外伝47話:護衛部隊の喰人鬼 -elGuhl qax elCeksemjun-
'20.09/19 内容およびサブタイトルを変更しました。
外伝47話:護衛部隊の喰人鬼 -elGuhl qax elCeksemjun-
* * *
「まずあの殿の護衛だが」
そう言いながら、カリエクは下方で走る護衛班をのうちのひとり――ダカを指さした。
「彼はなぜか護衛対象より、スフィルを護ることをもっぱらの気がかりとしているな。些細な動きにそれが表れている。スフィルが危機に陥った場合、重大な判断ミスを犯す可能性ありだ」
「へえ……そう?」
たしかにダカは、スフィルを護るためだけに護衛官になっただけあり、スフィルの安全を最優先にするきらいがあるが、それは日頃のダカをよく知るハーナムだからこそわかることだ。一瞬の観察でそこまで悟られたことに、ハーナムは驚くばかりだった。
「それから護衛対象をはさんで左右二人、彼らは今、何やら気まずい雰囲気になっているようだが。こんなときになにかひと悶着起こしたのか――あるいは元から仲が悪いのかもな」
カリエクは、ティガルとノワンの仲の悪さについても的確に言い当てた。
「どれほどの作戦であろうと、連携がうまくいかなければ遂行は不可能だ。特に護衛対象がふたりいて、双方とも疲れきっていて、敵が異様に多い、この圧倒的に不利な状況ならなおさらだ」
「でもそれってさ、完全にスフィル君の問題じゃなくね?」
素朴な疑問を呈したマーシルは、なにか思い当たるフシがあったのか、
「ははぁ、そういうことか」
と、にんまりと笑いながら元相棒の顔を覗きこんだ。
「お前、実はスフィル君に嫉妬しちゃってんだろ」
「は?」
カリエクはぴくりと眉を動かし、穏やかでない声をあげた。
「お前も意外とカワイイとこあんな。元祖伝説として、新しい伝説がつくられるのが気に食わないんだろ」
「ふざけるな。俺はプロだぞ。仕事に社交辞令や私情を持ちこむなどありえない」
カリエクは私情を挟んだと言われてよほど気を悪くしたらしく、あからさまに不機嫌な顔をしている。
「じゃあなんだよ。言っとくけど元王室護衛官のオレから見ても、あの動きには目を見張るものがある。オレはイェルマヒム君推しだけど、それでも十数人をなぎ倒すより護衛官として必要なものを、あの子は持ってるように見えんだけどな。あれが一番じゃなければ、主席は空席だって断言できるね」
マーシルは話しながらも、実はしっかりと下の訓練兵の動きを観察していたらしい。
カリエクは鋭い目でスフィルたちを見下ろしながら、淡々と告げた。
「スフィル本人だけの問題じゃない。スフィルとほかのメンバーとでは、技能はともかく、意識に隔たりが大きすぎる。仲間の行動が、思わぬところで任務遂行の足枷になるぞ」
護衛同士の意識の差は、どうしても生まれうるものだ。最高峰の護衛部隊である王室護衛官を目指すのはスフィルひとりで、残りの訓練生はべつに、それほどの高みは目指していない。カリエクが指摘したのは、その差に起因する、どうしようもない隔たりだった。
「まあ、そりゃあね。オレたちみたいに一緒に王室護衛官を目指すほうが稀っしょ。マジメに雲の上を目指すバカが、そうたくさんいてたまるかってんだ」
マーシルの言に、カリエクは心外だとばかりに元相棒に目を向けた。
「雲の上だと。現実的な目標だっただろ」
「お前にはそーだったかもしれねーけど! オレは皆に散々笑われたんだからな」
マーシルはかつての苦労を思い出したように遠い目をした。たしかに「カリエク様」と皆に特別視されていた官家の相棒に比べると、彼は友人の多い、ごくふつうの下町の大衆食堂の育ちだ。その分、生まれながらのエリートたるカリエクにはない葛藤があったに違いない。
「ていうか意識の違いなんて、スフィル君にどうこうできるモンじゃねーんだし、やっぱそこをスフィル君の能力不足に繋げるのは、カワイソーじゃね?」
「問題は、スフィルが心の奥で、仲間を信じきれていないことだ。行動に迷いが出ている」
迷い。カリエクはそう一刀両断した理由はおそらく、スフィルが先ほどから尋常でない多さで、うしろに目配せしたり、ふり返ったりして、仲間の様子を確認しているからだろう。
先頭を行く班長として、本来なら周囲の敵の様子を第一に警戒すべきだが、彼のあの些細な目配せは、今のスフィルにとって、仲間の様子が敵の動き以上に気にかかっていることの現れだった。
今しがたカリエクが指摘した話――仲間たちの調子が、いともたやすく破滅を招きうることを、スフィルは班長として、充分に理解し警戒しているのだ。
「たしかに護衛に信頼関係は大事だけどさ、でもこの場合は、その肝心の仲間が信頼に値しないって話なんだから、スフィル君が警戒してるのは、チームの現状を正しく把握できてるからであって、動きとして正解だろ。ありもしない仲間の絆を盲信するよりは、はるかにマトモだと思うけどな。つーか、ほかにやりようもないし、仕方なくね?」
「ただ性格上の問題があるだけで、彼らは全員、護衛として落第点なわけじゃないんだぞ。チーム内の不和程度、何とでもしようがあるだろ」
「不和『程度』って言うけどさ、スキル以前に護衛として致命的だからな、それ」
「いや、違うな。真に致命的な護衛部隊とは、そもそも隊に護衛できる人間がいない部隊だ」
「それお前らじゃん」
マーシルは言うなり、深刻に眉間を押さえる相棒のとなりで、ゲラゲラと笑い声を上げた。
「ふと思ったんだが」
声を上げたのはサイラだった。
「このチーム、もしやハーナムの仕業か?」
彼女はハーナムにふり向くなり、愉快だとばかりに、めったに上がらぬ口角を上げた。
「わざとだろう、ハーナム。――あえて、スフィルをこんな協調性のないチームの班長にしただろう」
「よく見抜いたな」
ハーナムはこの師匠のお嬢様の観察眼の鋭さに、ただただ感心するばかりだった。まさかここでハーナムの作為を見抜く人間がいるとは、思ってもみなかったのだ。
「当然だ。人にはどうしても、相性というものがある。あの規模の少数班の場合、実力を充分に発揮できるかどうかも、その相性によると思っていい。あの班は、見るからに全員相性最悪だ。見る目のあるスフィル一等兵ともあろう者が、この大事な試験に、そんな寄せ集めのチームで挑むとは考えにくい。あるとすれば、教官であるハーナムの作為以外に考えられないからな」
どういう意図だ、と見上げるサイラに、ハーナムは野外訓練場を走るスフィルに目をやってつづけた。
「実はスフィルには、『ある能力』がある。それを、お前たちに見せたいと思ってな」
「【真実の芽】という、ウソやイカサマを見抜く能力の話なら、カリエクから聞いたぞ」
「あれもなかなかに突飛な特技だが、そんなレベルのものじゃない。スフィルには、変える力があるんだよ。――ヤツの周りの人間を」
ぞぞりと、話を聞く王室護衛官たちの表情が、打って変わって真剣な面差しになった。
「あいつは喰人鬼だ」
「喰人鬼……?」
人肉を喰らう、伝説上の怪物。
「スフィルには、周りの人間が抱える問題をエサに、周りの人間ごと成長させる力がある。周囲に問題があればあるほど、ヤツは加速度的に成長する。常に成長に飢えた、貪欲なバケモノだよ、あいつは」
はじめはハーナムも、たまたまだと思っていた。たまたま訓練でスフィルと同じ班になった訓練生が、護衛として、自力でひとまわりもふたまわりも成長したのだと。
だがそれが何度も重なると、さすがにハーナムも、「たまたま」とは考えられなくなった。
すでにこの三年間で、スフィルと任務を共にした多くの訓練生が、短時間で劇的な変化を遂げている。
最大の問題児と思われていた、なにひとつ言うことを聞かずに暴言ばかり吐く異国の少年ダカは、まさか卒業まで漕ぎ着けるとは誰も思っていなかったのに、スフィルに出会ってすっかり丸くなった。
なぜか憲兵を敵視している孤高の問題児ノワンは、ほかの訓練生とひと言も仕事以外の会話ができなかったのが嘘のように、意外にも同僚に面倒見のいい姿を見せるようになった。
実力がありすぎるがゆえに奢って無為な生活を送っていたイェルマヒムは、スフィルという系統の違う護衛官に出会ったことで、再び己の成長と向き合い、さらに努力するようになった。
ほかにも枚挙にいとまがないほどの同期たちを、スフィルは精神的に成長させ、さらに彼らの能力まで開花させている。おかげで今年の警護課は、「狂気の世代」などと呼称されるに至っているのだ。
それは紛れもなく、スフィルの決して尽きることのない、もはや狂気すら感じる成長への渇望に、周囲の人間がアテられたから以外に考えられなかった。
そこでハーナムは、今回の試験のスフィルのチームを、考えうる相性最悪のメンバーに指定したのだ。はからずもそれに、手負いのエズレが護衛対象役として加わったことで、その難度は数十倍にも跳ね上がった。
「スフィルは、成長への渇望が底なしなんだ。――ヤツといたら喰われるぞ、お前たちも」
「興味深いな。殿下ならきっと、およろこびになるだろう。そういう人材をお探しであらせられるからな」
サイラはそう言いながら、ちらりととなりの少年憲兵へと目をやった。
彼は目を輝かせながら、走るスフィルたちをじっと見下ろしていた。
「サイラ、まさか殿下は、未経験の卒業生から護衛官をお雇いになるお心づもりなのか?」
ハーナムの問いに、答えたのはカリエクだった。
「はい。実は現在、殿下は新しい護衛官の雇用をお考えであらせられまして、教官から推薦のお手紙を戴いたことで、殿下直々に、スフィルが青獅子隊への入隊に足る人物か見極めてくるようにと申しつかっております」
「それは――いいのか? 実務経験のない新兵だぞ」
「構いません」それに答えたのは少年憲兵だった。
「ウチは今、長い目で見て戦力になる人材を求めています。経験が必要であれば、|《青獅子隊》で積ませればよいと考えます」
「それは、スフィルにとっては願ってもない話だろう」
未熟な護衛官を雇って隊内で経験を積ませるとは、王室では聞いたことがない話だが、それならなおのこと、手紙をしたためた甲斐があったというものだ。
「スフィルはおそらくほかの部隊からもひっぱりだこでしょうから、あまり採用のお返事が遅くなるのは、そちらにも他部署にもご迷惑になりましょう。明日までに改めてご連絡差し上げるということでよろしいでしょうか」
「はい、お心遣い感謝いたします」
向こうがあまりに慇懃な話し方をするので、ハーナムは思わず畏まった返事をした。やはり彼が、亡き先王の若かりし頃の姿にどことなく似ているという事情も、そうさせる一因となったように思えた。
「ではそろそろ行こうか、サイラ」
サイラは少年にうなずくと、副隊長に問うた。
「カリエク、聞くべきことはすべて聞いたか」
「ああ」
「では、我々は先に失礼する」
彼女はハーナムたちに黙礼するなり、くるりと踵を返し、颯爽と歩いていった。そのうしろに憲兵の少年がつづき、彼らはあっという間に下りの階段に隠れて見えなくなった。
彼らを見送ったのちに、マーシルが尋ねた。
「クァル、お前は帰らなくて良かったのか?」
「まずは試験の結果を見届ける。報告はそのあとだ。途中退場して憶測だけを報告するのは無責任だろ」
「ふーん、そう」
マーシルは何やら意味ありげにうなずいた。
「何が言いたい」
「なんだかんだ言ってお前、実は観たくて仕方ないんだろ。スフィル君の真の能力ってやつを」
「どうだろうな」
ハーナムは、その深く皺の刻まれた頬に、笑みを浮べた。
「まあ観ていろ。これから化けるぞ、『あいつら』は」
全員が見据える先。
そこではついにスフィルたちが、迷路の最終地点、そしてその先の最難関エリア――第六ステージへと到達しようとしていた。




