第30話:婚礼
大聖堂のステンドグラスを通した光が、幾つもの色に染まって石畳に落ちていた。祝福の花の香りが、堂内いっぱいに満ちている。議会制度が軌道に乗り始めたある年、ラディウスとエレインの婚礼の日が、ついに訪れた。十歳での婚約から、実に十年以上の歳月が流れていた。
王都エルダシアの大聖堂には、両国の王族、そして同盟諸国――バルトレインのグレアム王、ゲルニアのヴァルター公爵、ヴァレンシアのアルフォンス国王、さらには帝国からも祝賀の使者が訪れ、かつて敵対していた国々までもが、この慶事を共に祝う光景が広がっていた。列席者たちの華やかな衣装が、光を受けてきらめき、パイプオルガンのおごそかな旋律が、高い天井に反響していた。
純白のヴェールを被ったエレインが、父レインハルトに手を引かれ、バージンロードをゆっくりと歩んでくる。その足取りは、十歳のあの日、震えながら井戸端で秘密を共有した少女のものとは、まるで別人のように、堂々としていた。ラディウスは、祭壇の前で、彼女の姿から目を離せずにいた。
「まさか、この日を、これほど多くの国々に祝ってもらえるとは、思ってもみなかった」
純白の礼服に身を包んだラディウスが、そう呟いた。隣に立つエレインは、静かに微笑んだ。
「殿下が、剣ではなく、信頼で結んできた縁の数々です。当然の結果かと」
「殿下、はもう卒業しないと。今日からは、夫婦なんだから」
「では……人前でも、あの呼び名を使わせていただきますね」
エレインは、悪戯っぽく目を細めた。
「ラディ」
「……エリー」
十年前、井戸端でこっそりと交わした約束が、大勢の列席者を前に、初めて公の場で呼び合われた瞬間だった。その響きに、二人は思わず顔を見合わせ、小さく笑い合った。
二人は、これまでの十年以上の歳月――井戸端での秘密の共有、七年の文通、そして幾多の困難を共に乗り越えてきた日々を、静かに振り返りながら、誓いの言葉を交わした。窓から差し込む光が、二人の影を、一つに重ねるように石畳へと落としていた。
「これからも、共に歩んでほしい」
「はい。どこまでも」
指輪を交わす手が、微かに震えていた。それは緊張のせいなのか、それとも込み上げる想いのせいなのか、ラディウス自身にも、もはや判別がつかなかった。誓いの口づけに、列席者たちから、割れんばかりの祝福の拍手が沸き起こる。
列席者の中には、正装に身を包んだダグラスと、目元を少し潤ませたバジルの姿もあった。護衛の任を一時他の部下に預け、この日ばかりは一人の列席者として、ダグラスは主の門出を見届けていた。バジルは、そっとハンカチで目元を押さえながら、隣に立つダグラスに小さく囁いた。
「坊っちゃまが、ここまで来られるとは……」
「ああ。まったくだ」
普段は寡黙なダグラスも、その日ばかりは、素直にそう頷いていた。長年、それぞれの立場から主を支え続けてきた二人にとって、この光景は、何よりの誇りだった。
大聖堂に響く祝福の鐘の音が、大陸中に、この新たな時代の到来を告げるかのようだった。空高く放たれた白い鳩の群れが、王都の空に、大きな弧を描いて舞い上がっていった。
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