第4話:疑念
窓の外では、既に祭りの余韻も薄れ、王都はいつもの静けさを取り戻していた。パレードから半月が経ったある日、ラディウスはアルベリク王の執務室に呼ばれた。そこには軍務卿と、諜報を統括する密偵長フェリクスの姿があった。片目に古い傷跡を残す、寡黙な壮年の男である。表舞台に立つことのないその立場ゆえに、これまで名を呼ばれることさえ少なかったが、王国の暗部を一手に引き受けてきた、確かな手腕の持ち主だった。
「先の戦いで討伐した魔物の死骸を調べたところ、体内から見慣れぬ魔力の残滓が検出されました。それと、殿下が目撃されたという杖の欠片……あれを鑑定した結果」
「帝国のもの、か」
ラディウスが先んじて口にすると、フェリクスは険しい顔で頷いた。
「あのスタンピードは、自然発生ではなく、何者かに引き起こされた可能性が高いかと」
「エルダシアは、帝国とリンデンヴァルド公国をはじめとする周辺諸国との緩衝地帯に位置しています。この国が乱れれば、周辺一帯の均衡が崩れる。帝国にとっては、大した労力もかけずに地域を揺さぶれる、都合のいい駒だったのかもしれません」
自室に戻ったラディウスは、窓辺に立って夜の王都を見下ろしていた。
「エリー。……僕は、もう十七年間隠してきた力を、一度に全部見せてしまった。だったら、もう中途半端はやめだ。どうせ目立ってしまったのなら――この国を、根本から強くする。帝国のような大国に狙われても揺るがない国にする。資源、食料、そして産業だ」
翌日から、ラディウスは王立研究院の資料庫に籠もり、この国の資源について調べ始めた。夜を徹して資料を読み漁る主を案じ、バジルは毎晩、温かい軽食を運んでは、書斎の隅に控えていた。
「坊っちゃま、根を詰めすぎるのは体に障ります。少しでも、お召し上がりください」
「ああ、すまない、バジル」
ラディウスは軽食に手を伸ばしながらも、資料の山から顔を上げた。ふと、思いついたように口を開く。
「なあ、バジル。お前は、この国のことなら、僕よりも詳しいだろう。エルダシアで採れる資源といえば、何がある」
「資源、でございますか」
バジルは、暫し記憶を辿るように視線を上げた。
「木材や麻、それに南部の岩塩などは、細々と採れておりますが……取り立てて豊かというわけではございません。強いて申し上げるなら、東部の山間に、魔石の鉱脈が幾つかございます」
「魔石、か」
「ええ。もっとも、あの辺りで採れる魔石は含有する魔力が薄く、旧来の魔道具に組み込んでも、ささやかな灯りや温もりを引き出せる程度のもの。商いとしては、大した値もつきませぬ」
バジルは、さして重要でもない話題だという口ぶりで、そう付け加えた。だが、その一言が、ラディウスの中で何かに触れた。
「質が低い、か……。でも、量はあるんだな」
「はい。質はともかく、量だけは、それなりに」
「バジル、その魔石の鉱脈について、詳しい資料はあるか」
「調べておきましょう。ですが、坊っちゃま、あのような二束三文の石に、何のご興味が」
ラディウスは、資料の束の合間から、ふと視線を宙に漂わせた。
(質の低い魔石でも、量さえあれば……使い道はある。魔力を高熱に変換して、絶えず放出し続けるあの性質。あれは、前世でいう「燃料」そのものじゃないか)
「……もしかしたら、宝の持ち腐れかもしれないな、それ」
「は?」
「いや、こっちの話だ。バジル、頼めるか」
「畏まりました。すぐに、東部の鉱山管理局から資料を取り寄せます」
バジルは不思議そうな顔をしながらも、一礼して部屋を後にした。その背を見送りながら、ラディウスは静かに、しかし確かな手応えと共に、資料に新たな言葉を書きつけた。
「魔石」――その三文字に、彼は太く線を引いた。
生返事をしながらも資料に目を落とし続けるラディウスの姿に、バジルは小さくため息をつきながらも、それ以上は強くは言わなかった。
数日後、バジルが取り寄せた資料に目を通しながら、ラディウスは確信を深めていった。エルダシア王国の地下には、質は低いものの、比較的豊富に魔石が採れる鉱脈が眠っていた。魔石とは、大気中に漂う魔力が、長い年月をかけて鉱物の中に凝縮・結晶化したもので、それ自体は熱も光も発しない、ただの魔力を帯びた石に過ぎない。この国で採れるものは、含有する魔力の密度が低く、装飾品や、ごく簡易な魔道具の触媒として使われる程度の価値しかなかった。
(魔力を帯びているだけの石、か……これは、前世でいう「未精製の燃料」のようなものじゃないか。魔石そのものに何かをさせるんじゃない。この石が抱え込んでいる魔力を、僕の術式で強制的に、絶え間ない高熱に変換してやればいい)
前世、彼はIT企業の経営者として最先端の技術に触れてきたが、その知識の根底には、産業革命の歴史――蒸気機関がいかにして社会を変えたかという知見もあった。
ラディウスはまず、魔石に「持続燃焼」の魔方陣を刻む研究から始めた。魔石そのものは何の作用も持たない、いわば「魔力の貯蔵庫」に過ぎない。そこに、外部から魔力を汲み上げ、高熱へと変換し続ける術式を、彼自身の手で組み込む必要があった。最初の試作は、石に蓄えられた魔力を制御しきれず、わずか数分で魔石が砕け散る失敗に終わったが、発熱と冷却のバランスを取る制御術式――魔力の吸い上げ量を一定に保つ「安全弁」のような役割を持つ魔方陣を組み込むことで、ようやく安定した高熱源を作り出すことに成功した。
次に彼が取り組んだのは、その熱で水を沸騰させ、発生した蒸気の圧力でピストンを動かす機構だった。密閉したシリンダーの中に蒸気を送り込み、その圧力でピストンを押し出す。ピストンが端まで達したところで、今度は反対側に蒸気を送り込んで押し戻す――この往復運動を、クランクと呼ばれる部品で回転運動に変換することで、車輪や歯車を回し続けられる仕組みだった。数ヶ月の試行錯誤の末、ついに小型の試作機が完成した。
シュッ、シュッ、シュッ――。
規則正しい駆動音が、研究院の一室に響いた。
「動いた……!」
魔石機関と名付けられたこの発明は、まず鉱山の排水設備として試験導入されることになった。これまで人力に頼っていた排水作業が、魔石機関の導入によって桁違いの効率で行われるようになり、鉱山の採掘量は瞬く間に向上していった。
試験導入に際しては、ダグラスが自ら現地に赴き、設備周辺の警護体制を整えた。
「殿下の発明を、盗もうとする輩がいないとも限りません。鉱山の警備は、私にお任せください」
護衛隊長としての職務を超え、ダグラスは次第に、ラディウスの事業そのものを守る役割も担うようになっていった。
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【技術おまけ】蒸気機関の仕組み
蒸気機関の基本原理は、水を熱して発生させた高圧の蒸気で、シリンダー内のピストンを押し動かすというものです。片側に蒸気を送ればピストンが押され、反対側に切り替えれば押し戻される。この直線的な往復運動を「クランク機構」という部品で回転運動に変換することで、車輪や歯車を連続的に回し続けられるようになります。現実のワット式蒸気機関も、まさにこの「往復運動→回転運動」の変換が最大の技術的ブレイクスルーでした。それまでの蒸気機関(ニューコメン機関)はポンプの上下運動にしか使えませんでしたが、ワットの改良により、あらゆる機械を動かせる汎用動力に進化しました。
【史実おまけ】蒸気機関と産業革命
現実の18世紀イギリスでも、これとよく似た転換が起きています。1712年にトーマス・ニューコメンが実用的な蒸気機関を発明し、当初は炭鉱の排水ポンプとして使われました。これを1769年にジェームズ・ワットが大幅に改良し、回転運動を取り出せるようにしたことで、紡績機や工作機械にまで応用が広がり、「産業革命」と呼ばれる社会の大転換が始まりました。
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