29話・埼玉へ
翌日。
政府は正式に埼玉奪還作戦へと乗り出した。
作戦主体組織は冒険者協会。
そして有志で集まった冒険者達。
既に準備は終えている。
現在は車で移動中だ。
俺は目黒自衛官の車両に乗せてもらっている。
ネットでしか見た事ない装甲車に最初は驚いた。
全国各地から協会員と冒険者が集結している。
その様子はさながら戦中だ。
事実、埼玉県は戦場と化している。
生き残った埼玉の協会員が今も必死で戦っており、冒険者でさえも自らの居場所を守る為に戦っていた。
しかし、戦況は芳しくない。
空を飛ぶ竜、ワイバーンの総数は数え切れない程。
その一体一体が雑魚じゃないのだ。
そして、今は静観している巨大な竜。
名を邪竜ファブニール。
モンスターを調べるスキルで分かった名前だ。
ファブニール……確か神話のドラゴンだったな。
伝説だと英雄ジークフリートに倒されている。
これが神話なら、都合良く英雄が現れるだろう。
しかし残念ながら、俺達が生きているのは現実だ。
英雄なんて何処にも居ない。
俺達自らの手で倒すしかないのだ。
「……」
車両内の空気は重苦しい。
当然と言えば当然か。
ここまで来たら後戻りは出来ない。
埼玉に着いたら、生きるか死ぬかの戦いが始まる。
ワイバーンは空を飛ぶだけで強敵だ。
空中戦の経験なんて、皆んな殆ど無い。
俺は気を紛らわす為にステータスを開く。
新たに強化を施した、最新ステータスだ。
[ササキソウジ]
Lv24
HP 250/250
MP 160/160
体力 35
筋力 50
耐久 35
敏捷 50
魔力 25
技能 【片手剣術・改】【投擲・改】【ウォーターフォール】【敵感知】【】
SP 4
新たに敵感知スキルを習得した。
敵をいち早く見つける。
これは俺が考えた以上のアドバンテージだ。
それを昨夜のダンジョン探索で痛感した。
もう、あんな事は起こさせない。
敵対者は誰よりも早く見つけ……対処する。
そしてSPの項目に追加された新たな機能。
片手剣術と投擲スキルを見て欲しい。
名前の最後に・改と付いている。
これが新機能……スキルの強化進化だ。
レベルが20を超えると、必要なSPを消費する事で既存のスキルを強化・進化させる事が出来る。
なので俺は片手剣術と投擲を早速強化進化させた。
ウォーターフォールは強化進化させる事が出来なかったので、スキルストーンは除外されているのだろう。
もしくは魔法は元々範囲外なのか。
とにかく自力でスキルを習得する意味が出来た。
少しだけ試したが、動きが格段に良くなっている。
必殺技の威力も向上していた。
一つにつきSPを10減らしたが問題無い。
元々余っていたからな。
これからは積極的に強化進化させていく方針だ。
それから装甲車に乗る前に、目黒自衛官達のステータスも参考まだに見せてもらった。
勿論、自分のステータスも開示したぞ。
連携するのに必要だ。
結果分かったのは、俺が一番レベルが高かった事。
他の自衛官の人達はかなり驚いていた。
これが彼らのステータスである。
[メグロトウジ]
Lv12
HP 120/120
MP 100
体力 20
筋力 24
耐久 24
敏捷 18
魔力 20
技能 【催眠魔法】【大剣術】【危機回避】
SP 9
[コマノシンジ]
Lv10
HP 95/95
MP 150/150
体力 18
筋力 15
耐久 15
敏捷 15
魔力 25
技能 【支援魔法】【沼魔法】【鷹の目】
SP 7
特徴的なのはこの二人。
目黒自衛官は協会員の中で一番レベルが高い。
催眠魔法とやらも強力そうだ。
以前使っていたのを見た事がある。
駒野自衛官は完全な後方支援役だ。
支援魔法……琴音には無かったな。
あとは似たり寄ったりだ。
レベルも殆どが10前後。
正直不安だが、やるしかない。
「……何だか、外が騒がしいな」
目黒自衛官が言う。
確かに騒がしい。
もうすぐ埼玉に着く筈だ。
「まずは何処へ行くんだ?」
「臨時の支部だ、そろそろ着く頃だが––––」
目黒自衛官が言いかけた時。
突然車両が急停止した。
ガタンと車内が大きく揺れる。
「どうした!」
「目黒さん! ここにもワイバーンが!」
「構わん、突っ切れ!」
「は、はいっ!」
運転席から慌てた声が響く。
目黒自衛官はそれを一喝した。
このまま突っ込んで大丈夫なのだろうか?
しかしよく考えれば、今降りる訳にもいかない。
苦肉の策と言ったところか。
装甲車の速度が上がる。
道路交通法なんて完全無視だ。
まあ、交通規制で一般の車は無いけど。
時折ワイバーンの咆哮が聴こえる。
いよいよ、その時は近い。
「つ、着きました!」
「よし、全員降りろ」
素早く装甲車を降りる。
そして、外の光景を見て絶句した。
「町が……燃えてる……?」
埼玉全体が火炎に塗れている。
地獄絵図と呼ぶに相応しい。
見れば、ワイバーンが火を吐いて回っている。
ドラゴンブレスだ。
放射される炎に、逃げ遅れた人達が焼き殺される。
「想像以上に酷いな、これは……」
覚悟はしていたつまりだった。
しかし、実際に見せられると決意が揺らぐ。
今更考えても仕方のない事だが。
その後、乗っていた自衛官の人達は町に向かった。
臨時の支部があるのは県境の道路。
テントが張られてるだけの、簡素なものだ。
そこに通信機などの機材が置かれている。
たまにワイバーンがやってくるが、完全に近付かれる前に魔法で撃ち落としていた。
俺は目黒自衛官と共に作戦本部へと向かう。
「目黒、到着しました」
「……目黒か」
「軍畑!」
本部テントには全身包帯だらけの男が居た。
かろうじて口は動かせるようである。
ワイバーンの仕業なのは間違いない。
何故そんな重症者がここに?
「笹木さん、彼は軍畑。私の同期で、埼玉冒険者協会の責任者だ」
「君が、例の冒険者か」
「ああ」
どうやら責任者だったようだ。
それなら何故そんな怪我を?
「軍畑、その怪我はどうした?」
「協会本部にファブニールがやって来てな……レベル保有者の部下達と戦ったが……」
「……」
「部下達は死に、私は無様にも生き延びている」
「軍畑……」
軍畑自衛官の声は震えていた。
カタカタと体も揺れている。
怒りを堪えてるかのような雰囲気だ。
きっと、許せないのだろう。
埼玉をめちゃくちゃにしたファブニールを。
そして、何も出来なかった自分自身を。
「私は責任者として、最後まで見届ける」
「だからここに居るのか」
「そうだ––––君、名前はなんと言う?」
「笹木総司だ」
「随分と元気の良い若者のようだな」
名前を言っただけなのに、そんな風に言われる。
目黒自衛官はやれやれといった雰囲気だ。
「まあ、いい。君にも協力を頼みたい」
「構わないぞ、その為に俺は来た」
「失礼だが、レベルは幾つある?」
「24だ」
「24っ!?」
軍畑自衛官は素っ頓狂な声をあげる。
周りの自衛官もギョッとしてこちらを見た。
レベル20超えは相当に珍しいようだ。
まあ、俺のレベルは望まない形で上がっただけ。
自慢出来るようなものじゃない。
「……確認してもいいか?」
「好きにしてくれ」
ステータスを調べるスキルでもあるのか、軍畑自衛官は別の自衛官を呼んで何かさせる。
そしてやはり、その人物も驚く。
「軍畑さん、事実です」
「……上には上がいるものだな、どの世界にも」
暫しおし黙る軍畑自衛官。
そして、カッと目を見開いて言った。
「笹木殿、君にファブニールの討伐を頼みたい!」
「そうきたか……」
「実際に戦った私だから分かる。あのモンスターは他のモンスターとはまるで違う、別格だ! 悔しいが、我々では何人集まろうと歯が立たない……頼む!」
土下座しそうな勢いで頭を下げる軍畑自衛官。
痛む傷を堪えているのは、素人目にも分かる。
「……我々からも、お願いします!」
周りの人達も頭を下げ始めた。
俺は、迷う。
このレベルは……力は、偶発的なものだ。
そもそも俺がここまで来れたのも、全てはあの日、偶然にもオオトカゲを倒すことが出来たから。
これは俺だけの力じゃない。
……だからこそ。
だからこそ、人の為に使うべきではないか?
あの日からずっと、自分の為に生きてきた。
悪いと思った事はない。
人生は一度きり、ならやりたい事をやろう。
だけど、俺は知ってしまった。
人の為に頑張れる、健気な少女を。
気まぐれで助けただけなのに……その恩を忘れず、命懸けのダンジョンにまで着いて来てくれた。
邪竜ファブニールは、やがてはこの国を殺す。
そうなれば当然、琴音も命を落とすだろう。
それは駄目だ、それだけは。
なら––––やるしかない。
戦うんだ。
自分の為ではなく、大切な誰かの為に。
「––––任せろ、俺が絶対に、奴を倒す」
動いた運命は止まらない。
走り切ろう。
自らの未来の、終着地まで。