外伝52話:痛恨のミス -Wukene Gnades-
'20.09/22 演出変更。
外伝52話:痛恨のミス -Wukene Gnades-
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急いでそのあとに続けば、そこには弓を構えた敵兵が、驚きの表情をしていた。まさかこれほど早く迎撃されると思っていなかったような顔だ。
敵がかまえる間もなく、ノワンが滑り込むように敵の懐に入り、鳩尾に小杖を見舞った。
あっという間に飾手拭が宙を舞った。やはりノワンの【変幻速攻】は、目を瞠るものがある。
(でも、どうして敵が……?!)
ここは完全に、敵の見廻りルート外のはずだ。ここまで完全に兵法体系に則っておきながら、ここに来て突然変則的な動きをしだすとは考えにくい。
とにかく、考えるのは、今いる敵を倒したあとだ。
袋小路を出たところに、敵はあと四人いた。
「お前ら、班長はこの赤髪のチビだ! 俺を援護しろ」
「了解!」
先頭から、リーダー格の大柄な青年が、こちらに走ってきた。ほかの三人も、そのあとに続こうとする。徽章から人身捜査課か派遣公安課かどちらなのか確認している余裕はないが、見るからに剣を扱い慣れていることは間違いない。
スフィルは彼に向かって走りながら、十字の小杖を抜いて構えた。
敵の青年が、勢いよく剣を振りかぶる。体格差から、力押しでひるませられると悟られたようだ。
強い衝撃を小杖で受け止めれば、振動で持つ手が震えた。
単純な力押しでは到底敵わないので、隙を見計らって飾手拭を奪うしかない。
だが――二撃、三撃。
次々と繰り出される剣の重さに、なんとか耐えるのが精一杯だ。先ほどから防戦一方で、飾手拭を奪う機会は訪れない。
それどころか、もうひとりの敵がスフィルの横で剣を構えて援護しており、こちらが少しでも隙見せれば、すぐさま飾手拭を奪おうと狙っている。
先ほどまでとは、敵も気迫が違うように感じる。スフィルたちが最後の護衛班で、彼らを倒せばこの任務から解放されるという、その事実が彼らを鼓舞しているのかもしれない。
数撃受け止めただけで、小杖を持つ手の感覚が消えかけている。これまでに募った疲労も相成って、防ぐだけで限界だというのが正直なところだ。
(まずい……相性が悪すぎる)
力で押してくるようなタイプは、普段ならティガルかノワンに任せるところだ。ティガルの天邪鬼剣術なら、力のある彼のようなタイプほど有効だろうが、王族役ふたりの護衛に徹しているであろう彼の応援は呼べない。
視界の右端をちらりと見やると、ダカが弓を引きながら、どの敵に当てたものかと逡巡している様子が見えた。今、ダカからみて、敵とスフィルとノワンは一直線上にいる。ダカが躊躇している理由は、このせまい絨毯の道で混戦している状態では、下手をすれば、味方に当たる可能性があるからだ。
(ノワン君なら――)
反対側の視界の端を、ちらりと見やる。ノワンはふたりと応戦していたが、その動きには、いつものようなキレがない。そういえばと、ノワンが先ほど、怪我をした足で、迎撃のために無理に走っていたことを思い出す。
「よそ見してるヒマがあんのか? 赤髪のチビ!」
対峙する青年が、全体重を剣にかけて、体当たりしてきた。
よろけながらも、慌てて体勢を立て直す。
だが構えなおす間もなく、敵が次の一撃を食らわせてきた。
咄嗟に小杖で防ぐが、力を流しきれなかった。ビリリと痺れを起こす手の感覚が、徐々に麻痺していく。
一度手を休めたいが、ふたりの敵に囲まれている以上、一時的に退いて体勢を立てなおすことはできない。
(だめだ、次の一撃は防ぎきれない)
痛みを予期した、その時だった。
ふわりと、スフィルの目前に青い何かが舞った。
それがノワンのストールだとわかるのに、時間はかからなかった。
ひらりと流れるように敵の青年の懐に入ったノワンは、そのまま一直線に剣を滑らせた。
危険を感じたらしい敵が、反射的に身体をのけぞらせる。それでノワンの不意打ちは、空振りに終わったかに見えた。
直後、敵は驚きに目を見開いた。
ノワンは敵の後退に素早く反応し、宙で身を翻したのだ。次のまばたきの瞬間には、敵の飾手拭は、彼の手に握られていた。
援護するもうひとりが、助太刀にいく間もなかった。
不安定な体勢のまま、ノワンは肘から地面に倒れるように着地した。その衝撃で、激痛に顔をゆがめている。今の後先考えぬ無茶な動きで、肩と肘に凄まじい負担をかけたのは間違いなかった。
「ノワン君、こんなトコで、なんでそんなムチャを……っ!」
まだ、作戦決行前である。すくなくとも、彼がそれほどに身体を張るリスクを冒すほどの場面ではないのに。
「お前、苦戦してただろ」
「そのくらい、自分で何とかできますよ! ノワン君っていつもクールなのに、なんで時々ヘンな無茶するんですか!」
ノワンは立ち上がると、ぼそりとつぶやくように言った。
「リスク承知で護りたいって思うのは当然だろ。俺は護衛官だ」
つい先ほどまで、護ることに興味がないなどと言っていたのに。
「もう、自覚が芽生えるの、早すぎなんですよ。――でも、ありがとうございます」
いつも頼りになるノワンだが、今日このときほど、背中をあずけられると思った瞬間はない。
麻痺した手に、力が戻ってくる。
敵はあとふたりになっていた。スフィルの前に対峙する男がひとりと、その奥にもうひとりだ。
ノワンとふたりで、背中合わせになって立つ。この人数なら、こちらが負けることはない。
「クソ! こうなったら俺は、増援を呼んでくるからな!」
ノワンと対峙していた奥の敵が、半ば裏返った声でそう宣言した。ノワンの【変幻速攻】を間近で見せつけられて、怖気づいたのだろう。彼はそそくさと、反対側へと走り出した。
まずい。ここで仲間を呼ばれたら終わりだ。
「行かせるか! ――くっ」
咄嗟にノワンが走り出そうとして、地面に倒れ込んだ。さすがに今までの無茶が祟ったのだろう。彼はもう走れない。
代わりに走って止めに行きたかったが、スフィルはスフィルで、現在、対峙する相手と鍔競り合いの緊迫状況にもちこまれていた。こちらの敵も、仲間に増援を呼ばせるために、あくまで徹底抗戦する姿勢のようだった。
「ダカ君、逃げたやつの射撃を頼みます!」
スフィルは繰り出される攻撃を杖で受けながら、それだけ叫ぶことが精一杯だった。
次の瞬間、ドスリと鈍い音とともに、スフィルと対峙していた敵役の男が倒れた。彼は地面の上でのけぞりながら、苦痛に顔をゆがめている。どうやら、ダカの射撃で倒れたらしい。
開けた視界で、慌ててうしろをふり返れば、逃げ出した敵はすでに遠くのほうにまで行っていた。
「ダカ君! こっちじゃなくて逃げた敵のほうを!」
慌ててこちらに駆けてくるダカにそう言えば、彼は狼狽した声を上げた。
「でもオレ、スフィル護らなきゃ」
思わず頭を抱えたくなる。
彼がスフィルを護ることを第一にしているのは知っていたが、まさかそれがこんな場面で痛恨のミスに繋がるとは思わなかった。
こんな状況だから、説教をしているひまはない。
「仕方がありません。切り替えますよ!」
これは班長であるスフィルのミスだ。不測の事態だったとか、相性が悪かったなどとは何の言い訳にならない。接近戦で手間取ったばかりに、ノワンの怪我を悪化させ、敵の増援を呼ばせてしまった。
しかし今は、反省している暇はない。こうしている間にも、またいつ敵が来るかわからない。
「ノワン君、大丈夫ですか」
「俺は問題ない。それよりひとり逃げられただろ。敵に囲まれる前に逃げるぞ」
「走れますか」
「問題ないと言っただろ。それより護衛対象の体力の心配をしろ」
じっとノワンの足を見ていると、彼は引きずるのをやめてふつうに歩きだしたので、スフィルは慌てて視線をそらし、逃げた敵以外の全滅を確認した。下手に見栄を張らせて怪我を悪化させてしまっては、元も子もない。
スフィルとノワンは、早足でティガルと護衛対象のもとへと走った。
「ひとり逃げられました。急いでこの場所から離れ、一刻後に作戦を実行します」
「離れるだと? どこにだよ! もう敵の周回ルートも予測できねえんだぞ!」
「どこでもいいです。とにかく急いでください!」
指示しているあいだに、突然うしろでダカが駆けだした。
「ダカ君?!」
彼が走る先は、先ほど敵が逃げた方向だった。
「敵逃がさなかった、俺が仕留めた!」
「待ってください、ダカ君! もう遅いです!」
スフィルの制止を聞かず、ダカはひとり走っていってしまった。
最悪の展開だ。
闇雲にひとりで飛び出せば、敵に見つかって殺される可能性が高い。今ダカに脱落されたら、任務成功が危うくなるというのに。
「ダカ君! 今出ていったら死にます!」
張り上げるスフィルの声が、走るダカに届いた様子はなかった。




