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「力を隠していた第8王子、英雄になる 〜どうせバレたならトコトンやったら経済大国になりました〜」  作者: FUKA


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第17話:古龍の咆哮

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


【技術おまけ】急冷による脆化(焼き入れ・焼き戻し)

ラディウスが竜討伐で用いた「まず冷却し、次に衝撃を与える」という戦法は、現実の金属加工技術「焼き入れ」の逆転応用に近いものです。通常の焼き入れは、高温に熱した金属を急速に冷やすことで硬度を上げる技術ですが、急激な温度変化はそれと同時に、金属内部に「熱応力」と呼ばれる歪みを生じさせ、素材を脆くする副作用も持ちます。ガラスに熱湯をかけると割れやすくなるのも、同じ原理です。


感想やブックマークをいただけますと、とても励みになります。誤字脱字等ございましたら、お気軽にご報告いただけますと助かります。


次回もよろしくお願いいたします。

土煙にまみれた馬と、息を切らした使者の姿が、その報せの深刻さを物語っていた。ある日、エルダシアの王城に、南方の大国「ヴァレンシア王国」からの使者が、慌ただしく駆け込んできた。


「エルダシア王国に、緊急のご助力をお願いしたい! 南方山脈の奥深くに眠っていたはずの、エインシェント・ドラゴンが目覚めました。我が国の精鋭部隊を三度にわたって差し向けましたが、いずれも壊滅。既に南方の三つの都市が焼き払われております」


「行きます。これは、大陸の均衡そのものに関わる問題だ」


「殿下、私も同行いたします」


ダグラスが即座に申し出た。護衛隊長として、これほどの災害級の敵に主を単身で向かわせるわけにはいかない――その決意が、彼の表情に滲んでいた。


「相手は竜だぞ、ダグラス卿」


「だからこそです。殿下が魔法に専念できるよう、周囲の守りは、この身にお任せください」


焼け焦げた土地から立ち上る煙が、まだ生々しく風に流れていた。硫黄にも似た異臭が鼻を突き、地面はひび割れ、あちこちに巨大な爪痕が残されている。現地に到着したラディウスの前に、漆黒の鱗に覆われた巨体――エインシェント・ドラゴンが姿を現した。全長は優に五十メートルを超え、その双眸は、燃え盛る炉のような赤い光を宿していた。


「グ……ォォォオオオ!!」


大気そのものを震わせるような咆哮が響き渡り、周囲の兵士たちが思わず耳を塞いだ。咆哮と共に放たれた灼熱のブレスを、ラディウスは多重障壁で辛うじて防いだ。障壁の表面が悲鳴のような音を立てて軋み、押し寄せる熱波に、彼の頬がじりじりと焼かれていく。だが、続く攻防で、事態は彼の予測を超えていた。


「――『閃光』!」


光条を放つも、竜の鱗の表面で弾かれ、少しの焦げ跡を残すだけに終わる。衝撃波も、高温の炎も、竜の分厚い鱗と、桁外れの再生力の前に、決定打となり得なかった。竜の尾の一撃を受け、ラディウスは大きく吹き飛ばされた。地面を何度も跳ねながら転がり、背中と肩に鈍い痛みが走る。口の中に、鉄の味が広がった。


(このままでは、守りきれない……!)


視界の端で、味方の兵が次々と傷ついていくのが見える。これまで、どんな強敵に対しても、心のどこかで「なんとかなる」という確信があった。だが今、初めて、その確信が音を立てて崩れていくのを感じた。


「――撤退する! 全員、退避を!」


初めて味わう、明確な「敗北」の感触だった。喉の奥に苦いものがこみ上げる。だが、ここで意地を張って全滅すれば、それこそ何の意味もない。ラディウスは歯を食いしばりながら、多重障壁を張り直し、辛うじて全軍を退かせた。


殿を務めたのはダグラスだった。傷ついた兵士たちを次々と担ぎ上げ、自らも竜の尾撃を辛くもかわしながら、最後まで戦線に踏みとどまり続けた。


「殿下、退路は確保しました! 恥じることはございません、生きて戻ることこそ、次の勝利への道です!」


その一喝が、自らを責めかけていたラディウスの背を、少し押し戻していた。


退避した陣営で、ラディウスは荒い息をつきながら、これまでの戦闘の記録を睨みつけていた。手当てを受けた傷が、ずきずきと疼く。テントの外からは、負傷者の呻き声が、途切れ途切れに聞こえていた。


(僕が、退いた……)


その事実が、じわりと重みを増して胸にのしかかってくる。スタンピードを鎮圧した時も、幾つもの謀略を退けてきた時も、心のどこかで「自分ならできる」という前提があった。だがそれは、傲慢さの裏返しでもあったのかもしれない。この世界に来て初めて、力の限界というものを、身をもって思い知らされた気がした。


苦い記憶が蘇る。あの時と同じ過ちを、また繰り返しているのではないか――そんな自問が、傷の痛み以上に、彼を苛んでいた。だが今回は、前世とは違う。今の彼には、目を逸らさず現実と向き合う覚悟があった。


(正面から力比べを挑んでも勝てない相手だ。何か、応用できるものがあるはずだ)


眠れぬまま、彼は幾度も戦闘の記憶を思い返した。竜の動き、ブレスを吐くまでの間、鱗の硬さ、そして――少し覗いた、竜の弱点になりそうな箇所。負けを認め、原因を分析し、次の手を練る――それは、前世で幾つもの失敗を乗り越えてきた経営者としての彼にとって、決して初めての作業ではなかった。むしろ、こういう時にこそ、自分の本領が発揮できるはずだと、ラディウスは静かに己に言い聞かせた。


彼の脳裏に、金属加工の焼き入れと焼き戻しの原理が蘇る。高温から急冷することで、素材の内部に微細な歪みを生じさせ、脆くする技術。竜の鱗が、たとえ魔法的に強靭であろうと、物理法則そのものから逃れられないのであれば――。


「……いける、かもしれない」


明け方近く、ようやく一つの光明を見出したラディウスは、疲労を押して、資料に新たな計算式を書きなぐった。


翌朝、ラディウスはヴァレンシア軍の将軍たちを集め、作戦を説明した。


「竜のブレスは連続では放てない。一度吐いた後、次のブレスまでに一定の『溜め』の時間がある。その間隙を突く。まず、鱗の表面を極限まで冷却する。次に、冷えて脆くなった箇所に、爆発の衝撃を叩き込む。金属と同じ理屈だ――急激な温度差は、どんな硬い物質も脆くする」


「そのようなこと、本当に可能なのですか」


半信半疑の将軍たちの視線を受けながらも、ラディウスの目に、昨夜までとは違う、静かな確信が宿っていた。


二日後、ラディウスたちは再び竜の前に立った。前回とは違う、張り詰めた静けさが陣営を包んでいる。ヴァレンシアの弓兵たちが側面から矢の雨を浴びせて注意を引きつける中、竜が大きく顎を開いた瞬間――その一瞬の隙を、ラディウスは見逃さなかった。


「今だ――!」


ラディウスは横に跳び、地を蹴る足の裏に痛みを感じる間もなく、すれ違いざまに翼の付け根へと迫った。


「――『凍結』!」


瞬時に霜が広がり、鱗の表面が白く凍りついていく。ぱきぱきという、氷が軋む音が微かに響いた。竜が苦しげに身をよじった、その瞬間を、ラディウスは見逃さなかった。


「――『轟爆』!」


急激な温度差で脆くなっていた鱗が、爆発の衝撃に耐えきれず、大きく砕け散った。硬い鱗の破片が、辺りに飛び散る。


「今しかない――!」


これまでの全ての戦いの記憶、味わった痛みと悔しさ、そして味方の期待――それら全てを込めるように、ラディウスは残る魔力を一気に解き放った。


「――『雷轟』、『閃光』、『圧砕』!!」


電流が全身を駆け巡り、光の槍が砕けた鱗の隙間を貫き、衝撃波が巨体を大きく打ち据える。竜は断末魔の咆哮を上げながら、ゆっくりと、しかし確実にその巨体を地に沈めていった。地響きと共に、周囲に土煙が舞い上がる。


「……討伐、完了だ」


ラディウスは、その場に崩れ落ちるようにして片膝をついた。全身の力が抜け、指先すら動かせない。それでも、口元には、確かな安堵の笑みが浮かんでいた。


「殿下、成し遂げられたのですね……!」


駆け寄ったヴァレンシアの将軍たちが、感極まった声を上げた。


「一度退いてなお、諦めず、原因を見極め、策を練り直す……これが、殿下の真の強さなのかもしれん」


数日の療養の後、ラディウスはヴァレンシアの王城に招かれた。国王アルフォンスは、玉座から降りて、自ら深々と頭を下げた。恰幅の良い、日焼けした肌の壮年の王で、豪快な物腰の奥に、南方の海を思わせる穏やかな目を湛えている。


「殿下、我が国は殿下に、返しきれぬ恩を受けました。一度は退かれたと聞き、正直、危ぶみもしました。ですが、諦めず知略を尽くし、見事に竜を討ち果たされた――それこそが、真の勇者の姿だと、我が国の兵たちは口を揃えております」


アルフォンス国王は、感慨深げにそう続けた。


「殿下、我が国は改めて、エルダシア王国との正式な国交を結びたい」


「もちろんです。その代わり――ヴァレンシアの国力を、この同盟のために貸していただきたい。特に、北の帝国に対する牽制として」


ラディウスがそう応じると、アルフォンスは、探るような視線を向けた。


「……帝国が、貴国に何かを仕掛けているのだな。よかろう。我が国も、帝国の南進には以前から警戒していた」


こうして、大国ヴァレンシアを巻き込んだ新たな盟約が結ばれた。弱小国の連合体として始まったエルダシア同盟は、この一件を機に、大陸の勢力図における、無視できない一大勢力へと成長を遂げることになる。


一方その頃、遠く北方――ガルディア帝国の円卓の間にも、この報せは届いていた。


「――ヴァレンシアが、エルダシア同盟に加わっただと? 一度は撤退しながら、二日で作戦を練り直し、エインシェント・ドラゴンを討伐したというのか」


将軍の一人が、信じがたいという顔で問いただした。


「事実です。しかも、力押しではなく、竜の生態と弱点を分析した上での、緻密な連携作戦だったとのこと」


ゼルギウスが、淡々とした声でそう答えた。


「……あの小僧、力だけでなく、敗北からも学び、着実に強くなっていくというわけか。厄介な相手だ」


マクシミリアン皇帝が、低く呟いた。円卓の間に落ちた沈黙は、これまでのどの会議よりも、重いものだった。

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