第27話:調印
蹄の音と共に、帝国の紋章を掲げた馬車が、王城の門をくぐった。ゼルギウスの失脚から一ヶ月後、エルダシアの王城に、帝国からの正式な使者が到着した。
「エルダシア国王陛下、並びにラディウス殿下に、マクシミリアン皇帝陛下より書状を預かって参りました」
使者が丁寧に差し出した書状には、マクシミリアン皇帝直筆の署名と共に、こう記されていた。
『貴殿の提案せし「魔石技術共同管理機構」への参加を、正式に決定した。ついては、調印のため、両国の代表による会談の場を設けたい』
謁見の間に、静かな、しかし確かな喜びのざわめきが広がった。
「殿下、成し遂げましたな……」
ギルバートが、感慨深げに呟いた。ラディウスは静かに頷いたが、その表情に、まだ気の緩みはなかった。
「まだ、調印までは気を抜けません。それに――これは終わりじゃなく、始まりです。技術を分かち合った後、本当にこの枠組みがうまく機能するか。それを確かめるのは、これからです」
調印の場には、エルダシア、ガルディア帝国、バルトレイン、ゲルニア、リンデンヴァルド、ヴァレンシア――大陸の主要国が一堂に会することとなった。かつて、互いに敵対し、あるいは無関心であった国々が、一つの円卓を囲む光景は、大陸の歴史上、初めてのことだった。会場の隅では、ダグラスが警備の全体を統括し、バジルもまた、調印式に集う各国要人たちの応対に、忙しく立ち回っていた。長年、それぞれの持ち場で主を支え続けてきた二人にとって、この光景は、これまでの苦労が報われる瞬間でもあった。
「これより、『大陸産業共同管理機構』の設立を、正式に宣言する」
議長を任されたラディウスが、静かに、しかし力強く告げた。
「魔石機関の中核技術は、以後、この機構に参加する全ての国に公開される。同時に、参加国は、技術の軍事転用について相互に監視し合い、違反があれば、機構全体からの経済的制裁を受けることに合意する」
各国の代表が、次々と協定書に署名していく。最後に進み出たのは、ガルディア帝国のマクシミリアン皇帝自身だった。
「……正直、これほど早く、こうして自ら足を運ぶことになるとは、思っていなかった」
マクシミリアン皇帝は、羊皮紙に自らの名を刻みながら、そう呟いた。
「だが、ゼルギウスの一件で、私も気づかされた。力による支配を続ける限り、我が帝国は、いつまでも『奪う側』であり続けねばならぬ。それは、いずれ限界を迎える道だ」
署名を終えたマクシミリアン皇帝は、ラディウスに向き直った。
「ラディウス殿。貴殿の提案、受けて正解だったと、今は思っている」
「こちらこそ、陛下の英断に感謝いたします」
二人の握手を合図に、円卓の間に、大きな拍手が沸き起こった。剣ではなく、産業と信頼によって結ばれた、大陸初めての大同盟が、こうして正式に発足した瞬間だった。
機構の発足から半年、大陸の景色は、目に見えて変わり始めていた。
帝国内でも、魔石機関を用いた工房が次々と建設され、これまで軍事一辺倒だった国の産業構造が、大きく多角化していった。鉄道網も、帝国領内への延伸計画が持ち上がり、大陸を横断する形での敷設が検討され始めていた。
「殿下、帝国からの発注が、想定を大きく上回っています。魔石機関の需要が、これほど急速に伸びるとは」
エルダシア商会の報告に、ラディウスは静かに目を細めた。
「産業が育てば育つほど、戦争は割に合わなくなる。これで、大陸全体が、ようやく血を流さずに済む土台に立てたのかもしれない」
エレインが、傍らでその様子を見守りながら、静かに微笑んだ。
「殿下が十七歳のあの日、城壁の前で誓ったこと――守れるのに守らないのは罪だ、というあの言葉。ずっと、その通りに歩んでこられたのですね」
「まだ、途中だけどね」
ラディウスは、窓の外に広がる、鉄道と工房の煙が織りなす、新しい時代の景色を見つめながら、小さく笑った。
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