9 雨の中で
この学校には何かがある。花火はそう睨んでいた。その疑念は今日のクラスメイトの退学事件で確信に変わった。
寮区の池の畔で一人、ため息を吐いた。反射的に吸い込まれる空気は水の匂いが強く、雨が近いことが分かる。
柵まで設置して人が来ることを前提に作られている人工の池は、学校側の考えなど無視でもされたかのように人気のない場所だった。そんな場所だからこそ、たまに一人になりたいときに使っている。
ポケットから携帯を取り出して時刻を確認する。もう夕食は終わってしまっていた。今日のおかずは何だっけ、などと暢気なことが頭を過ったが、何にせよ、久炉かその友人の梳玖に奪われている気がする。
そんなことよりも学園の事だ。花火は地に敷かれた芝生に寝転がり、体を預けた。やはり魔法が使えなくてはこの学園に存在することすらできないらしい。
本日担任から退学が告げられた男子生徒は数度しか話したことが無いとはいえ、本当に真面目な生徒だった。魔法関係の授業が終わるたびに教科担当にコツを聞いたり、補習を頼んだり、そんな行動が目立っていた。
それが今日になっていきなり退学だ。昨日の昼休みに担任に呼ばれたきり、教室にも戻ってこなかった。よほどの事情があった、ということだろう。しかし、それが学校側の事情にしか思えない。
以前、聞いた話では『魔法が使えないことがバレたらヤバい』らしい。元から他人に頼るつもりはなかったが、それを聞いてからは自分の魔法のことは誰にも漏れないようにしている。現に練習も実習室を借りず、この池の畔で行っていた。
再度ため息が口をついた。それに呼応して、という事はないのだろうが、普段以上に真っ暗な空から滴が落ちる。
「さすがに退学は困るなあ……」
このままだと絶対的にまずい、ということはうるさい同居人によく言われることだが、それを誰よりも感じ取っているのは自分自身だ。
退学にでもなったら、人生設計が狂ってしまう。もちろん学園のシステム的にはすでに狂い始めているだろうけど。
授業も何もない自由な生活には惹かれるものがあるが、そんなのは破滅の手前だ。
誰にも言わなかったことだが、退学した生徒が無事に家に帰れているのかもわからない。もしかしたら、魔法の存在を知ったとして消されてしまっているのかもしれない――というのは考え過ぎなのだろうか。
「いい加減どうにかしないとなあ……」
呟きは大分強くなる雨音にかき消される。もしこのままだったら。早く他の人と同じラインに立たなければ。身の安全すら見えない。
退学が死に直結する可能性について誰かに話すべきなのだが、現状花火のことを知っているのは久炉しかいない。その久炉にしたって生徒会やら何やらで最近は早くに寝てしまっている。こんな話をしたところで考え事を増やすだけだ。
最優先は魔法がまともに使えるようになることだ。このままでは自分の命どころか――。
グシャ、と芝生を踏みしめる音が聞こえる。べちゃべちゃと靴に泥か何かが貼り付いて、それでも前に進む音。そして、急に視界が暗くなり、雨が遮断される。
「やっと見つけたわ……何してんだよこんな雨の中で」
背後から聞こえた声。脇に置かれる傘。やっぱり同居人はうっとおしい。どうやら自分を探しに来たらしい久炉に対しての言葉が少し冷たかったのは体が冷えたせいなのかもしれない。
「……別に何も?」




