外伝56話:護衛官たる資格 -almhmlet Jenlalhav-
'20.09/22 途中に新規エピソードを追加。
外伝56話:護衛官たる資格 -almhmlet Jenlalhav-
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「それにしても、タイミング悪かったっすよね。敵さんがこんなに変則的に動きだしてくるなんて」
敵役の訓練生たちに、変化が起こった。彼らは指揮官の指示がないままに、自主的に連携を取り始めたのだ。
この彼らの劇的な変化の直接的なきっかけになったのは、先ほど鳴った、夕刻を知らせる鐘だろう。その時報が試験の参加者たちに、本来ならこの試験がとうに終わっている時刻であることを知らせたのだ。
血眼になって探す敵役たちには、すぐにでも彼らを全滅させて、この地獄のような暑さのなかの任務から解放されたい、切実な気迫が感じられた。
最初に動いたのは、数人単位で活動していた見廻り兵たちだった。一箇所に集まった彼らのうちのひとりが、自主的に周回ルートを指示し始めたのだ。それによって決まったルートをぐるぐると周回していた彼らは、袋小路となった細い道にまで範囲を広げて、最後の生き残りとなった護衛班を探し回るようになった。
いくら計算高いスフィルとはいえ、まさか夕刻の鐘が敵の行動に変化をもたらすとは、まったく想定していなかったに違いない。
そうしてその結果、スフィルの班は最大の危機を迎えたのだ。
「まさかこれ、グラム教官の策略――?」
「そんなわけないだろ。あの教官にスフィルの裏をかけるだけの技量があれば、端からそうしているはずだ」
「ったく、お前ら《青獅子隊》は、さっきからグラム教官をナメすぎだっての」
マーシルは呆れたように言ったあと、にんまりと笑って元相棒を見上げた。「まさかお前、グラム教官に戦いを挑んで見事に骨折られて負傷したたの、忘れたのかよ?」
「忘れるわけがないだろ」
カリエクは不愛想にそれだけ言うと、「それより」と下を指さした。
ついに隠れた絨毯の向こう側で、動きがあったのだ。
出てきたのは、赤い長外套をなびかせる国王役の護衛対象と、あとは青いスカーフを巻いたティガルだけだった。ほかのメンバーは、待てども出てくる様子がない。どうやらエズレは、惜しくも脱落したらしい。
あとはスフィルとダカだが、出てこない様子をみると、信じがたいが、どうやら彼らも巻き添えを食らって脱落したようだ。だとすれば、護衛対象が殺される危機で慌てた状況だったとはいえ、痛恨のミスである。
「うそっ、ここでまさかの二人脱落? なんで?」
「おそらく、下のルートから新たな敵が来たんだろうな」
ちょうど視界の遮られた絨毯の下方につづく細い道は、斜めになっているおかげで、こちらからは見えない。状況から考えて、そこから敵が押し寄せてきたと見受けられる。
「教官は、まだ生きているとお考えですか。スフィルの、計画は」
カリエクが真剣な目で訓練場を見ながら、問いかけてきた。
「どういう意味だよ、クァル」
「『死してなお対象の御身を護れないようでは、護衛官たる資格はない』。――たとえスフィルが脱落したとしても、彼の勝負はまだ終わっていないかと」
ハーナムはかつての教え子を見上げ、目を見開いた。
カリエクが口にしたのは、ハーナムが毎年欠かさずに訓練生に告げている言葉だった。もう何年も前のことなのに、彼は未だに憶えていたらしい。
「よく憶えているな」
「忘れようがありません。護衛官に必要な重い覚悟を端的にあらわした言葉として、任務中は常に胸に留めております」
さすがは伝説の卒業生だ。彼らしい完璧な答えが返ってきた。
「スフィルの作戦は――おそらく、生きている」
ハーナムは鋭い眼光を向け、見下ろした。
視界を遮っていた絨毯から出たティガルは、たったひとりで国王役の護衛対象を連れて、敵の待ち構える東訓練場に臨んだ。
彼のその行動が、スフィルの計画がまだ終わっていない、何よりの証拠である。
こんな場合、ティガルなら、これほど無謀なリスクは負わずに、絨毯のなかで得意の剣術を披露しながら点数を稼ぐことを選択するだろう。
だが、ティガルが見据えるのは、何十もの敵が待ち構える先だ。こんな無謀な作戦を立てるとしたら、もはやスフィル以外に考えられない。
「まさかあの反骨ティガル君……やべえ、マジでやる気かよ」
たとえたったひとりだろうが、うしろにいるのが他班の護衛対象だろうが、ティガルは最後まで護りぬくつもりなのだろう。
それほどに彼は、相棒の作戦を信じているのだ。
ティガルはおもむろに剣を抜き、うしろの護衛対象に二、三言なにかを告げた。
そして――
彼は野外訓練場に、正面から躍り出た。
一直線に走る。
狙いはただひとつ。奥の馬車に掛かる青い旗のみ。
「いたぞ! 護衛対象だ!」
「囲め! 敵はたったひとりだぞ!」
すぐに数十の敵が、その行く道を遮ろうと走り寄ってきた。上から見ると、まるで黒い雪崩が押しよせているかのようだ。
とても切り抜けられるとは思えない状況である。
「テメエらどけ! 射撃の邪魔だ!」
その時、バルコニーまではっきりと聞こえてくるほどの大きな怒号が轟いた。
「連携を崩すな! 先回りしてやつらの出口を塞いで、確実に仕留めろ!」
黒い頭布の敵役の男が、護衛班と平行に走りながら、ほかの連中に大声で指示を出していた。
先ほどほかの見廻り兵に指示を出しはじめた敵兵もそうだったが、人は想定外の状況に置かれて初めて、真のリーダー性を発揮するものなのだろう。
それは時に、スフィルの戦略に、予期せぬ亀裂を生み出す。
彼は、自身は標的と平行になるように走る速さを調整しながら、右横から弓を引いては放つことを繰り返していた。すぐになくなった矢筒を捨てれば、すかさずそのすぐうしろを走るふたりの憲兵が、彼に新しい矢筒を持たせた。矢の数に限りがあるという弓兵の欠点を補った、なかなかに良い連携である。
「なかなかに厄介な敵がいるようだな」
ただでさえ過剰戦力なのに、その彼らが連携を取りはじめるとなると、もはや勝機はまったく見えない。
絶え間ない矢の雨が横から放たれ続けるなか、護衛官とその護衛対象は、ただがむしゃらに走り続けていた。矢の雨を掻いくぐろうとする暇もない。未だ矢に当たっていないのが、不幸中の幸いだ。
「囲め、囲め! 先回りだ! 先回りしてブチ殺せ!」
怒声に従って、黒い塊が、野外訓練場を走る赤と青の対象を取り囲むようにして、わらわらと半円を描いた。
「構えろ! 引きつけろ! ××野郎どもを絶対に通すな!」
「あの号令は」
少々品のない号令に、カリエクは苦い茶葉でも噛んだかのように顔をしかめた。
その表情でハーナムは、瞬時に彼の言いたいことを察した。
「おそらく派遣公安課だ」
「そーいやお前、昔から公安と仲悪かったよな。『あんなお下品な雑菌ども、憲兵の風上にも置けないザマス』とか言ってたしな」
「言ってない」
「公安がお前の宿敵だったのは間違いないだろ? 公安の死神サンにケンカ売ってたくらいだし。もしあの突っ走ってるのがお前だったら、ここで大規模な『雑菌狩り』でもして、ひとりで勝っちまいそうだよな」
カリエクは片眉をひそめてマーシルを見やると、おもむろに首を振った。
「まさか。ここを正面から突破するなど、ティガル君だろうが俺だろうが、到底不可能だ。――仮に、本当にひとりならな」
「クァル、それってまさか――」
ゴールの馬車までの道は、すでに黒い塊によって封鎖されている。
それでも、ティガルがそのスピードを緩めることはなかった。まるで、なにかを確信しているかのように。
ついに待ちかまえる黒頭布の人間と衝突しそうになった、その時。
敵役の人間が、ティガルに触れることなく倒れた。
矢に当たったのだ。
つづいて二人目、三人目が倒れた。
「まさか――誰かサポート役がいる?」
もはや流れ矢とは考えられない。誰かが遠くから射撃しているに違いなかった。
弓兵が、側面からその矢の発信源に狙いを定めるが、この矢の飛び交う雨の中では、いったいどの矢が護衛官の矢なのか、見当をつけることもできなかった。全員が護衛たちを囲むようにして激しい戦乱の渦中に入ったことが、仇となっていた。
そのあいだにも、敵が一人、また一人と倒されていく。
角度をつけて放たれるため、援護の護衛は、東訓練場の側方に生えた木の上から狙っているのだろう。だが思い思いに枝を伸ばす自由気ままな木々が、どの木か特定させることを妨げていた。
「サポート役、もしかしてふたりいる?」
「いや、おそらくひとりだ。同じ場所から、同じ間隔で放たれているからな」
「でもそれにしては、次の射撃までの時間が短いよな」
これほど速く連射できる人間は、憲兵学校でも限られている。
「――ノワンか」
ハーナムのつぶやきに、マーシルは思い当たる節があったようだ。
「もしかして、さっきアクロバティックな無茶な動きして負傷してた子ですか」
「そのとおり。あいつは今期一の速攻の達人だ」
そして、不名誉なことに、それによる負傷の達人でもあるのだ。
普段から動きを制限するように言ってあるにもかかわらず、先ほどからいともたやすくそれを破り、無理に無理を重ねる教え子の姿に、ハーナムはあの少年の、護衛官としての意識の開花を悟った。
(ノワン――どうやら、護衛官としての覚悟が決まったようだな)
ハーナムは、ノワンが警護課に来た直後、訓練中に何度目かわからぬ怪我を負ったときのことを、思い出していた。
「お前は、護衛に興味がないそうだな」
「はい。興味ありません」
簡素な救護室に訪れたハーナムに、固定された足を投げ出した姿勢で教官を見上げるノワンは、なにも悪びれることなく、淡々とそう返した。
警護課は給料が良いので、カネ目当てで入ってくる輩はよくいる。そういう連中は大抵、厳しい訓練についていけずにやめていくのだが、ハーナムはノワンの動機について、とやかく言うつもりはなかった。
もとよりノワンの生活が逼迫していることは、皆の知るところだ。貧しい訓練生はいるが、毎日の食事を干葡萄パン一個で済ます人間は、彼以外にいない。
「お前は、自衛にも興味がないのか」
彼の怪我を厭わぬ戦闘スタイルも、食費すら厭う日ごろの生活態度も、すべて破滅的のひと言に尽きた。
「目的のためなら、多少の犠牲は安いと考えます」
ノワンが首に巻いたストール越しに、ぼそぼそと言った。彼が首に怪我をしていることは、なんとなく察せられるが、頑なにそれを隠す姿勢からは、その怪我を負った自分を醜いと卑下する感情が、ありありとうかがえた。
ノワンの言う「目的」がなにかは知らないが、いかなる目的であれ、彼の破滅的な行為に繋がる原因が、その目的よりもむしろ自己嫌悪によるものだと、人生経験の豊富なハーナムには容易に察せられた。
「今のお前のそれは、ただの自殺行為だ。お前の目的がなんだか知らんが、そんな生活を続けていたら、それを果たす前に死ぬぞ。犬死にしたいのか」
「いいえ」
「それなら、動きを制限する練習をしろ。――いいか、意図して肉体的な限界を超えられる人間はほとんどいない。その特性は、お前の強力な武器だ。だからこそ、使いどころを見誤るな。その力は、お前が心の底から護りたいと思った人間のために使え」
「お言葉ですが、いません。そんな人間」
冷めた目で教官を見上げるノワンを尻目に、ハーナムは救護室をあとにした。
「いずれわかるだろう。お前も護衛官になるならな」
それからおよそ二年後。ノワンは卒業間近にしてようやく、その「護りたい誰か」を見つけたらしい。
(成長したな、あいつも)
破滅ではなく、希望のために。
戦いに真の目的を見出した人間の強さは、圧倒的だ。
矢は今も、ティガルの援護のために、尽きることなく放たれつづけた。訓練用の矢は数が限られているはずなのに、まるで無数にあるかのようだ。
思えばノワンは、先ほどから倒した敵から大量に矢を調達する姿が見かけられた。それらすべては、今この瞬間のためだったのだろう。
一度矢に当たったら、動けないのはほんの12秒。――だが、12秒稼げれば充分だ。
馬車までの距離から考えれば、ティガルたちは走ってあと数秒というところにまで進んでいた。
対して、敵の弓兵たちは、たったふたりの標的を相手に、闇雲に射ることをためらっている様子だった。
ほとんど円形になって取り囲んでいるのに矢など放てば、標的の向こうにいる味方にまで当たってしまう可能性があったからだ。彼らはいち早く状況を察して、弓を肩にかけ、剣にもち替えた。
「なあおい、あれって」
マーシルが指さしたのは、敵が囲む向こう側だった。そこから黒い雪崩がかき分けられるように分断し、その中央をひとりの黒頭布の人間がゆっくりと歩いてきていた。
あの毅然とした歩き方は、見ればわかる。
「グラムか……」
「ほほう、卵の恨みを晴らすために、死神が直々に、天邪鬼を成敗にきたってワケか。こりゃ見ものだな」
「百戦錬磨のグラム相手に、まともに勝負になるとは思えんが」
楽しげに身を乗り出すマーシルとは対照的に、ハーナムは暗澹とする思いだった。
いくらティガルの剣技が優れているとはいえ、彼は軍歴三年の訓練兵でしかない。陸軍の最前線で数十年活躍してきたグラムとは、その経験の差は比べものにならない。敵の数の差以前に、勝てるはずがないのだ。
ここまで執拗に追い詰めてきたグラムが、まさか訓練兵だからといって手を抜いてくれるとも思えない。むしろ、徹底的に痛めつけるくらいするだろう。
なにせ、グラムは警護課と王室護衛官、そして官家を、これでもかというほど憎んでいるのだ。
実は彼は、ティガルが卵を投げる遥か以前から、警護課を毛嫌いしていた。その理由を、ハーナムはよく知っている。
数年前、グラムを打ち負かし、彼の輝かしい戦歴に汚点を付けた訓練兵がいる。
その憎むべき宿敵こそ、官家出身の警護課の当時訓練兵で、現在となりに立つ、この優雅に巻き毛をなびかす現役王室護衛官なのだ。
「そういえば、グラムを打ち負かした訓練生もいたな」
言いながらハーナムは、ちらりと黄金世代のふたりを見やった。
「ま、言ってもオレらは実質二人がかりでしたし、コイツなんて骨折なんてご立派な勲章つきでしたけどね」
マーシルはカリエクを指さしながら、おかしげに笑った。
「よくもぬけぬけと笑えるな、マーシルの分際で」
「お前オレのことなんだと思ってる?!」
「言っとくが、俺があの時お前を庇わなければ、お前なら骨折じゃ済まなかっただろ。一網打尽に駆除されて死んでいたところだったぞ」
「今『駆除』って言ったな! 言質取ったぞ! やっぱお前、元相棒を雑菌扱いしてやがったな! 赦さねえ、逮捕だ逮捕!」
横でギャンギャンと吠える元相棒を適当にあしらったあと、カリエクは下を見つめる目を細めた。
「これは実際に剣を交えた私の経験則ですが、いくら剣技に長けた訓練兵でも、彼ひとりでは不可能かと思われます。――あのグラム教官に勝つことは」
「やはり、お前もそう思うか」
ハーナムは今一度、下の訓練場を見下ろした。
そこでは護衛対象をうしろに連れたティガルに、派遣公安課の死神と恐れられる教官グラムが、まさに対峙しようとしていた。




