クジャの予言
「そうですね。あたしは、タオ様の伝書をいただければと思っています」
「ふふふ。今度はあたしの懐刀、タオを後ろ盾にしよう、という腹か?」
「まああえて何かいただけるのなら、と言ったところですか。特に必要とも思いませんが」
「ならばもっといい案がある」
「いえいえ。お断りします。クジャ様の伝書をいただくなんて恐れ多い」
聞くや、クジャがあごを擦り、ニヤニヤと笑った。
「誤解してくれるな、白亜の。あたしはお前を幕下に加えたいのではない。というよりそれはもう諦めた。ただ友達になりたいとは思っている」
「いきなり思嚇を撃ってくるような人じゃなかったら、考えたんですけどねー」
「怒っておるのか? 白亜の」
「いえいえ。思嚇の残思に引きずられているだけでしょう。きっとね」
「白亜の。挨拶代わりに思嚇を撃ったのは悪かったが、あれは試しよな」
「試し?」
「やはりと言うべきかの、白亜の。ハルの目と耳で見た時から薄々は感じておった。そして今、己が身体で見聞し、確信に変わったよな。お前、魔術師としての格が落ちているよな。二枚から三枚ほどな」
ピシっ――ピシピシッ。
瞬間、周囲の壁に、ヒビが走った。
前に俺が変獣の術を使った時と同じ現象。
大地は魔力に反発する。
ティアラナとクジャ。
高魔力魔術師二人がお構いなしに噴き上がらせた魔装が、防陣張った周囲の壁にヒビを入れ、その破片を砕き、そこら一帯に粉塵として巻き上げている。
今軽く火を起こせば、それだけで爆発してしまいそうなほどの、熱。
そんな中、クジャが舌を見せた。
その紅い舌に、油が乗っている気がした。
「半年前のお前なら、この程度の思嚇は楽にさばけたはず。忠告しておいてやるよな、白亜の。お前が進もうとしている道は、本来なら俗物が目指すべきもの。天才であるお前には相容れぬもの。相容れてはならぬもの。それでも目指すというのなら、覚悟すべきだ。俗物に成り果て、魔術師として地に堕ちる、という覚悟をな」
俺はチラリとティアラナに目を向けた。
ティアラナは、抜き身の刃のような目で、クジャを見据えていた。
エルメルリアでは決して見せたことのない、海千山千の野良の表情。
的外れなことを言われて怒っているのだろうか?
それとも、心当たりがある――?
「え?」
俺はそんなティアラナの手を、ギュッと握った。
心配だったからだ。
ティアラナの目が丸くなる。先の素っ頓狂な声も、ティアラナのものだった。
俺は、見つめてくるティアラナの視線から逃げるようにして、ティアラナを自らの懐に引き込んで、耳打ちした。
クジャ対策として、腕で囲いを作ることも忘れない。
「おい。話が見えないんだが。お前まーたよからぬことしようとしてんじゃねぇだろうな?」
魔装が読める相手には、一周回って密談の方が効果的である。
クジャの話が真実なら、こいつがヤバいことに首を突っ込んでいるのは間違いない。真実でないならそれはそれでいい。違うと言ってくれたら済む話だ。
さて、どっちだ……ん?
しかし、ティアラナは中々返事をよこしてこなかった。
目をやって、ギョッとした。
ティアラナが、地面を見つめ、これでもかってぐらい頬を膨らましている。膨らましすぎて、頬に薄く血管が浮いているほどだ。
なんぼほど怒ってんのよ、こい――うお!!
突然肩で思い切り突き飛ばされた。
目を向けたが、見えたのは、なびく黒髪と、拒絶を示す背中だけであった。
じゃあどうすりゃよかったんだよ……。意味がわからん。
「あっはっはっはっは」
クジャの笑い声が謁見の間に響き渡った。
あご肘ついて、クジャが見下ろしてくる。
「幸せか? 白亜の。呪ではなく、人の道を歩くというのは」
ティアラナがまた見つめてくる。いかにも咎めてますと言わぬばかりの目で、こればかりはさすがに向けられても嬉しくはなかった。更に言えば、こんな目を向けられる道理もない。しかし反論する勇気もないので、俺は、窓の外の鳥でも探すかのように、目を逸らした。
「ふふふ。まあ、答えはまだ聞かぬよな、白亜の。これから変わるやもしれぬ。人の心ほど移ろいやすいものはない。お前より四十年長く生きた魔術師の結論だ。恐らくは、お前も将来ここに至る。お前は、若いころのあたしによく似ておるからのう」
五指を五指で押し返し、不格好な三角錐を両指で作って、クジャが言った。
顔にはやはり、笑みがたたえられている。
「さて……次はお前だ。ビュウ=フェナリス。お前はなにを望む?」
目を細めた。
最上級と、最下級の視線が、交わる。
目を閉じる。
深呼吸一つ。
ティアラナが言っていたことを思い出す。
魔術師は無意味なことはしないもの。
魔術師として勝つとはどういうことか。
俺はここに憂さ晴らしにきたんじゃない。
パミュを救い出すために、ここに来たんだ!!
よし!!
目を開いた。
見上げる。
「俺は――部下が欲しい」
「ふふふ」
どこか含みのある声音で、クジャが笑う。
袂に刃物を隠している。
薄々気がついていたが、わかっていても、いつ、どのように斬りつけてくるのかは、わからなかった。
俺は目を細めて、クジャを睨み返した。




