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「力を隠していた第8王子、英雄になる 〜どうせバレたならトコトンやったら経済大国になりました〜」  作者: FUKA


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第12話:リンデンヴァルドとの絆

重厚な調度品が並ぶ公爵邸の書斎には、いつも葉巻の香りが漂っていた。エレインとの婚約が決まった当初、彼女の父――リンデンヴァルド公爵レインハルトは、この縁組にあまり乗り気ではなかった。白髪の混じる整えられた口髭を蓄え、恰幅の良い体躯に落ち着いた雰囲気を纏った、いかにも経験豊かな政治家といった雰囲気の人物である。


レインハルトが慎重な性分になったのには、理由があった。若かりし頃、彼は隣国の貴族と結んだ縁組が、相手方の裏切りによって一方的に反故にされ、公爵家が大きな損失を被った経験を持っていた。以来、どれほど有利に見える話であっても、まず相手の本質を見極めるまでは、容易に信を置かない――それが、彼の政治家としての流儀となっていた。妻を早くに亡くし、一人娘のエレインを男手一つで育て上げてきた分、その慎重さは、人一倍のものだった。


「弱小国エルダシアとの婚姻など、本来であれば釣り合わぬ話だ」


公爵家の重臣たちの間でも、そうした声は少なくなかった。リンデンヴァルド公国は、エルダシアよりも遥かに国力の大きい、大陸でも中堅どころの実力を持つ国家である。両国の縁組は、あくまで国境の安定を目的とした、政略的な意味合いが強いものだった。


エレインが七年にわたる文通の間も、レインハルトは娘の婚約者について、どこか半信半疑の思いを拭えずにいた。


「エレイン、お前の文通相手は、一体どのような人物なのだ。表向きの評判では、随分と大人しい、目立たぬ王子だと聞くが」


「父上、彼は……いずれ、父上にもお分かりになる時が来ると思います」


エレインだけが知る秘密を、レインハルトは知る由もなかった。


エレインが正式にエルダシア入りしてから間もなく、エルダシアがスタンピードに襲われ、ラディウスがたった一人でこれを鎮圧したという報せが、リンデンヴァルドの宮廷にも瞬く間に届いた。


「あの、凡庸と噂されていた第八王子が……?」


レインハルトは、にわかには信じがたい思いで報告書を読み返した。だがその後も、商会設立、銀行と紙幣の発行、特許法の制定と、ラディウスの功績は次々と公国にまで伝わってくる。


「エレイン、お前は……最初から、彼の本当の姿を知っていたのだな」


一時帰国したエレインに、レインハルトは静かに尋ねた。エレインは小さく頷いた。


「はい、父上。ですが、それは彼自身が話すべきことだと思い、黙っておりました」


レインハルトは複雑な表情を浮かべたが、やがて小さく笑った。


「……侮っていたようだ、私は。娘の目は、確かだったということか」


それでもなお、レインハルトの中には一抹の警戒が残っていた。台頭著しい弱小国の王子と、大切な娘の将来。政略として結ばれた縁が、本当に信頼に足るものかどうか――その答えは、まだ見えていなかった。


そんな折、リンデンヴァルド公国の主要な銀山で、深刻な事故が発生した。


土砂降りの雨が公爵邸の窓を叩く夜だった。「公爵様、坑道が崩落し、地下水脈に達してしまいました! 水が止まりません、このままでは坑道全体が水没します!」


レインハルトの元に、蒼白な顔をした鉱山長が駆け込んできた。リンデンヴァルドの財政を支える銀山には、既に四十名以上の坑夫が取り残されていた。


「排水を急げ! 魔法使いを総動員しろ!」


だが、従来の魔法による排水では、湧き続ける地下水の勢いに到底追いつかなかった。


「このままでは、坑夫たちが……」


絶望的な空気が公爵家を包む中、エレインが静かに進言した。


「父上、エルダシアに使いを送ってください。ラディウス様の魔石機関であれば、この水害を止められるかもしれません」


「……エルダシアに、頼れと言うのか」


一瞬のためらいの後、レインハルトは決断した。娘を疑うよりも、坑夫たちの命を優先すべき時だった。


「急使を出せ! エルダシアの、ラディウス殿下に助力を請う!」


報せを受けたラディウスは、即座に動いた。


「魔石機関の大型揚水設備を、可能な限り運べるだけ運ぶ。急ぐぞ」


エルダシア商会の技師たちと共に、ラディウスはエレインを伴い、急ぎリンデンヴァルドへと向かった。ダグラスもまた、非常時の指揮を任され、坑夫たちの避難誘導と、崩落の危険がある坑道周辺の統制を一手に引き受けた。


「殿下は排水に専念してください。現場の安全確保は、私が」


短くそう告げると、ダグラスは即座に部下たちに指示を飛ばし始めた。王都に残ったバジルもまた、後方支援に徹していた。追加の物資や人員を、街道を使って次々と現地へ送り出す差配は、彼の几帳面な手腕なくしては成り立たなかった。


到着した現場は、既に坑道の入り口付近まで水位が上昇し、絶望的な状況だった。


「殿下……間に合いますか」


レインハルトが、藁にもすがる思いでラディウスに尋ねた。


「やってみます。魔石機関を設置しろ! 排水路をここと、ここに繋ぐんだ!」


大型の魔石機関が轟音と共に稼働を始めた。従来の魔法による排水とは比較にならない水量が、次々と坑道の外へと排出されていく。ラディウス自身も、自らの魔力で排水を補助しながら、坑道内部の空気の流れを確保する術式を展開した。


「水位が……下がっていく!」


半日にわたる作業の末、坑道内部の水位は大きく下がり、取り残されていた坑夫たちは、全員が無事に救出された。


「ありがとうございます……! 殿下のおかげです……!」


坑夫たちの家族が、涙ながらにラディウスに頭を下げた。その光景を、レインハルトは黙って見つめていた。


事故の後、レインハルトはラディウスを公爵邸に招き、二人きりで対面した。


「殿下……いや、ラディウス殿。娘の文からしか知らなかった貴殿の姿を、今日、この目で見た。国のためだけでなく、名もなき坑夫たちのために、自ら現場に立つ姿を」


「当然のことをしたまでです」


「当然、と容易く言えることではない」


レインハルトは深く頭を下げた。


「これまで、貴殿との縁組に、正直なところ疑いの気持ちを抱いていた。だが、その考えを改めさせていただく。エレインを、よろしく頼む」


「こちらこそ、リンデンヴァルド公爵家との縁を、大切にさせていただきます」


この一件をきっかけに、リンデンヴァルド公国とエルダシア商会の関係は、急速に深まっていった。


「殿下、我が公国でも、魔石機関の導入を本格的に進めたい。ついては、一つ提案がある」


数週間後、レインハルトは改めてラディウスのもとを訪れた。


「我が公国内における魔石機関の販売を、リンデンヴァルド公爵家が専属で代理を務めたい。他の商人を介さず、公爵家が直接、エルダシア商会から機関を買い付け、国内の鉱山や工房に販売する」


「専属代理、ですか」


「我が国には、貴殿の商会にはない販路と信頼がある。銀山だけでなく、製材業、製粉業――魔石機関を必要とする現場は、この国に数多くある。公爵家が窓口となれば、導入も円滑に進むだろう」


ラディウスはしばし考え、頷いた。


「良い話だと思います。ただし、条件が一つ。販売価格は、エルダシア国内の標準価格に準じていただきたい。専属だからといって、法外な利益を上乗せするようなことは、避けていただきたいのです」


レインハルトは苦笑した。


「ふ……娘が惚れ込むわけだ。承知した。公正な価格で、この国の産業を支えるとしよう」


かくして、リンデンヴァルド公国における魔石機関の販売権は、正式にリンデンヴァルド公爵家の専属代理契約として締結された。エルダシア商会にとっては新たな大口の販路が、リンデンヴァルド公国にとっては産業発展の足がかりが、それぞれ確かな形で結ばれることとなった。


「これで、リンデンヴァルドとの縁も、名実ともに固まったな」


契約書に署名しながら、レインハルトはそう呟いた。傍らに控えるエレインは、静かに、しかし誇らしげにその様子を見守っていた。


「父上にも、ようやく分かっていただけましたね」


「ああ。……良い伴侶を選んだものだ、お前は」


エルダシア同盟は、こうしてまた一つ、確かな絆を結びながら、その版図を広げていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回のエピソードに関する史実・技術おまけはありません。


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次回もよろしくお願いいたします。

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