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外伝46話:軍略の女神 -Dihra Bahrka-

'20.09/18 演出を大幅変更、文字数を大幅削減しました。

外伝46話:軍略の女神 -Dihra Bahrka-


 * * *


 今しがた声を(はっ)したのは、どこか異国感のある凛々(りり)しい顔立ちの若い陸軍人で、そのとなりには、()きとおるような白い肌の小柄な少年が(たたず)んでいる。少年のほうは見知らぬ顔だが、陸軍人のほうはすぐにわかった。

 サイラ・マファルカ陸軍少佐。20という若さにして、ホムラ王子の親衛隊隊長をつとめ上げる、名門武家の息女だ。


「おや、サイラか。これは久しぶりだな」


 (つや)のある黒髪を相変わらず無造作(むぞうさ)(たば)ねたサイラは、バルコニーの奥に立つハーナムの姿を認めるなり片眉を上げ、その愛想(あいそ)のない顔に、一片ばかりの親しみを(うつ)した。


「久しいな、ハーナム。エズレは達者か?」


 一瞬の間のあと、ハーナムは(あわ)てて答えた。


「ああ、おかげさまで。今、下で護衛対象役として試験に参加している」


 息子は現在、怪我(けが)人にもかかわらず、父の言うことを聞かずに護衛対象役など務めている。ゆえに元気かどうかは微妙(びみょう)なところだが、それも言いようによっては、元気だからこその反抗(はんこう)とも言えるのだろう。


「今も活躍(かつやく)中か。将来が楽しみだな。――仕事で(いそが)しいだろうが、たまには、またエズレと共にうちに来るといい。祖父上は待ちわびているぞ」


「そうか、では近いうちにお邪魔(じゃま)させてもらうとしよう。息子も姉貴分に会えたらよろこぶだろう」


 彼女の生家マファルカ家とは、ハーナムが若いころからの長いつきあいである。

 元々武家出身でもないハーナムが、王室護衛官を(こころざ)すとともに門戸(もんこ)(たた)いたのが、王国一の名門武家であるマファルカ家だった。門下生として住みこみで修練を積んだ時期から、現当主であるサイラの祖父には、目をかけてもらっている。

 ここ数十年、毎年()かさず新年のあいさつに(うかが)っているので、サイラとは、彼女が生まれたころから知り合う間柄(あいだがら)だ。師匠のお(いえ)のお(じょう)様ということで、彼女が(おさな)いころにはよく、稽古(けいこ)につきあったものだ。彼女が「彼女」と言うに()つかわしくない風貌(ふうぼう)口調(くちょう)に育ってしまったのは、おそらくハーナムのような門下生(もんかせい)の男たちに(かこ)まれていたせいだろう。

 あいさつも早々に下の訓練場を一瞥(いちべつ)したサイラに、マーシルが声をあげた。


「それで隊長。どういうことだよ、『東方兵法って』。一応確認するけど、陸軍で習う兵法体系ってことで合ってるよな?」


 マーシルは、昔同じ部隊の護衛官だった名残(なごり)で、まだサイラのことを「隊長」と呼んでいるらしかった。


「ああ。この迷路の敵は、その基礎理論にきわめて忠実(ちゅうじつ)に配置されている」


「基礎理論って、コレのどの辺が?」


「そうだな、たとえばあの場所か」


 サイラが(こし)から抜いた指揮棒で(しめ)した地点には、ふたりの黒頭布の見張りが立っていた。


「最初の分岐(ぶんき)点で見張りはふたり、次の分岐(ぶんき)点でも見張りはふたりいる。そうなると、次の似たような分岐(ぶんき)点にもふたりいるだろうと、人間は勝手に考えるものだ。人間とは、一定の規則に(したが)った偏見(へんけん)で思考する愉快(ゆかい)な生き物だからな。そういう人間の思考的弱点を活用し、実際より敵を多く見せたり少なく見せたりして、自分の思い通りに敵を誘導(ゆうどう)する。それが東方兵法のテクニックの前提(ぜんてい)となっている理論だ」


「なるほどな。ただ敵の人数が多いだけじゃなくて、あの場所は思考的な(わな)だらけってワケか。さすがは隊長の専門分野だな」


「ナメたことを言ってくれるな」


 サイラは淡々とかぶりを振った。「この程度のこと、兵法を聞きかじった程度の訓練兵でもわかる。程度が浅すぎるんだ。この指揮官が相手なら、我々ならものの数刻で一網打尽に駆逐(くちく)するぞ」


「いやそりゃ、隊長が相手なら、並の指揮官なら大体(みんな)、ものの数刻で決着だろうけどさ」


「この指揮官の問題は、専門家でもなんでもない訓練生たちにさえ、簡単に手の内が読まれていることだ。『兵は詭道(きどう)なり』といってな。兵法の本義(ほんぎ)は、敵を(あざむ)き勝利すること、その一点につきる。つまり理論に忠実に兵を置いたがゆえに敵に(さく)を読まれていたら、本末転倒も良いところなんだが――この指揮官は、よほど陸軍指揮官としての実戦経験が浅いようだ。しかも使用されているのが、十年以上前に指導されていた古い理論ときている。同じ王国軍の指揮官として、(あき)れを通り越して羞恥(しゅうち)すら()いてくる。願わくはすぐにでも(ほろ)ぼしたいものだが」


 ちらりと横の副隊長を見やったサイラに、カリエクはすぐに首を振った。


「今日はおとなしくしてろ、サイラ」


 サイラはつづいて、ハーナムを見上げた。


「ハーナム、貴公の要請(ようせい)なら、この憲兵学校の腑抜(ふぬ)けた指揮官共を鍛え直してやってもいい」


 ハーナムは、あの豪宕(ごうとう)なベテラン教官グラムに、サイラが容赦(ようしゃ)なく説教する珍妙(ちんみょう)情景(じょうけい)を想像して、彼女からの申し出に、鄭重(ていちょう)に断りを入れた。

 マーシルも似たような想像をしたのか、愉快(ゆかい)とばかりに笑った。


「それはさすがにやめたげよーよ、あの教官プライド超高いからね。そりゃーね、面白(おもしろ)そうだし、ちょっとは見てみたいけどさ」


「でも、奇妙だな」


 突然そうつぶやいたのは、今まで(だま)っていた少年憲兵だった。《青獅子隊》をあらわす徽章(きしょう)こそつけているものの、小柄な文官の少年といった印象が抜けない容姿である。身の(たけ)に合わぬ大きな短外套(ケープ)羽織(はお)っているのが、その原因かもしれない。


「指揮官が東方兵法に(うと)いことは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だけど、それならなぜ、指揮官は東方兵法なんて分野外の理論を(もち)いる必要があったんだろう。自分の得意な領域で勝負できない理由でもあったのかな」


 言われてみればたしかに、グラムが得意とするのは、正真正銘(しょうしんしょうめい)()(こう)勝負であり、元陸軍ゆえに東方兵法を知っていたとしても、決してそれを活用することが専門分野ではないのだ。


「訓練兵にやさしいセッティングだけど、慈悲(じひ)は『感じない』しね」


 少年のその言葉に、ハーナムはふと、スフィルの姿を思い出した。

 スフィルはよく、相手の戦略や戦術について、奇妙な言い回しをするのだ。


「このやり方にウソは『()えません』が、徹底的な悪意を『感じます』。一時の情動(じょうどう)による攻撃と考えていいと思いますので、感情を(あお)って相手の戦術を誘導(ゆうどう)しましょう」


 と、こんな具合(ぐあい)だ。

 敵の意図(いと)を感覚器官で読み取っているような言い回しが、あまりに似ていたからだろう。ハーナムの目には、この目の前の小柄な護衛官の少年が、スフィルの姿と(かさな)なってみえた。


「直接()ないことにはなんとも言えないけど、指揮官には自分の領分を発揮できない事情があって、それは別の人間の作為(さくい)によるものかもしれない。――この試験は、一筋縄ではいかなさそうだね」


 それだけ言うと少年憲兵は、ハーナムの視線に気づいたらしく、精巧(せいこう)につくられた人形のような微笑(ほほえ)みを浮べた。


「私もスフィル一等兵と似たようなタイプでございまして。大抵(たいてい)のことは、()ればわかるのです」


 少年の見透(みす)かすような瞳に見つめられながら、ふとハーナムは思った。

 彼らは似ているようでいて、実は間逆なのかもしれない。

 スフィルが消えることのない情熱の灯火(ともしび)なら、この少年は、底の見えない深い海だ。圧倒的な観察眼で他人に灯火(ともしび)伝播(でんぱ)させるスフィルに対して、この少年の瞳には、他人を引きずり込むような吸引力があった。

 そこまで考えたハーナムが不意(ふい)(なつ)かしさにとらわれたのは、彼のような吸い込まれるような魅力を(そな)えた人物を、よく知っていたからだ。ハーナムが想起(そうき)したのは、かつての君主にして最大の理解者であり友人でもあった、先代国王だった。


「それでどうだ、カリエク。期待のスフィル・アクトツィアティク一等兵は」


 サイラが副隊長に、スフィルの評価を(たず)ねた。

 現在も着々(ちゃくちゃく)と迷路を進むスフィルを直接見ることもなく、同僚にそう尋ねたのは、彼女の本業が王国陸軍の中隊の指揮(しき)であり、護衛の動きに関しては専門外だからなのだろう。専門外にもかかわらず護衛部隊を(ひき)いている理由は、彼女が王子の幼馴染(おさななじみ)であること以外には、ハーナムには思いつかない。

 カリエクはスフィルたちの動きをちらりと見やると、予想だにしなかった評価を下した。


「このまま任務成功できるかという問いなら、(いな)だろうな。今のあいつには、大事なものが()けている」


「ほう?」


 興味深いとばかりに()き返すサイラに、カリエクは淡々と野外訓練場(グラウンド)を見下ろしながら言った。


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