外伝34話:商人娘の交渉ゲーム(前編) -alJz'ma Sverehka-
'20.09/02 演出を大幅に変更しました。
'20.09/08 部分的に修正しましたが、本筋に変更はありません。
'20.09/16 表現を若干修正。
外伝34話:商人娘の交渉ゲーム(前編) -alJz'ma Sverehka-
* * *
「グラム教官……?! それって、どういうことですか!」
動揺とともに身を乗り出した三班の面々に、
「やはり知らなかったか」
と、イェルマヒムはひとりごちながら説明した。
「この試験は例年と比べて異常だろう。だから早い段階で、敵指揮官に関する調査を行った。そしてその結果、敵役の連中が公安で、さらに連中は主任のグラム教官の命令で協力させられていることが判明した。連中が陸軍戦略を使っているのは、教官が元陸軍だからだ」
「では、《青獅子隊》は……?」
「《青獅子隊》?」
イェルマヒムは首をひねった。「今日なぜか来るって噂の、あの皇太子殿下親衛隊のことか?」
「はい。さっきそこで、遭遇したんです」
「ほう、本当に来たのか。それは驚きだな。だが、その連中に関する情報は何も聞いていない。すくなくとも、《青獅子隊》は、この試験に関与してはいないだろうな」
「でも、そんなはずは……」
「キサマが何の誤解をしているんだか知らないが、グラム教官が指揮官だというのは、間違いない事実だ。確かなスジから得た情報だからな」
「確かなスジ?」
「捕らえた敵役の男が、気前よく教えてくれたの」
平然とそんなことを言ったのはセツナだった。
普段から互いに嫌い合っている公安が、警護課などに簡単に情報を渡すわけがないので、おそらくそこには、聞くべきではない物騒な経緯があったのだろう。
「ああ、おそろしく気前のいい愚か者だったな。まさか歯の一本や二本で洗いざらい話すとは」
「尋問方法については、あえて訊かなかったんですよ」
むしろ聞きたくなかった情報だ。こんな筋肉青年に尋問された哀れな公安の訓練生が、無事卒業できることを祈るしかない。
「でも、だったら《青獅子隊》は、なんでこの試験に来てるんだ……?」
ティガルの発した素朴な疑問に対して、イェルマヒムは顎に手を当てながら、彼の予想を述べた。
「たしかに王室護衛官が来るなど、通常では考えられない不可解な事態だが――彼らは『例の件』が気になって、直接その調査に赴いているのかもな」
「例の件、ですか?」
「ああ」
イェルマヒムはスフィルに向きなおると、その精悍な瞳に宿る、熱い視線を向けた。
「すなわち、今年の警護課は、オレとスフィルのどちらが主席で卒業するのかだ」
「はぁ、やっぱりそうなるんですか」
スフィルはげんなりとため息をもらした。真面目な返答が聞きたいと言い返したいが、真摯な目を向けるイェルマヒムは、いたって大真面目なのだろう。
「スフィル君。私たちと一度、情報交換しない?」
そう提案したのはセツナだった。
「その《青獅子隊》の話だけど、私のほうには何の情報も入ってきてないから、気になるのよね。そっちも私たちとの情報交換は、メリットになるんじゃない。敵指揮官を誤解してたくらいだし」
「どうするスフィル。信用するか?」
小声で問いかけてきたティガルに、スフィルは「もちろん」と返答した。
正直、願ってもない提案だ。
「信用しますよ。ボク、ウソつかれたらその場でわかりますので」
「いいね。やっぱりスフィルくんは合理的だから、話しやすくていいね」
スフィルが満面の笑みを浮べて告げれば、セツナは普段表情変化の乏しいその冷静な顔に、一片の微笑みを浮かべた。
それから一刻のあいだ、一同は、互いに得た情報を提供しあっていた。
スフィルは《青獅子隊》と遭遇したときのことを話し、セツナからは、彼らが仕入れた敵役に関する情報を聞いた。
結論から言えば、一班のもつ情報のなかに、敵指揮官の正体がグラム教官であること以上に目新しいものはなかった。戦略に関しては、大方スフィルが立てた仮説通りだった。
彼らが仕入れた情報によれば、公安の訓練兵は、グラム教官に言われて嫌々参加させられているらしいが、グラム教官自身は、かなり試験に積極的なのだそうだ。
ゆえに、教官が誰かに協力させられている線は薄いらしい。
とくにグラム教官は、王室護衛官を毛嫌いしているので、《青獅子隊》が戦略顧問として協力している線はないだろうというのが、一班の面々と話し合った上での見解だった。
「なるほど。そうなるとたしかに、グラム教官が何のために警護課の試験に協力しているのか、不思議に思えますね」
「しかも、不可解なのはそれだけじゃないの。グラム教官は直々に、必ず警戒すべき護衛官をふたり挙げたらしくて。そのうちの一人目はエルで、それについては充分理解できるんだけど」
そこまで言うと、セツナは一度口を噤んだ。その表情には、明らかな当惑があらわれていた。
「で、もうひとりは誰なんだよ?」
問いかけたティガルを、セツナは何も言わずにじっと見据えた。やがて、
「ティガル、あなたよ」
「え……っ?」
その思いもよらぬひと言に、一同は、唖然として沈黙した。
「オイお前らな、オレが警戒されてちゃ、そんなにおかしいか?!」
その沈黙の気まずさに耐えられなくなったティガルが、半ば叫ぶように言った。
「たしかにティガルは、剣術に関しては要警戒人物ですけど……」
「受験者を二人警戒するなら、もうひとりはどう考えてもスフィルくんでしょ。ティガルは主席候補でもないし、戦略に長けてるわけでもないし――強いて警戒すべきポイントを挙げるなら、剣筋が読みにくいってところと、あとは時計もってるから時間が把握できるってところかな」
「誰が『時計係』だ、誰が!」
瞬時に吠え立てたティガルのとなりで、ノワンが顎に手を当て、深く考え込んだ。
「さすがに、グラム教官がお前の時計を警戒して狙ってる可能性は、ねえよな……?」
「なんでお前まで真面目に考えてんだ、ノワン?! そんな馬鹿な話に議論の余地ねーだろ?!」
「でも実際、さっきティガルの時計、壊されましたよ」
エズレの言に、セツナが細い眉をひそめた。
「じゃあやっぱり、グラム教官は時計を警戒して……?」
「なワケあるか! 《青獅子隊》のクソ先輩に壊されたんだよ!」
「となるとやはり、教官が警戒しているのは、時計ではなく、ティガル本体だってのか……?」
至極真面目な顔で考察するノワンに、ティガルがピキリと頭に青筋を立てた。
「ノワンお前、やっぱ真面目な顔してオレを挑発してるだろ」
スフィルは先ほどから、セツナの話の内容のほかに、もうひとつ気がかりなことを考えていた。
一連の情報交換のあいだ、イェルマヒムが一向に口を開こうとしなかったことだ。
たとえ彼が口を開いたところで、すべて主席卒業の話にしかならないことが予想されるので、議論の進行を考えれば、黙っていてくれるに越したことはないのだが、先ほどから、何も言わずにじっと考え込んでいる様子なのが、逆に不気味に思えて仕方がなかった。
「あの、エルマ君はどうお考えですか。グラム教官の目的について」
問われたイェルマヒムは、かたく閉じていた瞼を開け、スフィルに精悍な双眸を向けた。
「ああ、今それを考えていたところだ。教官の動機は、大方理解できたと思う。――キサマたちに会ったおかげでな」
「え……っ?」
イェルマヒムはその場で立ち上がると、黒い短外套についた砂埃を叩いた。
「オレたちは、教官が試験に『協力』していると思っていた。それがすべての間違いだったんだ。教官の動機は、協力じゃない。むしろ逆だった」
「逆……?」
「妨害だ」
イェルマヒムはそう、短く告げた。
「グラム教官の目的は、警護課の『ある人物』に対する恨みを晴らし、復讐するため。そう考えれば、すべての辻褄が合う」
そこまで言うと彼は、その鋭い視線を、ひとりの護衛官に向けた。
「ティガル。オレは、キサマがすべての元凶だと考えている」
「な……っ?」
ティガルが顔を引きつらせながら、ごくりと唾を飲みこんだ。
「すべてはグラム教官が、二年前に公然と恥をかかせたキサマの卒業成績を落とし、復讐するため。でなければ、グラム教官がわざわざ名指しで、キサマを確実に仕留めるよう、訓練兵に指示するわけがないからな」
「そんな二年も前のこと、今さら――」
「よく考えろ、グラム教官ならやりかねないだろう。あの教官が意外と根にもつタイプだとは、キサマもその身をもってよく知ってるはずだ。憶えてるか、教官の言い残した言葉。――『お前、このまま卒業できると思うなよ』。たしかキサマ、そう言われていたよな」
「あ、ああ、そうだぜ。警護課の教官に圧力かけてまでして、オレの成績落としてきやがってよ。ほんとやり口の汚ねえハゲだ」
「だが教官の復讐は、それだけでは終わらなかった。教官は去年の言葉のとおり、本当にキサマの卒業を妨害する気だ。護衛班を任務成功させないために、公安の訓練兵をつかってな。――おそらく、これがこの試験の真相だろう」
スフィルは唖然としながら、イェルマヒムの推理を聞いていた。
たしかに彼がグラム教官について言ったことは、すべて事実だ。
グラム教官は、よほど根に持つタイプらしい。もう何年も前にカリエクとの決闘に敗れたことを未だに恨んでいて、王室護衛官と官家に対して、これ以上にないほどの憎悪を向けている。実際、基礎訓練時には、「王室護衛官になる」と言って憚らないスフィルが、その憎悪の対象にされた苦々しい記憶がある。
そんな執念深い教官が、あろうことかまた、官家出身の護衛官であるティガルに、公然と卵を投げられたのだ。
その時の怒りようは凄まじく、普段関係ないはずの他課の教官に圧力をかけてまでしてティガルの成績を底辺に落とした執念には、とうのティガルをして、「ここまでやるかよ」と言わしめたくらいだ。
すくなくとも、今のイェルマヒムの推理には矛盾がない。証拠こそないものの、グラム教官が指揮官である以上、そのティガル黒幕説は、現時点で最も有力な説だった。
ここに集まる皆がそう考えたことは、彼らの反論ひとつ出ぬ沈黙が物語っていた。
「冗談だろう……?」
最初に力なくつぶやいたのは、ノワンだった。「ってことはつまり、コイツ以外の俺たち全員、完全にとばっちりってことか」
「そういうことだ」
「この迷惑なクソ天邪鬼が……」
ノワンが額を片手で覆いながら、憎々しげに悪態をついた。
実を言えば、敵指揮官の正体とその意外な動機に、スフィルがは驚きと同時に、安堵を抱いていた。
(もし本当に、敵の指揮官が《青獅子隊》のサトリさんじゃなくて、グラム教官なんだとしたら――)
先ほど心の底から不可能だと感じた、あの「視えない」サトリに挑むことの凍りつくほどの恐怖が、外側から少しずつ溶かされていく。
グラム教官は油断ならない元陸軍人だが、すくなくとも、スフィルと同系統の思考タイプではない。冷静に長期的な判断をするよりは、すぐに短期決戦にもちこむ性格で、その差があるぶん、戦略的に彼を追い詰めることは、理論上はいくらでも可能なのだ。
(この試験、思ってたよりも高い確率で、勝てるかもしれない……!)
最上級の高揚を伴って飛んでいたスフィルの思考は、直後聞こえてきた音によって、瞬時に現実に引き戻された。
まるで発情期のネコのような、汚く潰れた悲鳴が聞こえてきたのだ。
「あの、何やってるんですか」
声の主は、ティガルだった。彼は現在、イェルマヒムと仲良く肩を組みながら、汚い声を上げていた。
「スフィル、助けてくれ! オレたち相棒だろ!」
スフィルに駆け寄ろうとするティガルの肩を、イェルマヒムの筋肉質な太い腕が、がしりと掴んだ。
「おい、逃げられると思うなよ、天邪鬼野郎」
「ひっ」
「お前を苦しめて逝かせてやる。覚悟しろ」
「やめろ、オレは悪くねえ! 悪いのは全部あのハゲ――痛え痛え死ぬ!」
「これは二班の分だあああっ!」
「ん゛に゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
どうやら、仲良く肩を組んでいたわけではなさそうだ。イェルマヒムは現在、がしりと掴んだティガルの肩に、容赦なく近接格闘術の関節技をかけている。彼の過剰戦力っぷりが、今日もしっかりと火を噴いているようだ。
ティガルはあまりの痛みからか、またしても発情期のネコになっていた。
「エル、ここでこのバカに大声をあげさせるのは危険です。このバカといっしょに仲良く脱落だけは避けたいでしょう」
セツナが冷ややかな目で、涙目で技をかけられるティガルを一瞥した。
彼女のひと言で解放されたティガルは、砂のついた制服を叩くと、直前までの涙目が嘘のように飄々と笑った。
「バカとはひでぇ言いぐさだよなぁ、セツナ。言っとくが三班でバカなのは、護衛対象ひとりだぜ」
「はぁっ?! 馬鹿にするのも大概にしてください! おれはどっかのバカな先輩と違って、教官には逆らわねーっすから!」
「言っとくがセツナ、教官に逆らえない臆病なのも、三班でコイツひとりだぜ」
「おれは臆病じゃない! 親父にはちゃんと逆らってんだからな!」
「ついでにセツナ、パパに絶賛反抗期中のお子様なのも、三班でコイツひとりだぜ」
「なんだと?! 王子権限で処すぞ、このクソお坊ちゃま先輩が!」
「あ゛ぁ? テメー今なんつった! 『お坊ちゃま』っつったか?!」
途端に胸倉を掴んで吠え立てるふたりに、セツナが呆れた視線を向けながらスフィルに言った。
「あなたたち、協力したいのか喧嘩したいのか、どっちなの?」
「あれは『喧嘩するほど仲がいい』といって――いえ、すみません。フォローのしようもないです」
スフィルは重苦しいため息とともにかぶりを振り、側方を向いた。
ティガルとエズレの会話は、いつの間にか、どちらがより温室育ちの甘ったれかという、これ以上ないほどに不毛な議論に発展していた。
「スフィル」
深刻な顔をして問いかけてきたのは、イェルマヒムだった。
「オレは同じ主席候補として、キサマの思考はある程度理解しているつもりだ。――オレに協力などもちかけようとしているなら、やめておけ。オレはキサマと直接対決できるこの日を、楽しみにしていたんだ。その勝負に水を指すようなマネだけはしてくれるなよ」
「それは本末転倒ですね。護衛対象をお護りするより、ボクとの勝負のほうが大切ですか」
「愚問。この護衛対象はあくまで、勝負のための仮初の存在だからな。――もっとも、これが公平な勝負になるかどうかは、甚だ疑問だが。キサマには、ハンディキャップがあまりに多すぎる」
「それは不要な心配です。護衛官として活動する以上、年齢や身体的なハンデを言い訳にするつもりはありません」
「違う。キサマ自身のハンデじゃない。――キサマの抱える、お荷物のチームメイトだ」
お荷物、のひと言に、スフィルの頬がピクリと痙攣した。
「『お荷物』とは言ってくれますね。皆護衛能力は高いですし、一点においては誰にも負けないメンバーばかりですよ」
「どうだろうな。すくなくともオレのチームは、任務中に喧嘩したことは一度もない。今まで、一度たりともだ。『信頼関係』が護衛の基本だからな。オレはそういう意味でも、優秀なチームメンバーを選んでいるぞ」
何が言いたいのかと、体格の良い青年を見上げる。彼の視線に宿るのは、先ほどまでの敵対心ではなく、同情だった。
「キサマは――難儀な性格だ。穏やかで協調性が高いからって、教官に余ったメンバーでチームを組むよう押しつけられたんだろう。その点にだけは、同情を禁じ得ない。間接的には、先に優秀な人材を引き抜いたオレにも非があるわけだからな」
最初、イェルマヒムはライバル班のチームを侮辱して、スフィルを挑発しているのだと思ったが、彼を観察するかぎり、どうやらイェルマヒム自身のその言葉に、何ら偽りはないらしい。彼は心から、スフィルに同情しているようだった。
「オレも残念に思っているんだぞ、スフィル。――あんなチームでなければ、正々堂々キサマと勝負することができたのに、とな」
「エルマ君は、ボクらが絶対に勝てないと思ってるんですか」
「ああ。キサマが抱えているのがあのチームでなければ、あるいは勝てたかもしれんが」
「そこまで言われたら、仕方ないですね」
スフィルはイェルマヒムを正面に見上げた。その幼さをのこした顔に、不敵な笑みを宿す。
「エルマ君こそ、まさか協力なしで勝てるとお思いで? ――気づいてないんですか。あなたのチームこそ、任務成功するためには、致命的な弱点があるようですが」
「なんだと……?」
イェルマヒムがその凛々しい眉を、ぴくりと動かした。




