第13話:帝国の一手
蝋燭の炎が揺れ、壁に映る人影が不気味に伸びていた。ガルディア帝国の円卓の間に、これまでにない緊張が張り詰めていた。地図には、エルダシアを中心に、赤い糸で結ばれた同盟諸国の名が幾つも記されている。
「この土地は、我が帝国が南方への進出を図る上で、避けては通れぬ回廊です。ここが独立した経済圏として固まってしまえば、我が帝国の南進計画そのものが、根底から行き詰まりかねません」
「では、どう動く」
「バルトレインの北方に、ゲルニア公国という国がございます。ここ数年、国境線を巡ってバルトレインと小競り合いを続けております。我が帝国が、ゲルニア公国に『支援』を申し出るのです。武器、資金、そして――口実」
数週間後、ゲルニア公国の若き公爵ヴァルターのもとに、帝国からの使者が訪れた。ゲルニア公国は、山岳地帯に囲まれた小国で、独立した王を戴かず、代々「公爵」を国家元首とする体制を敷いていた。ヴァルターは、二年前に先代の父を病で亡くし、弱冠二十二歳という若さで公爵位を継承したばかりだった。国内には、経験の浅い若き公爵の手腕を不安視する声も根強く、彼自身、家臣団や民に対して、一日でも早く「頼れる指導者」であることを示さねばならないという焦りを抱えていた。山岳民らしい浅黒い肌とがっしりとした体格を持つ彼は、眉が濃く、意志の強さと同時に、どこか青さの残る若々しさを感じさせる顔立ちをしていた。
「エルダシア同盟の影響力が強まる今、貴国が係争地の権利を主張するなら、今このときこそが好機かと」
「……その支援、有難く受け取ろう」
それから間もなく、バルトレインとゲルニアの係争地で、小規模な武力衝突が発生した。ゲルニア側が突如として国境線を越え、係争地の集落を占拠したのだ。
「殿下! バルトレインより緊急の報せが!」
「ゲルニアが、係争地に侵攻……しかも、装備が明らかに以前より強化されている、か」
(山岳の小国が、これほど急に軍備を整えられるはずがない。誰かが後ろで糸を引いている)
急遽呼び出されたダグラスも、報告書に目を通しながら、険しい表情で頷いた。
「殿下の仰る通りかと。この装備の質は、ゲルニア単独の国力では、到底揃えられるものではありません。武具の意匠にも、見覚えのない特徴が幾つか見受けられます」
長年、戦場と武具を見てきた男の見立ては、ラディウスの直感を裏付ける、確かな根拠となった。
「エレイン、これは帝国の差し金だ。バルトレインを見捨てれば、同盟そのものへの信頼が崩れる。かといって、下手に動けば――帝国の思う壺、ということですか」
エルダシアの王城では、緊急の御前会議が開かれていた。
「殿下、軍を動かせば、我が国とて無傷では済みません」
「動きます。盟約を違えれば、この国が積み上げてきたものすべてが、砂上の楼閣になる」
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