1 なにかのごえん
月面都市に戻ると、後は帰りの支度をするだけだ。
「出発明後日14:00が最速だって。物資の搬入順番待ちだそうで」
「じゃあ、明日は各自でいいか?」
「ホテルは2泊でシングル3つ。取るよ」
管理惑星は地球に似せてるが、同じではない。
視覚から入る情報以上に、聴覚と嗅覚、肌感覚が桁違いに多い。
逆もまた然り。
地球育ちが閉塞空間で刺激のない宇宙生活に慣れないのもわかった気がする。
シオは夜のうちに仕事を済ませ、のんびり起きて出かけることにした。
目についたカフェに入り、最近の趣味である先祖の筆文字を調べる。
書道を嗜んでいたその人は、字の練習を兼ねて古今和歌集の好きな和歌を書き出して和綴じで冊子に仕立てていた。
綴じ方のメモも入っていたから多分そういうことだと結論づけた。
もう一つの漢字の書き取りは、般若心経の写経であった。
オトホシにはお堂があったのだからあってもおかしくはないし、あのお堂を建てたのがむしろこの人だろう。
「お堂の管理どうするか」
思わず呟いて、口に手を当てる。
嘘みたいな話しで、隣にスキンヘッドの学生が座っていてこちらを見ている。
宇宙公用語での呟きに、宇宙公用語で彼は身を乗り出して話しかけてきた。
「私がやりましょうか?得度受けていて僧籍あります」
「え。」
まだ10代に見えるその坊主は意外とグイグイ来た。
「お兄さん、聞いてください。あ、コーヒーおかわりもらってきますね」
背はユージンと同じか少し高そう、見た目は塩顔のスキンヘッドの坊主頭だ。着ている服は地球生まれの宇宙適正ある人が学ぶ月面都市学校の制服。
「私、地球のとある寺の三男で志信といいます。15歳の検査でSという宇宙適正者と判明して3年の今年で卒業資格貰ったんですが、進路が詰んでるんです」
優秀な長兄が宇宙適正A判定で宇宙局に勤め、宇宙適性無かった次兄が後継拒否。
後継になっていた三男の自分が適性Sで、最近適性を受けた四男が適性無しで後継になった。
月面ではプライドの高い長兄の圧にさらされたくなくて受けた火星の採用試験に落ち、適性が高いものだから地球にも戻れず頭を抱えたところだったという。
「火星の採用試験は月面都市や衛星や火星の宇宙生まれが優先するのは知ってましたけど、Sでいけると思ったのに」
「話しはわかったが・・・戻ってこれない太陽系外だが、大丈夫か?」
「・・・太陽系外。そんなところにお寺があるんですか?」
「小さいお堂だが、本尊は弥勒菩薩だ」
「こういう?」
右足を左膝の上に乗せて、右手の指先を頬に軽く触れるポーズをする。
「これから自給自足の惑星にする予定で、諸事情で1万人の供養?をするようなお寺に出来たらなって思うんだけど」
「終生修行しますので、是非お連れ下さい」
「明日出発なんだ、外宇宙港に10時。荷物はコンテナひとつならいいぞ」
「そんなにありません。私、山田志信やまだしのぶですよろしくお願いします」
「ヤマダ・・・佐藤史生だ。シオでいい。因みに、手続きとかあるのか?」
「無いです。適性Sの地球出身はオールパスなので・・・就職出来なかったけど、きっとこの出会いのためだったと思います」




