外伝49話:もうひとつの動機 -elMudak Legslamk-
'20.09/20 演出変更があります。
外伝49話:もうひとつの動機 -elMudak Legslamk-
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あまりに意外な言葉に、スフィルは面食らった。
「どういうことですか、ノワン君」
この試験に人身捜査課が絡んでいるとは、予想だにしなかった情報だ。
ノワンは淡々と告げた。
「さっき、グラム教官以外にも敵がいるんじゃねえかって話しただろ。それについて考えながら歩いていたら、通りかかった道の見張りの連中の会話が聞こえてきてな。『最終試験を明日に控えてるのに、警護課の試験に駆り出されるなんてたまったもんじゃねえ』――と、そんなようなことを言っていた。奇妙だろ。最終試験が明日行われるのは、人身捜査課だけだってのに。だから連中が絡んでんじゃねえかと思ったわけ、なんだ、が……」
全員があまりに唖然とした顔をしていたからだろう。ノワンの説明は、彼らの表情に臆してか、尻すぼみになった。
「――また言い忘れてたようだな」
「ざけんなあああ!」
ティガルがその場で頭を抱えた。
「ウソだろノワン! 人捜課が関与してるかもなんて大事な情報を、今の今まで言い忘れてたのか?! 情報伝達は護衛の基本だって言っただろ、なあ!」
たしかに情報伝達をおろそかにすることは大問題だが、それは今言ったところで仕方のないことだ。
「とりあえずティガル、ノワン君のおかげで今それを知れたんですから、それだけでもマシだと思って……」
「思えるかよ! よりによって人捜課だぞ!」
取り乱すティガルの様子を見て、エズレが確認するように尋ねた。
「あの、人身捜査課って、派遣公安課ほどヤバい課じゃない――んですよね?」
「ヤバいに決まってんだろ。下手したら公安なんかより、よっぽどタチの悪ぃ連中だぞ」
「でも、公安ほど物騒ではない……んですよね?」
ティガルは後輩を、信じられないものを見る目で見下ろした。
「お前、本当に真面目に言ってんのか? 入学して半年以上経つクセして、ほかの課のこと何も知らねえの?」
「おれは入学したときからずっと、護衛官になるって決めてたんです。警護課以外のことは、知らなくて当然だと思いますけど」
「なら、今教えてやるから聞き逃すなよ。あいつらは殺人とか暴行とか誘拐とか、人身にかかわる事件の捜査をする連中だ。憲兵分署の花形で、人気も倍率も――ついでに給料も高い」
数年前の調査によると、平均給与は13課中、警護課につづいて二番目に高いらしい。それに対して彼らの訓練期間は警護課の五分の一なので、憲兵13課で一番割のいい課だといえる。割がいいだけに選りすぐりの優等生が集っており、エリート課同士、警護課とは長いあいだライバル関係にある。
「なんの捜査をする連中かは知ってますよ、さすがに」
「なら、やつらの異名も知ってるか? 憲兵13課の王様だぜ。あのエリートども、まるで王様面して学内を闊歩してやがる。いつも大広間で足組んでソファーに座りながら、最新の新聞や、読めもしない古典文学なんか開いて、『エリートですけど、なにか?』って顔してやがんだぜ。しかもあいつら、街でも少しでも気にさわる対応をされると、これ見よがしにウチの校章と人身捜査課の徽章を見せつけやがんだ。エリートだからなんだってんだよ、いけ好かねえ野郎どもがよ」
「ティガル、一旦落ち着きましょうか」
あからさまに嫌悪を抱くティガルをなだめるあいだ、エズレは太い眉を寄せて首をかしげていた。種類の違うエリート課同士、ライバル関係にあるのはわかるが、それだけでそこまで嫌う理由が思い当たらなかったのだろう。
直後、エズレは彼にしては鋭いことを問うた。
「ティガル、もしかして人身捜査課の人と、なにかあったんですか」
「べつに。ただ憎たらしいほど大人気のあのエリート気取りの野郎どもが、人間として気に食わねえだけだ」
ティガルはぶっきらぼうに答え、顔をそむけた。
エズレはわけがわからない様子できょとんとしているが、世の中には知らないほうがいいようなドロドロとして因縁があるものだ。
ティガルのシオナへの想いが成就しなかったのは、彼女が人身捜査課の男に強引に取られたからだと聞いている。以来、彼は私怨で人身捜査課を憎んでいるようなのだ。
ティガルの失恋は、彼の恋路に関係ないはずのノワンの「例の言葉」すら、凶兆として認識してしまうほどのショックだったのだ。ましてその直接的な原因となった人身捜査課を、彼が憎まないはずがない。
後輩にそんな話をするわけにはいかないので黙っていたら、エズレは訝しげに目を細めて問いかけてきた。
「人身捜査課って、そんなに警戒するほどの連中か?」
「ええ、すくなくとも、実力がとびぬけているのは確かです。基礎訓練時の総合成績のトップ一割は、ほぼ全員人身捜査課に行ってますから。彼らが他課と比べて力量格差があるのは間違いないと思います」
「まあ、エリート揃いなのは知ってるけど」
「あの課は憲兵部の花形で、人気なんです。ボクたちの代のトップ一割で人身捜査課に行かなかった例外は、エルマ君とティガルくらいのものですよ」
「はあッ?!」
エズレが驚きに、不意に小さく息を吸い込んだ。思わずむせ返りそうになったらしく、苦しげに堪えて顔をしかめた。
「ティガルがトップって、冗談だろ? 空気の把握が大事とかほざく天邪鬼なのに、それがトップ?」
「ひっでえな、オレを何だと思ってやがる。昔あのハゲに落第寸前まで追い詰められるまでは、オレ様はこの憲兵学校の頂点から下々の民を見下ろす、優雅な生活を営んでたんだよ」
「それで調子に乗ってお上に卵投げた結果、今はこのとおりの没落貴族ですがね」
「冗談よせよ。アイツにお髪の要素なんてねえだろ、一本たりともな」
スフィルはげんなりと、長い長いため息をもらした。
「ほんっと懲りてないですね、ティガル」
ティガルはその機会があれば何度でも卵を投げるような顔をしている。この反骨精神でよく卒業試験まで漕ぎつけたと、あらためて感心してしまう。
「それで?」
エズレが横目で、ティガルに対して冷たい視線を向けた。「ティガル、人身捜査課の教官には何したんですか」
「なにもしてねえよ?! オレが常日ごろから敵をつくってると思ったら大間違いだぞ」
「なにもしてないわけないでしょう。全然関係ないエリート課が警護課の試験に参加してるんだとしたら、どうせティガルが人身捜査課の教官にも喧嘩売ったんじゃないんですか」
たしかにティガルは人身捜査課のことを毛嫌いしているが、それは彼が私怨から一方的に嫌っているだけであって、向こうに恨まれているとは思えない。
さすがに人身捜査課まで一緒になってティガルへの恨みでこの試験に参加しているとは考えにくいが――
そこまで考えたスフィルは、突然「あ」と声をあげた。
思い出したのだ。人身捜査課のある教官の、決定的な動機を。




