第26話:最後の謀略(後編)
ボスの討伐と時を同じくして、丘の上で捕縛作戦にあたっていた部隊が、逃げ遅れた一人の魔術師を捕らえたという報告が届いた。この捕縛作戦の指揮を執っていたのも、ダグラスの部下たちだった。ラディウスが極大魔法に全神経を集中させている間、周囲の安全と索敵を担っていたのは、紛れもなく彼らの働きだった。
拘束されたのは、帝国式の紋章が刻まれた指輪を身につけた、初老の魔術師だった。エルダシアの尋問室で、当初こそかたくなに口を閉ざしていたが、討伐された双頭の獅子から回収された、術式起動用の魔道具――それに刻まれた製造元の紋様を突きつけられると、次第にその態度が揺らぎ始めた。
「これは、帝国内でも限られた者しか扱えない、特殊な魔道具の意匠だ。どこで作られたものか、既にある程度は調べがついている」
ラディウス自身が、静かに、しかし逃げ場を塞ぐように問い詰めた。
「あなたは、誰の命令で、あの群れと、あのキメイラを作り上げた」
長い沈黙の後、魔術師は観念したように肩を落とした。
「……閣下の、御命令だ」
「閣下、とは」
「影の……宰相閣下だ」
「その研究施設の場所は」
「山岳地帯の……北方の、人里離れた谷の奥だ。座標は……」
魔術師は、震える声で、施設の詳細な位置と、そこで行われていた合成獣の量産の実態――禁忌とされる融合術式によって、獣や魔物を無理やり掛け合わせ、あの双頭の獅子を頂点とする軍勢に仕立て上げていたことを、洗いざらい語った。
「閣下は……仰っていた。あの技術供与が実現すれば、我らの役目は終わる、と。それを阻止するための、最後の手段だと」
ラディウスは、静かに目を閉じた。
(あの円卓の間で、最も強く懸念を示していたのは、ゼルギウスだった……)
技術供与によって、これまで自らが築き上げてきた「謀略」という役割そのものが不要になることへの恐れ――その可能性に、ラディウスは思い至った。
捕らえた魔術師の証言と、押収した魔道具の意匠――二つの確かな証拠を携え、ラディウスは正式な抗議を帝国へと届けた。
「――ゼルギウスの独断だと?」
証拠を受け取った帝国の宮廷は、激震に見舞われた。マクシミリアン皇帝の声が、円卓の間に低く響いた。
「申し開きがあるなら、聞こう」
呼び出されたゼルギウスは、もはや言い逃れのできない証拠――捕縛された部下の証言、そして施設の実在を示す押収品を前に、静かに膝をついた。
「……陛下。全ては、この国のためを思っての行動でした。あの技術供与を受け入れれば、我が帝国は、いずれエルダシアの影響下に組み込まれる。それを阻止するためには、他に道がないと」
「国のため、だと? 禁忌の合成獣で軍勢を作り上げ、罪もない村々を蹂躙させたその行為が、国のためだと申すか」
マクシミリアン皇帝の声に、これまでにない怒りが滲んでいた。
「そなたの独断は、帝国そのものの信義を、地に落とすところだった。エルダシアが、この一件を大々的に公表していれば、我が帝国は、大陸中から『卑劣な謀略国家』の烙印を押されていたであろう。そなたが守ろうとした帝国の誇りを、そなた自身が、最も深く傷つけたのだ」
「陛下……」
「宰相の任、解く。以後、二度と、政に関わることまかりならぬ」
長年にわたり、帝国の影として権勢を振るってきた男の失脚は、こうして、あっけないほど静かに、しかし確実に決まった。
この一件は、皮肉にも、帝国内部の空気を大きく変えることとなった。
「ゼルギウスの独断による凶行だったとはいえ……エルダシアが事を荒立てず、証拠に基づいて静かに事実を届けてきたその対応、いっそ不気味なほどだ」
「いや。むしろ、あの技術供与の提案が、口先だけのものではないという証だったのかもしれません」
強硬派であった将軍たちの間にも、次第に、これまでとは異なる空気が生まれ始めていた。マクシミリアン皇帝は、しばし黙考した後、静かに命じた。
「――エルダシアへ、正式な返答を送る準備をせよ。かの提案、受け入れる方向で」
一方、エルダシアの王城では、ラディウスがエレインと共に、帝国からの一報を待っていた。
「殿下、今回の一件、殿下の対応が、かえって帝国側の信頼を勝ち得ることになったのかもしれませんね」
「そうだといいけどね」
ラディウスは、静かに窓の外を見つめた。
(これで、終わりじゃない。だが、大きな一歩には、なったはずだ)
剣を抜かぬ決着への道は、幾多の困難を乗り越えながら、確かに、その最終局面へと近づいていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回のエピソードに関する史実・技術おまけはありません。
感想やブックマークをいただけますと、とても励みになります。誤字脱字等ございましたら、お気軽にご報告いただけますと助かります。
次回もよろしくお願いいたします。




