外伝41話:犯人と陰謀 -Zecajm jna almhmlet-
'20.09/17 演出を全面変更。新規情報の追加あり。
外伝41話:犯人と陰謀 -Zecajm jna almhmlet-
* * *
遠くから、敵役の兵士たちが、元の配置場所へと戻ってくる音が聞こえる。彼らもまさか、一班に引きつけられているうちに、別の班に通過されているとは、夢にも思っていないだろう。
「ざまあねえな、グラムのハゲ野郎! オレを落としに来てるはずが、まさかあの脳筋に引きつけられて、肝心のオレを逃しちまうとはな!」
ティガルの言葉に、スフィルは先ほどから気になっていたことを思い出した。
「やっぱり、おかしい」
「なにがだよ」
「グラム教官の悪意ある妨害にしては、このやり方は奇妙です。一班に警戒しすぎて、肝心のティガルを逃してしまって本末転倒ですよね」
「そりゃそーだけど、単純に、グラムが超弩級のバカってことじゃね?」
「それにボクは、何であれ、戦略に悪意があれば気づきますし」
「お前の【真実の芽】か」
悪意があれば、イカサマしようとする意図と同じく、なんとなくわかるのだ。
思えば、この試験の配置は抜け目ないが、そこに悪意はあまり感じられなかった。だからこそイェルマヒムに指摘されるまで、サトリの厚意による協力だと思っていたのだ。
「じゃあなにか? オレはさっき、エルマの野郎に冤罪で首絞められたってのか? クソ、あの脳筋野郎、軍事裁判モノだぜ!」
「でも敵の指揮官がグラム教官である以上、ティガルへの復讐くらいしか動機がないですしね。そもそも公安となんて、関わりないですし」
「それなんだが」
うしろからスフィルのとなりにやってきて、そう切り出したのはノワンだった。
「少し疑問なんだが、お前にはこれがグラムのやり方に見えるか?」
「どういうことですか」
「たしかにこの試験の難易度は例年よりケタ外れに高いが、それでも絶対に百パーセント無理な試験じゃねえ。理論に則って敵を分散させてるから、必然的にお前が思いついたような隙が生まれてんだろ。――あの容赦ない死神が、そんなヌルいやり方をすると思うか?」
そういえば、先ほどノワンは、この敵の配置に対して「慈悲深い」と言っていた。やはり、ノワンもこの配置に悪意を感じなかったのだ。
「俺は東方兵法に明るくはねえが、グラムの性格なら知ってる。あの教官なら、全員第一ステージに配置して、最初に最大火力で容赦なく確実に叩き潰すだろ。それをわざわざ、東方兵法なんて小綺麗な理論に則る必要は、果たしてあの教官にあるのか?」
「たしかに。わざわざ待ち伏せなんかしなくても、最初に全員を第一ステージに投入されてたら、ボクたち、確実に脱落してましたよね」
言われてみればそのとおりだ。
第一ステージである最初の式典会場から、広く複雑な迷路のような回廊へと出られたから無事逃げおおせられたものの、そもそもそこから逃げられなければ、脱落することは必至だ。スフィルたちはおろか、あのイェルマヒムたちですら、突破は不可能だっただろう。
言われてみれば、東方兵法に則る選択自体、敵を容赦なく追い詰めることを放棄しているのと同義なのだ。
スフィルが今までその発想に至らなかったのは、東方兵法を知るからこその盲点だ。
「では、最大限に試験官たちに公正に見えるように設定した上で、ボクたちを確実に落とすっていう方向性なんでしょうか」
「問題はそこなんだよ」
ノワンが身を乗り出した。「試験官の目を気にするのが、果たしてグラムのやり方か? あのバカの成績を落とすよう圧力をかけたときだって、あの死神、警護課の教官室にチンピラみたいに怒鳴り込んだらしいじゃねえか。そんな暴君が、こんなネチネチした作戦を考えるか?」
「それはそうですけどね」
グラム教官がネチネチと根に持つタイプなのは間違いないが、それでもその復讐の仕方はいつもいささか単純で、今回のように罠を巡らせて獲物を待つというよりは、単身で乗り込んで短期決着をつけにいく性格だ。そう考えると、たしかに彼のいつものやり口と一致していないように思える。
「でも、エルマ君たちが派遣公安課の敵役に聞いたっていうことですので、指揮官はグラム教官で間違いはないと思うんです。派遣公安課を操れる東方兵法を知る陸軍出身者の指揮官っていう、指揮官の条件とも一致してますし」
「ならもう一勢力、バックに誰かいるな」
ノワンがぼそりとつぶやいた。
「グラム教官のほかに、誰か別の勢力ですか?」
「ああ、そうだ。それなら辻褄が合うだろ。グラムの背後にいる何者かには、俺たちを落とす以外の別の目的があるはずだ。そいつの陰謀が、この試験に絡んでるってことだろ」
「陰謀、ですか」
ノワンの懸念は一考の価値があることが多いが、今回の陰謀への結びつけには、スフィルは首をひねるしかなかった。
陰謀というのは基本的に、誰かの利益が絡む話である。
だが、たかが一憲兵学校の警護課の最終試験に協力したからといって、誰かに何らかの利権がもたらされるとは、到底思えないのだ。
敵の参加目的は、サトリやハーナムの善意か、グラムの悪意か――少なくとも、利益度外視の参加目的以外には考えられなかった。
「ボクたちの試験を難しくすることで、利益がある人間など、いるでしょうか?」
「さぁな。だが、一見繋がっていないように見えても、誰かに利益が発生する場合は、往々にして存在する。たとえば――」
ノワンはそれから過去の権力者たちの不正の話を数件、論拠となるたとえ話としてもちだしたあと、睨むような目をしてつづけた。
「権力者は、その手の間接的な利益をもたらすものを利用することを厭わない。連中は、自分の利益のために手段を択ばず他人を貶め、搾り取り、用が済めば切り捨てる。人を人とも思わねえ、悪魔のような連中だ」
ノワンの目には、遠い不確かな存在というよりは、今まさに仇敵を目の前にしているかのような、確かな憎悪が浮かんでいた。
彼の目には今、具体的な敵の姿形が、明瞭に映し出されているのだ。
「それは実体験なんですか」
言ってから、スフィルは「しまった」と思った。
ギロリとスフィルに視線をやるノワンの目は黒く淀んでいて、凍てつくような鋭さをもっていた。
いつもスフィルにだけは優しさを見せるノワンからは考えられないほど、その瞳は冷酷な拒絶をあらわしていた。
スフィルは決して触れてはならない領域に、足を踏み込んでしまったのだ。
「あ、あの、えっと……」
あまりの焦りでうわずった声を上げていると、突然間に、ティガルがひょっこりと顔を出した。
「おうお前ら、今度はどんな陰謀の話してんだ?」
ティガルは凍りついた空気などものともせず、陽気に笑った。
「もしかしてノワン、朝買った干葡萄パンに、一粒も干葡萄が入ってなかったのが巨大勢力の陰謀って話か? それきっと、パン屋のおばちゃんがクァカット系の犯罪組織に買収されて、干葡萄を組織に横流ししてんだよ。まったく邪悪なパン屋だぜ。なぁ?」
ティガルが咄嗟に引き出したのは、つい先日、ノワンが毎朝買っている干葡萄パンに一粒も干葡萄が入っていなかったからと、店のおばちゃんと値引き交渉していた話だった。
普段は無口な同僚が、ごく真剣にパン屋のおばちゃんを論破していくさまを見て、朝の警護課の面々は呆気にとられていたのだ。
「はぁ?」
ケタケタと笑うティガルに対して、ノワンは一切の冗談は通じないとばかりに、眉をひそめて不快感をあらわにした。
「おっと、その話じゃなかったか。悪ィ悪ィ、じゃあ何だ、もしかして試験の話?」
「なんでもねえよ。お前には関係ねえ」
ノワンはぞんざいに言うと、護衛対象のとなりの配置へと戻ってしまった。その背中を見送りながら、ティガルが小声で話しかけてきた。
「スフィル。今、いつにもましてアイツと険悪ムードだったな。どうしたんだよ」
「ティガル、いいタイミングで入ってくれて助かりました。今ボク、ちょっと不用意なこと言ってしまったみたいで、本当にどうしようかと……」
「はぁ、やっぱオレ、アイツと仲良くやんのムリな気がしてきたぞ。冗談通じねーの? てか仲良くする気ねーの? さすがに心めげるぜ」
ティガルは肩をすくめながら、大きくため息をついた。
一行は迷路の本ルートからはずれた袋小路に来たので、スフィルはそこで班に制止をかけた。ここなら、ゴールまでの道のりと関係ないので、一度護衛対象を休ませるのに最適だ。
護衛対象のふたりは、ここまでしっかりとついてきているものの、赤いフードからのぞかせるエズレは、頬を真っ赤に紅潮させ、おぼつかぬ足取りになっていた。
「一度ここで休憩しましょう。もしかしたら、最後の休憩になるかもしれません。エズレ君、残りの水はすべて飲んでしまってください。シオナさんもよろしければどうぞ」
スフィルは護衛対象に指示を出すと、敵の見張りのために袋小路の入口付近に佇むノワンのところへ行った。
どうしても、先ほどのわだかまりを抱えたままでは、任務を遂行できないと思ったのだ。
「ノワン君。さっき無遠慮なこと言ったの、謝ります」
「べつに、気にしてねえ」
ノワンはそっけなく言った。
「ならどうして、さっきからそんなにピリピリしてるんですか。ノワン君ほど冷静な人が、任務中にその冷静さを失うような理由があるなら、話してくれませんか」
ノワンは首元のストールに手を当てながら、黙っていた。
「ボクはその首の怪我のこと、言いふらしたりしません。信用してくれませんか」
スフィルが真摯な目を向ければ、その様子を見下ろしたノワンは、やがて諦めたように目を瞑ってため息をつき、遠くに目をやりながら淡々と言った。
「昔、ここの地下で拷問された」
ノワンは「ここ」と言いながら、地面を指差した。
「えっ?」
「月神州首長宅だ」
どうやら憲兵学校の野外訓練場ではなく、月神州に実在する、試験会場のモチーフとなった場所という意味のようだった。
絨毯の壁を見つめるノワンの目には、たしかにその本物の景色が映っているのだろう。その目は、忌々しげだった。
「こっそり資料室に忍び込んだら、バレてスパイと勘違いされて半殺しにされた結果、このザマだ。おかげで首隠さねえと出歩けねえ上に、左目まで半分開かなくなった。あのバカ貴族は『漢の勲章』とかほざきやがったが、喧嘩ならともかく、一方的に痛めつけられた傷は、ただの被害者の烙印で、恥以外の何物でもねえからな。人に見られたくはねえよ」
「あの、なぜそんな場所に、忍び込むなんてことを?」
「州の権力者の不正を捜査してた親父が、『不自然な事故で』殺された。その真相を暴くためだ」
その返答に、スフィルはドキリとした。
今までずっと彼に対して抱いていた疑問への答えが、その単純な返答のなかに、すべて詰まっているような気がしたのだ。
「ずっと不思議に思ってたんです。ノワン君は、権力者も憲兵も嫌いなのに、なんで警護課に来たんだろうって。――もしかして、その捜査のためですか。護衛対象に接近して、お父さんの死の真相を探るためですか」
彼の沈黙が、それが事実であることを物語っていた。
だからノワンは、月神州憲兵本部署の警護課に行きたがっていたのだ。州の権力者である護衛対象を、護るためではなく、探るために。
「そのためだけに、父親を殺した疑惑があって自分を拷問した人間の護衛を? これから先、親の仇を護るつもりなんですか?」
「目的のためなら、それくらい安いモンだろ」
「安いって……」
ノワンの淀んだ目を見て、スフィルはぞっとした。
「目的を果たせて給料も入るんだ。クズでも悪魔でも、いくらでも護ってやるよ」
スフィルの思う護衛官の魅力が、彼に伝わらないわけだ。彼ははじめから、微塵も人を護る気などなかったのだ。
ノワンとは、護衛という職に対する姿勢が、あまりに違いすぎた。
「悪かったな、お前の護衛への熱意に共感できる同志じゃなくて。生憎俺は、護衛対象を、陰謀の容疑者か、あるいは安定した給料をもらうための道具としか思ってねえよ」
それだけ言うと、ノワンはフイと顔をそむけた。
「今言ったこと、絶対誰にも言うなよ」
ストールをぐるりと叮嚀に巻き直して、護衛対象の元へと去ろうとするノワンの背中に、スフィルは慌てて問いかけた。
「今の話、ティガルに言わないんですか。さっきからティガル、ノワン君の怪我のこと、すごく気にしてるみたいですよ。おかげで気まずい空気になってますし」
「この件は、お前だからしぶしぶ話したんだぞ。俺が憲兵本部署に配属になったあと、俺が追ってる連中にこの怪我が見られたら――三年前に首長宅をスパイしたガキだとバレたら、次は確実に殺される。あの馬鹿貴族のコネから情報が漏れただけで、俺は終わるんだぞ。俺にとってこれは、ただの怪我じゃない。やつらに害をなしうる敵であることを示す烙印なんだよ」
「ティガルは、そんな重大な情報を人に話すような人じゃないですよ。信用できませんか」
「あいつがただのバカなのは知っている。だがバカでも貴族だ。貴族という人種は信用できねえな」
「試験の間くらい、貴族嫌いを克服して信頼関係を築いてくださいよ」
「この件はもう、試験の間だけの話じゃねえんだよ。あいつのコネからこの話がバレれば、俺は配属先で殺される。悪いがスフィル、俺の命がかかってんだ」
スフィルが黙っていると、彼はさらにつづけた。
「それに、話す気がなくても、あいつは顔に出るからな。お前が相棒に性別を黙ってるのも、同じ理由だろ?」
事実そのとおりなので、スフィルは何も言えなかった。
スフィルも性別を偽って入学している以上、夢を叶えるために命懸けで臨んできた自負はあった。その分、覚悟の重さだけは、誰にも負けないと思っていた。
だがノワンの場合は、文字通りの命懸けだった。
スフィルは父親に見つかって夢潰えたところで、殺されることはない。意思に反して名家に嫁に出されるだけで済む。命懸けのつもりでも、実際に命が取られることはないとわかっている。
ノワンとは、覚悟の重さが、抱えている事情の深刻さが違った。
実力は充分にあるのに、チームプレイが苦手なわけだ。彼にとっては、護衛対象はで仇敵で、同じ護衛部隊のチームメイトでさえも、警戒すべき敵陣営の人間なのだ。そんな人間を、信頼などできようはずもない。
「でも、これだけは言わせてください。ティガルは薄々、ノワン君に深い事情があること察してますよ。ああ見えて、人の感情に対しては鋭いですから。だからこそあれほど、ノワン君に気を遣ってるんです。ティガルは高貴な育ちでも、ノワン君が拒絶するほど悪い人じゃないです。少しは信頼してあげてください」
ノワンが今まで関わってきた権力者が、どれほどの非道の行いをした悪人だったのかは、スフィルにはわからない。だが少なくとも、ティガルが陰謀や、他人を陥れるような行為に関与する人間ではないことは、相棒としてよくわかっている。
価値観の違いすぎるノワンに、そのほかのすべてがわからなくても、そこだけはどうしても認めてほしかった。
スフィルの必死な目を見ると、やがてノワンは静かにうなずいた。
「わかった。お前の人を見る目は信頼してるからな。――ティガルの件は、留意しておく」
それだけ言うと、ノワンは座り込む護衛対象のもとへと歩き、何事もなかったかのようにいつもの調子で、小さな水筒を抛り投げた。
その様子を見ながら、スフィルは言いようのない寂寥感を抱いていた。
見慣れたチームメイトの背中が、まるでとてつもなく遠い存在のように感じられた。




