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外伝38話:玉砕は計画的に -laMejwantur mletren-

外伝38話:玉砕(ぎょくさい)は計画的に -laMejwantur mletren-


 * * *


「エル、さっきから苛立(いらだ)ちすぎです。集中してください」


 護衛班の先頭(せんとう)を歩くイェルマヒムに、声をかけたのはセツナだった。

 イェルマヒムたち一班は、また黄塵(こうじん)の迷路のなかを、足早(あしばや)()き進んでいた。現在、第二ステージの横を通り()ぎたところである。脱出(だっしゅつ)ルート外だからだろうか、あたりに敵はほとんど見当たらず、変わり()えのない絨毯(じゅうたん)景色(けしき)がつづくのみである。


「まったく。完全に無駄足(むだあし)だったな」


 イェルマヒムは()き捨てるようにそう言うと、うしろを歩く副班長(サブリーダー)を見やった。


「さっきはなぜ止めたんだ、セツナ。あと少しでスフィルと決闘(けっとう)できたんだぞ。こちらの邪魔(じゃま)になりうるスフィルを、決闘(けっとう)で先に脱落(だつらく)させるよう言ったのはお前だったよな?」


「残念ながら、スフィルくんはエルの挑発(ちょうはつ)に乗らなかった。逆にあなたが乗りそうになったから止めたんです。班長(リーダー)に先に脱落(だつらく)されては困ります」


 セツナの語調(ごちょう)はいつもどおり淡々(たんたん)としていて、少しも悪びれる様子がない。その冷静さが時に、イェルマヒムを苛立(いらだ)たせる原因となる。


「言っておくが、お前のそのコスい計画のために、オレは試験官の目のないゼロ地点へ()げ帰ったであろうあいつらを探して、わざわざあんな遠い場所に引き返したんだぞ。オレはお前の計画に従って、それだけのリスクを負ったんだ」


 事前にその計画を持ち出したのは彼女だった。

 スフィルが主席で卒業する可能性があることを知るや(いな)や、試験官の目のないところで彼を挑発(ちょうはつ)して決闘(けっとう)に持ち込み、接近戦に弱い彼を先に脱落(だつらく)させておこうと言いだしたのだ。

 いくら主席の()が欲しいとはいえ、イェルマヒムは班長として、その案を却下(きゃっか)した。

 ライバルと(みと)めた相手とは、決闘(けっとう)よりも総合的な護衛能力で、正々堂々と勝負しなければ意味がないのだ。

 だが試験が始まってからは、状況(じょうきょう)が変わった。

 通例なら脱落(だつらく)するはずのない試験で、次々と脱落(だつらく)していく仲間たち。

 彼らを目の前にして、イェルマヒムに(あせ)りがつのった。

 こんな状況(じょうきょう)では、接近戦に弱いスフィルが、実力を出せすこともなく脱落(だつらく)してしまうのは目に見えている。

 なんといっても彼らの班の護衛対象は、伝説を(きず)いた教官の息子ではあるものの、腑抜(ふぬ)け二世として有名な男だ。

 スフィルだけなら、彼の武器である作戦と不意打(ふいう)ちでなんとか(かく)れながら進めただろうが、それには正面きって進むよりも持久力(じきゅうりょく)が必要不可欠だ。彼と体力のない護衛対象は、相性(あいしょう)最悪なのだ。

 単純な相性(あいしょう)による運の悪さでライバルが脱落した結果、主席で卒業できたとしても、イェルマヒムにとっては不戦勝のようなもので、勝ち方としては納得(なっとく)がいかない。

 そこで急遽(きゅうきょ)、セツナの考えた狡猾(こうかつ)な案を採用(さいよう)することにしたのだ。

 決着(けっちゃく)がつけられずに終わるくらいなら、たとえ決闘(けっとう)という形でも、勝負をつけられるだけマシというものだ。


「スフィルくんのほうが一枚上手(うわて)だったってことでしょう」


 彼女は完全に他人事(ひとごと)のように言った。「彼、こちらの作戦に気づいてましたね。だからあんなにお仲間を(けな)しても、やり返してこなかった。やっぱりあの子、ただのおチビさんじゃないみたいですね」


「そんなことは、オレが一番よくわかっている。でなきゃあんな落ちこぼれなチビだったスフィルが、オレの主席の座を(おびや)かすほどにはならない。結局あいつは挑発(ちょうはつ)に乗らなかったから、こっちの作戦としては、とんだ無駄足(むだあし)になったわけだ」


「あのバカ貴族がいなければ、あと少しだったんですけどね」


 いつも(すず)しい顔をしているセツナには(めずら)しく、彼女は苦々(にがにが)しく顔を(ゆが)めてそう言った。


「お前が言い訳とは、(めずら)しいな」


「わたしにも相性(あいしょう)ってものがあるんです。貴族と天邪鬼(アマノジャク)が、わたしがこの世界で一番苦手なタイプです。なのに貴族(けん)天邪鬼(アマノジャク)なんて、史上最悪ですよ。何考えてるか理解できないから、すぐ計画を狂わされる」


 セツナはため息とともにそう言うと、「そもそも」とつづけた。


「エルはべつに主席卒業する必要なんてないのに、どうしても主席がいいなんてワガママ言うから、わたしはエルのために、わざわざスフィルくんを蹴落(けお)とすための小賢(こざか)しい方法を考案(こうあん)してあげたんですよ。わたしたちはどうせ配属(はいぞく)決まってるんですから、主席くらい(ゆず)ってあげてもいいのに」


「ふざけるな! 主席はオレの座だ!」


 (なか)ば無意識的に言い返してから、イェルマヒムははっとした。セツナの見透(みす)かすような視線に居心地(いごこち)の悪さを感じ、荒々(あらあら)しく()き捨てる。


「クソッ!」


「そんなにスフィルくんに固執(こしゅう)することもないでしょう」


「最初はなんとも思ってなかった。ただ理想の高い夢見る子供としか思ってなかったんだ。それが今や、オレと主席を(あらそ)うほどに成長したんだぞ!」


「たしかに彼の成長はわたしも予想外でしたけど、でも、それだけじゃないですか。4年も年下ですし、エルがライバル()するほどの実力でもないんですよ」


 スフィルがこれほどの高成績なのは、実力よりも訓練姿勢などを加味(かみ)された結果が大きい。ゆえに、単純な体力、戦闘力、護衛能力などで比較(ひかく)してしまえば、イェルマヒムの足元にも(およ)ばないのは事実だ。

 だがイェルマヒムがライバル()してやまない理由は、そこではない。


「それだけじゃない。いい年して()ずかしげもなく、ガキみたいに目を(かがや)かせて、王室護衛官なんて夢なんか(かた)りやがって!」


正直(しょうじき)、あの子の夢は夢で終わる可能性が高いですが、良かったですね。わたしたちは確実(かくじつ)に『現実』ですよ」


 イェルマヒムとセツナは、家がそれぞれ人身捜査課と警護課の名家なので、家族のコネですで進路(しんろ)が決まっている。たとえこの試験で最低評価だったとしても、ほかの訓練生と違って、卒業さえできれば進路(しんろ)にはまったく影響がないのだ。


「お前は本当に、それでいいと思ってるのか! 親が選んだ部署(ぶしょ)に、親のコネで配属(はいぞく)されて」


「え、素晴(すば)らしいじゃないですか。絶対に路頭(ろとう)に迷わないんですから」


 この実利主義の亡者(もうじゃ)に、実利以外の価値(かち)が理解できるはずもなかった。

 彼女に何を期待したんだろうと、イェルマヒムはため息とともにかぶりを()った。


「それに、エルの配属(はいぞく)先の分署(ぶんしょ)は、お父さんが所長なんでしょう。どんなミスしてもクビにはされないんじゃないですか。一生安泰(あんたい)ですよ」


 イェルマヒムの父親は、人身捜査課の憲兵で、新区(リクトフィオン)州の現役憲兵署長である。イェルマヒム自身、幼い頃から人身捜査課の憲兵になるために英才教育を受けてきた。その結果が、憲兵学校の(だれ)もが(おそ)れるほどの近接格闘技術だ。


「イクウィサナク家は代々、人身捜査課の憲兵なんだ。オレが憲兵学校に入ったのも、人捜課(ジンソー)に行くためだ」


 人身捜査課は、殺人や暴行など、人身に関する事件を捜査(そうさ)する課で、13課の花形(はながた)ともいわれている。平均月給は警護課に()いで2位にもかかわらず、訓練期間は警護課の二年半よりもはるかに短い半年なので、憲兵13課のうち、人気が一番高いエリート職である。

 倍率(ばいりつ)が高いだけに、相応(そうおう)の実力がなければ入ることすらできず、人身捜査課はそれだけで一目(いちもく)置かれる存在なのだ。

 一家の男がほぼ全員人身捜査課であるイェルマヒムの家は、それだけ他の課にはないプライドがある。

 だがイェルマヒムは、半年間の訓練のあと、警護課に行ってしまった。当然、父はいい顔をしなかった。


「オレが警護課に行くことを許される条件が、それだった。新区(リクトフィオン)州の父の分署(ぶんしょ)での勤務だ」


「あそこ、王都より治安(ちあん)がいいんでしょう。(じゅう)(かつ)いだギャングもいないみたいですし、良かったじゃないですか」


「いいわけあるかっ!」


 イェルマヒムは思わず声を(あら)らげた。


「オレは安泰(あんたい)に生活するために、警護課に入ったわけじゃない!」


 決して父親の庇護(ひご)下で安全な場所で護衛するために、護衛官になったわけではないのだ。


「そういえばエルは、ハーナム教官に感化(かんか)されて入ったんでしたね」


 基礎訓練時代、元王室護衛官のハーナム教官は言った。


 ――護衛官は、対象の身を護るために、あらゆる危機に(そな)えて行動する。たとえ不測(ふそく)の事態で自分が死んだとしても、その後の護衛対象の安全が確保できるよう、あらかじめ計画を立てておくものだ。死してなお対象の身を護れないようでは、護衛官たる資格はない。


 言いようのない衝撃(しょうげき)だった。

 普通の憲兵なら、「命を()して護れ」と言うだろう。

 だが彼は違った。

 たとえ対象のために死んでも、対象を護りきれなければ犬死(いぬじに)だと、そう断言(だんげん)したのだ。

 仮に人身捜査課の憲兵が、犯人を()らえる途中で命を落として、その結果犯人を(にが)したとしても、彼は英雄(えいゆう)として(あつか)われる。成果(せいか)を上げられずに死んだからと非難(ひなん)する人間は、(だれ)もいない。

 だが、警護課は違う。

 彼らの仕事は、生きた人間を護ることであり、起こりうる事件を未然(みぜん)に防ぐことなのだ。

 被害(ひがい)がないのが当然なので、普段は誰も感謝などしない上、もし事件が起これば、護衛官失格として()められる。

 一歩間違えれば護衛対象を殺させてしまう究極(きゅきょく)危機(きき)と、(つね)(となり)合わせで生きなければならない。

 それが、警護課の宿命(しゅくめい)なのだ。

 すべて起こったあとで()けつける他の課とは、背負(せお)う覚悟が違う。彼らは常に、生きた戦いを続けているのだ。

 当時のイェルマヒムは、教官のその言葉に、そして彼らの背負(せお)う覚悟に胸打たれた。

 あれほどに自分の職務に(ほこ)りを持てる仕事を、イェルマヒムはほかに知らない。

 起こった事件の捜査(そうさ)をするより、この力を、(いま)だ起こらぬ事件を――殺人や暴行を食い止めるために行使(こうし)たい。

 それが、今まで父の言うとおりに生きてきたイェルマヒムに、初めて()き起こった能動的(のうどうてき)意志(いし)だった。


「護衛官という職は、オレの(ほか)りだ。ほかのどの課よりも重い覚悟が必要な、危険(きわ)まりないが名誉(めいよ)ある職務なんだ。なのに平和な職しか与えられずに何の覚悟もなく生きていくなど、オレの矜持(きょうじ)が許さん」


「なるほど。それでエズレくんに、(みょう)(つら)くあたってたわけですか」


「それはあくまで、スフィルを挑発(ちょうはつ)するためだ」


「いいえ、それだけじゃないですね。伝説の護衛官の息子だからって、大した努力もせずに護衛官を目指している彼に、エルの矜持(きょうじ)が許せなかったんですよね。あの数々の悪口、ほとんど本心だったんでしょう」


「――うるさい」


「かわいそうに、幼気(いたいけ)な後輩を、あんなに言葉で甚振(いたぶ)って泣かすなんて」


 わざとらしく非難(ひなん)の声を上げるセツナに、イェルマヒムは降参(こうさん)とばかりに手を上げた。

 やはり、彼女の観察眼はごまかせないようだ。


「わかった、前から腹立たしく思ってたことは認める。だが悪いことをしたとは思ってない。泣くくらいなら、(はな)から護衛官なんか目指さなきゃ良いんだ」


「エル、それは『八つ当たり』というのでは?」


「どこがだ。あんなヘナチョコが護衛官になって、将来対象を殺させるよりは、(はな)から(あきら)めさせたほうが世のためだろ。意識が低いくせに護衛官など目指すほうが悪い」


「スフィルくんへの執念(しゅうねん)もそうですけど、エル、ライバル心や(いか)りを向ける矛先(ほこさき)が間違っているように見えますけどね。一見正論(せいろん)(なら)べてるようですが、わたしにはそれが、エルの(ねた)みに思えます」


「どういう意味だ」


「そのままの意味ですよ」


 セツナはイェルマヒムの(するど)い視線も意に(かい)さず、淡々とつづけた。


素晴(すば)らしい護衛官の息子であるエズレくんが(うらや)ましい。だからこそ覚悟が足りない彼に腹が立つ。王室護衛官なんて夢見れるスフィルくんが(うらや)ましい。だからこそ何が何でも彼に勝たないと気がすまない。――違いますか?」


「違うな。オレがこの学校でトップの護衛官であると、それを証明したいだけだ。主席候補(こうほ)のスフィルにこだわる理由は、それ以外にない」


「主席。それですよ」


 セツナはまるで言質(げんち)をとったような言い方をした。


「何がだ」


「エルが主席卒業なんか必要ないのに、執拗(しつよう)にそれにこだわる理由。自分の実力で配属(はいぞく)先を決定できるスフィルくんが(うらや)ましいんでしょう。だから、本来なら彼よりも上の護衛部隊に入れる実力だと証明したい。――エルが自分の実力でできることは、それだけだから」


 セツナの知ったような口調(くちょう)は腹が立つが、事実だから仕方がない。イェルマヒムは彼女の言葉を否定することなくつづけた。


(たい)した実力も覚悟もないくせに、親のコネで配属された二世だと思われたくないんだ。トップで卒業していれば、誰も文句(もんく)は言えまい」


「たとえトップじゃなくても、エルほどの実力なら(だれ)文句(もんく)は言いませんよ」


「この力を、悪の手から高貴な対象を護るために使いたい。オレはそのために護衛官になったんだ。ただ親に(したが)って配属(はいぞく)されたと思われては困る」


「ふふっ」


 突然、セツナは笑い声をあげた。


「なにがおかしい」


「スフィルくんのこと、何も言えないじゃないですか。あなただって、充分夢見がちな男ですよ」


「何の話だ」


「目指したいんでしょう、王室護衛官」


「……っ!」


 大きく目を見開く。何も言えなかった。


「ならエル、あなたが立ち向かうべき相手は、スフィルくんではなく別にいると思いますよ」


 セツナはそこで立ち止まり、イェルマヒムを見据(みす)えた。


「いい年してパパと働きたいか、それとも――いい年して夢見るか」


 その瞬間、視界の悪い黄塵(こうじん)に、さらさらと風が吹いた。

 ふと見上げた先に、遠目(とおめ)に黒い頭布の人間の存在を確かめられた。


「それを決めるのは(えら)いパパではなく、エル、あなた自身ですよ」


 セツナはそれだけ言うと、素早(すば)く前方に視線を走らせた。

 その先には、黒い頭布の人間が複数、立ちはだかっている。


「さて、来ましたね」


 敵の見張り位置はある程度把握(はあく)している。ここで敵に見つかるのは想定通りだ。

 彼らは剣を抜き、(にら)むように敵意を放ちながら、こちらをうかがっている。


「ここだ! 護衛一班と国王を発見!」


 彼らのうちの一人が、仲間を呼ぶために大声を出した。彼らはイェルマヒムの顔を見るなり、瞬時に対する班と護衛対象を理解したらしい。敵も事前(じぜん)に、こちらの事情は把握(はあく)しているようだ。

 ここで華々(はなばな)しく大勢の敵を倒すほど、上で()ている試験官へのアピールになり、高成績につながる。――すべて、計算通りだ。


「来たな」


 イェルマヒムは前を見据(みす)えたまま、静かに()げた。「お前たち、最後まで陛下をお護りしろ」


 後方(こうほう)で仲間の護衛官がうなずき、護衛対象を護るように前に立ちはだかった。


「二十人はいるようです。倒し甲斐(がい)がありますね、脳筋班長(リーダー)


「誰が脳筋だ」


 こんなときなのに、セツナは前を見据(みす)えたまま笑った。それほど余裕(よゆう)の表情ができるほど、班長を信頼(しんらい)しているのだろう。


「二十人か。悪くないな。倒す人数が多いほど加点(かてん)が望める。――陛下、お下がりください」


 イェルマヒムはうしろの赤いフードを一瞥(いちべつ)することもなく、(こし)から細剣を抜いた。同時に左手では、十字小杖の横の柄の部分を、相手に()き出すように(かま)える。憲兵学校で教えられる通りの基本型だ。


 ――王室護衛官を目指したいか?


 心の中で自問する。

 (いな)愚問(ぐもん)だ。そんなこと、とうにわかりきっている。

 なにせ、元王室護衛官に(あこが)れた結果、今の自分がいるのだ。


「目標は、ひとりにつき五人打破(だは)


 慎重(しんちょう)に敵を見据(みす)えたまま、ぐっと力をためるように体勢を低くする。


「エル、それ以上の敵は?」


「オレが倒す」


 敵を見据(みす)える目を光らせれば、その瞬間、ピンと静寂(せいじゃく)が張りつめた。

 スフィルやエズレへの感情が不毛(ふもう)な八つ当たりだと、心の奥底(おくそこ)ではわかっていた。

 そうだ。

 現実から目を(そむ)けず、戦うべきなのだ。


「行け! やつらを囲んで始末(しまつ)するぞ!」


 黒い頭布の声を皮切(かわき)りに、静寂(せいじゃく)(はじ)け飛んだ。囲むようににじりよっていた敵役が、次々と(さけ)びをあげながら、一斉(いっせい)にとびかかる。

 戦え。――現実に(あらが)え!

 イェルマヒムは目を見開き、地を蹴った。


「行くぞ!」


 刹那(せつな)、高い壁に囲まれた暑い砂地(すな)に、(するど)い風が吹き抜けた。

 敵は突風(とっぷう)に当てられたかのように、飛ばされて地面に叩きつけられた。

 自分の夢のために、現実と戦ってやる。

 その覚悟の決まったイェルマヒムに、太刀打(たちう)ちできる敵はいない。


「ウソだろコイツ! 本当に臆病者(チキン)の警護課かよ!」


「ひるむなバカ! 進め! この数を突破(とっぱ)できるワケねえだろ!」


 黄塵(こうじん)の戦地で、敵の物々(ものもの)しい咆哮(ほうこう)がこだまする。

 その数は圧倒的(あっとうてき)だ。

 だが一種の爽快感(そうかいかん)が力となって体中を()(めぐ)り、イェルマヒムを前へと()り立てるように進ませた。

 こんなところで負けるわけにはいかない。

 主席卒業のためじゃない。自分の夢のためにだ。

 たとえ死しても護衛対象を護りぬく、最強の護衛官になるために。

 後悔(こうかい)はしたくない。今を全力で戦ってやる。


「っらあああっ!」


 勢いよく敵の飾手拭(カツァフ)(つか)み、()き取る。

 どこかで(だれ)かの骨が(おれ)れる音がしたが、躊躇(ちゅうちょ)はない。

 この戦いを()る全員に思い知らせてやる。

 イェルマヒム・イクウィサナクは決して、従順(じゅうじゅん)な優等生などではない。


 ――完全無欠な職務(まっと)う。


 その邪魔(じゃま)になる対象は、誰であれ容赦(ようしゃ)なく叩き(つぶ)す、ちょっとやりすぎなくらいに真摯(しんし)な、過剰(かじょう)戦力護衛官なのだ。

 敵の白い飾手拭(カツァフ)と痛みによる絶叫(ぜっきょう)が、周りを騒々(そうぞう)しく取り(かこ)んだ。


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