外伝62話:青旗奪取! -lakc'er-
'20.09/22 若干の文章追加。
外伝62話:青旗奪取! -lakc'er-
* * *
ティガルが護衛対象を連れて、訓練場の正面に躍り出た。彼らのほうに、敵が全員で走っていく。作戦通りだ。
「重要な任務だった、今度は失敗はできなかった」
ダカが何やらブツブツとつぶやいている。そんな様子を横目で見ながら、エズレがその背中を叩いた。
「おい、行くぞダカ」
ダカはエズレにふり向くと、意を決したようにコクンとうなずいた。
ダカは15歳で年下だからか、そんな仕草も幼い子供のようだと思ってしまう。エズレにとっては先輩にあたるものの、護られるというよりは逆に護りたくなるような雰囲気を醸している。
エズレ、ダカ、シオナの三人は、現在真っ黒な頭布で頭を覆い、壁の陰に待機している。憲兵の制服である黒い短外套を羽織っているので、傍から見れば怪しいほどの黒づくめだ。だがこの格好が、敵に紛れるにはうってつけである。
エズレがダカの背中を押せば、彼は慌てて訓練場に飛び出した。
そして駆ける。ティガルたちのあとを追うように。
エズレとシオナも、それに続く。
ダカはついに覚悟を決めたらしく、その走りに惑いはない。
ティガルたちと並行になるように走りながら、ダカは彼らに向かって、絶え間なく矢を放った。それも、すべて外れるように狙いながらだ。
(すげえ。本当に、そんなことやれるんだ)
彼のうしろ姿を見ながら、エズレは思わず感嘆の息をもらした。年下とはいえ、さすがは卒業生だ。
敵たちにはティガルたちを狙っているように見えるように矢を放ち、だが絶対に彼らには当てない。対象が走って動いているのだから、その相当な至難の業のはずだ。
そんな難しいことを、スフィルは事前に、いとも簡単に言ってのけたのだ。
「左右から矢を放たれては、さすがにたまったものじゃありません。というわけでダカ君、片方の射撃を牽制してくれませんか」
敵の装束に身を包んだダカが、走り出る彼らから見て右側から、平行に絶え間なく矢を打ち続ける。するとそれらの矢は、まっすぐに左側にいる敵たちに届いてしまう。矢を放つどころではい左側の敵は、場所を移動せざるをえなくなるのだ。
ダカたちの任務は、ただ敵に紛れてゴールに行くだけではない。囮役をサポートする効果をも担っているのだ。
そして――。
エズレの前を走りながら、ダカが肺で大きく呼吸した。そして自らに暗示をかけるように、小さくボソボソとつぶやいた。
「俺は泣く子も黙る、派遣公安課の猛者。エリートどもの指図なんて受けねえし、味方に軟弱な腰抜けなんていらねえ。――よし」
どうやら、暗示は完了したらしい。
ティガルと護衛対象に接しないギリギリの位置に矢を放ちながら、ダカはすっと胸に空気を溜めこんだ。
そしてめいめいに追いかける敵役の連中に、怒鳴り声をあげた。
「どけテメエら、射撃の邪魔だ! 連携を崩すな! 先回りしてやつらの出口を塞いで、確実に仕留めろ!」
黒い頭布の憲兵たちは、小気味良いほどによく反応した。
彼らはすぐさま、訓練場を囲むように配置についた。これもすべて、スフィルの計算通りだ。
「ここにいる敵役のほとんどが、人身捜査課なんですよね」
すなわち、生粋のエリート揃いである。言葉を換えれば、誰よりも教官の指示通りに動くことが得意な兵士たち。
彼らは怒鳴られれば、反射的に指示通りに動くだろう。そう訓練されて、最も優秀だった訓練生たちの集まりなのだから。
こうしてティガルたちを囲んでしまえば、反対側の味方に当たってしまうために下手に射撃はできない上、今ごろ木登りをしているはずのノワンの位置からも遠ざけられる。
敵に怪しまれず、最大限に囮役をサポートする。
それがスフィルがダカたちに与えた任務の真骨頂だ。
「囲め、囲め! 先回りしてブチ殺せ!」
ダカは力のかぎり叫んでは、休む間もなく矢を放ち続けた。ティガルたちから見て左側にいた弓兵たちは、すぐに自分たちが邪魔な位置にいると悟ったようで、すでに敵を囲んで描く半円のなかへと駆けていた。
矢筒が空になった瞬間にそれを投げ捨て、ダカは後ろに向かって手を差し出した。
間髪入れずに、エズレとシオナが敵から大量に仕入れた新しい矢筒を渡した。
この役割で、弓を持たぬ憲兵が、弓兵のあとにつづくように前後で並んで走ることへの違和感は消える。傍からは、敵役としてこの上ないほどに良い連携に見えるだろう。まして真の護衛対象をうしろに連れた護衛班の変装だとは、誰も気づかないに違いない。
それでもほかの人間の視線が少しでもあれば、ダカがあえて苛立たしげに叫んだ。
「構えろ! 引きつけろ! ××野郎どもを絶対に通すな!」
エズレは思わず神妙な顔で、前を走るダカの背中を見上げた。
吐かれた言葉がどれほどに下品かは、吐いた当人は知らないのだろう。なにせ彼は、スフィルに一途な子供のような性格の男だ。普段のダカを知っている人間なら、まさかあのカタコトの外国人が吐いた言葉とは、到底信じられないはずだ。
現に一番間近で目撃したエズレでさえも、目を疑っている。
だがそれでも、人身捜査課の憲兵たちに背を向けさせるには、充分な効力を発揮した。
彼らは次々と背を向け、あえて護衛対象を捕獲する任務に集中しているように見受けられた。
「派遣公安課とはかかわりたくない」
エリートたちは内心、そう思っているに違いない。下品な掛け声だから、勝手に派遣公安課に違いないと思っているのだ。
これも、スフィルの計画通りだ。
普段接点のない人身捜査課と派遣公安課が、それぞれの顔ぶれを把握しているはずがない。「派遣公安課は品がない」という事前情報のおかげで、彼らは少しも不審に思わなかったようだ。
一方、走るダカの足取りは軽くなっていた。
矢筒を渡すときにちらりと見えた顔は、「爽快」のひと言が似合う晴れやかな表情をしていた。
(もしかしてダカ、こっちが本来の口調なのか……?)
そう思えるほど、ダカは束縛から解き放たれたように、自然と言葉を紡いだ。
今この時ほど、この異国の先輩から自然に、言葉がすらりと出たことはない。ダカはほとばしる快感を全身に滲ませながら、とびきり大きく叫んだ。
「ボサっとしてやがんじゃねえ! ××すぞこのクソ××野郎が!」
ついにゴールの馬車まで、あと少しだ。すでに十数歩先で、ゴールの青旗がなびいている。
行ける。
この勝負、勝てる。
エズレがそう確信した、その時だった。
「おい――カルマ?」
突然、横から声をかけられた。
横を走るシオナが、びくりと肩を震わせて反応した。さすがは一卵性双生児。なんの違和感もなく、知人にカルマだと思われたようだ。
正体がバレるよりはマシだが、正直このタイミングはマズい。
ダカは肌の色が違って目立つので、何も言わずに、その声の主から離れたところへとそそくさと移動した。
「カルマ、お前の担当はここじゃなかっただろ」
シオナは小さく息を吸うと、声のほうをふり返った。
「残りはあいつらだけなのよ。加勢に来て悪いわけ?」
シオナは片手を腰に当てながら、いかにも気だるげにそう言った。
(に、似てる……!)
思わずシオナをまじまじと見る。
彼女たちとは同期なので、エズレは基礎訓練時代、この双子の姉妹と過ごした。それゆえ、このそっくりな双子を、雰囲気から簡単に見分けられることは知っている。
だが、今シオナが纏うこの雰囲気と佇まいは、間違いなく姉のほうのそれだった。
おかげで声をかけてきた人身捜査課の男は、すぐにカルマだと信じたようだった。
「お前は担当からはずれろ。大事な妹が寄ってたかっていじめられるところを見たら、お前なら連中に加勢しかねないからな」
「本当にいじめてたら、そりゃ容赦しないに決まってるでしょ。でも、警護課の連中に肩入れするなんて馬鹿馬鹿しい。これはただの試験なんだから」
近寄ってきた同僚らしき男を見下ろしながら、シオナが上から目線で言った。
「わかったらそこ、どいてくれる」
有無を言わさぬ威圧的な口調に圧されて、男は無言で道をあけた。
躊躇なく馬車へと進むシオナたちの背中を見ながら、人身捜査課の憲兵は突然、訝しげな声をあげた。
「――お前、まさかとは思うが……本当にカルマだよな?」
「当たり前でしょ! 何言ってんの!」
怪しまれる原因となったのは、おそらく彼女のセリフや変装ではない。なぜか派遣公安課とおぼしき見慣れぬ男と馬車に行こうとしている、その行動だ。なにせ、加勢に来たといいながら、現在向かおうとしているのは、ティガルたちが戦火を散らしている方向とは、まったく逆方向なのだ。
その先には、警護課のゴールである馬車以外にはない。その事実が疑念を生んだのだろう。
男は鋭い口調で問うてきた。
「一応念のために聞くが、合言葉は」
シオナの表情が固まった。
合言葉など、知るわけもない。
これ以上は限界だ。隠し通せない。
エズレは瞬時にふり向くと、突然、人身捜査課の男に掴みかかった。
「今だ、行け! 国王陛下っ!」
そう叫べば、視界の端で、シオナが慌てて走っていった。
「やっぱりお前、警護課の……!」
追いかけようとする男の胴に手を回し、必死で掴む。
男が振りほどこうと、エズレの腹に膝を入れた。
「うあ゛あ゛っ」
思わず悲痛なうめき声が漏れる。ひるんだ隙に、エズレは地面に叩きつけられた。
猛烈に痛い。
せっかくスフィルに手当てしてもらった傷口が、また開いてしまった。
「なんだ、手負いか」
血のついた白い帯を一瞥して、男がそうつぶやいた。だがその瞬間、彼は目の色を変えた。
「まさかお前――王子役の護衛対象か?」
どうやら、顔で正体がバレたらしい。
マズい。ここで飾手拭を取られたら、スフィルやほかの先輩たちのこれまでの努力が、すべてムダに終わってしまう。
敵の男は突然、その場にそぐわぬ軽い笑みを浮かべた。
「えっ、マジか。超ラッキー。お前、警護課の鬼教官のヘボ息子のエズレじゃん」
相手の男は、まるで威嚇する小動物に出くわしたかのように、ナメくさった顔をした。
「けど俺も、運がいいな。ここでお前を仕留めたら、俺こそがこのクソみたいな試験を終わらせた功労者になれるわけだ。今んとこ、この警護課の詐欺に気づいてるのは、俺しかいないようだしな。その護衛対象役がラクショーなヤツで、超良かったぁ」
近づく男の手を払いのけ、すぐさま立ち上がる。腹を捻ったために、ただ立ち上がっただけでも苦痛の声が漏れる。
是が非でも、ここでヤツに飾手拭を取られるわけにはいかない。
絶対にダメだ。
あの先輩たちは、エズレを信じてくれた。父のように無理だなどと一刀両断しなかった。
信じてくれた人たちを、裏切ることはできない。
エズレは痛みで震える手で、敵から奪った装備品である細剣を構えた。
敵は人身捜査課。基礎訓練時代に上位数割のエリートだった人間。対してこちらは、入学したころから、可もなく不可もなくの成績を維持している。とりわけて努力しなかったのだから、当然と言えば当然だ。
王室護衛官の息子のくせに、頑張ってやってもできないことが、何よりも怖かった。結果を恐れて、努力するのが怖かった。
――だから。
だから、こんなエリートを相手に、勝てる要素がないのだ。さらに今は、腹部に重傷を負っているときている。
こんなことなら、先ほどシオナが疑われたあの瞬間、ひとりで馬車まで走ればよかった。なんでわざわざ、ライバル班の護衛対象を助けて先に行かせてしまったのだろう。
今思えば滑稽極まりないが、あの時は考える間もなく、シオナを先に行かせていたのだ。
「さあ、怪我人護衛対象のエズレ君。おとなしくこっちに飾手拭を渡せば、すぐに試験から解放されてラクになるよー?」
「誰が渡すかッ!」
「ふぅん。ま、お前ごとき、飾手拭奪うのに許可取るまでもないんだけどさ」
相手が地を蹴り、一気に間合いをつめてきた。
剣と剣がぶつかり、ものすごい圧力が腕を通じて、腹の患部へと駆ける。思わずしかめた目尻に涙がにじむ。
圧される。
負けてなるものか。
――そうだ。護衛対象役である以前に、オレは護衛官だ。
護衛官が人を護らなくてどうする。先輩たちの夢を、護らなくてどうする。
それでも踏ん張る足が砂を掻き、徐々に後退する。
分が悪いのはわかっている。でも、絶対に諦められないのだ。
――たとえ死んでも! あいつらの夢を護ってやる!
今エズレの頭には、ひとつの方法が浮かんでいた。
肉を斬らせて骨を断つ。ここで急に剣を離せば、鋭利な鈍器はエズレの顔に直撃するだろう。
だがそれでいい。
その瞬間に相手の懐に飛び込み、飾手拭を奪えるなら。そのためなら、どれほどの痛みにも耐えられる。
エズレが覚悟を決めて力を抜いた、その瞬間だった。
不意に相手が力を失い、その場に崩れ落ちた。
「え……?」
視界のひらけた向こう側には、こちらに弓を構えたダカがいた。
「テメエじゃ実力不足だ。ブッ殺されるトコだったぞ」
ダカはすぐに、エズレのもとに駆けよってきた。その乱暴な話し方のおかげで、いつもの朗らかな雰囲気とは一変、まるで恐ろしい形相をした異国のギャングのように見えた。
「そ、そんなのわかってるっての!」
ダカの言葉に怖気づきながらも、エズレは精一杯に強がって言った。
「でも――だからこそ、シオナを助けるには、こうするしかなかったんだよ!」
「ブチ殺されるとわかってて、敵に立ちはだかったってか」
「わ、悪かったな。ライバル班の護衛対象を先に行かせて」
「悪かねえよ。その勇気は、護衛官としてクソ必要な素質だ」
「えっ……」
エズレは一瞬、言葉を失った。
なんなんだ、こいつ。こんな男前なキャラじゃなかっただろ、お前。
――だが、認められた。
護衛官として必要な素質が、あると言われた。その事実に涙が出そうになって、必死にこらえて唇を噛みしめる。
ダカは弓を引き、エズレの前に立ちはだかった。
「ここは俺が死守してやる。とっとと走りやがれ、クソ殿下!」
「クソは余計だッ!」
エズレはダカに背を向けると、全速力で走った。
ゴールの馬車にはすでに、シオナがいる。彼女は心配そうに、こちらに手を伸ばしている。
この騒動で異変を察知した敵の何人かが、こちらに駆けてくる。
あと数秒。ほんの数秒で決着がつく。待ってろスフィル。
――絶対にオレが、お前に勝利の青旗を掴ませてやる。
エズレは怪我を忘れて、懸命に駆けた。ゴールの馬車に掲げられた、あの青い旗を目指して。




