外伝61話:警護課の意地 -elΣesm elCeksemjunkk-
外伝61話:警護課の意地 -elΣesm elCeksemjunkk-
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「カルマさん、リグスラーム教官は、どうしてエルマ君を狙ってるんですか」
あの過剰戦力の優等生は、コテンパンにやられた訓練相手から恨まれることはあっても、決して教官の恨みを買うような人間ではないのだ。
なにせ彼は、誠実にして高邁、普段から教官陣の掲げる理想を、地で体現していくような性格だ。弱者をいたわり強者を砕く、立派な心構えの憲兵なのだ。
唯一、親の話をすると無差別的に攻撃してくる欠点はあるものの、さすがに教官に攻撃したとは考えにくい。
カルマは興味もないと言わんばかりに首をひねった。
「知らないけど、このあいだの13課対抗試合の借りを返すためじゃないの? 警護課のリーダーに旗を奪われたままでは終われないだろうって、教官言ってたし」
彼女が話したのは、先月行われた13課対抗試合のときのことだった。毎年この学校で行われる恒例行事である。
文字通りに13課に分かれて戦う一大イベントで、毎年複数の課が徒党を組むのが常だ。
警護課は最後に人身捜査課との激闘の末、ようやく勝利の旗を手にしたのだった。人身捜査課が優勝するのが常のこの試合でまさかの番狂わせが起きたのは、最後に警護課のリーダーとして正面きって旗を奪ったイェルマヒムの功績が大きい。
「では教官は、人身捜査課の名誉挽回のために、今日この日に警護課全員を全滅させるつもりだと」
「警護課なんかに正面から正々堂々と負けたのは、あの筋肉キャプテンがいたからでしょ。人身捜査課一生の汚点レベルで屈辱だって、皆悔しがってたし。人捜課が名誉挽回に燃えるのもわかるでしょ」
だから敵方は、囮となったイェルマヒムに、あれほど警戒して人員を割いたのだ。端から彼が狙いだったのなら、納得がいく。
「その屈辱を晴らすために、人身捜査課の皆さん張り切ってるってことですか」
「って言っても、本当に張り切ってるのは教官ひとりで、明日卒業試験を控えてるあたしたちにしてみれば大迷惑なんだけど」
カルマはため息まじりにつづけた。「まあ、仕方ないんじゃないの。教官にとってはこの試験が、名誉挽回する最後のチャンスだし」
「最後のチャンス? どういうことですか?」
「リグスラーム教官、来期から田舎州に転勤するんだって」
「えっ」
スフィルは驚きに目を見開いた。
ナームファルカ王立憲兵学校は、憲兵育成機関の金字塔とも呼ばれる名門校である。あの女好きで権力志向の教官が、わざわざそのキャリアを蹴って田舎に行きたがるとは思えない。
シオナに関係を迫ったから、告発される前に逃げようという算段なのだろうか。だがそれなら、「転勤」というのは不自然だ。王国憲兵として働くなら、どこに逃げたところで捕まるのは同じだからだ。
「教官は、どうして転勤するんですか」
「さあね。あんなゲス野郎のことなんか、聞きたくもないし」
それだけ言うと、カルマはなにか思い出したらしく、ドスのきいた低い声でつぶやいた。「あんのゲス野郎、卒業したら絶対ぶっ殺してやるんだから……!」
「でも、カルマさんが卒業するころには、教官は田舎に転勤なんですよね?」
彼を告発することはできても、たまたま彼女が同じ田舎州に勤務にならないかぎり、残念ながらカルマの手でお縄にかけることはできなさそうだ。
「そうじゃん! あー、腹立つ!」
そう言うが否や、カルマは立ち上がり、ビシリとティガルの胸を指さした。
「ティガル! アイツの頭にも卵とか投げなさいよ! 十個くらい!」
「オレ、卵投げ屋じゃねーんだけど」
いつもはノリノリなティガルだが、今回ばかりは、カルマのあまりの勢いにたじろいだようだった。
「権力を盾にあたしの妹に手を出すなんて、絶対許せない! 卒業したら一番最初にお縄にかけてやりたいわ! なのにこのタイミングで他州に逃げるってどういうこと! ありえないんだけど!」
「でもカルちゃん、来期からは味方になってくれるカルちゃんやティガル先輩たちがいなくなっちゃうのは寂しいけど、でも教官がいなくなってくれるのはうれしいよ! 来年からの訓練は安心してできそうだもん」
「あんたは人に優しすぎなの! 憲兵なんだから、もっと犯罪者は何が何でもひっ捕らえるガッツを見せなきゃ!」
「だってあたし、警護課だし……捕まえるより護ることが専門だもん」
「もう、これだから警護課はヌルいのよね」
「なんでそこだけオレ見て言うんだお前」
彼らが話している間、スフィルはひたすら、敵役の意図について考えていた。
それにしても、不自然だ。
思えば試験中に見たもの聞いたもの、すべてに何らかの不自然が紛れこんでいた。
人身捜査課の関与。なぜかイェルマヒムを追う教官。そしてその彼は、来期からは逃げるように王都を去るという。
ほかにも、古びた廃棄武器庫に眠る、新品同然の銃器。
そして、《青獅子隊》の関与。野外訓練場の端での、予期せぬ出会い。あんな場所で、彼らは何をしていた?
混沌としたあらゆる情報が流れこみ、高速で脳内を駆けまわる。
そして――ひらめいた。
気がついたのだ。この試験の、本当の意味に。
複雑に絡みあったあらゆる情報同士がつながり、やがてそれは、美しい円を描く蜘蛛の巣の糸のように、理路整然とした形をあらわにした。
暗闇に一筋の道が見えてきた。そんな気がした。
「なんか、わかってきた気がします」
スフィルのつぶやきに、全員がふり向いた。
「え?」
スフィルはおもむろに、その場に立ち上がった。
「この試験自体が、とてつもなく巨大な詐欺だったんです。ボクたちは、盤上で踊らされる駒だったんですよ」
「どういうことだよ、相棒」
まだ、すべてを掴んだわけではない。
だが少なくとも、試験の裏に隠された陰謀の、その一端はつかんだ。そう思えた。
敵の意図がわかったのだから、もはや出撃を躊躇する理由はない。
スフィルは東訓練場の方角を見据えた。
「とにかく今は、作戦決行が先です。皆さん、準備はいいですか」
「おう」
スフィルの横に立ち、ティガル、ノワン、ダカ、そしてエズレがうなずく。シオナはその場でガッツポーズしてみせた。
「作戦決行って――あんたたちまさか、本当にこの人身捜査課の包囲網を突破する気? ウソでしょ。頭おかしいんじゃないの」
「実際、頭おかしい課だぜ、警護課は」
ティガルは陽気にケタケタと笑った。
「警護課は、護衛対象の御身を命にかえてもお護りします。たとえどれほどの困難が待ち受けていようともです。それくらいの意気がなければ、王室護衛官は務まりません」
「王室護衛官って」
カルマが両手を広げ、呆れたようにつぶやいた。「あんた小さいけど、夢は大きいのね。――もうあたしは知らないから。勝手に突撃して、勝手に全滅すればいいじゃない。運命の王子様でも夢見ながらさ」
運命の王子様を夢見る?
思わず笑ってしまう。
そんなの、年頃の乙女じゃあるまいし。
12歳で男物の袖無上着を羽織った瞬間から、乙女思考は捨てている。
「カルマさん、運命の王子様は、待っていても来てくれませんよ。追いかけて修行して、掴み取りに行くんですよ」
言いながら、ぐっと拳を握る。「――この手で!」
そう、待っていたところでなにも変わらない。
そう、獲物を狩りに行くのだ。それがスフィルにそなわる、北方戦士の本能だ。
「まったく。その勢いで、うっかり王子様を潰さないでよ?」
カルマは、呆れ顔で目を細めた。
「まあ見てろよ。護衛官の意地を見せつけてやるぜ、姉上」
「誰が『姉上』よ! ウチのシオナは渡さないんだから!」
瞬時にそう吠えてから、彼女は改めて、護衛班を見渡した。
皆真剣に、本気で突破する気でいる。
表情からそれを読み取ったのか、やがて彼女はひとつ息をつき、「わかった」とつぶやくように言った。
「あんたたちに協力してあげる。バカみたいだけど、本当にあのクズ教官をやりこめられるとしたら、あんたたち警護課のバカ共しかいないと思うから。――その代わり、絶対あのクズ教官を叩き潰すこと! いいわね!」
「了解!」
ビシリと敬礼してから、スフィルは鄭重にカルマに頼んだ。
「早速なんですが、カルマさん、お願いがあります。――その服を、シオナさんに貸してください」
そう申し出れば、彼女はぎょっとした顔をした。
「まさか、入れ替わり作戦でもする気? 冗談でしょ、それがまともに試験として評価されると思うの?」
「たとえどんな手段を使ってでも、護衛対象をお護りする。警護課の主任教官は、そういう姿勢を評価する方ですから」
ハーナム教官なら、たとえどれほど奇天烈で破天荒でも、護衛対象さえ護れていれば、評価してくれるに違いない。元王室護衛官ならではの柔軟性と、そして不動の厳しさを具えた教官だ。
「それでスフィル、作戦は」
ノワンの言葉に答えて、スフィルは指を立てた。
「本作戦は、主にふたつの作戦を主軸として展開していきます」
作戦その一、王の側方退避。
「せっかく一卵性の双子姉妹さんなんですから、シオナさんはこの際、カルマさんに化けましょう」
「はいっ!」
「そしてボクに、その赤い長外套をお貸しください」
そして、スフィルがシオナ――すなわち「国王役の護衛対象」として、行動する。本当は自班のエズレと交代したいところだが、エズレは曲がりなりにも男らしい体格をしているので、体格差でバレそうということで断念する。
作戦その二、囮。
「グラム教官にエサをぶら下げましょう」
相棒を見上げると、彼はたじろいだように自らを指さした。
「エサってまさか、オレのことか?」
「ほかに誰がいるんですか?」
「ったく、この蛮族が相棒を食材として見なくなる日は、いつになったらくるんだろうな」
ティガルは軽く愚痴を言いながらも、すでに覚悟は決まっているようだった。
「ノワン君、囮役のティガルに、木の上から射撃のサポートをお願いします。お願いできますか」
足を怪我しているので、彼をあまり移動させることはできない。逡巡したのはその状態で木に登れるかだが、ノワンは事もなげに返答した。
「了解だ」
「射撃、俺じゃ……ダメ、だった?」
おずおずと手を挙げたのはダカだった。彼の射撃の腕はピカイチなので、射撃といえば絶対に彼が指名されると思ったのだろう。
「俺、さっきミスしたから……もう出番なかった?」
そう切り出すダカは、目にうるうると涙を浮かべていた。
スフィルは慌てて否定した。
「違うんです! ダカ君にはもっと別の、大切な射撃任務をお願いたいんです」
視線を上げたダカに、スフィルはにんまりと笑ってみせた。
「ダカ君、さっそくですが、封印解除です」
「えっ?」
「クソ殿下を、クソお護りしやがってください」
その瞬間、ダカの顔がきらびやかに輝いた。
「自由に言いたいこと言っていいってことだよな? クソ、サイコーじゃねえか!」
この「可愛い」の形容が似合う素朴な異民族の少年に、その話し方はすこぶる似合わない。やっぱり、何度聞いても違和感しかない。
スフィルがクスリと笑うと、ダカは気をよくしたのか、その場でガッツポーズした。
ダカとエズレとノワンは、倒した敵から拝借した黒いストールを身に纏った。ノワンはひとりで射撃するために、そしてダカは、エズレとシオナを連れて馬車まで到達するために。
姉の衣装を着たシオナは、先ほどまでカルマがそうしていたように、目もと以外をすべて黒いストールで覆った。さすがは一卵性双生児だ。この変装で見抜ける者はいないだろう。
「いたぞ! 護衛班だ!」
その時だった。
突然曲がりくねった細い道から、ふたりの男が駆けてきた。
「下がれ、殿下!」
護衛官の衣装を着ているティガルが剣を抜き、護衛対象の前に立ちはだかる。
一触即発になった、その瞬間。
駆けてきた敵たちは、そこで足を止めた。
彼らが注視する先には、上着と黒い頭布を脱いだカルマがいた。
彼女は護衛班の前に立ちはだかって、敵役の男たちに対して手をかざして制止の合図を出していたのだ。
「おい、どうしたカルマ」
「今すぐに剣をしまい、立ち去りなさい。これは班長命令よ」
どうやらカルマがこの見廻り班の班長らしい。ほかのふたりは戸惑いの表情を浮かべて顔を見合わせてから、反論の言葉を並べた。
「なんだよお前! シオナちゃんが警護課だからって、連中に肩入れすんじゃねえよ! 妹ちゃんが敵側だろうと、任務は任務だろ!」
「そうだぞ、カルマ! 俺だって寄ってたかってシオナ姫をいじめたくはねえけど、でも任務は任務なんだよ!」
「あんたたち、明日最終試験を控えた今日、こんなわけのわからない試験に参加させられて、腹立たない?」
「ムカつくに決まってんだろ。だからこそ一刻も早くそいつらを捕らえて、この地獄みたいな試験を終わらせたいんじゃないか!」
「それじゃ教官の思うつぼよ。――あたしたち、アイツに騙されてたの」
「どういうことだよ」
ふたりがカルマに注視した。
「権力を盾にシオナに言い寄ってた男は、ティガルじゃなかったの。ティガルがそうだとあたしたち吹き込んだ、リグスラーム教官本人だったのよ!」
「なんだと?!」
「アイツは散々あたしのシオナを傷つけておいて、その罪をティガルになすりつけてこの卒業試験の成績を落とさせたあと、ひとり他州に高飛びするつもりなのよ! あんたたち、それを聞いてもまだこの試験に参加できる?!」
人身捜査課のふたりは、互いに顔を見合わせた。互いの表情に憤りの色を宿していることを確認したあと、彼らはそろって声をあげた。
「許せねえ! 俺たちのシオナ姫を傷つけるヤツは、人捜課全員の敵だ!」
「たしかにアイツ、女好きのウワサはあったけど、まさか俺たちのシオナちゃんに手を出したとはなぁ! 絶対に許せねえ!」
(『俺たちのシオナちゃん』?)
スフィルはシオナに視線をやり、同じくシオナを見るティガルと目が合った。どうやら後輩の代では、シオナは課の垣根を超えて誰もが慕う、アイドル的な存在だったようだ。
スフィルは相棒とともに首をかしげながら、彼らのやりとりを傍観した。
「警護課は嫌いだが、そんなクズの思い通りにさせてたまるかよ!」
「満場一致。――そういうことで文句ないわね?」
カルマは相対するふたりに確認を取ると、護衛班にふり返ることなく告げた。
「あのクズ野郎の思い通りになんかさせない。――行きなさい、警護課」
「なんでオレら、死人にこんな偉そうに指図されてんの?」
ティガルはクスリと笑うと、「護衛班」の囮として、先頭を歩いた。
「まあ、言われるまでもねえ。――参りますよ、国王陛下」
そのうしろで、赤いフードを被ったスフィルが頷く。
さあ、一発逆転のゲームの始まりだ。




