校内へ入る方法
「この黒いワークキャップは使えそうだな。被っていこう」
白い髪と赤い目は何をどうしても目立つので、少しでも目立たないようにするべく、箱の中から出てきた黒いワークキャップを深く被る。
あとは制服を隠せるようなコートなども入手したいが、それは後々考えよう。
「エクセルさん、早く行きましょう」
「はいはい。そんなに急いでも学校は逃げませんよ」
準備を済ませたので、アイリスと共に魔法学校へと出発した。
初めて歩く町なのだが、一応知っているという設定を守って先導しながら歩いていく。
さすがにこの状況で道に迷うと気まずいので、しっかりと道を指差し確認しながら歩いていく。
「こちらの裏通りは学校までのショートカットですが、人通りが少ないので、なるべく独り歩きは避けるように。なるべく表通りを歩くようにしなさい」
「なるほど、参考になります。エクセルさんはこの町に来て長いんですか?」
0秒です。完全に初見です。
そのために適当に歩いて道案内をしています。
などとは流石に言えないので、適当に笑顔で返しておく。
流石にあれだけ目立つ魔法学校が中心の都市ならば、そこへの道は必ず大通りになっているはずだという読みもある。
鳥の使い魔を上空に飛ばしてそこから街の構造の確認はしているが、実際、大通りに限らず全ての道が魔法学校の方へ向かって伸びているようなので、それほど間違ったルートを選択してはいないと思う。
「しかし鳥が少ない町だな。鳩くらいしか飛んでいない」
寮から学校までは徒歩20分ほどで到着できた。
「すみません、本日編入予定の生徒を連れてきたのですが、どちらに連絡すればよろしいでしょうか?」
「名前は?」
「アイリスです。アイリス・フジノ」
アイリスが自ら門番に名乗った。
妙に日本人らしい名前だが、まさかこの子も召喚者なのだろうか?
一瞬だけそう考えたが、例の退学通知書に書かれていた「テスト」の文字を読めなかったのでそれはないだろう。
「それなら聞いている。そこで一時許可証を受け取って入ってもらってくれ。中で学生証をもらえるはずなので、明日からはそちらで出入り出来る。一時許可証は出る時に返してもらえればいい。あんたが案内してくれるのか?」
「いえ、私は付き添いですので、あとはこの子が1人で行きます。大丈夫ですね、アイリス」
「はい。ありがとうございました。エクセルさん。それではまた寮の部屋で会いましょう」
アイリスを見送った後に、門の前に貼られていた張り紙の内容を確認する。
「食堂と清掃係の従業員募集か」
学校内に堂々と入る手段としては、職員になるのはありだろうが、完全に職員になってしまうと自由時間が削られて調査の時間がなくなってしまう。それはアウトだ。
ただ、求人の張り紙がかなりボロボロなのは気になる。
この規模の魔法学校ならば待遇もそれなりに良いと思われるが、何故埋まっていないのか?
予算が少なくて給金が悪い、若しくは待遇が悪い?
既に決まっているが単に張り紙を剥がすのを忘れているだけの可能性もある。
まだ結論を出すには性急だろう。
ただ、存在だけは覚えておくことにする。
「さて、こちらも校内に入る方法を探すか」
魔法学校の構造については概ね把握できた。
全周約3km。
アーチ型の尖塔が6つ組み合わさって出来ている。
中庭は意外と広い。
学校の周囲には壁があり、正門、裏門、通用門以外からの出入りは出来ないようになっている。
そして、地上から100m程の高さには時速30km程度でドローンのようなものが飛び回っており、これが地上の監視を行い、更に厳重な監視体制を敷いているようだ。
ただ、そのすぐ近くを飛んでいる鳩は完全に無視なのであくまで対人の監視用か。
無理に壊すと警報か何かが鳴りそうだが、まあそんなことをする必要がないだろう。
そこから少し上には魔法を弾く結界のようなものがあるようだ。
知らずに低速でぶつかった鳥の使い魔が弾き飛ばされるなどしている。
その横をうちの使い魔と鳩が何事もなかったかのようにすり抜けているのは気にはなる。
世界の法則が違いすぎてうちの使い魔を認識出来ていないのではないだろうか?
正門と通用門前には門番が常駐。
裏門には門番はいないものの、学校の裏手にあるグラウンドと直結しており、グラウンドは周囲が金網で覆われているのと、開けていて視界が良好なため、そこを侵入者がノコノコと歩いていたらすぐに見つかってお縄だろう。
壁に沿って歩くと、石積みの用水路に大きな排水口が開いているのを見つけた。
人が通れる幅と高さがあるので、排水口から辿っていけば学内に入れなくはないだろうが、用水路に得体のしれない赤やら青の液体が流れてきており、頼まれても入りたくはない。
液体にはよほど地球にきびしい成分が含まれているのか、周辺には雑草の一本すら生えていないし、用水路の中には何の生物の姿も見られない。
「しかし、すごい環境汚染をやってるな。そのうち、この学校は何か事件をやらかすぞ」
用水路は町へ向かう途中で地下へと潜っていた。
どうやら町の地下には下水道があり、そこと合流しているのだろう。
学校の裏手に回ってくると、人通りもほとんどなくなってきた。
学校の裏は木々が生い茂る丘になっており、民家などもないようだ。
一部がゴミ捨て場になっているのが、生ゴミや用途の分からない機械類などが山積みになっていた。
すぐ近くには鉄柵の校門があった。
こちらが通用門のようだ。
こちらにも門番が1人立っている。
勝手に侵入するのは難しいだろう。
その通用口の重そうな鉄柵が少しだけ開いた。
中から学校の制服を着た2人の少年が両手で何かの機材を抱えて学校の外に出てきた。
意外と軽そうだが、決して落とさないようにガッシリと抱え込んでいる。
落としたら割れるとかそういう類のものだろうか?
「これって全部捨てていいのか?」
「ダウマン教授が要らないって言うんだから要らないんだろ」
「でも、魔力が残っていたりしたら大騒ぎになるぞ。最悪大爆発をするかも」
「大丈夫だって。ダウマン教授は全部魔力を解除したって言ってたから」
「お前、そんなの分かるの?」
「分かるわけないだろ。教授がそう言ってるからそうなんだよ!」
「本当にいい加減だな」
2人の少年は何やら教授への文句を言いながら、両手に抱えた機材をゴミ捨て場まで来ると、今まで慎重に持ってきたのは何だったのかと思うくらい適当に投げ捨てた。
爆発するかもと言う話は何だったのか?
そして通用門から校舎の中へと戻って行った。
「なるほどね、通用門は学生証によるチェックがなくて、門番の目視だけなのか。こちらなら付け入る隙は有る」
ゴミ捨て場を漁ると、縁がボロボロになった黒いケープが出てきた。
あちこちが傷んできて捨てたのだろうが、姿を隠すにはちょうど良さそうだ。
若干サイズは大きいが、上から羽織る分には十分だろう。
ケープを羽織って帽子を深く被り直す
そして、先程、少年が投げ捨てた何かの装置を抱えて裏門に向かうと、生真面目そうな門番が近付いてきた。
門番が話すより先に必死の表情を作ってまくしたてる。
「大変だ! この装置は魔力が残ってると大変なことになる! これが外で作動したら大爆発するからとんでもない事件が起きる! 早く対処しないと!」
「えっ?」
先程少年が廃棄したゴミを両手で門番へ向けて掲げる。
「ダウマン教授の話は聞いてない? これと同じ装置は魔力を抜かずに廃棄すると、とんでもないことが起きるんだ。だから私が慌てて来たんだけど、学校の運営からちゃんと話は伝わってる? 教授からの連絡はあった?」
「い、いや話は聞いていない。確かにさっき学生がそのゴミを捨てるからと通したところだが」
「それだよ! その学生達が捨てたのってこれだよね?」
「た、確かに」
「もし危険物が学外に流出したら大事件なのに、それを門で止められずに外へ出しちゃったことがバレたら、学校の運営側から大目玉だよ!」
とにかく門番が冷静な思考をする前に勢いで押し切る。
ハッタリとはこう使うのだ。
この装置に魔力が残っていると爆発してとんでもない事件が発生するし、そんな危険物が外部に流出すると大変なことが起こる。
その装置を回収した。
装置に魔力が残っているかどうかなんて知らないが、もし危険な装置が爆発したら大変なことになるのは間違いない。
学校の運営者から連絡も来ないと思う。
嘘は一言も言っていないと心の中で再確認する。
嘘で人を騙すのは正しくないことだ。
「まずい。減給にでもなったら大変なことになる」
「減給どころか事故が起こったら解雇ですよ、解雇!」
解雇を強調して強く言うと、門番の顔色が真っ青になった。
まあ事故は起こらないのだが。
「どうすればいい?」
ただの通りすがりにそんな相談をしてもどうにもならないだろうに、動転してその判断すら出来なくなっているようだ。
「私がこれをこっそり処分しておきますから、門を開けてください」
「分かった。このことは学校の運営には内密に頼む」
「それはもちろん。内密に処理しておきます」
「すまない、恩に着る」
「そういうことなので、この件はなかったことに。私はここから入ってもいないし、出てもいない。いいね」
「ああ、私は誰も出してもいないし通してもいない」
「そう、私もここには近づきもしていない」
「私は何も知らない」
「ヨシッ」
門番と合意が取れて裏門を開けてくれたので、学校の中に入り、しばらく歩いたところにあった茂みの中へ持っていたゴミを投げ捨てた。
「さて、いよいよ潜入調査開始だ」