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第5話〜徹夜明けの朝食は、血の味がする

前書き:最強の肉体と、最弱の粘膜

「ヨシ!」の一言が、地獄の扉を開くことがある。

かつて「王国の生ける要塞」と恐れられた騎士団長アレクと、可憐なる王女ヴィクトリア。不慮の事故により互いの身体が入れ替わってしまった二人は、慣れない互いの公務に初日から忙殺されることとなった。

中身がゴリラ並みの武闘派であっても、肉体は繊細な十代の美少女。

中身が気高き王女であっても、肉体はバキバキに鍛え上げられた大胸筋。

この致命的な「ビジュアルとスペックのバグ」を抱えたまま、二人は地獄の徹夜作業へと突入する。すべては、アレクが深く考えずに放った、あの軽率な「ヨシ!」のツケを払うために――。

国境を揺るがすデスマーチ、激闘の2日目が幕を開ける


「ふふ……あははは! 見てアレク、書類の山が、まるで美しい連峰のようだわ……!」

午前4時15分。王宮執務室。

そこには、我が身ながら惚れ惚れするほど逞しい大胸筋をバキバキに波打たせ、狂ったように万年筆を走らせるヴィクトリア(中身:王女)の姿があった。3日徹夜してもスクワットができる肉体は伊達ではない。彼女は今、完全に「ゾーン」に入っていた。

一方、俺(中身:アレク)はというと。

「……あう、あ……」

美少女の姿をした何か、と化した俺は、机に突っ伏して虚空を睨んでいた。

頭が割れるように痛い。目の下には、可憐な王女の顔に似合わない漆黒のクマが刻まれている。中身が元騎士団長だろうが、肉体は繊細な十代の少女なのだ。徹夜のダメージがダイレクトに細胞を破壊していく。

「ほらアレク、手が止まっているわよ! 隣国との関税修正案、あと40ページ残っているわ!」

「無理……。頼むから殺してくれ……。これ以上文字を見たら、目から血が出る……」

「甘えないで! あなたが昼間に『ヨシ!』って言ったせいでしょ!」

正論の鉄拳が、ヴィクトリアの無駄に引き締まった拳(俺の体)から放たれ、机をドンと叩く。その振動だけで吐き気がした。

コンコン、と冷徹なノックの音が響いたのは、外が白み始めた午前6時のことだった。

「失礼します。皆様、朝食をお持ちしました」

現れたのは、昨日と変わらぬ完璧な身嗜みの侍女長だ。ワゴンに乗せられているのは、焼き立てのトーストに、新鮮なサラダ、そして真っ赤なトマトスープ。

「おお……飯、飯だ……!」

俺は這うようにしてソファから転がり落ち、スープをスプーンで掬って口に運んだ。

その瞬間。

「ッ……痛い……!?」

口内に走る激痛。徹夜のストレスと栄養偏りによって、王女のデリケートな粘膜に巨大な口内炎が多発していたのだ。熱々のトマトスープの酸味が、容赦なく傷口をえぐる。

「がはっ……!? あ、熱い、痛い、血の味がする……!」

「あら、口内炎? 精神が弛緩している証拠よ、アレク。私はほら、何ともないわ!」

ヴィクトリアは俺の強靭な顎で、固いフランスパンをバキバキと豪快に噛み砕いている。肉体のスペック差が恨めしい。

のたうち回る俺を見下ろし、侍女長がすっと眼鏡を光らせた。

「アレク団長(中身:王女)。本日10時より、昨日修正した関税書類を携えての、皇帝陛下への謁見がございます。その後、13時からは騎士団の査察、17時からは貴族街の泥棒捕縛作戦への同行となっております」

「……え?」

俺はスープを口から溢れさせたまま、硬直した。

「ちょっと待て……。俺、いやヴィクトリア(中身:アレク)のスケジュールは……?」

「もちろん、ヴィクトリア様(中身:王女)の公務を代行していただきます。まずは9時からの、隣国大使との朝茶会ですね。一睡もしていないその顔で行けば、国際問題に発展しかねませんので、今から全力で泥人形のように化粧を厚塗りいたします」

侍女長が背後から取り出したのは、見たこともない巨大なパフと、セメントのようなファンデーションの塊だった。

「嫌だ……、もう嫌だ……! 騎士団の訓練の方が100倍マシだ! 誰か、俺を元の体に、泥棒でもいいから入れ替えてくれえええ!」

王宮の朝に、美少女(中身:ゴリラ騎士)の悲痛な絶叫が木霊する。

入れ替わり生活2日目。二人のデスマーチは、まだ始まったばかりだった。



第5話をお読みいただきありがとうございました!


徹夜の代償は、王女のデリケートな体に「口内炎」という形で現れました。肉体がタフな王女(中身)はピンピンしていますが、アレク(中身)の精神とお肌はすでに限界突破です。


次回、第6話「厚化粧の泥人形、お茶会に死す」。お楽しみに

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