外伝28話:反撃開始 -Lamejh hakehlte-
'20.01/29 一部修正。
'20.09/15 演出等を全面的に変更、戦闘シーン追加しました。
外伝28話:反撃開始 -Lamejh hakehlte-
* * *
ティガルが、敵に気づき遅れた。
敵の倉庫の石畳を踏む音に、スフィルたちはその事実を悟った。
(どうする? ここはうしろからダカ君の射撃で――)
スフィルが逡巡していた、その時だった。
地を蹴る音とともに、スフィルのすぐうしろから、ノワンが飛び出した。
(ノワン君っ!)
躊躇することなく、彼は倉庫の前方へと躍り出る。
慌てて援護にとスフィルが走りだした次の瞬間には、ノワンは倉庫に滑り込むようにして、ひとりの飾手拭を抜き取っていた。
一瞬のことだった。
「なっ、護衛官か?!」
敵は全部で、四人いた。
残る敵は三人。彼らは一瞬の襲撃に唖然としながらも、すぐさま剣を抜いた。
いくらなんでも、一対三は分が悪い。
だがスフィルは、駆け寄ろうとしたダカを制して、倉庫の前で待機した。
すぐにでも援護したいが、狭い場所で敵と至近距離に入ったノワンへの援護は、むしろ危険だ。
すぐさま敵が、ノワンを取り囲む。
正面の敵にノワンが細剣で斬りかかり、直後に布の巻かれた刃がぶつかりあう。その機を逃さず、うしろから別の敵の攻撃が迫る。
「ノワン君、うしろ!」
鍔競り合いの状況のまま、ノワンはさっとうしろ下方に身を翻し、背後の敵に十字杖を打ちつけた。
鳩尾を入れられた敵の表情は、苦痛をあらわしながらも唖然としていた。
そう、普通なら、他方と競り合ったまま背後を突くなど、そんなバランスの取れない動きはありえない。
人間の基本的な構造から逸脱した、変幻自在な動き。これがノワンの、【変幻速攻】だ。
その動きが予測できないのは、敵だけでなくスフィルたちも同様で、彼が暴れているときに下手に援護すれば、こちらからの攻撃がノワンに当たってしまう可能性がある。
スフィルとダカにできることは、彼が戦闘不能になった事態にそなえて武器を構えつつ、彼の勝利を信じることしかない。
「痛ってえな、クソ! 臆病者の分際で!」
左右の敵が、同時に攻めてきた。
ノワンは片方の敵に対処しながら、もう一方の攻撃が当たる瞬間――下方に躱して重心を崩した。
地面に倒れるかと思われたその瞬間、宙でくるりと身を翻し、背後の敵の帯から、飾手拭を奪い取る。
ほんの瞬く間の出来事で、敵が動く暇もなかった。
上半身と下半身の位置がちぐはぐで、傍から見れば、明らかに重心を失った不安定な状態だ。それゆえ敵の対処は、一歩また一歩と遅れる。
速攻。足さばきが追いつかぬままに、またくるりと身を翻したノワンの剣先が、敵の顔面に突きつけられる。
咄嗟にのけぞった敵を押し倒すように、ノワンはそのまま敵の飾手拭を掴み、倒れ込んだ。
「っ! クソ!」
無力化された敵とともに倒れ込んだノワンは、その場で忌々しげに舌打ちした。
まさか、とスフィルの背に冷や汗がつたった。
「ノワン君! 怪我したんですか!」
ノワンの【変幻速攻】には、致命的な弱点がある。
人間は本来、怪我を防ぐため、自らの身体の動きに無意識的に制限をかけるものだが、ノワンには、その無意識の制御装置が存在しない。――否、理性でそれをブチ壊しているというのが正解だろう。
彼のスピードには、誰もついていけない。だがそれは、本人の身体さえも例外ではない。無茶は体内に蓄積し、ノワン自身の身体に強烈な負荷をかけるのだ。
だからこそ彼は、本気を出せば憲兵学校最速ではあるものの、それによる負傷が最も多い。
倒れるノワンはどうやら、足首を捻ったようだった。
彼の背後に、最後の敵が迫る。
「おーっと、暗殺者サン。これ以上動かないほうがいいぜ。声もあげるなよ。痛エ思いしたくなきゃな」
気づけば最後の敵の首筋に、横から細剣が突き立てられていた。彼のうしろで不敵に笑うのは、ティガルだ。
最後の敵はいよいよ観念して、その場で細剣を捨てて自ら飾手拭を捨てた。
ノワンが飛び出してから、ほんの十秒にも満たぬ、短い決着だった。
「ノワン君、大丈夫ですか!」
「ああ、平気だ」
駆けつけたスフィルに、ノワンは起き上がりながら、その場で愛想なく手を振った。
「敵の人数も把握せずに飛び出したでしょう! いきなり無茶しないでくださいよ! ただでさえノワン君は……」
「怪我なら平気だ。それに今回のに関しては、俺がこの馬鹿を倉庫に追いやったようなモンだからな。自分で招いた危機を自分で刈った。それだけだ」
ノワンは強引に立ち上がると、倉庫の裏へと歩いていった。
「護衛対象の様子を見てくる」
少々ぎこちなく身体を左右に揺らしながら歩くノワンの背中を見送りながら、ティガルがつぶやいた。
「いきなり敵が入ってくるとは、マジでビビったぜ。やっぱアイツの呪いの言葉は、マジでロクなモンじゃねーよな」
「関係ないと思いますし、それに今、ノワン君に助けてもらったんですよ、ティガル」
「はぁー、オレとしたことが、あいつに変な借りをつくっちまったぜ」
「そういえば、どうして気づき遅れたんですか。入ってみて気づいたんですが、この倉庫、結構外の音聞こえますね」
スフィルの声は、せまい倉庫の中で反響して聞こえた。耳を澄ませば、かすかにノワンが倉庫のうしろに歩いていく音までもが聞こえる。
「いや、実は――この奥に面白えモンを見つけちまってな。いじってたら気づき遅れたんだよ」
「奥?」
スフィルはせまい倉庫の内部を見回した。
半ば開いた小窓の隙間から、日に照らされたほこりが白く舞い、その奥には、古い器具が無造作に置かれているのが見えた。
壁一面の木の棚には、錆びた剣の刃や槍の棒などの古い武器が、箱に詰められて眠っている。石畳の上には、篝火などの、野外で使う器具が、乱雑に置かれているようだ。
廃棄武器庫というだけあり、どれも見るからに古く、「忘れられた倉庫」という名がしっくりくる雰囲気だ。
「奥ってなんですか? こんな足の踏み場もない小さな倉庫、どこにいても同じだと思うんですが」
「まあ、見てくれよ」
床の器具箱を避けながら、大股で奥へ歩くティガルにのあとを、スフィルは進んだ。
倉庫にふわりとただようカビた古い空気の臭いが、鼻の奥を刺激する。
そういえばこの倉庫は、三年にわたる訓練期間で、一度も訪れたことのない場所だと気づく。
ティガルはついに奥の色落ちした赤い絨毯のかけられた壁際にまで来ると、その絨毯を、べろりとめくりあげた。
「じゃーん! こんなトコに、隠し部屋発見!」
絨毯の奥にあらわれた空間を見ながら、スフィルは瞠目した。
どうやら、壁にかけられた絨毯の向こう側は、壁ではなく、人が入れるくらいのくぼみができていたらしい。
「こん中に入って漁ってたら、敵の音に気づき損ねたんだよ」
「ていうか、よく向こうにスペースがあるって気づきましたね」
「まぁな。外から見たときと倉庫の広さが違うから、なんか違和感あったんだよな。そしたら奥に物置がつづいてるっていう。ビンゴだったぜ」
「へぇ……。ティガルのダメ能力って、意外とすごいんですね」
「オイ、なんだそのヒデエ言い草は」
この相棒はときおり、妙なところで洞察力が鋭い。
だが残念ながら、普段は教官の髪が実は鬘だの、教官が訓練生と不倫しているだのと、些末なことしか気づかないので、もっぱら教官の恨みを買うだけの不必要な鋭さとの定評である。
「とにかく、敵を無事に倒せて何よりですよ」
「だな。さすがにオレも、このせまい倉庫で四人相手はキツイと思ってたトコだったからな。危なかったぜ」
「ええ、咄嗟に助けに入ったノワン君様様です」
「そういやアイツ、今のでまた怪我した感じだったか?」
「ええ。こんなゼロ地点で怪我させてしまって、申し訳ないかぎりです。ノワン君が飛び出すより、ボクの判断がもう少し早ければ――」
「いやいや。アイツ、またお前の命令前に勝手に飛び出したんだろ? 自業自得だっての」
ティガルはそう言ってから、ノワンが自分を護るために飛び出したことを思い出したらしい。
「クソ、アイツの自己中っぷりに借りをつくっちまったのが癪だぜ。この借りはゼッテー今日中に返すからな!」
「まあまあ、そんな気負わなくても。困ったときはお互い様。助け合うのが友達ですよ」
「だってアイツ、チームメイトだけど、べつにオレの友達じゃねーし!」
ティガルはくしゃりと顔を顰めながら、頑なに言った。
「じゃあとりあえず、倉庫裏に戻りましょうか。ノワン君の怪我の様子も心配ですし」
「ちょっと待ってくれ、相棒」
ティガルは引き止めると、再び奥の空間へとつづく絨毯をめくりあげた。
「オレの発見が、もしかしたら作戦の役に立つかもしれねえ。――ここでスゲエお宝を発見しちまったんだよ」
「お宝?」
彼が絨毯の裏のくぼんだ場所からずりずりと引きずり出したのは、大きな木箱だった。中には大量の銃器が入っている。ティガルはそこから一丁を取り出すと、得意げにスフィルに見せてきた。
「この銃、廃棄武器のくせに、超絶上物だぜ。しかもまだフツーに動くっていう。スゲーだろ?」
軍部で流通しているマスケットだ。ぱっと見たところ、数年前に王都で開発されたばかりの最新型で、金属部分には未だ光沢が残っている。その銃身をくるくると眺めまわしながら、彼は着火装置をのぞき込み、興味深そうに撃鉄を指先でつまんで動かしてみせた。
そのマスケットはまだあまり使われていないようで、銃床に彫られた真鍮の製造企業のロゴが、倉庫に射しこむかすかな光に照らされ金色に光っている。
「たしかに、眠らせておくにはもったいないほどの良い代物みたいですね」
「だろ?」
ティガルは倉庫の入り口に向かって銃を構え、撃つマネをした。
「これを装備していけば、連中に見つかっても、近づかれずにゴールできるんじゃねーかな」
「えっと――試験に銃を持ち出す、と?」
「威嚇のために数発撃てば、敵サンも不用意には近づけねーだろうと思ってな」
スフィルは相棒の柔軟すぎる発想に、口をつぐんだ。
よく常識では考えられない突飛なことを言い出すのが、この相棒の美点なのだが、さすがにその危険きわまりない作戦ばかりは、許容するわけにはいかない。
「危ないですし、下手すれば一発で試験失格ですよ」
そう。試験云々というより、倫理的にアウトだ。
「ちぇーっ、やっぱダメかぁー」
相棒はガックリと肩を落とした。
「せっかく良い発見したのにな。言っとくけどオレが見つけたこの武器、絨毯をめくらなかったら、一生日の目を見ないままその生涯を閉じるところだったんだぞ。もったいねーよな、せっかくのオレの発見」
ティガルは、自分のアイデアが通らなかったことより、自分の発見が試験に役立てられないことにへこんでいるようだった。
たしかに、ティガルの発見はすごい。壁に絨毯が掛けられているおかげで、その奥にスペースが存在するとは普通想像もしないだろう。
だがだからといって、それを試験に活かせるかは話が別で――
そこまで考えたとき、スフィルは「あ」と声をもらした。
「それだ! たしかに大発見ですよ! ティガルは天才です!」
顔を上げたティガルは、ぽかんと呆けた表情をしていた。
「へっ?」
「絨毯の迷路、想定された状況ではふつうの家の壁なので、それに従って進むのが普通ですよね。でもそれって、よく考えたらおかしくないですか」
「おかしいって、何がだよ」
「だって、もし本当に家の壁が並んだ場所だったらですよ、ボクたちは護衛対象の安全のために、一部壁を破壊して進んだり、あるいは屋根の上を進んだり、なんとか連中に見つからない方法を模索するはずなんです。でもこれは絨毯で即席でつくられた壁なので、そんなことはできない。――だから、代わりにボクたちが突破のためにできることは、ただひとつです」
「まさか――絨毯を、くぐり抜ける?」
ティガルを見上げ、大きくうなずく。
「たしかに敵指揮官の戦略は、複雑な兵法体系に則っているので、出し抜くのは至難の業です。この上なく合理的ですから、おそらく事前に地図を見て、綿密な計画を立てたんでしょう。でもだからこそ、彼はひとつ、重要なことを見逃していた。これこそが、サトリさんの最大の盲点だったんです。――この迷路の「壁」は、実際には壁ではないので、くぐり抜け可能なんですよ」
「なっ……」
一瞬唖然として言葉を失ったティガルだったが、やがて「ハハッ」とおかしげに笑い声をあげながら肩をすくめた。
「マジかよ、そんなのってアリか」
非常識なのはわかっている。でも、諦めるよりは百倍マシだ。
「やってみる価値は思います。――この絨毯くぐり抜け作戦、乗りますか?」
ティガルは歯を見せて二ッと笑い、拳を突き出した。
「乗ったぜ、相棒」
スフィルも自身の拳を合わせる。トン、と小気味の良い音がした。
「行きますよ、ティガル。一緒にボクらの本気を見せつけてやりましょう」




