外伝35話:商人娘の交渉ゲーム(中編) -alJz'ma Sverehka-
'20.09/12 長くなったので、例によって分割しました。前話に引き続き演出変更があります。
'20.09/16 若干表現を修正しましたが、おおまかな変更はありません。
外伝35話:商人娘の交渉ゲーム(中編) -alJz'ma Sverehka-
* * *
「たしかに、エルマ君の班は優秀だと思いますよ。体力はトップクラスで、今まで、休むことなくこの迷路の中を歩きつづけられた。――でも、だからこそ見落としてしまったんですね。これ以上進んで平気なのは、あなたたたち『だけ』だということを」
スフィルはイェルマヒムの先にいる、ひとりの人間を見据えた。
一班の護衛対象の、国王陛下役の少女。呼び名はシオナという。
彼女はエズレと同期の後輩である。つまり、警護課に入ってまだ一年未満。
そんな「一般人」に近いシオナが、底なし体力のイェルマヒムたちについていって、平気なはずがない。
常識はずれな体力をもつがゆえに、彼らはそんな単純な事実に注視しそこねた。国王陛下役の護衛対象こそが、彼らの盲点なのだ。
「エルマ君。本当に、その国王陛下をお連れして、無事ゴールまでたどり着けると考えですか」
シオナは現在、立っているだけなのに、ともすればこのまま倒れてしまいそうなほどに不安定な動きをしている。熱にやられているのだろう。本来なら、エズレと同じく、一刻も早い救護が必要な状態だ。
そんな護衛対象の様子を、イェルマヒムはちらりと一瞥した。その彼のその表情を見て、スフィルは戦慄した。
疲れ果てた様子の護衛対象を見たイェルマヒムは、フッと笑ったのだ。
「何がおかしいんですか」
「いや、何を言い出すかと思えば、そんなことかと思ってな」
「そんなこと?」
護衛対象の体調は、何よりも最優先されるべき事項であるはずだ。
それを、散々彼女の体力を顧みずに連れ回した挙げ句、「そんなこと」と一蹴するのか。
「言っておくが、護衛対象の体力勝負ということなら、残念だがウチの国王陛下が勝っているぞ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! 護衛対象の体調を最優先してくださいよ!」
「何度も言わせるな、スフィル。今回の任務で重要なのは、オレとキサマのどちらが主席で卒業するか。それ以外にない」
「エルマ君、あなたという人は……」
「あ、あの! あたし、まだ全然大丈夫ですから! 試験の邪魔にならないようにがんばりますから、あたしの体力のことは、お気になさらないでください!」
殺伐とした空気に包まれるなか、割って入ったのはシオナだった。
「でも、シオナさん」
彼女のがんばりに期待しなければならない時点で、一班のやり方は、護衛として間違っている。
スフィルはやりきれぬ怒りを胸に、セツナにふり返った。
「セツナさん。護衛対象に無理をさせてまで歩かせる。その選択が護衛官として、本当に正しいと思ってるんですか」
「うーん、痛いとこ突かれたね」
そう言うわりに、セツナは平然としていた。
「でもシオちゃんのことなら大丈夫。私がこれ以上は危険だと判断したら、エルに担いで行かせるから。――ねえ、エル」
「ああ。やむをえまい」
「簡単にそういう選択ができちゃうあたり、すごいですけれども!」
イェルマヒム以外には決して真似できぬ方法を平然と言ってのける一班の面々に、スフィルは感嘆していいやら怒っていいやらわからぬ叫びを上げた。
「でもセツナさん。もしここでお互い協力すれば、使える手駒が倍に増え、その分、護衛対象を歩かせる量も最小限で済みます。効率的に任務成功できると思いませんか」
セツナなら、護衛官の家系として、護衛対象を護ることの重要性を、少なくともイェルマヒムよりは把握しているだろう。
それに、日ごろから効率重視の彼女なら、私情が入っていない分、説得は幾分か容易のはずだ。
「たしかにそのとおりね」
やはり、彼女は協力のメリットを充分に理解しているようだ。
ではそれなら、と言いかけたスフィルをさえぎって、彼女はつづけた。
「でも悪いけど、きみたちとは協力できない」
「どうしてですか」
「『どうして』とは愚問ね。本当はきみも気づいてるんでしょう。――あんなチームでは、任務成功は不可能だと」
セツナの射るような冷たい視線に、スフィルは心臓がゾクリと跳ねた。
「きみたちの連携のとれてないチームに、いずれきみ自身が苦しめられることになる。そんな連中と一緒に泥舟に乗るなんて、絶対にお断り。護衛ってね、たとえ個々の能力は高くても、皆バラバラで任務を達成できるほど、甘い業界じゃないから」
現在もなお、何らかの言い争いをするティガルたちを、セツナはちらりと見やっって言った。
「わたしたちの班より、自分たちの心配をしたほうがいいと思うよ。きみの班、相当やばいから」
グサリと、なにかが胸に突き刺さった。
一族が皆護衛官だというセツナは、同期のなかで一番護衛業界に詳しい。それゆえ護衛姿勢に対する批評が手厳しいのは、いつものことだ。
だが、これほど抉られたように感じた原因は、彼女のせりふそのものではない。
原因は、その指摘が的を射ていると、スフィルが無意識下で認めていることにあった。
三班の面々の相性が悪く、協調性が低いことも、それが護衛班として致命的なことも、すべて言い逃れようもない事実なのだ。
班長としては、ここでセツナに反論しなければならないが、乾いた唇からは、何の言葉も出てこなかった。
スフィルがその場でうつむき黙っていると、セツナは変わらぬ平坦な口調で、さらに追い打ちをかけてきた。
「それに、この際だから言わせてもらうけど、スフィルくん、王室護衛官に向いてないと思うよ」
「え……っ?」
スフィルははっと顔を上げた。
「蛮族のハーフだかなんだか知らないけど、その野蛮さは、王室護衛官志望者として、致命的だと思うけどな」
「どういう意味ですか」
「だってそうじゃない。普通、高貴なる御方が、強くても野蛮な人間を、側に置きたいと思う?」
呆然と言葉を失うスフィルのとなりで、彼女はちらりとスフィルが倉庫に描いた図を一瞥し、
「なるほど、絨毯をくぐり抜けるのね」
とつぶやいた。
「たしかに、そういう奇をてらった戦略がきみの得意分野だっているのは知ってるよ。でもね、その能力が王室護衛官に求められるかどうかは、話が別。王宮はけっこう保守的な場所だから、定跡どおりに試験をクリアできる優等生のほうが、求められる可能性が高いの」
セツナに、スフィルを馬鹿にする意思はなさそうだった。それどころか、そもそも敵対する意思ですら感じられないほどに、彼女は何の悪意もなく淡々と話している様子だ。
彼女はあくまで、自身の豊富な業界の知識から、スフィルに対して親身に忠告してくれているだけのようだった。
彼女に悪意がなく、そして現実の護衛業界の知識があるだけに、セツナの言葉は、何よりもスフィルの胸に重くのしかかった。
(王室護衛官に、向いてない……。たしかに、考えようによってはそうかもしれないけど、でも……)
セツナの言葉を認めるとともに、スフィルの胸の奥では、言いようのないしこりが残っていた。うまく説明できないが、なんとなく腑に落ちない気がしたのだ。
「ただのお節介だけどさ、本当にエリート部隊に配属されたいなら、もっとまともな方法を選択したほうが、上で見てる試験官からの心証は良いと思うけどな」
「セツナさん。アドバイス、ありがとうございます」
スフィルは、静かにセツナを見上げた。
たった今、胸の奥のしこりの正体に、気づいたのだ。
先ほど、本物のカリエクに会っていなかったら、今のセツナの言葉に動揺して、戦略を変えていたかもしれない。
たしかに、品位を崩さぬ護衛官はかっこいい。王室護衛官に高貴な品性が必要だという指摘はもっともだろう。
だが、スフィルが憧れたのは、その品位よりも、どんなリスクを負ってでも護衛対象を護りとおす、王室護衛官の並々ならぬ覚悟の強さなのだ。
「でもセツナさん。ボクは試験としてどうかとか、常識としてどうかとか、そういうしがらみを捨てることにしたんです。『ただひとつの目的』だけのために、ボクは戦いたいんです」
スフィルは何よりも、自らの使命に一途な護衛官でありたい。
すべての護衛官に課せられた、何よりも大切な、ただひとつの使命。
「ボクたちはただ、純粋に対象を護ることだけに専念したいんです」
たとえどれほどに困難な状況でも、たとえ本能的にムリだとわかっていたとしても、たとえ受け入れられがたいほどの奇想天外なやり方でも、前に進むしかない。
「それが本来、護衛という職務じゃないんですか」
セツナは小さく目を見開き、その場で考え込んだ様子だった。
「本来の職務、ね……」
その様子を横目で見たイェルマヒムが、彼女に訝しむ声を上げた。
「セツナ。まさかこいつらに協力する気じゃないだろうな」
セツナはフッと笑うと、「まさか」とかぶりを振った。
「班長の補佐が参謀の役目。班長のエルが主席卒業を第一に考えたいなら、わたしは全力でそれを実現させるだけですよ。たとえ何をしてもね」
「そういうことだ、スフィル。残念だったな」
やはりイェルマヒムは、主席卒業を争うライバル意識のために、取りつく島もない。
彼らが護衛対象シオナの体力を問題としていない以上、もはや協力を説得する材料は、何もなかった。
スフィルは半ば説得を諦めながらも、ふと気にかかったことを問いかけた。
「あの、ふと思ったんですけど――どうしてそんなに、主席卒業が大切なんですか。エルマ君はもう、配属決まってるんですよね」
イェルマヒムの家は代々偉い憲兵の家系らしく、彼は父親のコネで、すでに卒業後の配属が決定しているのだ。
「べつにオレの進路のためじゃない。ウチは代々、憲兵学校をトップで卒業する家系なんだ。主席卒業はエリート部署配属の手段じゃない。我がイクウィサナク家の義務だ。――あいにく、憲兵の家系でも何でもないただの商人の息子には、わからないだろうがな」
「商人の、息子……」
たしかにスフィルは、イェルマヒムやセツナのように、代々憲兵の家系のエリートではない。彼らには彼らなりの背負うものがあるのだろうが、それを察することはできない。スフィルは憲兵どころか軍人の家系ですらない、ただの商人の子供なのだ。
そこまで考えた時、不意にスフィルの頭に、光がさしたような気がした。
(待てよ)
これはイェルマヒムへの説得じゃない。交渉だ。
まだ、終わっていない。
スフィルにはまだ、つかっていない「カード」がある。
昔、商人の父から習った交渉スキルだ。
こんなとき、気難しい相手との交渉はどうするべきか。12歳までずっと、嫌々ながらも父のとなりで見てきたはずなのだ。むずかしい商談をも見事にまとめていた、商人の父のやり方を。
世界一の商業国家、エル=イスカ王国の、生粋の商人のやり方を。
その場で目をつぶり、かつての遠い記憶を思い出す。
「なにをしている?」
スフィルは木炭で黒ずんだ顔に、余裕の笑みを浮かべた。
「エルマ君。後悔しますよ」
「なんだと」
イェルマヒムが警戒した様子で顔を上げた。
(よし、食いついた)
ここからが交渉成功できるかに、チームの命運がかかっている。
これは、ゲームだ。交渉という名のゲーム。ここからは、目都で慣れ親しんできた、スフィルの土俵で勝負できるのだ。
スフィルは大きく息を吸った。
さて、交渉開始だ。




