

 どうやら攻略したのは政府関係者のようだ。

 情報統制されており、知れ渡っていないとか。


 ますます目黒さんから直接聞く必要が出てきた。

 物陰に隠れながら協会まで向かう。

 協会内では流石に騒がれなかった。


 何人かがヒソヒソと話すくらい。

 それだけならどうって事は無いな。


 いつも目黒さんが居る事務室まで歩く。

 国家冒険者の俺は、協会内の施設を自由に出歩ける。

 職員とすれ違っても何も言われない。


 楽なのでとても助かっている。

 一々引き止められたら面倒だ。

 協会内だけで顔が広まっていて良かったと思う。


「目黒さん? 居るか?」


 コツンと事務室前の扉をノックする。

 返事は来ない。

 鍵は開いていたので、勝手に入った。


「うわ……」


 室内は死屍累々だった。

 数多の職員が過労で机に突っ伏している。

 仕事をしている職員も、目に生気が無い。


 想像以上にブラックな職場のようだ。

 それだけダンジョン関連の問題が多いのか。

 早いところ増員しないと、本当に潰れるな。


 俺の方から政府に進言してみよう。

 多少なりとも、変わればいいのだが……


「目黒さん、生きてるか?」

「……ああ、総司くんか……」


 事務室の一番奥、そこが目黒さんのデスクだ。

 彼も屍のように突っ伏している。

 声をかけると、力無く起き上がった。


「これ、一応差し入れ」


 布袋に包んだ重箱を手渡す。

 中身は琴音お手製のおにぎりだ。

 体調が悪いのに態々作ってくれた。


 帰りに、彼女にあげるプレゼントでも買おう。

 俺にはそれくらいしか出来ない。

 身体の問題はデリケートだからな。


「琴音の作ったおにぎりだ、味は保証する」

「たべ、もの……か?」

「そりゃまあ、おにぎりだからな。食べ物だよ」

「っ!」


 瞬間、目黒さんは袋も重箱の蓋も掻っ払い、中のおにぎりを貪るように食べ始めた。

 血走った目は狂気に満ちている。


「これは重症だな……」


 直ぐに病院へ行くべきだ。

 俺は頭を抱えながら思う。


「あぐっ、あむ……う、うう……お、美味しい……」


 遂には号泣し始める目黒さん。

 すると、他の職員達も起き上がった。


「目黒さん!? 何自分だけ!」

「黙れ! これは私の物だ、渡さん!」

「そんなああああああっ!?」


 室内の知能指数が幼稚園にまで下がった瞬間だった。

 職員達が獣の如き速度でやって来る。

 そして、飢えた獅子のように叫ぶ。


「あー、差し入れはまだまだあるから、喧嘩せずに」

「本当ですか!」

「うおおおおおおおっ! 笹木さああああんっ!」


 嵐のようなランチタイムが訪れる。

 時間にして三十分。

 俺はその間、心を無にして過ごした。




「いや、先程は見苦しいモノを見せたな。すまない」

「気にしませんよ」

「はは、いやあ……本当に悪かった……」


 湯呑みに淹れた緑茶を飲む目黒さん。

 だいぶ落ち着いたようで、今は普通に会話が出来る。

 徹夜続きで何かを食べる暇も無かったようだ。


「さて、今日は何の用でここへ?」

「二階層が踏破された事についてだ」

「やはりな、そう聞くと思っていたさ」


 彼もある程度予想していたようだ。

 まあ、このタイミングなら誰でもそう思うか。

 態々出張って世間話ってのもおかしい。


「で、どんな冒険者何だ、そいつは?」

「……」

「目黒さん?」


 彼は目を瞑って黙り込んでしまう。

 言えない、のか?

 もしくは––––言いたくても、知らないから。


「残念ながら、私達も認知していないのだ」

「嘘だろ……」

「事実だ」


 はっきりと目黒さんは告げる。

 無意味な嘘を言うような人でもない。

 つまり、彼は本当に知らないのだ。


 しかしそれは、少々奇妙な事になる。

 千葉ダンジョンは冒険者協会千葉支部の管理下だ。

 そして、千葉支部の支部長は目黒さん。


 千葉ダンジョンは彼の管理下といっても過言でない。

 なのに、その彼が知らないと言う。


「受付の職員には聞いたのか?」

「いいや、その冒険者がダンジョンに入った時には、周辺の職員は全員退去させられた」

「はあ? 何だ、それ……」


 訳がわからない……


「分からないのは、私達もだ。いや、分かっている事もある……その冒険者は、相当な権力者だ」

「上から圧力でもかかったのか?」

「まあ、想像に任せるさ」

「……世知辛いな、あんたも」


 二階層を突破した冒険者について、整理する。

 まず、そいつの事は誰も知らない。

 顔も名前もアンノウン。


 更には協会の職員を追い出す程の権力を持っている。

 政府の首脳陣か、警察組織の上層部か……もしくは大物政治家と繋がっている裏の組織……?


 かなり複雑な思惑が絡んでそうだ。

 それも仕方のない事かもしれない。

 ダンジョンが生み出す利益は右肩上がりだ。


 他のダンジョンでは縄張り争いが起きてるとか。

 経験値効率の良いモンスターや、高品質なアイテムをドロップするモンスターの発生地を巡り、本来禁止されている冒険者同士の諍いが絶えないようだ。


 さながらダンジョン内は無法地帯。

 法ではなく、力の強い者がルールになる。

 おかしな事になってきたな。


 ダンジョン外は今も平和な現代。

 なのにダンジョン内は世紀末ときたもんだ。

 人間の欲望は恐ろしい。


 俺も自制しなければ。


「情報提供、感謝する」

「私は何も言ってないぞ?」

「誰も知らない、という情報に裏が取れた。今日の成果としては、まあ、充分だ」

「そう言ってくれると、私としても楽だ」


 苦笑いを浮かべる目黒さん。

 僅かだが、生気が戻ってきた。


「今日は千葉ダンジョンに潜るのかい?」

「いや、この後はあんたの手伝いでもしよう––––」


 ドサドサドサッ!


 言い終わる前に書類の山が降ってくる。

 顔をひきつらせながら、目黒さんに問う。


「これは……?」

「手伝ってくれるのだろう? いやあ、助かるよ」

「すまん、琴音が心配だから、やはり今日は」

「電話があるだろう、電話が」


 後ずさる俺。

 しかし気づけば、他の職員にも囲まれていた。


「逃がしませんよ、笹木さん……」

「ええ。それに国家冒険者は、正式な協会員でもあります。それなら私達の仕事を手伝うのに、規律的な問題は何一つありませんからね……!」

「おにぎりの恩はありますが、それとこれは別問題です。お願いします、人助けだと思って……!?」


 ジリジリとにじり寄る職員の皆さん。

 逃げ出すことは不可能だった。


「お手柔らかに頼みます……」


 諦めて白旗を上げる。

 瞬間、何処からともなく俺の机と椅子が現れた。

 そこに座らされ、机に書類の山が積まれる。


「笹木さん、私の書類です。どうぞ」

「私の分も」

「俺の分も」

「……………………」


 書類が積まれる度に目眩が起こる。

 しかも、書類の内容も内容だ。

 殆どがダンジョン関連のクレーム。

 読んでいると気持ちが萎える。

 心が死んでいくのが、自分でも分かってしまった。


 俺は意識がある内にスマートフォンを取り出す。

 そしてメールで一言だけ送った。


『すまん。今日は帰れない』


 連絡は終えた。

 あとはこの書類との戦いだ。

 なに、俺は巷で噂の竜殺しだぞ?

 こんな書類仕事、朝飯前だぜ!


「うおおおおおおおおっ!」


 気合いと思い込みだけは、誰にも負けてなかった。


 ––––善意が常に幸福をもたらすとは限らない。


 この日、俺はそれを再認識させられた。

 結局解放されたのは次の日の朝。

 ヘトヘトになりながら、俺はソラを呼んで帰った。


 でもまあ、目黒さんを手伝いたかったのは本心だ。

 あの人には色々と世話になっている。

 いつか、ちゃんとした恩返しをするつもりだ。

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