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まずは初めましてのご挨拶を

 周囲の魔力が荒れ狂っている。クジャが、合計九本にも及ぶ魔力の尾を、好き放題に振るっているからだ。



 足を組み、その上で顎肘ついて、俺たちを見下ろすその面構え。



 若い。表情も若いが、単純に、端的な事実として、若かった。これは魔術師から見れば常識だが、一般人視点で見れば、明らかにおかしい領域だった。



 パミュの年齢は十五。しかも第四王姫だとセレンは言っていた。ということは、その母親を自称している魔王クジャは、少なくとも三十代前半でなくてはおかしい。


 

 しかし、クジャの見目は、控えめに言っても二十代前半だった。



 これは魔眼所持者が持つ能力チートのようなものだった。



 魔眼所持者は老けないのだ。正確には、存在を滅ぼせるピークの年齢で、時が凍る。死界に漂う死念が、そうさせているのである。 



 形は、俺に雰囲気が似ていると、パミュが言っていた通り、やや似ていた。

 黒いドレスに、黒の長手袋。黒いズボンに黒い靴。

 頭に太陽のような王冠を被っていて、腰まで下ろした黒髪は、まるで、夜が手を伸ばしてきたかのようだった。

 


 恐ろしい使い手だった。

 魔力量もさることながら、この技量。



 心を読むとか読めないとか、そういう次元の魔装形成ではない。

 この魔装は、相手の心を、へし折りにきている……っ。

 


 ふと。



 クジャが、目を細めた。

 鮮血のように紅い、見ているだけで死を連想させる、魔眼を。



 嘲るようにして。



 作られたその表情が、俺のプライドに障った。

 俺の感情が、怒りに寄る。 

 その時。



 ドックン!!



 何だ……。

 


 ふと、心の中になにか、黒いものが流し込まれた。そんな気がしたが、俺は別段気にかけなかった。

 全身黒ずくめの女を前にしているのだ。心の中が黒くなることだってあるだろう。なんて、我ながら意味不明な論理を展開する。



「ビュウくん」



 名を呼ばれる。

 うるせえな。

 俺は無視した。

 今はなにをしてもよい。

 そんな気持ちに、駆られた。



「ビュウく――!!」

 


 一瞬景色がフラッシュバックした。

 

 血を流して倒れるティアラナと、熱い血垂らす、竜頭蛇尾を持って立つ俺。

 

 自分の顔はよく見えなかった。ピクリと動かした指が、そのままの形で制止している。

 

 面を上げた。

 

 見上げた先に、澄ました顔でそれを見下ろす魔王クジャ。

 


 なんだその面……。

 


 ねじり殺してやろうか。

 

 そうだ。こいつはパミュを、呪を用いて玩具にした。している。生かしておく必要がない。殺すに足る理由しかない。

 

 ボキボキボキ。

 指を鉤爪状に動かし、鳴らした。

 魔力が呼応する。

 

 一歩、踏み出し、二歩、三歩――いててててててって!!



「なにしやが――」

 


 目の前に立つ、やや長身の女を見つめた。

 紫暗の瞳をした女が、俺を見つめ――あれ? 俺は一体、なにをして……たんだ?



「目、覚めた?」

「俺は――」

 


 面を上げる。

 クジャは呆けた俺を見て、ニヤニヤと笑っている。隠す気のない嘲笑だった。



「眩術だよ。初手見鬼を逆手にとった、クジャ国王陛下の得意技。言っておこうと思ったんだけど、ビュウくん人の話――」

 


 なるほど……。

 今の俺の魔力かんじょうは、怒りに偏っていた。

 見鬼を使うために、眼球に集めていた俺の怒りの魔力かんじょうを、魔力を叩きつけることで呑み込ませ、異常アフロディーテ反応で増幅させたか。


 魔術師ってのは感情を操る。一流の魔術師にとってそれは、他者の感情さえも指している。

 今更だが、練魔で脅かしてからの見鬼も、わりとベタな手法ではある。もっとも、こういうのは、わかっていても回避できないから、ベタでいられ続けれるわけなのだが……。



「ふふふ……」



 泣きたくなるほど苛ついてきた顔を、手で隠した。


 なるほどなるほど。それで俺は、あんなにも気がささくれだってしまったわけですか。 


 なるほどねー。



 上等だよ、てめぇ!!

 


 拳を握る。

 魔装が呼応し噴き上がる。

 そして。



 バチン!!


 

 思いっきり、背中を叩かれた。



「いって!! ぇな、マジでさっきからなにしやがんだおま――」

 


 怒鳴りつけると、引き寄せられた。胸元からだ。ティアラナが人の胸ぐらをつかんで引き寄せてきているのだ。

 見目からは想像もつかぬ、荒々しい動きに、俺は首を絞められたように息が詰まった。



「あたしは! 君の隣で呪を語れるほどの魔術師だよ! 魔術師の考えていることぐらい、魔装を見れば大体わかる! 君の考えていることなら、尚更わかる!」

「……」

「魔術師の行動には全て意味がある。君がここに来た目的は何? 殺し合い? 格の番付け? 違うでしょ? 今一度思い出して。魔術師として勝つということが、どういうことなのかを」

 


 紫暗の瞳が、刺すように俺を見上げている。

 俺は、マジギレしているティアラナを見て、どう返したらいいのかわからなくなった。

 しばらくして。



「ハッ!!」

 


 ティアラナが大口開けて我に返り、俺の胸倉から手を離して、膝を畳んだ。恥ずかしそうに両手で顔を隠している。



「しまったー。このあたしとしたことがー」



 両手の隙間から、ティアラナが嘆きの言葉を漏らす。

 俺はそんなティアラナから、張本人クジャへと視線を移した。

 


 クジャのドヤ顔。顎を上向け、俺達を見下ろしている。ふざけた話だが、怒る以上にその技量に感服してしまった。

 

 

 思赫しかくか……。



 魔呑症という症状がある。強い魔力にあてられて、眩暈、吐き気、不安や怒りなどを覚える、日本の医学用語で言うところの、自律神経失調症だ。

 


 それを意図的に引き起こす技法を思嚇しかく思垂しすい思吐しとと呼び、ティアラナはそのうちの一つ、思嚇にかけられていた、ということだ。

 


 思嚇自体はさして難しい技法ではない。せいぜいS2かS3。まあつまり、二番目に難しいってことなんだけど。ただ、魔力量が高い魔術師には比較的入りやすいって特徴もある。が、問題はそこじゃない。

 


 速いのだ。とにかく速い。というかためらいがない。故に圧倒的な術起動速度を擁しており、しかも技術がそれについてきている。

 


 これが……俺のさいきょうを継いだもの……か。



「そこでいい」

 


 振り返る。

 クジャが顎肘ついて、俺たち二人を見下ろしていた。



「前にも言ったが、あたしの前で頭を垂れる必要はないぞ、白亜の。あたしはお前のことを友達と思っておるからのう。くくく」

 


 ティアラナのコメカミに、わかりやすい十字路が浮かぶ。ニコニコ笑顔のまま立ち上がった。笑顔だが、明らかに空気が怒っている。

 


 なんやかんやで、素で怒っているこいつを見たのは初めてな気がする。

 


 だから俺はちょっとゾッとしたが、対するクジャは、檻の中の獣でも見るように、笑っていた。



 全員の温度差がひどい。

 俺たちが天気の前線なら、そりゃもう空はひどいことになっていたことだろう。



「タオ。リズ。言いたいことがあるなら、先に言っておけ。呪を交えてから口を挟むことを禁じる」

「私は特には」

「リズは?」

「同じく」

 


 各々見鬼で俺たちを見据えながら答えた。

 どっちも一流の真偽官を名乗っていいレベルだ。相手の思考をこじ開けてくるような、脅迫めいた見鬼。

 クジャもまた、紅い瞳の濃度を上げて、階下を見下ろしてくる。



「よかろう。ならば、後はあたし一人で話を詰めよう。さて、久しいな白亜の。そしてビュウ=フェナリス。とりあえず、褒賞の件から片しておくか。まずは白亜のから」



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