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外伝51話:青色の駒五つ -alQzahjun alMehrek s'adarza-

'20.09/21 筋書きは変わっていませんが、少しの演出変更があります。

外伝51話:青色の(こま)五つ -alQzahjun alMehrek s'adarza-


 * * *


 圧倒的な戦力差を理解していながら、スフィルはまだ(ひる)んでいない。

 護衛班一同は、そのことに恐懼(きょうく)していた。

 スフィルが(あきら)めないのはいつものことだが、かといってこの状況、客観的に考えて、勝算がまったくないのだ。

 第六ステージを走って横切る時間は、全速力で走っても十秒以上かかる。その距離を、数十の敵兵が待ち受けるなか(かく)れることもできずに、どう進むというのだ。

 ティガルは、テンションが上がったときの相棒の性情を、よく理解していた。ゲーマーとして目覚めたときのスフィルは、たとえ勝算がゼロでも、全力で(いど)む以外の選択肢が見えなくなるのだ。

 ゆえにティガルは、今突撃しか見えなくなった相棒を止めるのは、副班長(サブリーダー)の自分の仕事だと自覚していた。


「スフィル、ここは一旦(いったん)、冷静になるんだ。お前に『無理ゲー』は存在しなくても、実際に『()み』は存在するだろ」


「スフィル、もし(あきら)めるなら、今が最後のチャンスだ。ここから先に進んだら、確実に即死する。そうすればロクに点数も(かせ)げずに終わる。取り返しのつかないことになるぞ」


 ティガルの説得に、ノワンも同調した。ふたりの目は真剣だった。


「ふたりとも、どうあがいてもここから突破(とっぱ)はムリだと言いたいんですか」


「ああ、そうだ。お前が(あきら)めるのが大嫌(だいきら)いなのはよく知ってる。でもお前も頭ンなかではわかってんだろ? ついでに(あきら)めるのが遅ければ遅いほど、不利(ふり)になることもだ」


「それはわかってます。でも、『突破(とっぱ)はムリ』はわかりません」


「たしかにイチかバチかで飛び出せば、可能性はゼロじゃなくてもだな……」


 筋道立てたことを言おうとしたらしいティガルは、結局()きあがる(あせ)りが、論理を追い越して口をついて出た。「クソ、頼むからちょっとはこのヤバい状況(じょうきょう)を、ガチでヤバいって思ってくれよ」


 一同は、気まずい沈黙に(さら)された。ティガルとノワンは、懸命に班長(リーダー)の説得の材料を探しているようだった。

 だが、説得の材料を探しているのは、スフィルも同じだった。突破(とっぱ)できない理由はないのだと、彼らにそう力説(りきせつ)したいところだが、根拠もなく言葉を(なら)べてところで無意味だろう。

 彼らを説得するにはまず、告白から始めなければならない。

 スフィルは覚悟を決めて、彼らに(ぞの)んだ。


「実は――皆さんにひとつ、謝らなければならないことがあります」


 全員をぐるりと見て回すと、班員たちは、(だま)ってじっと目を向けてきた。


「実はボク、さっきまで心のどこかで、この協調性のないチームじゃ任務成功はムリだって思ってたんです。それをセツナさんに指摘(してき)されて、(あせ)りました。図星(ずぼし)だったからです。だからこそそれまで、仲の悪さは極力(きょくりょく)見ないようにして、それ以外の戦略にばかり目を向けていました」


 自分で任務成功できると言っておきながら、本心ではそれに疑念を(いだ)いていたのだ。まったく、とんだ詐欺師(さぎし)だと自分でも思う。現実を(かえり)みない、理想論者という名の詐欺師(さぎし)


「でも、途中(とちゅう)で気づかされたんです。本当は皆、仲間思いだったのに、ボクが表面上の仲の悪さにばかり目がいって、それに気づかなかっただけなんだって。皆、(だれ)かを護るために一生懸命なだけだったのに」


 へにゃりと困ったような笑みを浮かべると、護衛たちは、(だま)ったままうつむいた。


「任務成功に本当に必要なのは、見かけの仲の良さなんかじゃなくて、任務成功への共通の思いと仲間への信頼だって――ボク、皆のおかげで気づけたんですよ」


 (だれ)もこの試験をおろそかにしていないし、仲間をおろそかにもしていない。先ほどまで悪口を言い合っていたのは、思えばこの試験を大事に思っているからこそだった。端的(たんてき)にいって、スフィルを含めた全員が、チームを誤解していただけなのだ。

 そして(たが)いの誤解が解けた今、もはや彼らに――このチームに弱点など、なにもない。


「ボク、確信しました。このチームなら、脱出成功できます」


 ――(いな)、この班でなければ成功できない。


 本当に必要なのは、一班のもつ強さなんかじゃない。一風(いっぷう)変わった彼らがもつ、何気(なにげ)ない優しさと、チーム全員が(いだ)く目標達成への強い思いなのだ。


「護衛官の仕事は、なにがあっても護衛対象を護りぬくことです。ボクはこのチームならそれが可能だと、確信しています。お護りできるのに、リスクを(おそ)れて護衛対象を危険にさらすことなどできません。ていうか、護衛対象を危険にさらす以上のリスクは、護衛官には存在しません」


 しばらく沈黙していた護衛官たちのなかで、一番に口を開いたのはティガルだった。


「まず、信じてくれてありがとな。お前がオレたちを心から信頼してくれるってんだから、それはスゲー嬉しいぜ。――だがなスフィル、お前の夢は本物の王室護衛官になることであって、決してそこの偽物(ニセモノ)眉毛(マユゲ)王子を護ることじゃねーはずだろ」


「眉毛は余計だッ、このバカ貴族!」


 すかさずエズレの声が飛んできたが、ティガルは抗議(こうぎ)に耳を貸すことなく続けた。


「たしかに俺は数十刻前、早々に(あきら)めるお前に反対した。だがそれは、まだ漠然(ばくぜん)と難しい試験としかわかってなかった時点で、今とはまったく状況が違う。数十人の人身捜査課が張ってて突破(とっぱ)できないってわかった時点で、本当の目的に照準(しょうじゅん)(さだ)める頃合いだぜ、スフィル。お前が本当に護るべき対象は、本物の王子殿下なんだろ。オレはお前に、昔からの夢を(かな)えてほしいんだ」


「ティガル、忘れたんですか。今(ため)されているのは、『非常事態における実践護衛能力』です。これほどの非常事態が用意されているのに、そこで護衛対象の安全以外に目を向けることは、そこでの実践護衛能力が(そな)わってるとはいえません」


「それはゴールを目指して勝算が1パーセントでもある場合だろ」


「そうです」スフィルは相棒を見つめた。「このチームなら勝算はあると言ってるんです。ボクたちはまだ、()んでないんです」


「だが()みにも等しい……ってか普通、こういうのを()みっつーんだろうが。周りが敵に囲まれてんだぞ!」


 相棒の言葉どおりに、ぐるりと周りを見渡すスフィルの顔に、クスリと笑みが()れた。


「なに笑ってんだよ! 俺はマジで……」


「今ボクの周りを囲んでるのは、味方ですよ」


 ティガルは言うべきことが見つからずに、ただ大きく目を見開いた。


「ティガルとノワン君とダカ君、そして何より、護衛対象の国王陛下と皇太子殿下のお二方が、ご無事であらせられます。味方が全員(そろ)ってるのに負ける心配だなんて、ティガルは馬鹿(フールズ)メイトを(おそ)れて降参(こうさん)する気ですか」


 瞠目(どうもく)して言葉を失ったティガルの代わりに、反論に出たのはノワンだった。


「お前が陸上将棋(サテュラン)の名手だとは知っている。だが現実はゲームとは違うだろ」


「ええ、その通りだと思います。でも、だからこそ言えるんです」


 そこで言葉を区切って、スフィルはつづけた。


現実世界(リアル)に無理ゲーは、存在しません」


 浮かぶのは、先ほどとはまったく別の笑みだ。三日月(みかづき)形に吊り上がる口角(こうかく)。相棒にはなぜか悪魔の笑みと呼ばれている。そんな笑みが浮かんでしまうのは、これから始まる一発大逆転のゲームに、(たか)ぶりが(おさ)えられないからだ。

 そんなスフィルの様子に、最初にかぶりを振ったのは相棒ティガルだった。


「ったく、仕方ねーな」


 彼は口角(こうかく)を上げて、(かわ)いた声を上げた。「こんなヤバい状況(じょうきょう)でも、お前ならなんとかできちまうんじゃねーかって期待しちまった。とんだ末期(まっき)症状だぜ。相棒のゲーム毒に犯されてやがる」


 ノワンは(あき)れまじりの息をつき、それから説得は(あきら)めたとばかりに両手を上げた。


「乗るしかねえか。お前に未来が見えてんなら、それを信じると決めたのは俺だ」


「ふたりとも、ありがとうございます」


 やはり、彼らは簡単に信じてくれる。その信頼の(あつ)さがなによりも嬉しい。


「それで、ゲーマー少年スフィル君。護衛官の(こま)四つで、敵数十に対してどう勝つつもりだ?」


「そうですね、まずは情報を整理して、ひとつずつ可能性をあたっていきましょう」


 さらりと言えば、ティガルがぎこちなく口角(こうかく)を吊り上げた。


「ほうほう、つまり……無計画か! 何の根拠(こんきょ)もなく『()みじゃない』とかドヤ顔で言ったんだな、お前っ!」


 どつくティガルの(ひじ)(かわ)しながら、スフィルは論拠(ろんきょ)をつけ加えた。


「なんらかの方法があることは間違いないですよ。だってほら、現実世界(リアル)に無理ゲーは、存在しないですし」


「つまり根拠(こんきょ)ゼロ!!」


「ひどい論理だな。『神は存在する。なぜなら神が存在しないはずがないから』――それと同じ程度に説得力がない。いや、もはやこれを論理と呼ぶのもおこがましいか」


 ノワンが(あき)れた調子で言った。「まったく勘弁(かんべん)してくれ。お前らのバカがスフィルにまで感染しちまっただろ」


「バカ言え、こいつのバカみたいな(あきら)めの悪さがオレらにまで感染した結果、オレたちは今生き残ってる最後の班になってんだろーがよ」


「そうですよ、ノワン君。ボクのバカに感謝してください」


「スフィル、さてはお前、すでに何らかの具体的な突破法を思いついているな?」


 やはり、(カン)のいいノワンには気づかれたらしい。

 スフィルはにこやかな笑みを浮かべたまま、班員を見渡していた。

 実は先ほどから、考えている秘策がある。それも、とてつもなく常識はずれな秘策が。

 ちらりと東訓練場(グラウンド)を見るスフィルの視線で察したらしく、ティガルが尋ねてきた。


「お前まさか、正々堂々とここを強行突破するつもりか?」


 先ほど思いついた作戦を早々に言わなかったのは、スフィルのなかで迷いがあったからだ。どんな作戦であろうと、遂行(すいこう)できなければ意味がない。その意味で、この班に達成できるだろうかと逡巡(しゅんじゅん)していたのだ。仲が悪い上に協調性もない。一般的な護衛のセオリーからは明らかに外れたこの班に。


 ――バカみたいだ。


 間違っていたのは彼らではなく、スフィルの認識のほうだったのに。

 今なら彼らを、心から信じることができる。

 スフィルは相棒を見上げた。


「相棒、ボクはティガルを信じます」


「つまり?」


「ボクはティガルの、逃げ足の速さを信じます」


「おま……やっぱ強行突破する気なのか? ウソだろ、何が戦略だよ! ただの力押しじゃねえか! 脳筋はエルマだけで充分だっての!」


「こんな戦略(プラン)はいかがでしょう。キャスリング、デコイからの、チェックメイト(アール・イズマク)です」


「その説明で、オレが賛同できるとでも思ったかよ!」


「おや、この作戦のなにがダメなんですか」


「作戦ってか、陸上将棋(サテュラン)の意味不明な用語の羅列(られつ)!」


「だが『チェックメイト(アール・イズマク)』だけはわかったぞ。つまりゲーム終了ってことだろ」


 手を挙げて言ったエズレに、ティガルが(あき)()じりのため息をもらした。


「それ、一番わかっても意味ねえやつ」


「最後にボクたちが勝つことがわかれば充分です。作戦決行の準備はいいですか」


「なあスフィル、お前、わざとわかりにくく話してるだろ。それ、俺に言ったら反対されるようなヤバい作戦なんだよな。まさか、オレひとりを(おとり)としてあの中を強行突破させるとか……?」


「実際に決行してみたらわかりますよ。大丈夫、ボクを信じてください」


「ヤバい予感しかしねえよ!」


「でも、たとえヤバくても乗ってくれるんでしょう、相棒」


「ヤバさの度合(どあ)いによるっつーの!」


 悲痛な声を上げた相棒に、スフィルは真剣な目を向けた。


「実は本当にヤバいのは、作戦の内容ではありません。――この作戦には、『指し手』がいないんです」


 瞬時にその意味を悟ったらしいノワンが、はっと顔を上げた。


「つまり、指揮官なくして(こま)が勝手に動く作戦、ってことか」


 一度作戦決行を決めたら最後、スフィルの指示が届くことなく、最終局面まで(こま)を進めることになる。途中(とちゅう)でなにが起こったとしても、その対処は護衛官各自の判断力に任せられ、スフィルが総合的に判断を下して指示を出すことができない。つまり、一瞬の(くる)いもない、仲間同士の連携(れんけい)必須(ひっす)になる。

 だからこそ、仲間を信じられなかった今までは、あえて使わず()けてきた方法である。


「今まで、作戦指揮は全部ボクがやらなきゃって、気負(きお)ってたんだと思います。でも、そんな必要はなかったんだと、今なら思えます。ボクらのゲームの完成形は、天から見下ろす指し手がいなくなって、個々の(こま)が考えて、(たが)いに援護(えんご)しあいながら動く、この究極(きゅうきょく)自律(じりつ)型連携ゲームだったんです」


「なーるほどな。つまりオレらの連携(れんけい)能力に、すべてがかかってるっつーことか」


 ティガルはそうつぶやくと、ギラギラと目を光らせた。


「ったく、それならそうと、もったいぶらずにそう言えよ! おもしれぇじゃん。やってやるぜ! なあお前ら!」


「ああ」


「やってやる、だった!」


 ノワンとダカが、ティガルに同調してうなずいた。


「皆さん、ひとつだけ(たの)みがあります。これから先、もしボクが途中(とちゅう)で脱落しても、必ずこの作戦を遂行(すいこう)してください。たとえこの先で(だれ)が脱落しても、必ず最後まで遂行(すいこう)してください。お願いします」


 この先、全員生きて任務遂行(すいこう)できるとは思っていない。(だれ)かが()けることは、回避(かいひ)できないだろう。

 だが大切なのは、そのあとだ。

 たとえ(だれ)()けたとしても、そのあと任務成功できなければならないのだ。

 ――死してなお対象の御身を護れないようでは、護衛官たる資格はない、である。


「ああ、覚悟はできてるぜ。――作戦の詳細(しょうさい)を聞こうか」


 スフィルが話そうとした、その時だった。

 突如(とつじょ)としてノワンが(さけ)んだ。


「ティガル、伏せろ!」


「えっ?」


 瞬間、ティガルの目前に(おど)り出たノワンが、虚空(こくう)でなにかを(つか)んだ。

 先端に布の巻かれた矢だった。


「敵だ、迎撃(げいげき)するぞ!」


 口疾(くちど)にそう告げるや(いな)や、彼は絨毯(じゅうたん)の壁の()がり角へと走っていった。


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