外伝27話:呪いの言葉 -T'atu Jegana-
'20.01/29 一部演出変更。
'20.08/30 一部修正。
'20.09/14 筋は大方変わっていませんが、またもや演出変更しました。
外伝27話:呪いの言葉 -T'atu Jegana-
* * *
「スゲーぞ、スフィル! これであとはその『盲点』を見つけるだけで、敵の指揮官なんてイチコロだな!」
意気揚々と話すティガルのうしろで、ノワンがこちらに歩いてくるのが見えた。
「だといいがな」
ため息まじりにつぶやきながら、ノワンがスフィルたちのもとへやってきた、その瞬間だった。
突如としてティガルが、顔色を変えてふり返った。その顔は、顔面蒼白だった。
「おま……っ、今まさか、例の言葉を言いやがったな……?」
「は? 何の話だ?」
スフィルは思わず、両手で自分の口をふさいだ。
(しまった、最悪だ……! よりによって、こんなときに!)
「いきなり何なんですか、ティガル」
突然の豹変に唖然としたのは、エズレだった。
ティガルは、ぽかんと先輩を見上げるエズレの前をずかずかと通り過ぎ、ノワンの首に巻かれたストールに、勢いよく掴みかかった。
「いいかげんにしろよ! 世にも不吉な『例の言葉』を言いやがって! オマエがそれ言うと、毎回ロクなことになんねーってのに!」
「はぁ? またお貴族様のくだらないジンクスか?」
ノワンは煩わしいとばかりに目を細めた。
「例の言葉って、何なんですか?」
事態についていけない様子のエズレに、ティガルが口疾に説明した。
「いいかエズレ、世の中にはなぁ、縁起の良し悪しってモンがある。『白い日香花を祭壇に供えると、その家の誰かが死ぬ』とか、『足袋を履いた手で本に触れると疫病にかかる』とかな」
「それ、マジなんですか?」
「なわけないだろ。ただの貴族の迷信だ」
ぎょっとするエズレに、ノワンがため息とともにかぶりを振った。
「で、だ! お前のその『だといいがな』なる呪いの言葉は、直後に不吉を招く、忌まわしき禁断の呪文なんだよ!」
「とか、勝手にイチャモンつけてるだけだろ」
「実績があるんだよ、不幸の実績がよぉ! たとえばこの間の訓練後の野外パーティー、その直前に何が起こった? お前の『だといいがな』の直後に、『数十年来の突然豪雨』で中止になったんだろうが!」
「えっ、まさかあのときの?」
エズレは数ヶ月前の出来事を思い出した。
その時パーティー中止を告げた、警護課副主任教官のアランキムは、王都では見たことのないほど珍しい豪雨に、あまりに動転したらしい。
普段の厳粛で生真面目な教官からは想像もできない単語が飛び出した。
「数十年来の突然豪雨により――」
どうしていきなり「突然死」と「豪雨」をくっつけたような珍妙な言葉が飛び出したのかは、誰にもわからない。だがそうしてその後しばらくの間、その言葉は、憲兵学校で「予期せぬ不幸」を示す流行語として、気の毒な教官の陰で囁かれるようになったのだ。
「おいまさかノワン、この間の『数十年来の突然豪雨』、お前のせいだったのか?」
訝しむ目を向けるエズレを、ノワンは一蹴した。
「なわけないだろ。それが本当なら、俺が天候を操れるって話になるぞ」
「でもオマエの『だといいがな』が呪いの言葉だってのは確かだぞ!」
ティガルは深刻に頭を抱えた。
「『数十年来の突然豪雨』だけじゃねえからな。訓練直後の休憩消滅事件も、夜中の飯抜き事件もそうだった。お前のその言葉の直後に、毎回意味わかんねえ悲惨な目に遭ってるんだよ、オレたちは! なのになんでまた、性懲りもなく言うんだよ! しかもよりによって、最終試験のこの日に! あれほど二度と言うなって言ったのに!」
「そ、それはヤバいな、ノワンのその言葉」
怖気づくエズレの肩を引き寄せると、ティガルが耳元でささやくように言った。
「ああ、そうだぜ。どんなにいい状況でも、こいつの最終兵器『だといいがな』ですべてを窮地へと落とし込みやがる。おぞましい禁断の呪いの言葉だ」
「勝手に俺に変なジンクスをつくるな。迷惑だ」
「迷惑なのはこっちだってんだよ! せっかく今、スフィルの計画がスゲー良いトコまでいってたってのに! オマエが邪魔しなきゃ、スフィルの作戦でオレらは任務成功、すべて万々歳だったってのによ!」
「だといいがな」
「あああああっ! だから黙れっつってんだろ! 不幸が来ちまうだろうがよ、不幸がよぉ!」
ティガルは頭を抱えながら、ガタガタと震えていた。
「能天気に迷信を信じるのは勝手だがな、この場所さえ、無事である保証はどこにもねえ。敵が来たら瞬時に出立できる準備をしておけ」
「でもノワン、ここは敵が来なくて安全なんじゃなかったのか?」
「ここに来たときとは、すでに状況が変わってる。すでに《青獅子隊》が、ここに訪れてるってことだ。もしあいつらが飾手拭を取りに来てれば、少なくともスフィルとティガルは死んでいた。それにこの場所には、連中の『真の目的』があるはずだ。すくなくとも、それに王家の何らかの陰謀が絡んでるのは間違いねえ。何であれ、こんな危険な場所、一刻も早く立ち去るのが妥当だと思うが――」
ノワンはぼそりとつぶやいた。
「ま、変なジンクスで一喜一憂する、お気楽貴族のバカにはわからんか」
「なんだと……? テメエだっていつも護衛班で浮いてんだろ! 護衛で一番大事なのはチームの信頼関係なのに、チームメイトを煽ることしかできねーよな! この煽り性能高い系自意識過剰ぼっち野郎!」
「双方、そこまで!」
ついにスフィルは、二人の間に割って入った。相棒を見つめ、ビシリと倉庫を指差す。
「ティガル、ハウスです! ちょっと倉庫に離れててください」
ティガルは途端に、傷ついた顔をした。
「な、なんだよ相棒。お前だって平気でイヤガラセしてくるこのぼっちのこと、ムカつくだろ? なんでオレだけ――」
「双方とも、お互いに離れて頭を冷やすべきだからです。――班長命令です。ハウス」
きつい口調で言えば、ティガルは黙ってその場に置いていた水筒を腰にさげ、乱暴に十字の小杖を取り出し、ずかずかと倉庫の正面のほうへと歩いていった。
苛立ちを前面に出しながら大股で歩いていく相棒の後ろ姿を見送ると、スフィルはようやく深いため息をついた。
「ノワン君。ボクから個人的にお願いします。ティガルの前であの言葉を言うのは、ちょっと控えていただけませんか」
「まさかお前まで、俺の言葉に呪いがあると信じてるのか?」
「違いますよ。ティガルの場合は――ちょっと本人の前で言うのはアレなんで離れてもらいましたけど――その言葉が、ティガルのトラウマなんです」
ノワンが目を見開いた。
「あいつ、まさかそんなにあの野外パーティー、楽しみにしてたのか……?」
「いえ、そっちじゃなくて――ティガル、ノワン君のその言葉の直後に、女の子にフラれたんですよ」
「フラれたって、あのあとか? 信じられないな、あんだけ両思いだなんだとノロケてたくせに」
どうやらノワンは、その時のことについて憶えていたらしい。
兵舎の談話室にて、ティガルがほかの皆に、意中の後輩の女子との仲について話していたときだった。
「オレは今夜、告白するぜ」
「おおお! よく言った! さすがはティガル、警護課の『お姫様』に告ってこそ漢だぜ!」
「向こうもティガルのこと好きみたいですし、絶対成功しますよ」
そう笑って言ったスフィルに、直後やってきたノワンが、例の言葉とともに話しかけてきたのだ。――だといいがな、と。
そのとき彼は次の日の訓練の荷物分担について、たまたまスフィルに用があったらしく、興ざめさせた空気を意にも介さずスフィルに淡々と事務的な話をしだしたのだった。
「あの事件のあとからティガル、いつもみたいに冗談を言う元気もないほど、相当ショック受けてまして。本人もノワン君のセリフとは関係ないとはわかっているとは思いますけど、でもトラウマになってしまったみたいです」
「それでアイツ、『数十年来の突然豪雨』のときも俺に突っかかってきたのか。――ったく、任務と恋愛事情くらい、切り離して考えろよな」
「今ではかなり立ち直ってるほうなんですよ。例の言葉さえ聞かなければ、思い出さなくなりましたし」
「だから俺に、あの言葉を言うなと」
面倒だとばかりに顔をしかめるノワンに、スフィルはうなずいた。
「たしかに任務と私情は切り離せっていうのが正論ですけど、でも恋愛感情って、そう簡単に切り離せるものじゃないと思うんです」
「それはアイツが腑抜けた貴族だからだろ。少なくとも俺なら、普段から理性で意識を切り離せるし、任務中は任務として割り切れるがな」
「えっ、ノワン君、好きな人いるんですか?」
憲兵嫌いなノワンにしてはあまりに意外だったので、スフィルは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「ちなみに誰ですか? 憲兵? 警護課?」
ノワンは明らかに「まずいこと言った」とばかりに、手で口元を覆うスカーフを押さえ、スフィルから視線を逸らしていた。
「なんでもねえよ! べつにお前には関係ねえだろ」
「たしかに、ノワン君の個人的な事情に、ボクには関係ないですよ。でもそれなら、恋破れたティガルの気持ちくらいはわかるんじゃないですか」
ノワンは側方を向いたまま、沈黙を貫いている。
「ノワン君!」
「わかった、あの言葉を二度と言わねえようにすればいいんだろ。その代わり、俺に恋愛の話を二度とするな」
「はい。ご協力ありがとうございます、ノワン君」
「おいノワン、そんな愛想のない性格だと、意中の彼女にモテないぞ?」
「お前もだ、エズレ! 二度とするな!」
ノワンは高めのやや掠れた声を、これでもかというくらい低くして言いながら、エズレを睨みつけた。
「それじゃ、その件はそれで解決ってことで、ハウスに入れたティガルを迎えにいきましょうか」
スフィルが立ち上がった、ちょうどその時だった。
不意に駆けてくる足音に、スフィルたちふたりはすぐに視線を向けた。
やってきたのはティガルではなく、以前から倉庫の前方で見張りにつていたダカだった。彼は随分と慌てている様子だった。
「ダカ君、まさか――」
「敵、来た」
その一言で充分だった。
全員が打って変わったように真剣な面差しで、黙って耳を澄ました。たしかに、倉庫のほうに近づく複数の人の足音が聞こえてくる。
息をのんで、顔を見合わせる。
誰かがここに、ゆっくりと近づいてきている。
「遅かったか……」
ノワンがぼそりとつぶやいた言葉に、スフィルははっとふり向いた。
「『遅かった』?」
「詳細はあとで話す」
ノワンは敵のいる正面を見据えたまま言った。
こんなところにいきなり敵が来た理由。それについてノワンは、なにか知っているようだった。
ダカはすでに、沈黙のうちに矢をつがえていた。
「やっぱお前の『だといいがな』って、マジで呪いの言葉なんじゃないのか」
恐ろしい形相でノワンを見上げるエズレに、ノワンは忌々しげに舌打ちして、帯から十字杖を引き抜いた。
「んなわけねえだろ。――騒ぐなよ、殿下」
ノワンは音もなく倉庫の壁に寄り、スフィルはその反対側の壁に寄る。その真ん中に佇むエズレを庇うように、ダカが立ちはだかり、弓を引いてかまえた。
正直、この場所での戦闘は最悪だ。
動きを試験官に見せられない上、敵に大声で応援を呼ばれたら最後、大軍がこの野外訓練場の端に押し寄せてくる。そうなれば脱落は必至だ。
通常なら、なんとか雑木林の方角へ逃れて隠れ、敵をやり過ごすところだが、今、まさに不運としか言いようのないタイミングの悪さにより、そうすることができない。
問題は、現在廃棄武器庫の中にいるであろうティガルの存在だ。
スフィルたちが無事隠れられても、ティガルひとりが見つかっては意味がない。この周辺を的に徹底的に探されることになるだろう。
(ティガルは、敵の接近に気づいてる……?)
廃棄武器庫の壁に、じっと耳を押し当てるが、中からは何の音も聞こえない。ティガルがどうしているかも、不明のままだ。
その代わりに倉庫の向こう側から、接近する男たちの話し声が、着々とこちらに近づいてきた。
「ヤツら、この辺りに逃げたよな」
(あれ……?)
彼らの話し方に、スフィルは違和感をおぼえた。
彼はまるで、スフィルたちがこの付近に逃げたことを目撃したかのような言い方をしたのだ。
バクバクと高鳴る心臓の音を鎮めながら、スフィルはふたたび会話に耳を澄ました。
「そこの廃棄武器庫が怪しい。護衛どもがいないか確認するぞ」
「了解」
敵が倉庫に来るなら、仕方がない。もはや、戦うしかない。
声を上げさせる前に、連中を瞬殺するのだ。
スフィルは小声でダカにささやいた。
「ダカ君、合図でふたりを連射できますか」
「了解だった」
ダカが新たにもう一本の矢を矢筒から引き抜きながら答えた。
大切なのは、タイミングだ。
おそらくティガルは、すでに敵の接近に気づいている。彼ならきっと、近づいてきた敵に対して、不意打ちで攻撃を仕掛けるだろう。ダカに狙ってもらうのは、敵が警戒している今ではなく、ティガルの不意打ちで敵がひるんだ、その瞬間だ。
拳を上にあげたまま、聞き耳を立てて静止する。
こちらの援護射撃の用意はできた。あとは相棒を信じて、タイミングをはかるだけだ。
沈黙のなか、倉庫の石畳に踏み出す、敵方の足音が響いた。
(あれ……? ティガル、なんで攻撃しない?)
自分が出入り口が一箇所しかない小さな倉庫におり、敵がそこに足を踏み入れている以上、不意打ちで攻撃を仕掛けないことなど、ありえない。そこで戦わず隠れようものなら、探されて見つかったときに、瞬時に負けが確定するからだ。
ティガルが攻撃を仕掛けない、この状況が示す事実は、ただひとつ。
(まさかティガル、敵の接近に気づいてなかった……?)
気づくのが遅れたら、もはや倉庫の中に身を隠すしかない。
今ティガルが、いつ見つかるかもしれない危機的な状態にいることを、スフィルは無言のうちに悟った。




