↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクを飼ってみないか?!  作者: 御HeSummer3
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/37

翠先輩は変でもいい


 水曜日の夕方、翠先輩は俺の部屋のソファで髪を結び直していた。


 大学から帰ってきて、一度自分の部屋へ荷物を置いたらしい。


 その十五分後には、もうこっちにいた。


 今日は首輪もない。


 薄い生成りのニットに、濃い色のロングスカート。大学へ行っていた時とほとんど変わらない格好で、ソファの背もたれへ寄りかかりながら、後頭部の髪を両手でまとめている。


 俺はキッチンで夕飯の準備をしていた。


 まな板の上には長ねぎ。


 鍋には湯。


 冷蔵庫から出した豚肉を横へ置き、包丁でねぎを斜めに切っていく。


「悠人」

「はい」

「見たまえ」


 振り返る。


 翠先輩は髪を一つにまとめ終え、得意そうに顎を少し上げていた。


「どうだ」

「何がですか」

「髪だ」

「結んだんですね」

「見れば分かるだろう」

「じゃあ何を聞いてるんです?」

「似合うかどうかだ」


 そこまで言われて、もう一度見る。


 明るい茶色の髪が後ろで一つにまとまり、普段は隠れている首筋が少し出ている。


 似合っている。


 というより、翠先輩は大体何をしてもそれなりに似合う。


「似合ってますよ」

「そうか」

「はい」


 翠先輩の口元が少し上がる。


「可愛い?」

「可愛いですよ」

「ふむ」

「美人でもありますし」

「そうだろう?」


 否定しない。


 むしろ嬉しそうだった。


 翠先輩は結んだ髪を指先で軽く触り、満足そうに一度頷いた。


「褒めても何も出ないぞっ」

「何か出してほしくて言ったわけじゃないです」

「お菓子くらいならあるが」

「出るじゃないですか」

「昨日買ったクッキーだ!」

「じゃあ後でもらいます」

「ちぇっ、現金な男だな」

「くれるって言ったの翠先輩ですよ」


 俺はまたねぎへ向き直った。


 包丁を動かす。


 とん、とん、と小さな音が続く。


 背後では翠先輩がソファの上で足を組み直した気配がした。


「しかし」

「何ですか」

「悠人は普通に言うな」

「何を」

「可愛いとか、美人とか」

「そうですか?」

「そうだぞ」


 俺は少し考えた。


 確かに、言う時は言う。


 翠先輩がそう見えるなら、別に否定する理由もない。


「事実ですし」

「ほう」

「翠先輩、見(・)た(・)目(・)は(・)かなりいいですよ」

「見た目は?」


 すぐ反応した。


 俺は包丁を止める。


「はい」

「今、何か余計なものがついたな」

「つきましたね」

「詳しく聞こうじゃないか」

「やめた方がいいですよ」

「なぜだ」

「せっかく褒められて気分良さそうだったのに」

「構わない」

「本当に?」

「言ってみたまえ」


 声が少し楽しそうだった。


 俺は振り返った。


 翠先輩はソファに座ったまま、こちらを見ている。


 嫌そうではない。


 むしろ何を言われるのか待っている。


「じゃあ言いますけど」

「うん」

「見た目だけなら、かなり普通に美人なんですよ」

「うん」

「服もちゃんとしてるし」

「うん」

「大学で黙って歩いてるだけなら、たぶん結構近寄りがたいくらい綺麗です」

「そうだな」

「自分で全部肯定しますね」

「悠人が言っているからな」

「でも」

「うん」

「喋った瞬間、だいぶ怪しくなるんですよね」


 翠先輩の眉が少し上がった。


「怪しい?」

「まずボクって言うでしょう」

「言うな」

「語尾も変です」

「変ではない」

「『〜したまえ』とか『〜だろう』とか、普通の大学生あんまり言わないですよ」

「品があると言ってほしいな」

「あと妙に偉そうです」

「先輩だからな」

「同級生ですよ」

「先輩でもある」

「それを盾にするところも変です」


 翠先輩は少し黙った。


 俺は続ける。


「それに、昨日窓に頬つけてたんでしょう」

「冷たかったからな」

「十分」

「非常に良かった」

「そこですよ」

「何がだ」

「普通の人は十分もやらないです」

「気持ちいいのに?」

「そういう問題じゃないです」


 翠先輩の口元が少し緩んだ。


 怒ってはいない。


「他には?」

「まだ聞くんですか」

「せっかくだからな」

「何でそんな前向きなんです?」

「面白い」

「自分が攻撃されてるんですよ」

「攻撃なのか?」

「一応」

「では続けたまえ」

 

 何となく嫌な予感がした。


 俺は包丁を置き、手を洗った。


 そのまま冷蔵庫から豆腐を出す。


「面倒くさがり」

「知っている」

「変なところだけ合理的」

「合理的なのはいいことだ」

「味噌汁を自然冷却するのは合理的じゃないです」

「待てば冷めるぞ」

「吹けば早いです」

「その一吹きが面倒だ」

「だから変なんですよ」


 翠先輩が小さく笑った。


「あと、人の家に物を置きすぎです」

「便利だからな」

「俺の部屋ですよ」

「分かっている」

「最近、翠先輩の物が普通に視界に入るんですよ」


 俺は顎でソファの横を示した。


 薄いベージュのカーディガン。


 テレビ台の脇の参考書。


 ローテーブルの端のヘアゴム。


 壁際のコンセントには、白い充電ケーブル。


「増えたな」

「増えました」

「いいことだ」

「何でですか」

「便利になる」

「翠先輩だけですよ」

「悠人もボクの物の場所が分かるようになっただろう」

「それはそうですけど」

「では双方に利益がある」

「俺の利益が薄い」

「ボクが便利そうにしているのを見られる」

「利益扱いしないでください」


 翠先輩はまた笑った。


 俺は鍋へ豆腐を入れる。


 火を弱める。


「あと」

「まだあるのか」

「ありますよ」

「言ってみたまえ」

「家では下着だけで過ごす」

「それは効率だ」

「ペットシート使ったことある」

「それは忘れたまえ」

「首輪を自分で買った」

「気に入っている」

「自分用だって店員に言った」

「言ったな」

「それを大学の鞄に毎日入れてる」

「持っていたいからな」

「十分変ですよ」


 翠先輩の頬が少し膨らんだ。


 ただし、嫌そうではなかった。


「かなり言うな」

「自分で続けろって言ったじゃないですか」

「そうだが」

「もうやめます?」


 聞く。


 翠先輩は一瞬考えた。


「……いや」

「いや?」

「もう少し」

「何でですか」

「何というか」


 翠先輩はソファの上で少し姿勢を変えた。


 膝を抱えるように足を上げ、その上へ頬を乗せる。


「悠人に言われると、腹が立たない」

「それ褒めてます?」

「たぶん」

「普通は変人扱いされたら嫌でしょう」

「美人で可愛いとも言われたからな」

「帳消しになってるんですか」

「むしろ今のところプラスだ」

「強いですね」

「それに」


 翠先輩は少しだけ目を細めた。


「悠人がボクの変なところをちゃんと覚えているの、ちょっと面白い」

 

 俺は手を止めた。


「覚えたくなくても覚えますよ」

「そうか?」

「濃いんですよ、全部」

「濃い」

「一個一個が」

「例えば?」

「首輪」

「うん」

「ペットシーツ」

「だから、それはもういいだろう」

「下着生活」

「普通だ」

「普通じゃないです」

「ボクの家では普通だ」

「その理屈なら何でも成立するでしょう」


 翠先輩はまた笑う。


 さっきより楽しそうだった。


 俺はそこで、少し妙なことに気づいた。


「翠先輩」

「何だ」

「変って言われるの、嫌じゃないんですか」

「誰に言われても平気というわけではないぞ」

「俺なら?」


 少し間が空いた。


 翠先輩は膝の上へ顎を乗せたまま、こちらを見る。


「悠人なら、まあ」

「まあ?」

「……いい」

「何で」

「知らない」

「適当ですね」

「でも」


 翠先輩は一度視線を落とした。


「もう少し悪く言われても、多分平気だな」

「…………」


 俺は黙った。


「何だ、その顔」

「いや」

「言いたいことがあるなら言いたまえ」

「翠先輩って」

「うん」

「ちょっとそういうところありますよね」

「どういうところだ」

「言わせようとするところ」

「何を?」

「自分への悪口」

「悪口ではないだろう」

「じゃあ何です?」

「観察結果」

「便利な言葉使いますね」

「獣医学科だからな」

「関係ないです」


 翠先輩は楽しそうに足を揺らした。


 俺は鍋の味を確認する。


 少し薄い。


 味噌を足す。


「じゃあ最後に一個だけ」

「うん」

「翠先輩、美人で可愛いですけど」

「うん」

「中身はかなり変です」

「うん」

「その喋り方も含めて」

「うん」

「あと、ちょっと面倒くさいです」

「うん」

「何でそんな嬉しそうなんですか」


 翠先輩は少し考えた。


 それから、口元を隠すでもなく笑った。


「褒められたあとだからかな」

「絶対それだけじゃないでしょう」

「さあ」

「怪しいな」

「では、もっと言ってみるかい?」

「やめときます」

「なぜだ」

「調子に乗りそうなので」

「もう少しならいいぞ」

「だから何で許可するんですか」


 翠先輩は答えず、ソファの背もたれへ身体を預けた。


 結んだ髪が肩の後ろへ落ちる。


 俺は鍋の火を止めた。


「ご飯できましたよ」

「うん」

「運んでください」

「ボクが?」

「変人でも手は二本あるでしょう」

「言うようになったなあ」


 そう言いながら、翠先輩は妙に機嫌よく立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。