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炎を帯びた赤いエネルギーと焦げ茶色の光の衝突。魔法によって筋力や身体の頑強さが上がっているのか、勝の放った拳は久炉の右手で受け止められていた。
肉が焼ける音。遅れて低い呻き声。右手を振り払われる。腹部の圧迫感も退けられた。眼前の不良生徒は左手を押さえ、数歩下がっている。久炉に向けられた視線は驚きや怒りが入り混じった形容しがたいものだった。
――ああ、使っちゃった。勝の右手に庇われた左手に目をやる。焼けただれてはいないものの、腫れあがった左手。【炎天】を発動した状態で触れればこうなることはわかっていた。正直人に向けて使いたくない。だが、そんな考えは甘かった。
「危ね……」
右手をついて立ち上がる。左手は顔を隠したままだ。ジャージやスカートについた砂を手で払う。服は思った以上に汚れていた。
「だから言ったろ? 俺達強いって」
久炉は大仰なため息をつきながら勝に言い放つ。勝に視線を向けると右手に意識を集めた。右手に纏われていくエネルギー。もうこの魔法を向けることに躊躇いはない。やらなければやれられる。やられたくなければやるしかない。
ようやく本当に覚悟できた気がした。
「……調子に乗るんじゃねえぞ」
左手を庇うのをやめ、両の拳を握った勝の声は今日一番の苛立ちを含んでいた。腕輪の鉱石の光と共に纏われるエネルギー。いくら魔法に対する躊躇が消えたとはいえ、タイマンで分が悪いことはわかっている。
それでも久炉に勝算はあった。勝も喧嘩もしたことのなさそうな女子生徒と一対一になっても確実に勝てるわけではないと察したはずだ。
お互いの魔法は系統的には近いようだが、防御性能に差があった。久炉の右手と勝の拳が接触した際、勝は軽度の火傷を負ったものの、久炉の手は砕けていない。
「ムカつくんだよ偉そうに……何が生徒会だ」
「こっちだって副会長に暴言吐かれたり殴られたりしてるからムカついてるんだけどな?」
ちらりとその副会長に視線を向ける。虫を大量に作り出して三人の男子生徒に抵抗していた。女子と比べて虫に対して抵抗力のある男子相手でもそれなりには効くらしい。倒されてなくて何よりだ。
「余所見してんじゃねえぞ!」
突然の怒号。本日何度目だろうか、顔面に拳が飛んできた。喧嘩のノウハウなどわからないため、走って避ける。“躱す”というよりも“逃げる”の方がしっくりくる避け方だ。
いくら経験がないといえ、振るわれる焦げ茶色の光をよく見ていれば攻撃を躱せないことはない。
という安直な考えはすぐに捨てることになった。【鉄拳】を避けた瞬間、蹴りが飛ぶ。左のわき腹に直撃し、息が止まった。勝がそれを見逃すはずもない。Yシャツの襟を掴まれる。第一ボタンを開け、ネクタイも緩めていたため、勝の太い指の侵入を許してしまった。
指がねじ込まれ、さらに呼吸が詰まる。今日は苦しい思いをしてばかりだ。全身に倦怠感が広がっていく。彼の左手の光を注視する。もう一度受け止めなければ。防御すべく右手を構えた瞬間、鋭い痛みと共にエネルギーが消えた。
マジかよ、と久炉の呟き。言葉もなしに再び浮かべられた勝の下卑た笑み。衝撃に備えて目を閉じた瞬間。
ガン、と硬質な物同士をぶつけたような音が耳に届く。痛みはない。自身の顔面が陥没したわけではないようだ。急に気道が確保され、息が流れ込む。
目を開くと勝が側頭部を押さえて足をふらつかせていた。そのまま膝をつき、制服が汚れることも厭わず頭を押さえてうずくまる。彼の隣には三センチほどの雹が転がっていた。
その氷の塊が飛来したであろう方向に視線を向ける。そこにいたのは隠れているはずの生徒会会計、司と見知らぬ男子生徒だった。




