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外伝52話:痛恨のミス -Wukene Gnades-

'20.09/22 演出変更。

外伝52話:痛恨のミス -Wukene Gnades-


 * * *


 急いでそのあとに続けば、そこには弓を構えた敵兵が、驚きの表情をしていた。まさかこれほど早く迎撃(げいげき)されると思っていなかったような顔だ。

 敵がかまえる間もなく、ノワンが(すべ)り込むように敵の(ふところ)に入り、鳩尾(みぞおち)に小杖を見舞った。

 あっという間に飾手拭(カツァフ)(ちゅう)を舞った。やはりノワンの【変幻速攻】は、目を(みは)るものがある。


(でも、どうして敵が……?!)


 ここは完全に、敵の見廻りルート外のはずだ。ここまで完全に兵法体系に(のっと)っておきながら、ここに来て突然変則的な動きをしだすとは考えにくい。

 とにかく、考えるのは、今いる敵を(たお)したあとだ。

 袋小路(ふくろこうじ)を出たところに、敵はあと四人いた。


「お前ら、班長(リーダー)はこの赤髪のチビだ! 俺を援護(えんご)しろ」


「了解!」


 先頭から、リーダー格の大柄(おおがら)な青年が、こちらに走ってきた。ほかの三人も、そのあとに続こうとする。徽章(きしょう)から人身捜査課か派遣公安課かどちらなのか確認している余裕はないが、見るからに剣を(あつか)い慣れていることは間違いない。

 スフィルは彼に向かって走りながら、十字の小杖を抜いて構えた。

 敵の青年が、勢いよく剣を振りかぶる。体格差から、力押しでひるませられると(さと)られたようだ。

 強い衝撃を小杖で受け止めれば、振動(しんどう)で持つ手が(ふる)えた。

 単純な力押しでは到底(かな)わないので、(すき)を見計らって飾手拭(カツァフ)(うば)うしかない。

 だが――二撃、三撃。

 次々と()り出される剣の重さに、なんとか()えるのが精一杯だ。先ほどから防戦一方で、飾手拭(カツァフ)(うば)う機会は訪れない。

 それどころか、もうひとりの敵がスフィルの横で剣を構えて援護(えんご)しており、こちらが少しでも(すき)見せれば、すぐさま飾手拭(カツァフ)を奪おうと(ねら)っている。

 先ほどまでとは、敵も気迫(きはく)が違うように感じる。スフィルたちが最後の護衛班で、彼らを(たお)せばこの任務から解放されるという、その事実が彼らを鼓舞(こぶ)しているのかもしれない。

 数撃受け止めただけで、小杖を持つ手の感覚が消えかけている。これまでに(つの)った疲労(ひろう)相成(あいな)って、(ふせ)ぐだけで限界だというのが正直(しょうじき)なところだ。


(まずい……相性(あいしょう)が悪すぎる)


 力で押してくるようなタイプは、普段ならティガルかノワンに(まか)せるところだ。ティガルの天邪鬼(アマノジャク)剣術なら、力のある彼のようなタイプほど有効だろうが、王族役ふたりの護衛に(てっ)しているであろう彼の応援は呼べない。

 視界の右端をちらりと見やると、ダカが弓を引きながら、どの敵に当てたものかと逡巡(しゅんじゅん)している様子が見えた。今、ダカからみて、敵とスフィルとノワンは一直線上にいる。ダカが躊躇(ちゅうちょ)している理由は、このせまい絨毯(じゅうたん)の道で混戦(こんせん)している状態では、下手をすれば、味方に当たる可能性があるからだ。


(ノワン君なら――)


 反対側の視界の(はし)を、ちらりと見やる。ノワンはふたりと応戦していたが、その動きには、いつものようなキレがない。そういえばと、ノワンが先ほど、怪我(けが)をした足で、迎撃(げいげき)のために無理に走っていたことを思い出す。


「よそ見してるヒマがあんのか? 赤髪のチビ!」


 対峙(たいじ)する青年が、全体重を剣にかけて、体当たりしてきた。

 よろけながらも、慌てて体勢を立て直す。

 だが構えなおす間もなく、敵が次の一撃を食らわせてきた。

 咄嗟(とっさ)に小杖で防ぐが、力を流しきれなかった。ビリリと(しび)れを起こす手の感覚が、徐々に麻痺(まひ)していく。

 一度手を休めたいが、ふたりの敵に囲まれている以上、一時的に退()いて体勢を立てなおすことはできない。


(だめだ、次の一撃は(ふせ)ぎきれない)


 痛みを予期した、その時だった。

 ふわりと、スフィルの目前に青い何かが舞った。

 それがノワンのストールだとわかるのに、時間はかからなかった。

 ひらりと流れるように敵の青年の(ふところ)に入ったノワンは、そのまま一直線に剣を(すべ)らせた。

 危険を感じたらしい敵が、反射的に身体をのけぞらせる。それでノワンの不意打ちは、空振(からぶ)りに終わったかに見えた。

 直後、敵は驚きに目を見開いた。

 ノワンは敵の後退(こうたい)素早(すばや)く反応し、(ちゅう)で身を(ひるがえ)したのだ。次のまばたきの瞬間には、敵の飾手拭(カツァフ)は、彼の手に(にぎ)られていた。

 援護(えんご)するもうひとりが、助太刀(すけだち)にいく間もなかった。

 不安定な体勢のまま、ノワンは(ひじ)から地面に倒れるように着地した。その衝撃で、激痛に顔をゆがめている。今の後先(あとさき)考えぬ無茶な動きで、肩と(ひじ)(すさ)まじい負担(ふたん)をかけたのは間違いなかった。


「ノワン君、こんなトコで、なんでそんなムチャを……っ!」


 まだ、作戦決行前である。すくなくとも、彼がそれほどに身体を張るリスクを(おか)すほどの場面ではないのに。


「お前、苦戦してただろ」


「そのくらい、自分で何とかできますよ! ノワン君っていつもクールなのに、なんで時々ヘンな無茶(むちゃ)するんですか!」


 ノワンは立ち上がると、ぼそりとつぶやくように言った。


「リスク承知で護りたいって思うのは当然だろ。俺は護衛官だ」


 つい先ほどまで、護ることに興味がないなどと言っていたのに。


「もう、自覚が芽生(めば)えるの、早すぎなんですよ。――でも、ありがとうございます」


 いつも(たよ)りになるノワンだが、今日このときほど、背中をあずけられると思った瞬間はない。

 麻痺(まひ)した手に、力が戻ってくる。

 敵はあとふたりになっていた。スフィルの前に対峙(たいじ)する男がひとりと、その奥にもうひとりだ。

 ノワンとふたりで、背中合わせになって立つ。この人数なら、こちらが負けることはない。


「クソ! こうなったら俺は、増援(ぞうえん)を呼んでくるからな!」


 ノワンと対峙(たいじ)していた奥の敵が、(なか)ば裏返った声でそう宣言した。ノワンの【変幻速攻】を間近(まぢか)で見せつけられて、怖気(おじけ)づいたのだろう。彼はそそくさと、反対側へと走り出した。

 まずい。ここで仲間を呼ばれたら終わりだ。


「行かせるか! ――くっ」


 咄嗟(とっさ)にノワンが走り出そうとして、地面に倒れ込んだ。さすがに今までの無茶が(たた)ったのだろう。彼はもう走れない。

 代わりに走って止めに行きたかったが、スフィルはスフィルで、現在、対峙(たいじ)する相手と鍔競(つばせ)り合いの緊迫(きんぱく)状況にもちこまれていた。こちらの敵も、仲間に増援(ぞうえん)を呼ばせるために、あくまで徹底抗戦する姿勢のようだった。


「ダカ君、逃げたやつの射撃を頼みます!」


 スフィルは繰り出される攻撃を杖で受けながら、それだけ(さけ)ぶことが精一杯だった。

 次の瞬間、ドスリと(にぶ)い音とともに、スフィルと対峙(たいじ)していた敵役の男が(たお)れた。彼は地面の上でのけぞりながら、苦痛に顔をゆがめている。どうやら、ダカの射撃で(たお)れたらしい。

 開けた視界で、(あわ)ててうしろをふり返れば、逃げ出した敵はすでに遠くのほうにまで行っていた。


「ダカ君! こっちじゃなくて逃げた敵のほうを!」


 慌ててこちらに駆けてくるダカにそう言えば、彼は狼狽(ろうばい)した声を上げた。


「でもオレ、スフィル護らなきゃ」


 思わず頭を(かか)えたくなる。

 彼がスフィルを護ることを第一にしているのは知っていたが、まさかそれがこんな場面で痛恨(つうこん)のミスに(つな)がるとは思わなかった。

 こんな状況だから、説教をしているひまはない。


「仕方がありません。切り()えますよ!」


 これは班長(リーダー)であるスフィルのミスだ。不測(ふそく)の事態だったとか、相性(あいしょう)が悪かったなどとは何の言い訳にならない。接近戦で手間取ったばかりに、ノワンの怪我(けが)を悪化させ、敵の増援を呼ばせてしまった。

 しかし今は、反省している(ひま)はない。こうしている間にも、またいつ敵が来るかわからない。


「ノワン君、大丈夫ですか」


「俺は問題ない。それよりひとり逃げられただろ。敵に(かこ)まれる前に()げるぞ」


「走れますか」


「問題ないと言っただろ。それより護衛対象の体力の心配をしろ」


 じっとノワンの足を見ていると、彼は引きずるのをやめてふつうに歩きだしたので、スフィルは(あわ)てて視線をそらし、逃げた敵以外の全滅(ぜんめつ)を確認した。下手に見栄(みえ)を張らせて怪我(ケガ)を悪化させてしまっては、元も子もない。

 スフィルとノワンは、早足でティガルと護衛対象のもとへと走った。


「ひとり逃げられました。急いでこの場所から離れ、一刻後に作戦を実行します」


「離れるだと? どこにだよ! もう敵の周回ルートも予測できねえんだぞ!」


「どこでもいいです。とにかく急いでください!」


 指示しているあいだに、突然うしろでダカが()けだした。


「ダカ君?!」


 彼が走る先は、先ほど敵が逃げた方向だった。


「敵()がさなかった、俺が仕留(しと)めた!」


「待ってください、ダカ君! もう遅いです!」


 スフィルの制止を聞かず、ダカはひとり走っていってしまった。

 最悪の展開だ。

 闇雲(やみくも)にひとりで飛び出せば、敵に見つかって殺される可能性が高い。今ダカに脱落されたら、任務成功が(あや)うくなるというのに。


「ダカ君! 今出ていったら死にます!」


 ()り上げるスフィルの声が、走るダカに届いた様子はなかった。

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