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「わかった! 席に戻るから!」
「私はあんたみたいなナンパ野郎が大嫌いなんやあ!あんたみたいなやつは口で言ってもわからんから徹底的にやるわ!」
名月はさらに虫の数を増やす。よほど彼のような人間が嫌いのようだ。確かに彼の言動は不快であった。
しかし、名月の度を越した攻撃により甲虫に埋もれてもがいている男子生徒が被害者に思えてくる。というよりナンパ行為の件とこの件はもはや別件として処理すべきだろう。
「うゆゆうゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆうゆゆゆゆゆゆゆ!?」
バタン、と音を立てて、ホワイトボードを準備していた衣琉が倒れた。仰向けに倒れ、うわ言のようにうゆうゆと呟いている。
「え、衣琉さん!?」
「衣琉、どうした?」
生徒会の男子二人が駆け寄り、声をかける。だが、衣琉はうゆゆと呟き続けるだけで目を覚まさない。そうだ、こんな時こそ保健委員長の出番ではないか。
「東夜! ヘルプ! こいつ意識ない!」
東夜は枕に顔を伏せたまま、顔を上げない。あのまま寝入っていたらしい。肩を掴んで揺らし続けるとゆっくりと顔を上げた。
「え、どうしたの?」
「人倒れたんだよ。回復魔法得意なんだろ? あいつ見てやって」
衣琉を指で示す。気を失ったままの彼女に変化はない。東夜は立ち上がり、肩にかけていた毛布を机に置いた。左腕の保健委員と書かれた緑色の腕章が露わになる。
「何があったの」
「急に倒れたんだよ。なんでか知らんけど。貧血……とかじゃないかな」
「ごめん、じゃあ、無理かな」
東夜は申し訳なさそうに顔を歪めた。
「は? なんで? 柴田先生が東夜のことすごいって」
「実は怪我の治療しかできないんだよね。私の魔法、怪我だけなら結構治せるみたいなんだけど」
じゃあどうすればいいんだよ。貧血に対する対処法等わからない。なんでこんな時に倒れるのだろう。名月はというと未だ光太郎を粛清している。というよりは嬲って遊んでいるといったほうが正しい。頭を抱えたくなった。
「あの、衣琉ちゃん……虫にびっくりしたんやないの?」
少し落ち着いた印象のある声。咲席を立ち、恐る恐るといった感じで声をかける。摩胡も共に移動し、室内のほとんどの生徒が奥のホワイトボード前に集まっていた。
「衣琉ちゃん、虫ダメって言うのは知ってるかもやけど、ひどい時は気絶するんよ。この前、部屋にゴキブリが二匹入ってきたんやけど、その時もトイレに逃げ込んでそのまま失神してたし……」
そこまでダメだったのか……。蒼冱や司、摩胡も呆気にとられている。東夜はこの程度のことで驚かないのか眠そうな目で衣琉を見ている。衣琉はこのまま名月と仲良くしていけるのか、小さな疑問が久炉の胸中に芽生えた。
「じゃあ、よく職員室の時とか正気保ってたよな……」
「それな?」
「職員室でのことやっけ? 運がよかったのかもしれんね」
仕方ない、また名月と話し合って、衣琉を虫に慣れさせよう。下手したら生徒会の運営にも支障が出かねない。現に会議前にもかかわらず気を失って床に体を投げ出している。
久炉がそう考えた時、会議室の扉が静かにに開かれた。




