28話・笑う男
「協力、ありがとうございます。笹木さんのおかげで部隊編成がだいぶ煮詰まりそうです」
「ただの助言さ」
「いえいえ、そんな事ありません」
頭を下げる宮崎さん。
俺としてはそこまでの事をした覚えはない。
何となく名簿を手に取る。
目を通していくと、そこにある名前を見つけた。
しっかりと赤丸が付けられている。
「……宮崎さん」
「笹木さん? どうかしました?」
「一つ、頼みがある」
彼の両目を見ながら聞く。
「私に出来る事なら」
「なら、お願いしたい」
一呼吸置く。
こんなの、俺のエゴかもしれない。
本人が望んでいるのか、そうでないのか。
実際に話し合わないと分からない。
それでも、俺は––––
「……庭園琴音を、部隊編成から外してください。そして出来る事なら、ここに匿ってほしい」
◆
時は少し遡る。
総司達がまだダンジョンに居た頃。
––––冒険者協会埼玉支部。
「巡回終了。異常はありませんでした」
「ご苦労。休憩に入って良し」
「は!」
まるで軍隊のような会話。
それがここの責任者の方針だった。
力には責任が伴う。
強い力は、より強い規律で縛るべきだと。
軍畑武。
鍛えられた肉体に、強靭な精神力。
自他共に認める強い漢だ。
鋭い眼光は、モンスターさえも恐怖する。
実際、彼は戦闘能力も飛躍的に高い。
後方では冷静に指揮を取る指揮官だが、ひとたび前線に出れば鬼神の如き暴力で全てを破壊する。
智力と腕力、両方に優れた自衛官だった。
そんな軍畑だが、今日はいつもより上機嫌だった。
この日は六歳になる娘の誕生日。
仲間からも恐れられる鬼も、人の子。
自分の娘には甘々だった。
溺愛する娘の誕生日、気分が高揚するのも当然。
「軍畑さん、今日はやけに機嫌良いよな?」
「ああ、理由は知らねーが、いいんじゃね?」
新たな巡回の役を担う石黒と明石は言う。
二人共、埼玉支部に配属されたばかりだ。
当初は軍畑の方針に戸惑うも、住めば都か、いつの間にか埼玉支部のやり方に馴染んでいた。
二人共自己主張は控え目で、言われた事をこなすだけの職場に心地良さを感じている。
「おっと、無駄口もここまでだな」
「流石にダンジョン内はな」
埼玉支部が管理する埼玉ダンジョン。
彼らはその見張りを一秒たりとも怠らない。
必ず誰かが巡回をしている。
ダンジョンはまだ未解明の事の方が多い。
いつでも対処出来るようにするのは当たり前。
––––と言う軍畑の思惑である。
それは正しかった。
ただ一つ不運だったのは––––
巻き起こる異常事態が、余りにも規格外すぎた。
「石黒、明石。これよりダンジョンの巡回に入る」
二人の目付きが変わる。
普段は若者特有のお気楽さといい加減さが表に出るが、仕事中の彼らはまるで別人のようであった。
その切り替えの良さが評価されて軍畑直々に埼玉支部に配属された事は、本人達は知る由もない。
今も、これからも。
「……なんか、妙に静かだな」
「ああ、一匹足りともモンスターがいねえ」
静謐。
今のダンジョンに似合う言葉だ。
しかし、それが返って不気味である。
物音一つすら無い、不可思議な世界。
まるで全てのモンスターが夜逃げしたようだった。
「……」
「……」
二人は自らの武器である槍を、強く握る。
いつでも攻撃出来るように。
モンスターなんて一匹もいないのに、一体何を攻撃すると言うのか、それは本人達も分からない。
言うなれば、本能。
本能と呼ぶ直感が、彼らに戦闘態勢を取らせる。
「……ん? おい、あそこに誰か居ないか?」
石黒が気付く。
岩陰に潜むように隠れる、一人の人物。
丁度良い、彼から情報を得よう。
石黒はそう言い、明石と共に近付いて行く。
「すまない、ちょっといいか?」
「……僕ですか?」
「君以外に誰がいる」
「はは、失礼。それもそうですね」
岩陰から姿を現わす人物。
二人はその人物を見て驚いた。
全身真っ白なスーツに、赤いネクタイ。
右手には杖を携えている。
その出で立ちも異質だが、何より驚いたのは––––
「……君、もしかして」
「ご覧の通り、僕は盲目です。見えてませんよ」
「そうか、いや、すまない」
「いえいえ、驚くのも仕方ないです」
しっかりと閉じた、両目の目蓋。
二人の予想は当たっていた。
彼自身が、答えを言う。
自分は目が見えない、盲目だと。
「生まれつきでして、親も兄弟の顔も知りません」
「そ、そうか」
聞いても無いのに身の上話を話す白スーツの男。
こう言っては何だが、正直どうでもいい。
二人が聞きたいのはダンジョンについて。
この異様な空気についてだ。
「すまない、君はいつからダンジョンに?」
「うーん、数時間前からですかねえ……」
「このダンジョン、おかしいと思わないか?」
「はて、何がおかしいと?」
「……?」
白スーツの男はおどけたように言う。
「オカシイという言葉は、既にこの世界では似合いません。何故ならこのダンジョンそのものが、オカシイのですから! あははははっ! いやあオカシイ、実にオカシイ! そんな事に気付けないアナタ達が実にオカシイ! あははは、あははははははははっ!」
狂ったように笑い出す白スーツの男。
二人は馬鹿にされた怒りなど忘れ、この怪しい男から離れようと早々に背を向け巡回を続けようとする。
だが……
「アナタ達はいつもそうだ。勝手に結論を出して、勝手に解決策を見つけた気になって、本当に困っている弱者は見て見ぬ振り––––だから、真実に辿り着かない、辿り着けない」
白スーツの男が、杖の先端を地面に叩き付ける。
コツン––––と。
無機質な音が、静かなダンジョンに響く。
「……え?」
「な、何だ、この揺れは!?」
カタカタとダンジョン内が揺れる。
揺れは段々と、次第に大きくなっていく。
地の底から響いているのではない。
揺れの震源は……ダンジョンの、奥。
「さあ––––天地創造の始まりだ」
揺れが最大限にまで高まる。
ダンジョンは崩壊を始めていた。
壁が剥がれ落ち、天井は崩れ、大地はヒビ割れる。
「お、お前、何をした!?」
「動くな! 下手な事をしたら拘束––––」
「GAaaaaaaaaaaaa!」
「っ!?」
「ああもう、何だってんだっ!?」
即座に白スーツの男を取り囲む石黒と明石。
ここに来て、ようやく彼らは理解した。
この男が何か仕掛けたのだと。
しかし、全てが遅い。
白スーツの男は不敵に笑う。
「動く? 僕が? はは、アナタ達は本当に面白い。ありませんよ、僕が動く必要なんて、ほら」
「あぐうっ!?」
「石黒!」
突如現れた巨大な蛇に食われる石黒。
本当に、突然現れた。
目前で仲間を食い殺された明石。
彼は怒りのまま、巨大な蛇に挑む。
しかし。
「この……! っ、ぐあああああああっ!?」
バサバサ、バサバサ。
翼を羽ばたかせる音。
それが聴こえたと同時に、明石は天に攫われる。
大きな翼と硬い鱗。
飛竜……俗に、ワイバーンと呼ばれるモンスター。
明石はそのまま空中で噛み殺された。
ぼたぼたと、彼の血液が雨のように降り注ぐ。
その様子を見ながら、白スーツの男は笑う。
心底楽しそうに。
「始まる、ここから全てが始まる! 小さな一歩、弱々しい一撃。だが、それらは確実にこの社会の歪みを正す! ……その為に利用させてもらいますよ? 埼玉ダンジョンの『ボスモンスター』––––邪竜ファブニールさん?」
「GAaaaaaaaa!」
巨大な竜が、ダンジョンという檻を突き破る。
ガラガラと完全に崩壊するダンジョン。
瓦礫の山から姿を現わす、神話の邪竜。
その羽ばたきは全てを吹き飛ばし。
その眼光は全てを射抜き。
その息吹は全てを燃やし尽くす。
その名を邪竜ファブニール。
人類には、まだ早すぎるボスモンスターだ。




