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「力を隠していた第8王子、英雄になる 〜どうせバレたならトコトンやったら経済大国になりました〜」  作者: FUKA


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第5話:帝国の思惑

灯りを絞った円卓の間には、蝋燭の焦げる匂いと、緊張した沈黙だけが漂っていた。ガルディア帝国の宮廷、円卓の間。長身痩躯、白銀に近い髪を後ろに撫でつけたマクシミリアン皇帝と数名の重臣、そして「影の宰相」の異名を持つ密偵長ゼルギウスが集まっていた。痩せぎすで黒を基調とした地味な衣装を纏い、常に俯き加減で相手の反応をうかがうゼルギウスの佇まいは、陰の気配を色濃く纏っていた。


マクシミリアンは、先代皇帝の急逝により、若くして玉座を継いだ人物だった。即位当初、周辺国からは「経験不足の若造」と侮られ、幾つもの小競り合いを仕掛けられた過去がある。それらを一つ一つ、時に武力で、時に謀略で退けてきた経験が、彼に「力による支配こそが、国を守る唯一の道」という信念を植え付けていた。ゼルギウスは、そんな彼を若い頃から陰で支え続けてきた腹心であり、二人の間には、単なる主従を超えた、長年の信頼関係が築かれていた。


「先の一件、失敗に終わったようだな」


マクシミリアンが、静かに口を開いた。


「申し訳ございません、陛下。エルダシアのスタンピードは、想定を大きく超える速さで鎮圧されました。原因は――かの国の、第八王子です。圧縮空気による衝撃波、光の収束による貫通攻撃、高温の炎、そして爆発と放電――一人の人間が、これほど多岐にわたる系統の魔法を自在に操るなど、前例がございません」


ゼルギウスが、淡々とした口調で報告した。


「その小僧、放っておいてよいものか。暗殺すべきかと」と将軍。


「いや……英雄を暗殺すれば、かえって周辺諸国の結束を招きます」


ゼルギウスは、静かに首を振った。


「それに――かの第八王子、魔石を用いた新しい動力機関を発明したとのこと。魔法を使えぬ平民でも扱える力の源、と」


「魔力の才に関係なく、誰もが等しく強大な動力を扱えるようになれば……我が帝国が積み上げてきた優位性そのものが、根底から揺らぎかねません」


マクシミリアンの声に、微かな苛立ちが滲んだ。


「――監視を強化しろ。技術の流出経路も探れ。奪えるものなら、奪う」


皇帝の一言に、居並ぶ重臣たちは、深く頭を垂れた。


一方その頃、王都エルダシアでは、ラディウスが新たな一歩を踏み出そうとしていた。


「父上、少しお時間をいただけますか。この国の未来について、お話ししたいことがあります」


アルベリク王の執務室を訪れたラディウスは、持参した資料を机に広げた。魔石機関の図面、鉱山での試験導入の結果、そして――彼の頭の中にしかまだ存在しない、幾つもの構想を書き殴った走り書きだった。


「魔石機関は、鉱山の排水設備として、既に確かな成果を上げています。ですが、僕が本当にやりたいのは、これで終わらせることじゃありません」


「終わらせない、とは」


「揚水機、紡績機、脱穀機、巻き上げ機……魔石機関という一つの技術は、応用次第で、この国のあらゆる産業を作り変えられる力を持っています。農業も、織物も、鉱業も――全てが、今よりずっと少ない人手で、ずっと多くを生み出せるようになる」


ラディウスは、次第に熱を帯びていく口調で続けた。


「父上、想像してみてください。荷馬車よりも速く物を運べる仕組み、水車よりも安定して灌漑できる仕組み、そして、この国にしかない技術を求めて、他国から商人が押し寄せてくる光景を。エルダシアは、もう『大国の顔色をうかがうだけの弱小国』ではいられなくなります」


アルベリク王は、しばし言葉を失ったように、息子の顔を見つめていた。これまで「大人しい第八王子」としか見てこなかった息子の口から語られる、あまりにも壮大な構想に、驚きを隠せない様子だった。


「……お前は、随分と先のことまで、見通しているのだな」


「まだ、絵空事に近いかもしれません。ですが、これを実現するには、片手間の発明では足りない。専門に研究し、開発し、製造まで担う、恒久的な組織が必要です」


ラディウスは、一呼吸置いて、はっきりと告げた。


「魔石機関を、鉱山だけに留めておくつもりはない。これを国の基幹産業にする。専門に研究・開発・製造を担う組織が必要です。商会です。王家の後ろ盾を得た上で、僕が代表となり運営します。『エルダシア商会』」


アルベリク王は、机に広げられた図面の数々に、改めて目を落とした。荒唐無稽にも思える話だった。だが、既にスタンピードを単身で退け、鉱山の排水設備で確かな成果を示している息子の言葉には、無視できない重みがあった。


「……分かった。好きにやってみるがいい。だが、王家の名を背負う以上、生半可な結果は許されぬぞ」


「承知しています。必ず、この国の柱にしてみせます」


かくして、アルベリク王の勅許のもと「エルダシア商会」が設立された。最初に世に送り出されたのは、農村向けの小型揚水機関だった。次に鉱山の巻き上げ機――エルダシア商会が生み出す製品は、瞬く間に国中の産業構造を変えていった。


商会設立から一年が過ぎた頃、ラディウスは次なる標的として、この国の織物業に目をつけていた。


「エリー、王都の織物工房を視察してきたんだが、驚いたよ。糸を紡ぐのも、布を織るのも、いまだに一人一台の糸車と手織り機だけが頼りだ。これでは、いくら人手を集めても、生産量には限界がある」


「ラディも、そこにも魔石機関を?」


「ああ。まず、紡績――糸を紡ぐ工程からだ」


ラディウスは、これまで培ってきた魔石機関の技術を応用し、一つの動力で何十本もの錘を同時に回し、大量の糸を紡ぎ出す「紡績機関」の開発に着手した。これまで一人の織り手が一日がかりで紡いでいた量の糸を、紡績機関はわずか半日で紡ぎ出してみせた。


「次は、織りの工程だ」


続いて彼が取り組んだのは、紡がれた糸を布に織り上げる「製織機関」だった。経糸と緯糸を機械的に交差させる機構に、魔石機関の動力を組み込むことで、熟練の織り手が何日もかけて織り上げていた布を、遥かに短い時間で、しかも均一な品質で生産できるようになった。


「これを、商会の工場に導入する。糸を紡ぐ工程から、布を織り上げる工程まで、一貫して機械化する」


だが、この計画を耳にした王都の織物職人たちからは、たちまち強い反発の声が上がった。


「殿下、我々は先祖代々、この手一つで糸を紡ぎ、布を織って生計を立ててまいりました。機械にその仕事を奪われれば、我々は一体、何を頼りに生きていけばよいのですか」


工房の主たちが、ラディウスのもとに詰めかけた。


「機械は疲れも知らず、休みもいらぬと聞きます。人の手が要らなくなれば、我々も、我々の下で働く職人たちも、路頭に迷うことになる」


「その懸念は、もっともだ」


ラディウスは、集まった職人たちを前に、深く頭を下げた。


「僕がやろうとしていることが、あなた方の仕事を奪いかねないというのは、その通りだと思う。だからこそ、一方的に機械を押し付けるようなことはしたくない」


「では、どうなさるおつもりか」


「まず、これまで工房を営んできたあなた方には、新しい工場の管理者、あるいは技術指導役として、それぞれの経験を活かせる立場で迎えたい。長年、糸や布の質を見極めてきた目は、機械化した後の工場でも、何より必要とされるものだ」


ラディウスは、一人一人の顔を見渡しながら続けた。


「そして、これまで糸車や織機を動かしてきた職人たちには、新しい機械の操作技術を、僕らの手で一から教える。今の腕を無駄にはさせない。むしろ、機械を使いこなせるようになれば、これまでよりも多くの布を、より短い時間で仕上げられるようになる。手当ても、それに見合う形で払う」


「機械が、我々の仕事を奪うのではなく……道具が増える、ということですか」


年老いた工房主の一人が、探るように尋ねた。


「そう考えてもらえたら、僕としても嬉しい。それに、急に全ての工房を機械化するつもりもない。まずは希望する工房から、段階的に導入していく。ついていけない、という声があれば、その都度、やり方を見直す」


長い沈黙の後、工房主たちは、互いに顔を見合わせた。


「……殿下がそこまで仰るなら、一度、試させていただこう」


かくして、ラディウスは、王都近郊に大規模な紡織工場を建設し、これまで手作業に頼っていた小規模な工房を、次々と機械化していった。当初は、なお不安を拭えない職人たちも少なくなかったが、ラディウスは工房の主たちを工場の管理者や技術者として雇い入れ、織り手たちにも機械の操作技術を丁寧に教え込むことで、雇用そのものを大きく失わせることなく、生産体制の転換を進めていった。


「殿下、工場から出荷される布の量が、去年の同じ時期と比べて、実に十倍近くにまで伸びております」


商会の報告に、ラディウスは静かに頷いた。エルダシア産の布は、その圧倒的な生産量と品質の均一さから、瞬く間に同盟諸国全体に広まり、やがて国内屈指の輸出品目へと成長していった。かつては農業と魔石鉱山だけが頼りだったこの国に、「織物の国」という新たな顔が加わった瞬間だった。


だが、商会の成功と共に、新たな問題も浮上していた。


「殿下、大変です。隣国の商人が、我が商会の魔石機関を模した粗悪品を作り、勝手に売りさばいております」


その一件を最初に嗅ぎつけたのは、バジルだった。市場に流れる噂話に人一倍耳ざとい彼は、出入りの商人たちから聞き集めた情報を整理し、いち早くラディウスに報告していた。


「坊っちゃま、下町の噂を集めておりましたところ、妙な話が。念のため、お耳に入れておこうかと」


「……助かるよ、バジル。相変わらず地獄耳だな」


「執事たるもの、屋敷の外の空気も読めねば務まりません」


バジルは涼しい顔でそう答えたが、その情報網の広さは、単なる執事の域を超えたものになりつつあった。


「模造品、か……」


ラディウスは、報告書を手に、しばし考え込んだ。粗悪な模造品が出回れば、商会の信用そのものに傷がつく。だが、それ以上に彼が案じたのは、もっと根の深い問題だった。


(これだけの労力と歳月をかけて、紡績機関や製織機関を開発してきたのに、誰かがそれを丸ごと模倣して、開発した本人よりも安く売りさばくことができてしまう。それなら、誰も好き好んで、新しい発明に時間や資金を注ぎ込もうとは思わなくなる)


前世、彼が学んできた歴史の中には、発明者の権利が正当に保護されなかったことで、技術革新そのものが停滞した時代の話も、幾つか含まれていた。逆に、発明者の権利を法で保護する仕組みが整った時代には、次々と新しい技術が生まれ、産業全体が加速度的に発展していった。


(この世界には、まだ「発明を守る」という概念そのものがないのか。だったら、僕がこの国に、その仕組み自体を作ってしまえばいい)


ラディウスは再びアルベリク王のもとを訪れた。


「父上。この国に、新しい法律を作っていただきたいのです。『特許法』と名付けます。発明者が、その発明を一定期間、独占的に扱う権利を国が保証する制度です。この仕組みがあれば、僕以外の者も、新しい発明に挑もうとするはずです。ごく一部の突出した者だけに頼る国ではなく、多くの民が知恵を絞り、技術を競い合う国になる――それこそが、真の国力になります」


「発明を、独占する権利を、国が保証する……?」


アルベリク王は、聞き慣れない言葉を、確かめるように繰り返した。


「それは、つまり、他の者がその発明を真似ることを、法で禁じるということか。だが、良いものを真似て広めることの、何がいけない」


「もちろん、真似ること自体が悪いわけではありません。ですが、無償でいくらでも真似られてしまうなら、誰も好んで、時間や資金を投じてまで新しいものを生み出そうとは思わなくなります」


傍らで話を聞いていた宰相のギルバートも、困惑した様子で口を挟んだ。白髪交じりの髪を几帳面に撫でつけた、実直そうな初老の男である。代々続く文官の家系に生まれ、若い頃から数字と法文を相手に働き続けてきた彼にとって、ラディウスの提案はどれも、これまでの常識を大きく揺さぶるものばかりだった。それでも、頭ごなしに否定するのではなく、まず筋道を確かめずにはいられない――そんな生真面目さが、彼の身上だった。


「殿下、しかし、一定期間とはいえ、発明者一人にその技術を独占させるというのは、いささか虫が良すぎるようにも思えます。他の商人たちから、不満が出ぬとも限りません」


「独占できるのは、あくまで『一定期間』だけです。その期間が過ぎれば、誰でも自由にその技術を使えるようになる。発明者には正当な見返りを与えつつ、いずれは国全体の技術力の底上げにも繋がる――そういう仕組みです」


「では、その独占期間の間は、他の商人は指を咥えて見ているしかない、と?」


ギルバートが、なおも食い下がった。


「いえ、そうではありません。独占期間の間も、発明者の許しさえ得られれば、他の者がその技術を使うことはできます。ただし、その際には、発明者に『特許料』――技術を使わせてもらう対価を、正当に支払う必要があります」


「特許料、ですか」


「はい。無断で真似れば罰則の対象になりますが、対価さえ払えば、堂々と技術を使える。発明者にとっては、独占して自ら売るだけでなく、技術そのものを他者に貸し出して利益を得る道も開けます。技術を欲しがる者が多ければ多いほど、発明者の実入りも増える仕組みです」


「なるほど……発明者は、必ずしも自分で全てを作り売りせずとも、技術そのものを『貸す』ことで稼げる、ということですか」


ギルバートは、腕を組みながら、次第に得心がいったという表情を見せた。


「その通りです。これなら、技術を独占されて商いの道を閉ざされる者もいない。発明者は正当な報酬を得られ、技術を借りたい者は、対価を払えば新しい技術に挑める。双方にとって、損のない仕組みになるはずです」


アルベリク王は、しばし顎に手を当て、考え込んでいた。


「……道理は、分かった。だが、これほどの制度、大陸のどこにも前例がないのだろう」


「はい。ですが、前例がないからこそ、やる価値があると思っています」


長い議論の末、エルダシア王国において、大陸でも類を見ない「特許法」が制定された。


「……侮れんな、あの国は」


帝国のゼルギウスは、届いたばかりの報告書に目を通しながら、独り言ちた。


特許法の制定から間もなく、エルダシア商会の研究院では、新たな課題が持ち上がっていた。


「殿下、少しよろしいでしょうか」


技師長が、困り顔で図面の束を抱えてラディウスの元を訪れた。


「紡績機関、製織機関と、機関の規模が大きくなるにつれ、これまで使ってきた魔石では、出力が追いつかなくなってきております。もっと質の良い魔石――魔力の密度が高いものでなければ、これ以上の大型化は難しいかと」


「質の良い魔石、か……」


ラディウスは、机に広げられた図面に目を落とした。より大きな力を、より安定して引き出すには、原料そのものの質が要になる。これまで国内で採れる、質の低い魔石でどうにか工夫を凝らしてきたが、その工夫にも、そろそろ限界が見え始めていた。


「それに、もう一つ。単純に、量そのものが足りません」


技師長は、さらに深刻な表情で続けた。


「鉄道の敷設計画、各地の工場の増設……これから先の需要を考えますと、今のエルダシア国内の採掘量では、遠からず立ち行かなくなります。今のうちに、新たな供給元を確保しておく必要があるかと」


ラディウスは、静かに頷いた。


(質も、量も、か……)


この国の地下に眠る魔石だけでは、いずれ限界が来る――薄々感じていたことが、こうして明確な形で突きつけられた格好だった。


「分かった。……ちょうどいい。心当たりがある」


ラディウスは、執務室の壁に掛けられた大陸の地図に、静かに視線を向けた。まだ手を伸ばしていない、隣接する国々の存在が、これまでとは違う重みを持って、彼の目に映り始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


【史実おまけ】揚水機と紡績機の技術革新

農業用の揚水は、古代から水車や踏み車といった人力・自然力に頼るものが主流でしたが、蒸気機関の登場により、川の流れに左右されない安定した動力源が得られるようになりました。紡績の分野では、1764年にジェームズ・ハーグリーブスが発明した「ジェニー紡績機」が、一人で同時に複数の糸を紡げる画期的な機械として知られています。さらに1785年、エドモンド・カートライトが発明した力織機は、織布の工程までも機械化しました。


【史実おまけ】特許制度の起源

世界最古の成文化された特許法は、1474年にヴェネツィア共和国で制定された「ヴェネツィア特許法」だとされます。その後、1624年にイギリスで「専売条例」が定められ、近代特許制度の原型となりました。


【史実おまけ】発明を守らなかった代償

発明者の権利が保護されないことで技術革新が停滞した例も、現実の歴史には見られます。中国は紙・印刷・火薬・羅針盤など、ヨーロッパよりずっと早くに数々の大発明を生み出しましたが、14〜15世紀以降、技術革新のペースは西欧に追い抜かれていきました。この謎は「ニーダムの問い」と呼ばれています。


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次回もよろしくお願いいたします。

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バジルの花言葉は、好意、神聖、憎しみ。 今後好意が反転しないといいな。
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