第3話:凱旋
抜けるような青空の下、色とりどりの旗と花びらが風に舞っていた。スタンピード鎮圧から三日後、王都エルダシアの目抜き通りには、朝から非常に多くの民が詰めかけていた。
「見えた! 第八王子様のお姿だ!」
歓声が波のように広がる中、白馬に跨がったラディウスが姿を現した。普段は目立たぬよう地味な服装ばかりを選んでいた彼だが、この日ばかりは正装用の礼服に身を包んでいた。傍らを固める護衛の先頭には、剣を佩いたダグラスの姿があった。これまでの「剣術指南役」という肩書きは既に返上し、この日から正式に、ラディウス専属の護衛隊長を任されていた。
(十七年かけて、目立たないように生きてきたのに……とんだ皮肉だな)
パレードの後、王城の大広間では祝賀の宴が催された。舞台裏では、執事のバジルが、給仕や装飾の采配に忙しく立ち働いていた。主が急に人前に立たされることになり慌ただしくなった身の回りの世話も、彼が一手に引き受けていた。
「バジル、こんな時まで働かせてすまないな」
宴の合間、ラディウスがそう声をかけると、バジルは穏やかに首を振った。
「坊っちゃまが表舞台に立たれる日を、私はずっと心待ちにしておりました。この程度、忙しいうちには入りません」
その一言に、ラディウスは小さく苦笑した。長年、何も言わずに傍らで支え続けてきたこの執事の忠義を、彼は改めて噛み締めていた。
アルベリク王・王妃、そして王位継承権を持つ七人の兄王子たちが勢揃いする中、ラディウスは主賓としてその中央に据えられていた。
第一王子・ガイウスは、酒杯を傾けながら、値踏みするような目でラディウスを見ていた。鍛え上げられた筋骨隆々の体躯、日に焼けた肌、短く刈り込んだ赤茶けた髪。頬に残る幾多の戦いの傷跡が、彼の武勲を物語っている。齢二十五、次期国王と目される武闘派の王子である。
物心ついた頃から、ガイウスは「長男」であることを、常に周囲から求められて育った。八人兄弟の長子として、剣の腕でも、統率力でも、誰よりも秀でていなければならない――その重圧の中、彼は幼い頃から兵と共に汗を流し、幾多の演習と、時には実戦にも身を投じてきた。頬の傷跡の一つは、十六歳の時、国境の小競り合いで負ったものだった。血の滲むような努力の末に築き上げてきた「次期国王」としての地位が、突如として現れた規格外の弟によって揺らぐことに、彼が人一倍過敏だったのも、無理からぬことだった。
「……第八王子。あの規格外の力、いつから隠していた?」
宴もたけなわとなった頃、ガイウスがラディウスの席に近づき、静かに問いかけた。
「物心ついた頃からです、兄上。ただ、目立つのが苦手なもので」
「目立つのが苦手、ね……。十七年もの間、王家の人間でありながらその力を伏せていた。それが何を意味するか、お前は分かっているのか? 隠し事をする王族は、いずれ隠し事のために動く。今日は国を救ったが、明日は……」
言葉を濁したガイウスの視線の先には、暗に「王位」という単語が浮かんでいた。
その夜、王城の別の一室では、第一王子ガイウスが側近たちを集め、密やかに話し合っていた。
「あの第八王子、放っておけば厄介なことになる。監視をつけろ」
その密談の気配を、廊下を巡回していたダグラスが、少し察知していた。
(妙な緊張感だな……あの部屋の周辺は)
護衛隊長としての勘が、小さな警鐘を鳴らしていた。だが、確たる証拠もない段階で騒ぎ立てるべきではない――そう判断し、ダグラスはこの違和感を、静かに己の記憶に留め置くだけにした。
穏やかな余生を望んだはずの第八王子の周りに、王城という名の戦場が、静かにその輪郭を現し始めていた。




