外伝39話:最後の希望 -elRater elJahres-
'20.09/12 若干修正しましたが、ストーリー上の変更はありません。
'20.09/16 若干の文章修正のみ。
外伝39話:最後の希望 -elRater elJahres-
* * *
視界の悪い黄塵に、黒い短外套に黒い頭布の人間が立ちはだかる。それが倒せど倒せど、次から次へと湧くように出てくる。
(正直、正面きって全員倒せると思ったが)
立ちふさがる敵の鳩尾に十字杖を入れ、瞬時に飾手拭を抜きとってほうり投げる。これでもう何十枚目だろう。
(どうやら、それはさすがに無理そうだな)
イェルマヒムは、ふっと口角を上げた。拭う間もなく流れ落ちる汗が、熱い頬に緩急をつけてつたっていく。
すでにその場に立つのは、イェルマヒムとセツナ、それから護衛対象のみとなっていた。赤い長外套の護衛対象は、イェルマヒムのうしろで丸くなって縮こまり、なんとか生きながらえている。
だが、そろそろ感づいている。この人数を相手に、たったふたりで護衛対象を護るのは限界だ。
「セツナ、そっちの守りは崩すなよ」
前を見据えたままそう告げれば、うしろから、いつもどおりの冷静な声が返ってきた。
「何言ってるんですか、エル。わたしはとうの昔に五人倒しましたよ。あとは全部あなたがやってくれるんでしょう」
こんな時でも、セツナは冷静な調子を崩さなかった。
(本当、根性座ったやつだよな)
彼女を見ていると、こっちまで冷静になってくるから不思議だ。
「っらあ!」
正面の相手を殴り、強引に飾手拭を奪い取る。飛ばされた男は、近くにいた数人を巻き添えにしながら、砂上に倒れた。
安堵している時間はない。
息をつく間もなく、次の相手の飾手拭を抜き取る。
一枚、そしてまた一枚。どれほどの敵が押し寄せようと、また同じことを繰り返す。数いる敵を前にして、何度も、何度もだ。
――まだ湧いてくるのか。
底の見えない敵数に、体力よりも先に、精神が参ってくる。
だがそれでも、諦めるわけにはいかない。
諦めたら、スフィルに負けを認めるようなものだ。ヤツならどれほど不利でも、絶対に戦い続けることを選ぶのだから。
乱闘を繰り広げているうちに、気づけばいつの間にか、それ以上敵は増えなくなっていた。
(よし! ようやく敵数の底が見えてきた!)
「セツナ! ようやく最後の一押しだぞ!」
敵と対峙しながらうしろに声をかけたが、返事はなかった。
「おい、セツナ?」
初めて、うしろをふり返る。その先で、セツナは赤い長外套の人間とともに、地に倒れていた。彼らの帯に飾手拭はなかった。
「な……っ、まさかもう――」
ひとりだけ。
そう悟った瞬間、もはや守る者のいなくなった背後から、敵の手が伸びてきた。
気づいたときには、敵の雄叫びにも似た歓声が上がっていた。自身の帯を見ると、そこに飾手拭はなかった。
イェルマヒムは呆然と、その場に立ち尽くした。
あと少し。
あと、ほんの少しで、この人数を突破できたのに。
敵数の底が見えていただけに、この終わり方には悔しさが募る。
「クソッ!」
ぞんざいに腰を下ろしたイェルマヒムに、横から普段どおりの平坦な声がかけられた。
「残念でしたね。あとほんの少しでした」
だがこれだけ活躍すれば、ともすれば主席の座は――そこまで考えて、ゆっくりと首を振る。
もはや、トップを死守することにこだわる理由はない。
先ほど気づいたばかりなのだ。本当の敵はスフィルではない。真に対峙すべき相手は、別にいるのだ。
「いっそ清々しい気分だ」
イェルマヒムはその場に寝転がり、空を見上げた。
「敗北は認めざるを得ない。ついでに、感謝もな」
「ところで班長、飾手拭何枚とりました? 一班で憲兵学校史上最高撃破数を叩き出すんですよね。ちなみにわたしは14枚です。もっとも、班長に横取りされた分を含めれば19枚ですけど」
寝転んで切らした息をととのえながら、イェルマヒムは悲鳴にも似た声をあげた。
「一々数えてられるか!」
あの戦乱のさなか逐一数えていたなど、どんだけ冷静なんだと呆れる。
空を仰げば、そこには雲ひとつない王都の青空が広がっていた。
「最後の希望は、あの子たちに託されましたね。――わたしたちの、本当の護衛対象は」
ふたりは黙って空を見上げた。
これでスフィルより先に脱落することになっただろうが、後悔はない。セツナの計算通り、試験官へのアピールは最大限にできた。あとはこうして、寝て結果を待つのみなのだ。――最後の希望を信じながら。
* * *
「エルマ君、勝負しませんか」
うしろから放たれたスフィルの言に、イェルマヒムは、倉庫の裏から歩みゆこうとする足を止めた。
「勝負だと?」
「たった今、思いついたんです! エルマ君と協力しながら、勝負する方法」
スフィルは息を弾ませていた。
「協力しながら勝負? 不可能だ」
イェルマヒムはかぶりを振った。「言っておくが、行動を共にする時点で、どちらかが先に裏切って出し抜く可能性があるだろう。そんな疑心暗鬼にまみれた協力をするくらいなら、オレは正々堂々と勝負することを望む」
「行動を共にするつもりはありません」
「どういうことだ?」
「エルマ君はこの先で、あえて敵に見つかって、なぎ倒すところを試験官に見せる戦略で行くんですよね。ボクにはとても生還できるようには思えないんですけど、自信のほどは?」
「すくなくとも、オレがこの学校の誰よりも強いことは確かだ。多勢に無勢だろうと、突き進むだけだ」
「ではおそらく、護衛対象はそこで死ぬ運命だと」
「敵数によるがな」
「そうなると、あれですね。仮に評価法が『戦闘能力点』と『総合的護衛能力点』に分かれてるとすると、前者はほぼ満点でも、後者はほぼゼロ点ですね」
「構わない。キサマらにその評価を適用すれば、おそらく前者はオレの半分程度、そして後者にしても、あの人数を突破できるわけがないから、ゼロ点に等しいだろう。すくなくともオレは、キサマよりは上の点数になるわけだ」
「それはどうかわかりません。ここにエルマ君たちがいるので」
「どういうことだ」
イェルマヒムはぴくりと眉をひそめた。
「ボクたちの作戦をバラしてしまいますとですね、今からエルマ君たちが突撃して、敵が皆そっちに行っている隙に、空いた経路を悠々と進んでいくつもりです。つまり、エルマ君たちを勝手に囮として使う作戦ですね」
「それ、オレにバラしてどうするつもりだ?」
「だって勝手にエルマ君を囮に使ったおかげでボクが主席卒業になったら、なんか後味悪いというか、申し訳ないですし。――さっき『突破できない』と言われましたが、できてしまうんですよ。エルマ君を囮に使えば」
イェルマヒムは顎に手を当て、うつむいて真剣に考えた。
「たしかに……そうかもしれないな。だがそれでキサマは、オレに何を求めている」
「ライバルを勝手に囮作戦は公平じゃないので、エルマ君には、堂々とボクたちの囮になってもらいたいです」
「その提案にオレが乗るとでも?」
「どうせ囮にされるなら、堂々と行きましょうよ、エルマ君」
スフィルはきらびやかな笑顔で言った。彼がこんな顔をするのは、ほかになにか真意がある時だ。
「キサマのことだ。オレたちにもメリットのある提案なんだろ」
「ええ。その代わり、突撃中のエルマ君の国王陛下役の護衛対象は、ウチで護ります。もしエルマ君が突撃して生還したら、指定の場所で陛下を引き渡します。そこからはお互い不干渉で問題ありません」
「なるほどね」
うなずいたのはセツナだった。「そうすれば、上の試験官からは、わたしたちが国王陛下を護るために、あえて囮役を買って出ているように見える。そうなればわたしたちは、『戦闘能力点』と『総合的護衛能力点』、そのどちらにおいても高評価がくだされる。仮に、囮を引き受けたのに生還できて護衛対象を護りきれたら、最高成績は間違いなく一班につくはず。悪い話じゃないどころか、願ってもない提案ね。――エル、この提案は受けるべきです」
「だが待て。キサマはさっき『勝負だ』と言わなかったか? この明らかな協力関係の、どこに勝負の要素がある」
「もしエルマ君が生還できなかった場合、ボクたちが国王陛下の分も、護衛能力を発揮することになります。それだけ、そちらの潜在的な評価を奪っているとも言えます。これでボクらが任務成功できて、王子殿下と国王陛下のお二方をお護りできたら、おそらく途中脱落したエルマ君じゃ追いつかないほどの最高成績ですよ」
「つまり、それがイヤなら生還しろと」
「ボクはエルマ君が生還できないほうに賭けます。でなきゃ活躍はすべて、囮になっても生還して陛下を護ったエルマ君たちに取られて、ボクらは陛下おひとり預かり損です」
「ほう、つまりこれは、オレが生還できるかどうかの勝負であると同時に、それがオレとキサマのどちらが主席で卒業できるかに直結するというわけか。――面白い、いいだろう」
「ただ、ひとつ疑問なんだけど」
声をあげたのはセツナだった。
「護衛対象ひとりですら大変なのに、もうひとり預かるなんて、そんなリスクを負う理由はきみにあるの? 私たちに何も言わずに勝手に囮にすれば、何のリスクも負わずに任務に当たれたのに」
「そうなんですけどね。でも、エルマ君たちには、最大限効果的な場所で囮になってもらいたいんです。それには協力の申し出が必要不可欠ですから」
「なるほど――第四ステージに入るところね」
セツナは瞬時に察したようだった。
「そのとおりです」
「それで、作戦を決行するとしてだ。オレたちが護衛対象を連れていなかったら、敵に囮だと怪しまれないか?」
「その点はカモフラージュできます」
スフィルはにっこりと笑って、イェルマヒムの鞄からはみ出た赤い布を指さした。先ほど二班の護衛対象から預かった、赤い長外套だった。
「一班のひとりがそれを羽織れば、問題ありません」
イェルマヒムは赤い長外套を、再び鞄から引っ張り出した。先ほど会った二班の同胞の悔し涙が、まざまざと思い返される。
「亡き二班と四班の遺志を汲んで、一緒に仇を討ちましょう!」
「護衛対象の入れ替わりね……相変わらず邪道だけど、いいね、気に入った。もし入れ替わりが試験官に認められなかったとしても、どのみち充分に戦闘能力を発揮できるわたしたちには、それほどリスクもないしね」
セツナの賛同を確認すると、イェルマヒムは初めて、真摯な目でこちらを見つめる、童顔な少年護衛官に笑いかけた。
先ほどまでは、彼には脱出不可能だと思っていたが、これは考えを改めなければならないようだ。
スフィルは本気で、護衛対象を護りきる気だ。そしてそのための現実的な算段も用意しているのだ。
――面白い。
「ここからが勝負だ、我がライバル、スフィル・アクトツィアティク。そしてここからが――最初で最後の協力だ」
それが試験中にスフィルと交わした、最後の言葉になった。
イェルマヒムは、護衛対象だけをのこして一班を連れ、再び黄塵の迷路へと足を踏み出したのだった。




