第2話:覚悟
2話目もお読みいただきありがとうございます。
ここから実際の歴史を元に異世界を革命していきます。
近代世界史などを調べながら読んでいくとより面白くなるかと思います。
よろしければご感想もいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
焦げた土と血の匂いが、まだ衣服に染み付いていた。戦いの後、ラディウスは国王であるアルベリク王に呼び出された。白髪交じりの豊かな髭を蓄えた、恰幅の良い壮年の王は、しかし今は驚きと戸惑いを隠せない表情で、ラディウスを見つめていた。
「ラディウス……お前、なぜ今まで力を隠していた」
父の問いに、彼はしばし黙り込んだ。十七年をかけて築いた「凡庸な王子」という仮面が、今、音を立てて崩れていくのを感じていた。
(どう答えれば、いい……)
正直に話せば、王家の人間でありながら十七年もの間、力を偽り続けてきたことへの叱責は免れないだろう。だが今、彼の胸を占めていたのは、そんな打算ではなかった。崩れかけた城門の前で膝をついた瞬間、脳裏を過ぎったのは、前世で最後に見た、あの蛍光灯の光だった。
(あの時、俺は「後で」と言い訳をして、目の前の異変から目を逸らし続けた。そして、全てを失った)
今度もまた、同じことを繰り返すのか。「目立ちたくない」「穏やかに生きたい」という願いを言い訳に、救えるはずの命から、目を逸らし続けるのか――その自問が、鋭い棘のように、彼の胸を刺していた。
「……隠していたのは、楽に生きたかったからです。でも、もう十分に楽をさせてもらいました」
ラディウスは一度言葉を切り、崩れた城壁の方角へ視線をやった。脳裏には、逃げ惑っていた民の顔、震えながらも槍を握っていた若い兵士の顔が浮かんでは消える。
「城壁が破られたあの瞬間、気づいたんです。救える力を持っているのに、それを見せないという選択は……ただの怠惰じゃないかと。僕はずっと、『無理をしないこと』を言い訳にしてきました。でも、目の前で人が死にかけているのに、力を出し惜しみするのは、もう違うと思ったんです」
ラディウスは拳を握りしめた。手のひらに、まだ剣戟の余韻にも似た痺れが残っている。それでも、この痛みこそが、今の自分が「生きている」証のように思えた。
「守れるのに、守らない。それは罪だ――そう思ったから、僕は動きました。これからは、この力を国のために使います、父上」
口にしてしまえば、それはもう後戻りのできない宣言だった。静かな余生を望んだはずの自分が、自らその道を閉ざしていく――皮肉な話だと、彼自身も思う。だが、不思議と、後悔はなかった。むしろ、長年抱え続けてきた息苦しさが、ようやく解けていくような、そんな感覚さえあった。
そして、懐から取り出した帝国の徽章を、父の前に差し出した。
「それに……この国は、思っていたより危うい場所に立っているようです。帝国が動き出す前に、備えなければなりません」
その言葉に、王は驚きながらも、深く頷いた。城内にも城下にも、瞬く間に噂が広がった――「力を隠していた第八王子が、国を救った」と。だが、その裏で帝国の影が蠢いていることを知る者は、まだ数えるほどしかいなかった。
かくして、まったりとした余生を望んでいた第八王子は、皮肉にも自らの意志で「英雄」としての道を歩み始めることになる。傍らには、七年前からその秘密を知り、そっと背中を押し続けてきた婚約者エレインの姿があった。
――◆――
戦場の後片付けに追われる兵士たちの中に、一人、複雑な表情でラディウスを見つめる青年がいた。宮廷騎士団に所属する若手のホープ、ダグラスである。
四年前――ラディウスが十三歳になった年、彼は剣術の家庭教師としてラディウスに付けられていた。当時、周囲の誰もが「第八王子は、剣の才にも恵まれていない」と噂しており、通常の集団稽古では効果が見込めないという理由で、王家が急遽、腕利きの若手騎士を専属で付けることを決めたのだ。白羽の矢が立ったのが、当時から騎士団内で頭角を現していたダグラスだった。
「よろしくお願いします、殿下」
「よろしく、ダグラス卿」
初めてまみえたラディウスは、噂に違わぬ「凡庸さ」を見せた。剣筋は素人然としており、体捌きもぎこちない。だが、ダグラスは指南役を務める中で、幾度となく小さな違和感を覚えていた。
(妙だ……この方の筋の悪さは、あまりにも一定しすぎている)
本当に才のない者は、下手さにムラがあるものだ。だがラディウスの動きは、まるで「この程度の失敗をしておく」という帳尻を、意図的に合わせているかのような、不自然な均一さがあった。時折見せる、少しの身のこなしの良さ――重心の移動、力の抜き方――そこにだけ、彼の本来の才が、微かに顔を覗かせているように、ダグラスには感じられた。
「殿下は、本当は、もっとできるのではありませんか」
一度だけ、ダグラスはそう尋ねたことがあった。ラディウスは困ったように笑い、「買いかぶりすぎだよ、ダグラス卿」とだけ答えた。それ以上、ダグラスも追及はしなかった。だが、胸の奥のその疑念は、四年間、消えることなく燻り続けていた。
そして今、崩れた城壁の前に立ち尽くすラディウスの姿を見て、ダグラスは静かに、しかし深く息を吐いた。
「……やはり、そうだったのですね、殿下」
その呟きは、誰の耳にも届かぬまま、戦場の喧騒に溶けていった。だが、この瞬間から、ダグラスの立場は大きく変わることになる。もはや「凡庸な王子の剣術指南役」ではなく、この国の英雄の右腕として、彼は新たな道を歩み始めることになったのだった。




