第23話:提案
円卓を囲む視線が、一斉にラディウスへと集まった。帝国の武人たちに囲まれたこの場でも、ラディウスのすぐ背後には、微動だにせず控えるダグラスの姿があった。その静かな佇まいは、居並ぶ帝国の将軍たちにも、確かな圧を感じさせるものだった。
「単刀直入に申し上げます」
ラディウスは、持参した資料を円卓に広げた。
「魔石機関の中核技術――発熱と冷却を制御する魔方陣の術式を、貴国に公開いたします」
円卓の間に、これまでで最も大きなどよめきが広がった。将軍の一人が、思わず身を乗り出す。
「な……本当か。あれほどまでに、他国への流出を警戒していたはずの技術を」
「はい。ただし、無条件にではありません」
ラディウスは静かに続けた。
「これは、エルダシア一国のための独占技術としてではなく、大陸全体で共有する『共同の枠組み』として提供します。魔石の産出、機関の生産、そしてその用途――これらを、参加する全ての国が相互に監視し合う。軍事転用が発覚すれば、他の参加国全体からの経済的な制裁を受ける。そういう仕組みです」
ゼルギウスが、探るような目でラディウスを見た。
「……なぜ、そこまでする。貴殿らにとって、この技術の独占こそが、これまでの優位性の源泉だったはずだ」
「その通りです。ですが、力の差が開いたまま固定されてしまえば、持たざる側は、いずれ追い詰められていきます。そして追い詰められた国は、正面からではない手段――暗殺や、謀略に頼らざるを得なくなる。これは、貴国に限った話ではありません。力の差というものが、いつの時代も引き起こしてきた、必然の帰結です」
ラディウスは、ゼルギウスに真正面から視線を向けた。
「これまで、様々な手段を講じてこられたのだと思います。ですが、それは僕らを憎んでのことではなく、純粋に、力の差を埋める手段が、それしかなかったからではないでしょうか」
ゼルギウスは、しばし沈黙した後、小さく頷いた。
「……否定はしない」
「技術を共有すれば、貴国もまた、魔石機関を使った産業を、自国で興せるようになります。そうなれば、これから先の両国の関わり方も、『力の差を埋め合う』ものから、『同じ土俵で、より良いものを作り合う』ものへと変わっていくはずです。剣を持ち出す戦争ではなく、産業での競争に」
マクシミリアン皇帝は、しばし黙考した。
「……我が帝国が、この枠組みに加われば、貴国らの経済圏に、我が帝国の産業基盤まで組み込まれることになる。それは、我が帝国にとって、どのような意味を持つ」
「大きな意味を持ちます」
ラディウスは即答した。
「魔石も、鉄鉱石も、食料も、技術も――互いの国の産業が深く結びつけば結びつくほど、戦争は、相手だけでなく、自国の経済基盤をも破壊する行為になります。剣を抜けば、自分の足を斬ることになる。そうなれば、どちらの国も、簡単には剣を抜けなくなる」
「戦を、望んでも戦えぬ状況を、自ら作れと言うのか」
「はい。それこそが、僕がこの技術供与によって、本当に目指しているものです」
円卓の間に、長い沈黙が落ちた。将軍の一人が、苛立たしげに口を開く。
「陛下、このような提案、罠かもしれません。技術を公開すると見せかけ、我が帝国の産業構造そのものを、エルダシア主導の経済圏に組み込むための策かと」
「その懸念は、当然だと思います」
ラディウスは、動じることなく答えた。
「ですから、対等な立場での参加を保証します。この枠組みの運営は、エルダシア一国が主導するのではなく、参加国全てが対等な発言権を持つ合議制とします。貴国が加われば、貴国もまた、この枠組みの運営に、正式な発言力を持つことになります」
マクシミリアン皇帝は、円卓に広げられた資料に、じっと視線を落としていた。長い沈黙の後、静かに口を開く。
「……正直に言えば、にわかには信じがたい提案だ。だが」
マクシミリアン皇帝は、ラディウスをまっすぐに見据えた。
「これまで、我が帝国が仕掛けてきた幾つもの企み――暗殺、スパイ活動、代理戦争――その全てが、貴殿の前に不発に終わった。力でも、謀略でも崩せぬ相手が、今度は自ら、力の源泉を差し出そうとしている。この意味を、我が帝国は正しく理解する必要があるだろう」
「陛下……」
将軍が何か言いかけたが、マクシミリアン皇帝は片手を挙げてそれを制した。
「即答はできぬ。だが、この提案、我が帝国としても、真剣に検討する価値があると考える。時間をいただきたい」
「もちろんです。急いで結論を出していただく必要はありません。ただ――」
ラディウスは、静かに続けた。
「一つだけ、お伝えしておきたいことがあります。この提案は、貴国を弱体化させるためのものではありません。むしろ、貴国がこれから先も、大陸有数の大国であり続けるための道でもあると、僕は考えています。力による支配は、いずれ限界を迎える。ですが、産業と技術による繁栄には、限界がありません」
マクシミリアン皇帝は、しばし黙したまま、ラディウスを見つめていた。その目には、これまでの敵意とは異なる、何か別の感情――値踏みとも、興味とも取れる光が、静かに宿っていた。
「……面白い男だ、貴殿は」
マクシミリアン皇帝は、小さく笑った。
「良かろう。この件、帝国内でしかるべき議論を重ねた上で、正式な返答をする。しばし、時をくれ」
「お待ちしております、陛下」
円卓の間を辞した使節団は、帝都に用意された宿舎へと戻った。長い交渉の末、まだ結論こそ出ていないものの、これまでの敵対関係とは明らかに異なる空気が、確かにそこには生まれていた。
「殿下……信じられません。あの帝国が、真剣に検討すると言うとは」
将軍レイフが、興奮を隠せない様子で呟いた。ラディウスは静かに頷きながら、窓の外、帝都の夜景を見つめていた。
(まだ、終わったわけじゃない。反対派も、まだ多く残っているはずだ)
ゼルギウスの、あの探るような視線を思い出しながら、ラディウスは静かに気を引き締めた。剣を抜かぬ決着への道は、まだ半ばに差し掛かったばかりだった。
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