外伝48話:明らかな無理ゲー -dakJz'ma wihras-
'20.09/19 完全な演出変更に加え、若干の新規情報追加しました。
外伝48話:明らかな無理ゲー -dakJz'ma wihras-
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絨毯の重なるばかりだった視界に、ついに光が射した。遠方に、迷路の脱出地点が見えたのだ。
周囲を警戒しながらも、スフィルは高揚を抑えきれない声で告げた。
「皆さん、ようやく迷路の出口が見えました。あと少しですよ」
その言葉に、それまで疲れで俯きがちで歩いていた護衛対象たちが顔を上げ、シオナは救われたような表情でつぶやいた。
「やった、やりましたね……!」
エズレはといえば、口では大丈夫だと言っていたものの、やはり深刻な疲労であることに間違いはなく、先ほどからふらふらとおぼつかない足取りで、となりのノワンに支えられていた。第五ステージですでに二回ほど休憩しているが、回復とは程遠い状態だった。全員の水筒に配分された最後の水は、すでに彼が飲みきってしまって、現在深刻な水不足に晒されていた。
助かった、とこの場の全員が思っただろう。事前の説明によると、ゴールの馬車には大瓶一杯分の水が用意されているので、エズレはあとほんの少しの辛抱だ。
「ついにやったな、スフィル! あと少しでで任務成功だぜ!」
興奮して声をあげたティガルの横で、ノワンがぼそりとつぶやいた。
「だといいがな」
「はぁっ?!」
ティガルが半ば反射的にふり向き、今にも食ってかからん勢いでノワンを睨みつけた。
「あ」
驚いたことに、いちばん狼狽を見せていたのは、その言葉にトラウマのあるティガルではなく、ノワンのほうだった。
彼は明らかに「まずいこと言った」とばかりにストールで口を塞ぎ、あらぬ方向を向いていた。いつものようにティガルを無自覚に煽っているというよりは、口癖がつい口をついて出てしまった、といった様子だった。
その態度が予想だにしないものだったからだろう、ティガルがノワンに食ってかかることはなく、ただ呆けた顔で同僚の横顔を見つめていた。
スフィルは一応フォローに入ろうとして、ふと先ほどのことを思い出した。
「そういえば、さっきノワン君がその言葉を言ったとき、その直後に敵が襲撃してきましたよね」
「ったく、お前のその言葉の破壊力は、ホントにシャレになんねーんだからな。次は気をつけろよ!」
ビシリと指を立てて説教する口調で言ったティガルに、スフィルは慌てて否定した。
「いえ、凶運を呼ぶって意味で言ったんじゃないんです。さっきノワン君は、まるで敵襲を事前に察知してたような言い方をしてたんです。だから気になってしまって。もしかしてその言葉、誰かが言った希望に対して、なにか『そうならない』明確な根拠があるときの口癖なんじゃないですか」
「なんだと?」
ノワンは一考すると、「ああ」と思い出したように告げた。
「あのときは、敵の指揮官が《青獅子隊》だと思ってたからな。《青獅子隊》に居場所が見つかっている以上、早いところあの場を立ち去らねえと、サトリに兵を向けられると思っただけだ。――まぁ、実際は違ったから敵は来ず、その代わり連中はイェルマヒムを追いかけて来たんだから、あの場での俺の懸念が当たったわけじゃねえがな」
「おま、それ! 早く言えよ!」
聞いたティガルは、悲痛な声を上げた。
「たまたまサトリが敵じゃなかったから良かったけどな、もし実際にそうだったら、オレたち全員超絶ヤベーことになってたんだぞ! たしかにその可能性に気づかなかったオレらはだいぶバカだけどよ、でも情報伝達は護衛の基本じゃねーかよ!」
「ちなみにティガル、ノワン君がその先を言うのを遮られたのは、ティガルが前置きの言葉に突っかかったからですよ」
「原因オレかよ、チクショー!」
ティガルはその場で頭を抱えた。
「そういえば今思い出したんだが、『十数年来の突然豪雨』事件のときは、これから雨が降るから、野外パーティーは中止になるだろうと思ってたな。まさかあれほど降るとは想定外だったが」
「はぁ? マジで?」
「急激な天候の変化なら事前に察知できる。なぜか毎回古傷が痛むからな」
「なんだそれ! そんな便利能力あるなら早く言えよ! 天気予測なんて、訓練のときにスッゲー使える知識じゃねーか!」
「ええ、ですから野外訓練のときは、いつもノワン君に教えてもらってましたよ。山は天気が変わりやすいので、事前に対策ができて毎度助かってました」
「スフィル、知ってたのかよ! なに? もしかして知らなかったのオレだけ? 今までオレだけないがしろにしてたってのかよ、ノワン! オレが官家出身だからってなぁ!」
「それはティガルが、ノワン君の言葉にいちいち騒ぐからですよ。ボクはノワン君の言葉に騒がないですもん」
「あーやっぱオレかぁー」
ティガルはため息とともにそう言うと、突然ノワンの肩に顔を近づけ、そっと耳打ちした。
「ちなみにノワン、オレがフラれた原因にも何か心当たりがあんなら、あとで聞く」
「ああ、悪いがあれは、数十刻も延々とノロケるお前がウザかった以外に理由はない」
「クソ! なんて僻みのこもったクソ野郎だ! お前に彼女いないからって!」
「俺に恋愛の話をするな」
その場で地団駄を踏んでいたティガルは、ノワンを見据えると、一周回って気味が悪いほどの穏やかな笑みを浮かべた。
「それじゃあ、ノワン。今回は騒がず心穏やかに、聖者の心で聞いてやるぜ。さっきは何の危機を察知したんだ」
「具体的にはわからねえが、この先の第六ステージに、ヤバいものが待ち受けてることは間違いねえ。――詳しくは俺じゃなくてダカに聞け」
「ダカ?」
ティガルはそこではじめて、くるりとうしろをふり返った。
「俺たちの数倍目が良くてほかの感覚も鋭いダカが、さっきからうしろでヤベー顔してる。まず間違いなく、この先になにかあるんだろ。俺はあいつに、それを訊こうとしてた」
ダカはイスカ語がつたないので、こちらから問いかけて辛抱強く答えを待たない限りは、自分から話しかけてくることはあまりない。
だがたしかにダカは、その場で目を剥き、恐ろしいものに遭遇したような顔をしていた。
「ダカ君、この先の第六ステージに、なにが見えたんですか」
「敵、いっぱいいた」
それだけ言うと、ダカは身振り手振りで語った。
「敵、存在隠す気、なかった。いっぱい、待ち伏せした」
「どれくらいの人数ですか」
「俺、数えれなかった、全部の木の下に、ふたりずついた」
「なん、だと……?」
「あ、あの東訓練場の木ってたしか、何十本も植わってましたよね?」
この学校には、本館を囲うように、ふたつの大きな訓練場が存在する。それが最大面積を誇る北訓練場と、一回り小さい東訓練場である。
現在スフィルたちがいるのは、布壁の迷路の建つ北訓練場で、そこから裏門へとつながる道を横切った先の第六ステージが、一回り小さい東訓練場となっている。
ゴールの馬車があるのは、そこを突っ切った先で、その間には、左右数十本の木が、等間隔で植えられている。
「つまり、敵は余裕で数十人はいるってことか」
「およその木の本数から考えて、六十から八十といったところでしょうか」
「俺思った。あの中を行ったの、ムリだった」
ダカの顔は、あまりの恐怖で引き攣っていた。
「どうする、スフィル。ひとまず絨毯のエリアが終わるギリギリのところまで行って、様子を見てくるか?」
「いえ、あのあたりには敵が廻ってくると思いますので、わざわざ確認するためだけに行くのはリスクが高いです。ダカ君の目を信じて、一度第五ステージのなかに戻って対策を立てましょう」
今スフィルたちがいる場所は、出口が見えているだけあり、長居すると危険だ。
スフィルは護衛班を連れて、再び敵の出入りのない袋小路を探した。
「それにしても一体どういうことだよ。あと数十人だと? クソ、一体どっから湧いてやがるんだ! 公安の連中全員出動させても、そんな数いねーってのに!」
再び近場の袋小路まで来ると、ティガルが忌々しげに吐き捨てた。
「敵が公安でなければ、あるいは人捜課か」
ぼそりとつぶやかれたノワンの言葉に、全員がふり返った。
「人捜課……?」
人身捜査課。
唐突に出てきたその単語に、スフィルたちは唖然として目を見開いた。




