外伝51話:青色の駒五つ -alQzahjun alMehrek s'adarza-
'20.09/21 筋書きは変わっていませんが、少しの演出変更があります。
外伝51話:青色の駒五つ -alQzahjun alMehrek s'adarza-
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圧倒的な戦力差を理解していながら、スフィルはまだ怯んでいない。
護衛班一同は、そのことに恐懼していた。
スフィルが諦めないのはいつものことだが、かといってこの状況、客観的に考えて、勝算がまったくないのだ。
第六ステージを走って横切る時間は、全速力で走っても十秒以上かかる。その距離を、数十の敵兵が待ち受けるなか隠れることもできずに、どう進むというのだ。
ティガルは、テンションが上がったときの相棒の性情を、よく理解していた。ゲーマーとして目覚めたときのスフィルは、たとえ勝算がゼロでも、全力で挑む以外の選択肢が見えなくなるのだ。
ゆえにティガルは、今突撃しか見えなくなった相棒を止めるのは、副班長の自分の仕事だと自覚していた。
「スフィル、ここは一旦、冷静になるんだ。お前に『無理ゲー』は存在しなくても、実際に『詰み』は存在するだろ」
「スフィル、もし諦めるなら、今が最後のチャンスだ。ここから先に進んだら、確実に即死する。そうすればロクに点数も稼げずに終わる。取り返しのつかないことになるぞ」
ティガルの説得に、ノワンも同調した。ふたりの目は真剣だった。
「ふたりとも、どうあがいてもここから突破はムリだと言いたいんですか」
「ああ、そうだ。お前が諦めるのが大嫌いなのはよく知ってる。でもお前も頭ンなかではわかってんだろ? ついでに諦めるのが遅ければ遅いほど、不利になることもだ」
「それはわかってます。でも、『突破はムリ』はわかりません」
「たしかにイチかバチかで飛び出せば、可能性はゼロじゃなくてもだな……」
筋道立てたことを言おうとしたらしいティガルは、結局湧きあがる焦りが、論理を追い越して口をついて出た。「クソ、頼むからちょっとはこのヤバい状況を、ガチでヤバいって思ってくれよ」
一同は、気まずい沈黙に晒された。ティガルとノワンは、懸命に班長の説得の材料を探しているようだった。
だが、説得の材料を探しているのは、スフィルも同じだった。突破できない理由はないのだと、彼らにそう力説したいところだが、根拠もなく言葉を並べてところで無意味だろう。
彼らを説得するにはまず、告白から始めなければならない。
スフィルは覚悟を決めて、彼らに臨んだ。
「実は――皆さんにひとつ、謝らなければならないことがあります」
全員をぐるりと見て回すと、班員たちは、黙ってじっと目を向けてきた。
「実はボク、さっきまで心のどこかで、この協調性のないチームじゃ任務成功はムリだって思ってたんです。それをセツナさんに指摘されて、焦りました。図星だったからです。だからこそそれまで、仲の悪さは極力見ないようにして、それ以外の戦略にばかり目を向けていました」
自分で任務成功できると言っておきながら、本心ではそれに疑念を抱いていたのだ。まったく、とんだ詐欺師だと自分でも思う。現実を顧みない、理想論者という名の詐欺師。
「でも、途中で気づかされたんです。本当は皆、仲間思いだったのに、ボクが表面上の仲の悪さにばかり目がいって、それに気づかなかっただけなんだって。皆、誰かを護るために一生懸命なだけだったのに」
へにゃりと困ったような笑みを浮かべると、護衛たちは、黙ったままうつむいた。
「任務成功に本当に必要なのは、見かけの仲の良さなんかじゃなくて、任務成功への共通の思いと仲間への信頼だって――ボク、皆のおかげで気づけたんですよ」
誰もこの試験をおろそかにしていないし、仲間をおろそかにもしていない。先ほどまで悪口を言い合っていたのは、思えばこの試験を大事に思っているからこそだった。端的にいって、スフィルを含めた全員が、チームを誤解していただけなのだ。
そして互いの誤解が解けた今、もはや彼らに――このチームに弱点など、なにもない。
「ボク、確信しました。このチームなら、脱出成功できます」
――否、この班でなければ成功できない。
本当に必要なのは、一班のもつ強さなんかじゃない。一風変わった彼らがもつ、何気ない優しさと、チーム全員が抱く目標達成への強い思いなのだ。
「護衛官の仕事は、なにがあっても護衛対象を護りぬくことです。ボクはこのチームならそれが可能だと、確信しています。お護りできるのに、リスクを恐れて護衛対象を危険にさらすことなどできません。ていうか、護衛対象を危険にさらす以上のリスクは、護衛官には存在しません」
しばらく沈黙していた護衛官たちのなかで、一番に口を開いたのはティガルだった。
「まず、信じてくれてありがとな。お前がオレたちを心から信頼してくれるってんだから、それはスゲー嬉しいぜ。――だがなスフィル、お前の夢は本物の王室護衛官になることであって、決してそこの偽物眉毛王子を護ることじゃねーはずだろ」
「眉毛は余計だッ、このバカ貴族!」
すかさずエズレの声が飛んできたが、ティガルは抗議に耳を貸すことなく続けた。
「たしかに俺は数十刻前、早々に諦めるお前に反対した。だがそれは、まだ漠然と難しい試験としかわかってなかった時点で、今とはまったく状況が違う。数十人の人身捜査課が張ってて突破できないってわかった時点で、本当の目的に照準を定める頃合いだぜ、スフィル。お前が本当に護るべき対象は、本物の王子殿下なんだろ。オレはお前に、昔からの夢を叶えてほしいんだ」
「ティガル、忘れたんですか。今試されているのは、『非常事態における実践護衛能力』です。これほどの非常事態が用意されているのに、そこで護衛対象の安全以外に目を向けることは、そこでの実践護衛能力が具わってるとはいえません」
「それはゴールを目指して勝算が1パーセントでもある場合だろ」
「そうです」スフィルは相棒を見つめた。「このチームなら勝算はあると言ってるんです。ボクたちはまだ、詰んでないんです」
「だが詰みにも等しい……ってか普通、こういうのを詰みっつーんだろうが。周りが敵に囲まれてんだぞ!」
相棒の言葉どおりに、ぐるりと周りを見渡すスフィルの顔に、クスリと笑みが漏れた。
「なに笑ってんだよ! 俺はマジで……」
「今ボクの周りを囲んでるのは、味方ですよ」
ティガルは言うべきことが見つからずに、ただ大きく目を見開いた。
「ティガルとノワン君とダカ君、そして何より、護衛対象の国王陛下と皇太子殿下のお二方が、ご無事であらせられます。味方が全員揃ってるのに負ける心配だなんて、ティガルは馬鹿メイトを恐れて降参する気ですか」
瞠目して言葉を失ったティガルの代わりに、反論に出たのはノワンだった。
「お前が陸上将棋の名手だとは知っている。だが現実はゲームとは違うだろ」
「ええ、その通りだと思います。でも、だからこそ言えるんです」
そこで言葉を区切って、スフィルはつづけた。
「現実世界に無理ゲーは、存在しません」
浮かぶのは、先ほどとはまったく別の笑みだ。三日月形に吊り上がる口角。相棒にはなぜか悪魔の笑みと呼ばれている。そんな笑みが浮かんでしまうのは、これから始まる一発大逆転のゲームに、昂ぶりが抑えられないからだ。
そんなスフィルの様子に、最初にかぶりを振ったのは相棒ティガルだった。
「ったく、仕方ねーな」
彼は口角を上げて、乾いた声を上げた。「こんなヤバい状況でも、お前ならなんとかできちまうんじゃねーかって期待しちまった。とんだ末期症状だぜ。相棒のゲーム毒に犯されてやがる」
ノワンは呆れまじりの息をつき、それから説得は諦めたとばかりに両手を上げた。
「乗るしかねえか。お前に未来が見えてんなら、それを信じると決めたのは俺だ」
「ふたりとも、ありがとうございます」
やはり、彼らは簡単に信じてくれる。その信頼の厚さがなによりも嬉しい。
「それで、ゲーマー少年スフィル君。護衛官の駒四つで、敵数十に対してどう勝つつもりだ?」
「そうですね、まずは情報を整理して、ひとつずつ可能性をあたっていきましょう」
さらりと言えば、ティガルがぎこちなく口角を吊り上げた。
「ほうほう、つまり……無計画か! 何の根拠もなく『詰みじゃない』とかドヤ顔で言ったんだな、お前っ!」
どつくティガルの肘を躱しながら、スフィルは論拠をつけ加えた。
「なんらかの方法があることは間違いないですよ。だってほら、現実世界に無理ゲーは、存在しないですし」
「つまり根拠ゼロ!!」
「ひどい論理だな。『神は存在する。なぜなら神が存在しないはずがないから』――それと同じ程度に説得力がない。いや、もはやこれを論理と呼ぶのもおこがましいか」
ノワンが呆れた調子で言った。「まったく勘弁してくれ。お前らのバカがスフィルにまで感染しちまっただろ」
「バカ言え、こいつのバカみたいな諦めの悪さがオレらにまで感染した結果、オレたちは今生き残ってる最後の班になってんだろーがよ」
「そうですよ、ノワン君。ボクのバカに感謝してください」
「スフィル、さてはお前、すでに何らかの具体的な突破法を思いついているな?」
やはり、勘のいいノワンには気づかれたらしい。
スフィルはにこやかな笑みを浮かべたまま、班員を見渡していた。
実は先ほどから、考えている秘策がある。それも、とてつもなく常識はずれな秘策が。
ちらりと東訓練場を見るスフィルの視線で察したらしく、ティガルが尋ねてきた。
「お前まさか、正々堂々とここを強行突破するつもりか?」
先ほど思いついた作戦を早々に言わなかったのは、スフィルのなかで迷いがあったからだ。どんな作戦であろうと、遂行できなければ意味がない。その意味で、この班に達成できるだろうかと逡巡していたのだ。仲が悪い上に協調性もない。一般的な護衛のセオリーからは明らかに外れたこの班に。
――バカみたいだ。
間違っていたのは彼らではなく、スフィルの認識のほうだったのに。
今なら彼らを、心から信じることができる。
スフィルは相棒を見上げた。
「相棒、ボクはティガルを信じます」
「つまり?」
「ボクはティガルの、逃げ足の速さを信じます」
「おま……やっぱ強行突破する気なのか? ウソだろ、何が戦略だよ! ただの力押しじゃねえか! 脳筋はエルマだけで充分だっての!」
「こんな戦略はいかがでしょう。キャスリング、デコイからの、チェックメイトです」
「その説明で、オレが賛同できるとでも思ったかよ!」
「おや、この作戦のなにがダメなんですか」
「作戦ってか、陸上将棋の意味不明な用語の羅列!」
「だが『チェックメイト』だけはわかったぞ。つまりゲーム終了ってことだろ」
手を挙げて言ったエズレに、ティガルが呆れ交じりのため息をもらした。
「それ、一番わかっても意味ねえやつ」
「最後にボクたちが勝つことがわかれば充分です。作戦決行の準備はいいですか」
「なあスフィル、お前、わざとわかりにくく話してるだろ。それ、俺に言ったら反対されるようなヤバい作戦なんだよな。まさか、オレひとりを囮としてあの中を強行突破させるとか……?」
「実際に決行してみたらわかりますよ。大丈夫、ボクを信じてください」
「ヤバい予感しかしねえよ!」
「でも、たとえヤバくても乗ってくれるんでしょう、相棒」
「ヤバさの度合いによるっつーの!」
悲痛な声を上げた相棒に、スフィルは真剣な目を向けた。
「実は本当にヤバいのは、作戦の内容ではありません。――この作戦には、『指し手』がいないんです」
瞬時にその意味を悟ったらしいノワンが、はっと顔を上げた。
「つまり、指揮官なくして駒が勝手に動く作戦、ってことか」
一度作戦決行を決めたら最後、スフィルの指示が届くことなく、最終局面まで駒を進めることになる。途中でなにが起こったとしても、その対処は護衛官各自の判断力に任せられ、スフィルが総合的に判断を下して指示を出すことができない。つまり、一瞬の狂いもない、仲間同士の連携が必須になる。
だからこそ、仲間を信じられなかった今までは、あえて使わず避けてきた方法である。
「今まで、作戦指揮は全部ボクがやらなきゃって、気負ってたんだと思います。でも、そんな必要はなかったんだと、今なら思えます。ボクらのゲームの完成形は、天から見下ろす指し手がいなくなって、個々の駒が考えて、互いに援護しあいながら動く、この究極の自律型連携ゲームだったんです」
「なーるほどな。つまりオレらの連携能力に、すべてがかかってるっつーことか」
ティガルはそうつぶやくと、ギラギラと目を光らせた。
「ったく、それならそうと、もったいぶらずにそう言えよ! おもしれぇじゃん。やってやるぜ! なあお前ら!」
「ああ」
「やってやる、だった!」
ノワンとダカが、ティガルに同調してうなずいた。
「皆さん、ひとつだけ頼みがあります。これから先、もしボクが途中で脱落しても、必ずこの作戦を遂行してください。たとえこの先で誰が脱落しても、必ず最後まで遂行してください。お願いします」
この先、全員生きて任務遂行できるとは思っていない。誰かが欠けることは、回避できないだろう。
だが大切なのは、そのあとだ。
たとえ誰が欠けたとしても、そのあと任務成功できなければならないのだ。
――死してなお対象の御身を護れないようでは、護衛官たる資格はない、である。
「ああ、覚悟はできてるぜ。――作戦の詳細を聞こうか」
スフィルが話そうとした、その時だった。
突如としてノワンが叫んだ。
「ティガル、伏せろ!」
「えっ?」
瞬間、ティガルの目前に躍り出たノワンが、虚空でなにかを掴んだ。
先端に布の巻かれた矢だった。
「敵だ、迎撃するぞ!」
口疾にそう告げるや否や、彼は絨毯の壁の曲がり角へと走っていった。




