第21話:技術の解放
会議室の空気は、いつになく張り詰めていた。帝国の件を正式に任された数日後、ラディウスはエルダシア商会の幹部会議で、これまでにない議題を切り出した。
「魔石機関の中核術式――発熱と冷却を制御する魔方陣の技術を、他国へ公開しようと思う」
会議の間に、明確などよめきが広がった。
「殿下、それは……我が国の優位性そのものを、手放すということですか」
商会の重役の一人が、困惑を隠せない様子で問い返した。
「今、我が国と同盟諸国だけが握っているこの技術こそが、エルダシアをここまで押し上げてきた原動力です。それを、あえて手放す理由が分かりません」
「分かっている。だからこそ、慎重に考えた上での判断だ」
ラディウスは、机の上に大陸の地図を広げた。
「これまで、僕らは技術を独占することで、この国を守ってきた。だが、独占が長く続けば続くほど、持たざる者の焦りと不満は、確実に積み上がっていく。帝国が繰り返してきた暗殺、スパイ活動、代理戦争――あれは全て、僕らとの『力の差』を、正面からではない手段で埋めようとした結果だ」
「ですが、それは帝国が悪意を持って仕掛けてきたことです。我々の独占が原因とは……」
「原因の全てとは言わない。だが、無関係でもない」
ラディウスは静かに、しかし確信を持って続けた。
「独占状態が続けば、必ず歪みが生まれる。持つ者はさらに富み、持たざる者は追い詰められ、いずれ手段を選ばなくなる。……これは、僕がこれまで見てきた、国と国の力関係が、いつも辿ってきた道筋だと思う」
「独占を続ければ、僕らは常に『奪われる側』としての緊張を強いられ続ける。相手は表舞台に出てこない手段――暗殺や謀略――でしか、その差を埋められないと思い込むからだ」
「では、技術を公開すれば、その緊張がなくなると?」
「なくなりはしない。だが、形が変わる」
ラディウスは、地図の上に指を這わせた。
「技術を共有すれば、帝国もまた、魔石機関を使った産業を、自国で興せるようになる。そうなれば――帝国が僕らと戦う理由は、『技術を奪うため』ではなく、『同じ土俵で、より良いものを作るため』に変わる。剣を持ち出す戦争ではなく、産業での競争だ」
「殿下、危険すぎます」
この場に同席していたダグラスが、強い口調で異を唱えた。護衛隊長という立場を超え、軍事顧問としても意見を求められるようになっていた彼にとって、これは看過できない提案だった。
「技術を渡せば、帝国はそれを軍事転用するかもしれません。魔石機関を応用した兵器を、開発される恐れもございます」
「その懸念は、もっともだ」
ラディウスは頷いた。
「だからこそ、無条件に渡すつもりはない。技術供与は、あくまで『共同の枠組み』の中で行う。魔石の産出量、機関の生産量、そして用途――全てを、参加国が相互に監視し合う仕組みを作る。軍事転用があれば、即座に発覚し、他の参加国全体からの経済的な制裁を受ける。そういう構造にする」
「そのような枠組み、帝国が素直に応じるでしょうか」
ダグラスは、なおも疑わしそうな表情を崩さなかった。
「応じさせる。……いや、応じざるを得ない状況を作る」
ラディウスの目に、これまでにない鋭さが宿った。
「今のまま僕らが独占を続ければ、帝国は疲れ果てるまで、裏の手を仕掛け続けるだろう。だが、産業を共有し、互いの経済がこれ以上ないほど深く結びついてしまえば――戦争は、帝国自身の産業基盤を破壊する、自傷行為になる。剣を抜けば、自分の足を斬ることになると分かれば、どんな国も、簡単には剣を抜けなくなる」
会議の間に、長い沈黙が落ちた。やがて、これまで黙って議論を聞いていたギルバートが、静かに口を開いた。
「殿下……それは、これまでの『敵を味方に変える』というやり方の、最終形とも言えるものですね」
「そうかもしれない。バルトレイン、ゲルニア、ヴァレンシア、リンデンヴァルド――これまで、一つずつ、信頼と利益を積み重ねて、味方を増やしてきた。だが、帝国のような大国を相手に、同じやり方だけでは、いずれ限界が来る。技術そのものを分かち合い、後戻りできないほど深く経済を結びつける――それが、最後の、そして最大の一手になる」
数日をかけて、ラディウスはこの構想を、商会の幹部、そして病床のアルベリク王へと丁寧に説明していった。
「技術を独占し続ける道と、分かち合う道――どちらが、最終的にこの国と、この同盟を守ることになるか。僕は、後者だと考えています」
アルベリク王は、しばし黙考した後、静かに頷いた。
「……お前の考えは、これまで幾度となく、私の想像を超えてきた。今回も、そうなのだろう。良い、進めてみるがいい。ただし――」
「はい」
「くれぐれも、慎重にな。相手は、これまで、お前の身辺を探り、命を狙う隙を窺ってきた相手だ」
「承知しています」
こうして、エルダシア主導のもと、「魔石技術共同管理機構」の構想が、同盟諸国の間で正式に議論され始めた。そして、その構想の中には、当初から一つの大きな狙いが込められていた――将来的には、帝国もまた、この枠組みへと招き入れる、という狙いが。
「殿下、帝国への使者は、どなたを?」
「僕が、直接行く」
「殿下御自らが、ですか」
「これまで、暗殺すら検討され、密偵を送り込まれてきた相手だ。だからこそ、僕自身が出向き、直接、腹を割って話す必要がある。手紙や代理の使者では、伝わらないものがある」
エレインが、静かに、しかし心配そうな面持ちでラディウスを見つめた。
「殿下、お一人で行かれるのですか」
「いや」
ラディウスは首を振った。
「今回は、同盟諸国からも、それぞれ代表を一人ずつ、同行してもらうつもりだ。これは、僕個人とエルダシアだけの交渉じゃない。同盟全体の未来を懸けた交渉になる」
窓の外、鉄道の線路が、遠く地平線の向こうまで伸びている。かつて誰も想像しなかった「鉄の道」が、今、大陸そのものを一つに繋ごうとしていた。
弱小国の第八王子として始まった彼の歩みは、ついに、大陸最大の脅威であった帝国そのものと、真正面から向き合う時を迎えようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【史実おまけ】経済的相互依存による戦争の抑止
技術や資源を「あえて分かち合う」ことで対立を和らげるという発想は、第二次世界大戦後のヨーロッパで実際に採られた戦略です。1950年、フランスの外相ロベール・シューマンは、独仏の戦争の火種となってきた石炭・鉄鋼生産を共同管理する機構の設立を提案しました(シューマン宣言)。これが1952年の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)として実現し、後の欧州連合(EU)の原型となりました。
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