外伝33話:警護課の落ちこぼれ -elTram elVehk-
'20.08/31 演出、一部プロットを変更しました。
'20.09/16 演出を少し変更しました。
外伝33話:警護課の落ちこぼれ -elTram elVehk-
* * *
「エルマ君、今回の敵の多さはご存知のはずです。こちらもなにか、対策を立てませんか」
スフィルは真摯に見上げたが、イェルマヒムは早々に、突き放すような態度で首を振った。
「キサマらと一緒にするな。ここに来るまでに散々敵戦力を減らしてきたオレたちは、ただ逃げてるだけの落ちこぼれ集団とは違う」
「なんだと」
すかさずティガルが詰め寄ったが、イェルマヒムは挑発的な態度を崩さず、辛辣につづけた。
「事実、落ちこぼれ集団だろ。接近戦はカスだがオレに成績で肩を並べたスフィルはともかく、反骨精神の問題児、孤高の一匹狼、そして剣すら扱えない外国人ときている。まるで警護課のゴミの掃きだめのような連中だ」
「おいテメエ、ざけたこと抜かすんじゃねえぞ」
極限まで詰め寄ったティガルは、即座にイェルマヒムの胸座に掴みかかった。スフィルが止める間もなかった。
「オレの相棒が選んだチームだぜ。馬鹿にすんならテメエ、切り刻まれる覚悟しろよ」
「選んだ? 違うな。ハーナム教官に、余りモノの寄せ集めを押しつけられたんだろう。わがライバルはそのあたり、優しすぎるからな。断るに断れなかったことは、容易に想像がつく」
「そいつはスフィルに対する侮辱だぜ、エルマ! 夢のために何でもやる相棒の覚悟に対して、優柔不断みたいなナメた言い方すんじゃねえ!」
「何でも、か。王室護衛官という人類最高峰の高みを目指すわりには、スフィルのやり方はヌルい。オレは誰よりも早く、警護課で一番優秀な人材を確保したというのに、それに比べてスフィルの班は、最後の余りモノのゴミカスだからな。もはやその時点で、どちらが主席になるかの勝敗は決していると言える」
「てんめえ……! 言っとくがウチの面子は、一点においてはお前らんトコのエリート共全員を凌駕するぜ? ゴミカスってナメてっと、痛い目みんぞ」
「やれやれ、そういう次元の話じゃないんだがな。護衛任務に必ず必要な、チームの信頼関係、チーム内の協調性が、キサマらの班には存在しない。いくら戦闘能力が高かろうと、護衛官としてそういう連中を『ゴミカス』と言うんだ」
「あるに決まってんだろ、信頼関係くらい! ナメんな!」
ティガルは咄嗟に一喝したが、ちらりとノワンを見やったきり、それ以上なにか言うことはなかった。ノワンと気まずい関係になっている以上、この話は分が悪いことを悟ったらしい。
「ケッ、誰がテメエみてえなヤツと協力なんかするかよ、バーカ!」
ティガルは代わりに、そんな捨て台詞とともにイェルマヒムから離れ、顔を顰めて左手の小指を立てた。相手を馬鹿にするジェスチャーだ。
「もう行こうぜ、スフィル。こんな脳筋野郎といると、頭腐ってくるぜ」
「ちょっとティガル、協力しようって言ってるのに、なんでそうなるんですか」
「オレは仲間を侮辱されると、クソ腹が立つんだよ!」
「いえ、それは知ってますけども!」
ティガルが好き嫌いが異様に激しく、仲間に執着することは、三年を共にした相棒として、よく知っている。
だが戦略的には、一班との協力に、今後の護衛班の未来がかかっているのだ。ここで「仕方なし」で済ますわけにはいかない。
年上相手にずいぶんと生意気に聞こえるだろうが、仕方なく覚悟を決めて、説教のためにティガルを見据える。
「腹が立ったからって、そうやってすぐに敵視しないでくださいよ! それはティガルの悪い癖です! そんなんだから、不必要に教官の恨みを買って成績落とされるんですよ。いいかげん懲りて、大人になりなさい!」
彼は気に食わない人間にはとことん反発する性質で、その結果いくら自分が不利な立場に立たされようと、そこに一切の躊躇いはない。おかげで一度、教官に落第寸前まで追い詰められたこともあるのに、どうもこの相棒は、まったく懲りていないらしいのだ。
「でも言っとくけどな、あれは百パーあのハゲが悪いんだぜ。なのに一回卵投げたくらいで、ネチネチと根にもって成績落としてきやがってよお」
「卵?」
訝しげに眉をひそめたのは、エズレだった。「ティガル、なにやらかしたんですか」
かのティガルの伝説的蛮行は、同期なら皆が知っている話だが、二年後輩のエズレは知らないようだった。
「このバカは一昨年、グラム教官の頭に卵を投げたんだ」
イェルマヒムの端的な解説に、とうの本人は武勇伝だとでも思っているのか、得意げにつけ加えた。
「あの頭腐ったハゲの腐ったハゲ頭に、腐った卵投げつけてやったんだぜ。サイコーだろ」
「あなたが最高レベルのバカだってことは確かね」
セツナが呆れながら肩をすくめた。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!」
エズレは基礎訓練時代を思い出したのか、丸い目を瞠って顔を引きつらせた。
「グラムって、まさかあの、派遣公安課の『死神野郎』のことか……?」
「グラムって名前のハゲ、ほかにいねーだろ?」
唖然としていたエズレは、直後、考えるもおぞましいとばかりに吠え立てた。
「ウソだろ?! なんでそんな怖えことしたんですか、あの物騒な教官に向かって!」
エズレが驚くのも無理はない。
グラム教官は、陸軍出身の派遣公安課の主任で、陸軍仕込みの容赦ないスパルタ教育で有名な教官だ。
彼の主な担当は、派遣公安課であるとはいえ、同時に基礎訓練生の教育も受けもっているので、入学して半年間の基礎訓練時には、入学した全員が、彼のくだす地獄の訓練を受けることになる。
入学したばかりの基礎訓練生でさえ、容赦なく無慈悲に成績を落としていくからか、彼にはひそかに、「派遣公安課の死神」のあだ名がつけられている。
その恐ろしい異名のとおり、彼に目をつけられたら最後、落第せずに憲兵学校に残り続けることは不可能だと言われているのだ。
実際、今得意げに胸を張るこの相棒も、当時は成績を大いに落とされ、退学寸前にまで追い詰められている。むしろ、それでも退学にならずに無事卒業までたどり着けたことが奇跡といえるほどだ。それを理解しているのかしていないのか、飄々と笑うティガルは、いかにも得意げだった。
スフィルは相棒に、呆れの視線を送った。
「まったく、一回退学になりかけてるのに、なんでそんなに自慢げなんですか」
「決まってんだろ。このオレは、成績と引き換えに伝説をつくった、警護課の英雄だからさ」
「蛮勇で英雄を気取らないでください。真の警護課の英雄は、カリエクさんだけですから」
「おいおい相棒、オレだって、かのクソ大先輩と同じ、グラムのクソハゲ野郎に戦いを挑んだ官家出身の勇者だぜ」
そういえば、かの伝説の卒業生カリエクにはたしか、グラム教官に戦いを挑んで勝利したという、華々しい伝説があったのだった。
だが、この天邪鬼なお子様と一緒にされるのは心外だ。
「カリエクさんは正々堂々と、正面から挑んだんです。うしろから卵投げておいて、ほかの公安の先輩のせいにするような、どっかの臆病な天邪鬼さんとは違いますよ」
「うわっ、蛮勇なわりに、やり口陰湿ですね?!」
「グラム教官の私情で成績を底辺に落とされても、あなたは完全に自業自得ね。同情の余地なし」
エズレとセツナは、ふたり揃って呆れの視線を送った。
グラム教官は、豪宕らしい大柄な体躯に似合わず、意外と執念深い性格だったらしく、一度こっぴどく説教するだけでは収まらず、ほかの教官に圧力をかけてまでしてティガルの成績を底辺にまで貶めたのだ。
「気になると言えば、ひとつだけ――」
突然イェルマヒムが、思い出したようにスフィルに問いかけた。
「キサマ、ゲームのイカサマが視える目をもっているんだったな。キサマならわかるか? この最終試験という名の『ゲーム』の、敵指揮官の動機が」
「えっ?」
あのプライドの高いイェルマヒムが、自分がわからなかった情報を尋ねてくるなど、普段なら絶対にありえない。
あまりに驚いて、思わず訊き返してしまったスフィルに、彼は腹立たしげにつづけた。
「オレたちはすでに、大方の敵の情報を入手している。敵指揮官の正体、敵兵の規模、連中の配置と戦略、連中の警戒対象……ほかに挙げればキリがないが、ただひとつだけ、どうしてもわからんことがある」
「それが、指揮官の動機、ですか」
「そうだ。今回の試験、敵指揮官が何を考えているかだけが、どうしてもわからん。オレたちの試験に参加したところで、向こうにメリットなど、なにもないんだからな!」
イェルマヒムには、よほどそれが悔しまれるのか、怒気を帯びたぞんざいな口調で言った。
「メリットというか、純粋に、ハーナム教官の説得に応じてくださったんじゃないですか。彼らに直接的なメリットはなくても、試験に協力してくださってるんですから、いいじゃないですか」
ノワンは《青獅子隊》にはなにか真の目的があると訝しんでいたようだったが、サトリ憲兵の試験への協力は、後進を育てるための善意以外のものではないだろう。
その証拠に、彼らはスフィルたちの試験続行に協力的だったのだ。
だがイェルマヒムは、即座にそれを否定した。
「ありえんな。ハーナム教官の説得に応じるような人間じゃないだろう」
「そうですか……? でもハーナム教官とは、同じ王室護衛官のよしみもありますし、カリエクさんはかつての教え子ですし、護衛官の後輩を育てるために、善意で協力してくださってると考えても、なんら不自然ではないと思うんですが」
だが対するイェルマヒムの反応は、スフィルの想像だにしないものだった。彼は精悍な眉をひそめながら――彼には珍しい、戸惑いの表情を浮かべていたのだ。
「先ほどから、何の話をしているんだ、スフィル」
「何、って……?」
怪訝だとばかりに目を細めた彼が次に放った言葉は、スフィルの認識を、根底から覆すものだった。
「今回の試験の敵指揮官は、グラム教官だぞ……?」
「えっ……?!」




