外伝40話:全滅班の生き残り -The Designated Survivor-
この回だけサブタイトルが英語なのは、イスカ語にない概念だったことに起因する、やむをえない処置です。
<多くなってきたので、キャラ覚書>
●護衛三班
・スフィル(14):班長にして主席候補の主人公。実は女子。【真実の芽】でウソやイカサマを見抜く。
・ティガル(17):副班長にして、スフィルの相棒。【天邪鬼剣術】を得意とする、アマノジャクな剣士。
・ノワン(16):スフィルの性別を知る唯一の同僚。孤高の陰謀論者。【変幻速攻】を得意とする。
・ダカ(15):異民族の少年。凄まじい弓の使い手。
・エズレ(16):王子役の護衛対象。元王室護衛官ハーナム教官の一人息子。
・シオナ(16):一班の国王役の護衛対象だが、現在、三班と行動を共にしている。警護課のお姫様。
●護衛一班
・イェルマヒム(18):過剰戦力の主席候補。あだ名は「エルマ」。
・セツナ(17):参謀の副班長。
備考:班員はあとふたり。
'20.09/17 大幅な演出変更。
外伝40話:全滅班の生き残り -The Designated Survivor-
* * *
「急げ! エルマがひきつけてるうちに、先に進むぞ!」
スフィルたち護衛三班は、絨毯の迷路を駆け抜けていた。
現在、第四ステージの中盤。ようやく、ゼロ地点の退避場所へと引き返す前の地点に戻ったところだ。
今のところ、周囲に敵はいない。
だがこの迷路のなかは、静けさとは程遠く、先ほどから、砂地を駆けまわる足音と、味方を鼓舞する叫び声が、騒がしく聞こえてくる。
イェルマヒムたち一班が、大暴れして、すべての敵を引きつけてくれているのだ。
「さすがはエルマ君。最高ですね」
正直、当初考えていた以上の成果だ。
敵はあまりに粘り強いイェルマヒムたちの猛攻に、周辺の全兵力を集中させている。その範囲は、第四ステージ全域に渡る。もしかしたら、ほかのステージからも参入しているかもしれない。
これほどの長い時間、大勢の敵兵を引きつけることはできるのは、やはりイェルマヒムの、底なしの持久力と過剰な戦闘能力あってこそだ。
「このまま指定の場所まで、駆け抜けてしまいましょう!」
目指すは、第五ステージ。イェルマヒムと再会し、国王役の護衛対象を引き渡す約束をした場所だ。
現在、スフィルたちは、赤い長外套の護衛対象を、ふたり連れている。たった四人の護衛でふたりを護るというのだから、護衛界の常識から鑑みれば、狂気の沙汰とも言える警護の薄さである。ひとたび敵に見つかって戦闘になれば、通常状態に比べて、こちらの不利は明白。
それでも、一班が今、国王役のシオナを預かる代わりに、囮として数十もの敵を相手取っているのだ。彼らが負っているリスクに比べれば、スフィルたちは、対象を護るという護衛として本領を発揮できる、ありがたい役回りだ。弱音を吐いてなどいられない。
彼らが引きつけてくれているこの隙に、少しでも前に進むだけだ。
「お体に大事はございませんか、国王陛下」
ちらりとふり返り、安否を確認する。その視線の先でシオナは、長外套のフードを揺らして、無言でうなずいた。
長い間イェルマヒムに連れ回されて疲労しているものの、彼女は護衛対象役に立候補した以上、覚悟は決まっているようで、決して疲れを表に出すことがなかった。
(問題は、あとふたり――)
スフィルが次に見やったのは、もうひとりの護衛対象のエズレと、それから彼らのすぐ外側を走るノワンだ。
エズレはすでに、傍から見てすぐにわかるほどに息が上がっていて、うしろからちょんと押せば、そのまま倒れてしまいそうなほどの衰弱を見せている。
スフィルたちはここまで、絨毯をめくりあげて大幅に近道してきたため、当初の想定されている道のりより圧倒的に短く、ほぼ直線距離でここまで到達している。
それでも、一度どこかで休憩させる場所を探す必要があると、スフィルは冷静に考えていた。
それと、もうひとり。
スフィルは本人に気づかれぬよう、ほんの一瞬だけちらりと視線をやった。
その先のノワンは、周囲を警戒しながら、しっかりと仕事を果たしているように見える。護衛官として、まったく不自然のない動きだ。――ノワンが今、足を怪我しているという事実さえ、スフィルが知らなければ。
彼はほかの誰よりも怪我をしやすいのに、それを隠そうとして、結果的に悪化させる悪癖がある。――否、実のところ、本当に彼に隠そうという意思がはたらいているかどうかは、スフィルにはわからない。身体を壊すほどの無茶な動きができる時点で、何らかの認識機能が壊れていることは明白なので、単に痛みの感覚が薄すぎて、本人が怪我の重大性に気づいていないだけなのかもしれない。
(【変幻速攻】――ほんとに危なっかしいな、ノワン君の能力)
何にせよ、このノワンの特性は、しっかりと管理できなければ最悪の結果に繋がりうる、諸刃の剣なのだ。
(動き回って大丈夫な怪我だと……信じたいけど)
この心配を本人に気づかれれば、「平気だ」の一点張りになることは見え透いているので、スフィルは黙ったまま気を配るしかなかった。
やはりどこかで、一度休んだほうがいいかもしれない。
思索にふけりながら小走りに進んでいると、不意に、遠くから敵方の、応援を呼ぶ叫び声が耳に入ってきた。
スフィルははっと顔を上げた。
「今あの人、『一班』って言いませんでした?」
「ああ、言ってたよな」
うしろを走るティガルにも聞こえていたらしい。
「行け、囲め! 敵はあの一班だぞ!」
――確かに声は、そう言っていたのだ。
「一班と聞いて警戒するとは、さすがだな。あいつら、こっちの実力差の事情をよくわかってるみたいだぜ」
「先ほどから思ってたんですけど、どうもこっちの事情をよく知りすぎてますよね、あの人たち。だからこそ、ハーナム教官から事情を聞いてるサトリさんが指揮官だと思ったんですけど」
妙だ、とスフィルの頭のなかで、なにかが引っかかっていた。
(もしかして……なにか大事なことを見落としてる?)
確証はない。だがこの試験について、頭の奥でなんらかの違和感が残っているのは確かだった。
それから数刻の間走っていると、ついに広かった第四ステージの複雑な道が、終わりを告げた。
第五ステージ。
このステージは、最後の第六ステージへと繋がる道が多くないゆえに、敵の待ち構える箇所は簡単に特定できる。
一度休憩する場所としても適しており、それゆえスフィルは、このステージの袋小路を、国王役の護衛対象を一班に引き渡す、合流地点に指定したのだ。
「シオナさん、引き渡し場所まで、もうすぐです! エルマ君たちとの合流地点に行ったら、そこで少し休憩しましょう。もう少しの辛抱です」
「はい!」
シオナが気合の入った返事をした、その直後だった。
突然騒がしかった絨毯の奥から、雄叫びのような歓声が上がった。
「この感じ、まさか」
うしろをふり返る。遠くで粘着質な熱気を帯びた粗野な叫びが、絶え間なく上がっている。スフィルのいやな予感は、確信に変わりつつあった。
「イェルマヒム班、全滅したか」
一班、全滅。
ゴクリと、全員はその場で息を呑んだ。
「良かったな、スフィル。これでオレらがふたりの護衛対象を護って任務成功すれば、主席卒業は間違いなくお前のモンだぜ」
良かった、などと言いながらも、相棒の目は笑っていなかった。
「ええ――『成功すれば』ですね」
イェルマヒムが重視していた成績のことを考えれば、確かにこれは望ましい結果だといえる。これでスフィルが護衛対象ふたりを護りきれば、まちがいなく主席の座はスフィルのものだ。
だがもとより、スフィルにとって大切なのは、主席卒業よりもこの任務が成功できるかどうかだ。
その観点から考えたときに、イェルマヒムの脱落は、正直かなりの痛手である。
これでついに、この三班が最後の護衛班となる。ここから敵全員が、血眼になってこの班を探し回るだろう。
つらいが、もとより覚悟はしていたことだ。
「そんな、エルマ先輩……」
シオナはこの数十刻間、砂上の灼熱地獄をイェルマヒムたちとともに戦いぬいたからか、一班全滅の知らせに、まるで自分が脱落したかのように悔しがった。
「でも、あたしが生きてる限り、試験はまだ終わってません。スフィル先輩たちのためにも、囮を引き受けてくれたエルマ先輩たちのためにも、あたし、最後までがんばります!」
シオナは普段はおっとりとした雰囲気の美少女だが、訓練時は見かけによらぬ根性を見せ、教官を驚かせたらしい。
後輩たち全員が認める「警護課の可愛い女子ナンバーワン」であり、「お姫様」などというあだ名がついている彼女だが、教官をも驚かせたその根性は、彼女の護衛たちが全滅したところで、決して揺るがなかった。
「その意気です、シオナさん。これよりシオナさんは、ボクたち護衛三班が、最後まで責任をもってお護りします。――皆さん、覚悟はいいですか」
それぞれが互いに顔を見合わせて――その瞬間、ピリリと緊張が走った。
おそらく、勘違いではないだろう。
今、護衛たちにふり向いたシオナが、ティガルと目があったらしい。
スフィルは内心、この状況に底知れぬ恐怖を覚えていた。
(これから先、ちょっとマズい、かも)
実はこのシオナこそが、両思いと思われていながらティガルをフッた、警護課のお姫様なのだ。
シオナがティガルを一ヶ月間意気消沈させた元凶である以上、ともに任務をこなすのが、気まずくないわけがない。
スフィルにできることは、それがこれからの任務に支障を来さないことを、全力で祈るだけだ。
ちらりと相棒を見上げれば、彼はスフィルの懸念をよく理解しているのか、真剣な面持ちでうなずいた。
ティガルも、私情を捨てて任務に挑む覚悟はできている様子だった。
「最後まで生き残った護衛班として、皆さん、私情を抜きにして、全力で挑みましょう」
これで、スフィルたちは最後の護衛班となった。そして――国王陛下と、王子殿下。ふたりの護衛対象を護り抜くという、通常では考えられない奇抜な状況である。
通常では考えられないほどハードルが高い任務であるとはいえ、スフィルから提案したことだ。護衛対象が増えるのは大変だが、それでもイェルマヒムたちの活躍のおかげで、今の結果は、この試験において考えられる最良の部類に入るだろう。
イェルマヒムがつくりだしたこのチャンスを、無駄にするわけにはいかない。
これから、未知の第五ステージ。ここからが正念場だ。
「おう! ゼッテー護衛対象をふたりとも、護りぬいてやるぜ!」
ティガルはここまでの炎天の疲労をものともせず、不敵な笑みを浮かべた。




