第22話:帝国への道
荷馬車に積まれた資料の束と、旗を掲げた馬たちが、出発の時を待っていた。同盟諸国からそれぞれ代表を募り、ラディウスを団長とする使節団が編成された。バルトレインからは将軍レイフ、ゲルニアからはヴァルター公爵自らが、ヴァレンシアからは国王アルフォンスの名代として重臣が、そしてリンデンヴァルドからは、婚約者としてだけでなく専属代理契約の当事者でもあるエレインが、それぞれ名を連ねた。護衛の指揮は、当然のようにダグラスが執った。
「殿下、今回ばかりは、私が片時も傍を離れません」
「頼りにしているよ」
一方、王都に残るバジルには、ラディウスの不在中の一切を任せていた。
「坊っちゃまの留守は、この私が万事、抜かりなく取り仕切ります。どうか、心置きなく行っていらしてください」
長年の信頼を込めたその一言に、ラディウスは静かに頷いた。留守を任せられる者がいるという安心感が、彼の背を、確かに押していた。
「殿下、本当に私も同行してよろしいのですか」
出発前夜、エレインが尋ねた。
「ああ。今回の交渉は、技術供与だけじゃない。リンデンヴァルドとの専属代理契約が、実際にどれだけこの国を豊かにしたか――その実例として、君の言葉が必要になる場面もあるはずだ」
「承知しました。恥じぬよう、務めさせていただきます」
一行は、完成したばかりの鉄道の一部区間を使い、これまでよりも遥かに速く国境地帯まで移動した。そこから先は馬車に乗り換え、大陸を北上し、ガルディア帝国の帝都を目指す。
「殿下、この先は、我々エルダシア同盟の人間にとって、初めて足を踏み入れる土地になります」
外交官クレイグの言葉に、ラディウスは静かに頷いた。
(暗殺すら検討し、スパイを放ち、代理戦争まで仕掛けてきた相手のもとへ、自ら足を運ぶ……普通なら、正気の沙汰じゃないだろうな)
だが、ここで退けば、対立の構図は変わらないままだ。ラディウスの中に、迷いはなかった。
高い城壁の影が、街道にまで長く落ちていた。数週間の旅程を経て、使節団はついにガルディア帝国の帝都へと到着した。
大陸最大の版図を誇る帝国の都は、エルダシアとは比較にならない規模だった。巨大な城壁、整然と区画された街並み、そして至る所に配置された軍の詰所――この国が、長年の軍事力によって築き上げてきた威容が、そこかしこに滲み出ていた。
「これが、帝都か……」
将軍レイフが、思わず息を呑んだ。ヴァルターも、緊張した面持ちで周囲を見回している。
一行は、マクシミリアン皇帝の使者に案内され、円卓の間へと通された。そこには、皇帝自身、そしてゼルギウスをはじめとする重臣たちが、既に顔を揃えていた。
「――よく来た、エルダシアの第八王子よ」
マクシミリアン皇帝の低い声が、円卓の間に響いた。これまで報告書の中でしか存在を知らなかった相手と、初めて対面する瞬間だった。
「お招きいただき、感謝いたします、陛下」
ラディウスは臆することなく、まっすぐにマクシミリアン皇帝を見据えた。
「率直に申し上げます。これまで、貴国が差し向けた密偵に技術を探られ、そして僕自身の身辺を探る者が送り込まれていたことも、既に把握しております。それを承知の上で、今日、こうして参りました」
円卓の間に、緊張した沈黙が落ちた。ゼルギウスの表情が、少し強張るのが見えた。
「――ほう。随分と、はっきりと言うものだな」
マクシミリアン皇帝が、興味深げにラディウスを見つめた。
「隠し立てをしても、意味がないと思いますので。今日、僕がここに来たのは、過去の遺恨を蒸し返すためではありません。これから先、貴国とエルダシア同盟が、どういう関係を築いていくべきか――それを話し合うためです」
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