外伝29話:盲点を突破せよ! -Lakehr elHanabalte-
'20.01/29 一部修正。
'20.08/30 一部修正。
'20.09/15 前話に引き続き、演出変更。主だった流れに変更はありません。
外伝29話:盲点を突破せよ! -Lakehr elHanabalte-
* * *
倉庫の裏に戻ってくれば、ノワンは護衛対象の横で、片足を投げ出して座っていた。
おそらく捻挫したであろう足首には、彼自身が持ち歩く包帯が巻かれている。足を直接見られないので、どの程度ひどい怪我なのかはわからない。
「ノワン君、足の調子は――」
「問題ない。いつものことだ」
心配するスフィルをぶっきらぼうに遮ると、ノワンはつづけた。
「それより、作戦のほうはどうだ。早くこの場所を出立できるか」
「はい。ようやくサトリさんの盲点を見つけたんです!」
先ほどのひらめきをノワンに話せば、彼は口もとに手を当て沈黙した。
あまりに突飛な発想に、どう返事をしたものかと逡巡している様子だった。
「絨毯をくぐるって、試験として大丈夫なのか?」
やがて訝しむ目を向けながら、ノワンはスフィルにそう問うた。
現実志向の彼らしい懸念だが、その問いは想定済みだ。
「思い出してください。この試験は『非常事態における実践護衛能力』の試験です。非常事態において、通常通りの手段などとっていられません。どんな手段を使ってでも殿下をお護りする、それがこの試験の真の意義のはずです」
「ああ、まあ、屁理屈にしか聞こえなくもねえが」
ノワンは曖昧にうなずいた。まだ説得力に欠けるようなので、スフィルはさらにつづける。
「それに試験官の仕事は、各護衛官の能力を正確にはかることです。通常通りに動いて敵指揮官の策略に嵌まって早々に脱落するより、前代未聞の難易度の試験にも、臨機応変な対応をして護衛能力を見せつけたほうが、試験官としてもありがたいのではないでしょうか」
結局のところ、試験として適切かどうかという判断は、従来の護衛の常識よりも、試験官の心証に依存する。試験官にとっても、早々に脱落して実力測定不能になるよりは、多少狡猾な手を使っても生き残ったほうがマシというものだろう。
「まあたしかに、言われてみればそうだろうな」
そこまで言ったノワンは、何かひらめいたのか、「いや、むしろ」とつづけた。
「ハーナム教官なら逆に、『それくらい突飛な発想は、護衛に必要な能力だ』とか言いそうだな」
「たしかに、そうですね。副主任のアランキム教官ならともかく、すくなくともハーナム教官なら、この作戦をダメとは言わないでしょう」
「まあ、アランキムのタコ野郎はビミョーだけどな」
ティガルが肩をすくめて言った。
警護課の副主任教官であるアランキム教官は、とにかく頭が固く融通がきかないことで有名だ。ハーナム教官の赴任以前からこの学校にいる、憲兵学校を知り尽くす伝統主義者である。
独特にきつく巻かれた頭布のおかげで頭がうしろに長く見えるからか、ティガルにはタコ呼ばわりされている。
「でも、成績の最終決定権は、主任のハーナム教官にあるはずです。――もしかしたら教官は、予想外の窮地に対応できる、ボクたちの臨機応変な柔軟性を試しているのかもしれません」
「可能性はあるな」
その点で納得したようで、ノワンはうなずいた。
「今回の試験は、《青獅子隊》や公安まで巻き込んでいることといい、もう『なんでもあり』みたいなモンだからな。それならこっちも何でもありで行ったところで、さすがに咎められはしないかもな」
やれやれと息をつくノワンを見ながら、スフィルはふと気にかかっていたことを思い出した。
「そういえば。さっき近づいてきた敵の四人組、『やつら、この辺りに逃げたよな』って言ってましたね。まるで誰かを探してるみたいでした」
「まさか、おれたちがここに逃げたのが見られてて、追いかけられたのか?」
そう仮説を口にしたのはエズレだった。
「いや、ありえねえ。俺たちがここに来たのは、もうかなり前だぞ。いくらなんでもタイミングが遅すぎる」
ぴしゃりと反論で封じたノワンに、その容赦ない言い方が気に食わなかったのか、エズレはさらに食い下がった。
「おれたちを見かけたから、仲間の応援を呼んでたに決まってんだろ!」
「それならたった四人ということはありえない」
「じゃあ何だってんだよ、ノワン!」
「つまりやつらが探していたのは、俺たち以外の誰かなんだろ」
「おい、待てよ!」
ティガルが慌ててさえぎった。
ノワンの説が示唆するのは、まったく新しいひとつの可能性だった。
「それってつまり――オレたち以外の、一班か二班か四班の誰かが、こんなゼロ地点の近くを通ったってことかよ」
今回の卒業試験受験者は15人いるので、4つの班に分かれて、四人班が3つと三人班が1つとして試験に臨んでいる。スフィルたちはそのうち、「護衛三班」である。
そういえば、試験開始以降、ほかの班には遭遇していない。ゆえに彼らが近くにいたとしても、試験としてはなんら不思議ではない。だが――
「でもですよ。まさか他の班もこんな遠くの地点まで来てるとは、にわかに考えがたいですよね」
ここはゼロ地点。ゴールから最も遠い場所なのだ。
「いや、わかんねえよ。頭脳派のセツナとかも、案外お前と同じこと考えて、引き返してやがるかも」
ティガルは冷静沈着な同期の警護課の少女の名を言った。
「それはないと思いますよ。セツナさんって、今回も一班ですよね。一班ほどの破壊力があれば、わざわざ退避する必要はないと思います。特に班長のエルマ君がこんな退避場所まで逃げ回るとも思えないですし、今ごろ迷路の終盤を突き進んでるんじゃないでしょうか」
4班にわかれた護衛班でダントツで護衛能力が高い、優等生集団。それが、国王役の護衛を引き受ける「護衛一班」だ。
筋肉隆々な過剰戦力青年イェルマヒムを筆頭に、副班長のセツナはトップ3、のこりの二人も上位成績者ということで、彼らの班だけ実力が頭ひとつ分とびぬけている。
訓練時は大体いつも、パワーバランスがイェルマヒム班に偏って、おかしなことになっているのだが、それはイェルマヒムの桁違いな実力以上に、セツナが彼と組んでいることが主な原因だろう。彼女が班長になっておかしくない腕なのにそうせずにイェルマヒムに追従しているのは、腕力のなさを彼の筋力で補って、効率的に点を稼ぐためなのだろうと思う。
そんな護衛班にはめずらしい「戦闘上等」の姿勢を貫く彼らが、こんな奥地にまで逃げることは、あまり想像できない。
「もしかしてあいつら、今ごろゴール間近だったりしてな」
彼らの実力なら、大いにありうることだ。
スフィルたち三班も、もし引き返さなければ今ごろ――と考えて、途中で頭を振る。
護衛対象エズレの体力を考えれば、やむを得ない決断だった。今さら考えたところで仕方のないことだ。
「じゃあ、さっき来た敵は、誰を探してたんだよ」
「それはわかりませんが、でももしほかの班が、このあたりでまだ生き残っているんだとしたら、先ほど敵が来たことも、そのタイミングもうなずけますね」
「何にせよ、急いでこの場所を発ったほうが良さそうだな」
ノワンが口疾にそう言った。「さっきの敵は、手分けして探しているようだった。まだ探す対象が見つかっていないとしたら、またこっちに来る可能性がある。さっきの敵を全員倒したからといって、この場所が安全になったとは言えねえぞ」
「それなんですが――皆さん、あと数分刻だけ、ここで待っていただけないでしょうか」
スフィルが一同を見渡して頼めば、ノワンがピクリと眉を上げた。
「何をするつもりだ」
「今から急いで、新たな脱出ルートを導き出したいんです。絨毯を越えることで、もしかしたら、一度も敵と接触せずに、最短ルートでエズレ殿下をゴールに連れていけるかもしれません」
ノワンはうなずくと、端的に問いかけた。
「学校の見取り図や試験資料ならあるが――何が必要だ」
「この倉庫です」
スフィルは、廃棄武器庫の、白い漆喰の壁に臨んだ。




