外伝18話:五年越しの誓い(前編) -elSakt jex MevHez'ra S'adara-
'20.01/01 新規エピソードおよび演出に変更あり。
'20.08/29 表現を修正
外伝18話:五年越しの誓い(前編) -elSakt jex MevHez'ra S'adara-
* * *
本当の性別を暴露される恐怖に身を縮めながら、恐る恐る尋ねれば、少年憲兵はなぜか、スフィルと同じくらい恐る恐るといった調子でそれに答えた。
「あの、ごめん。すまないことをした。怖がらせるつもりはなかったんだ。人は誰しも、秘密のひとつやふたつあるものだ。君の『秘密』に触れるつもりはないよ。まさか陸軍人の叔父さんのことを、王都の誰にも話していないとは知らなくて――」
やはり彼は、すべて知っている。すべて知った上で、スフィルの思考を読んでいるに違いない。彼の言う「秘密」とは、間違いなくスフィルの性別のことだ。
「いや。思考を読んでいるなんてことはないし、それに俺には、人の秘密をほじくる趣味もないんだ」
彼はまた、いとも容易く思考を読みながら、その行為を否定した。
「ただ単純に、事実を並べて推理しただけで、べつに恐ろしいものじゃ……」
「お言葉ですが、『推理』とは、誰でも理解できる論理に則って展開されるものであり、読心能力を推理とは言いません」
そう。これは「推理」といって良い範疇を超えている。日頃から事実を真実へと昇華させることを特技とするスフィルが、どう悟られたのか理解できないのだ。
推理と言うからには、そこには誰にでも理解できる「論理」が存在しなければならない。だが、彼の「さとり」にはそれがない。
「大丈夫、読心能力じゃないんだ。ちゃんと相応の論理ならあるよ」
彼はまたにっこりと微笑んだ。
警戒して思わず頬がこわばる。まったく思考や感情が読めない相手が、笑っている。そんな状況はスフィルにとって、ただ恐怖でしかない。
彼は眼鏡をかけ直すと、淡々と告げた。早口言葉でも唱えているかのようだった。
「俺は陸軍の従軍経験があるんだ。さっききみが俺に使った絞め技は、まさしく陸軍で習ったそれだったと気づいた。憲兵学校では絞め技は習わないと聞いている。きみが14歳で警護課を卒業予定ということは、憲兵学校に入学したのは従軍最低年齢の12歳で、それ以前に陸軍にいた可能性はない。そんなきみが陸軍の技を知っている理由は、それ以前に人に教わったからだ。憲兵学校で陸軍出身の誰かに教わった可能性も否定できないが、それができる人間がいるなら、ほかの護衛の仲間が知っていたとしてもおかしくない。だが一番小柄で、失敗したときに不利になるきみが奇襲役を買って出ているということは、ほかの護衛仲間は絞め技を知らないか、きみの技術には及ばないかだ。つまりこれほどに正確に頸動脈を狙えるその熟練の技は、おそらく入学以前に故郷で教わったのだろう。とすると、きみのご両親以外の親戚か、あるいは先生か、親しい仲の人に陸軍の従軍経験者がいるということになる」
よどみなく、スラスラと並べられたそれは、あたかも小さな歯車の集合体が、ただ回転することによってより大きなものを動かすように、無数の事実という名の論拠から、数段先の論理へと展開させていた。
「ね、簡単だろう。ただ『事実』という名の歯車を並べて回しただけの、簡単な推理だ」
スフィルは唖然として、しばらく言葉を発することができなかった。
推理。たしかにそれは、正しい論理構造に則っている以上、紛うことなくそう呼ばれるべきものだった。
(うそ、こんなことが……)
ひとつの観察から得られる事実の量が、あまりに膨大だ。結果的にそれは、数段も先の新しい事実を導く推理へとつながっていく。
ただひとつの根拠からひとつの仮定を導きだす、そんな生易しいものではない。途方もない数の事実によって支えられた、絶対的な根拠の基盤。だから彼の推理はきっと、スフィルのように途中で可能性の芽が潰えることがないのだ。
(これが、この人の『推理』)
だからか。
頭で理解するにはあまりに圧倒的なものを見せつけられながらも、心の奥底では、納得していた。
これができるから、彼は《青獅子隊》の隊員なんだ。スフィルの不意打ちにも気づかなかった程度に警戒心がなく、そしてそれほどに力があるわけでもない。そんな護衛としては致命的な弱点を補うほどの、「推理」という強力な武器。だから彼は、王国最強の護衛部隊にいられるのだろう。
類まれな観察眼から推理することを得意とする点で、どうやら彼は、スフィルと同系統の思考の持ち主らしい。
スフィルがこの「さとり少年」に対して、これほどに警戒心を抱くのはおそらく、こちらが彼に関して何もわからないからだけではない。数年程度しか差がないようにみえるこの少年が、スフィル最大の得意分野で勝っていることを、否応なしに見せつけられたからだ。
幼い年齢と身体的ハンディキャップを補う頭脳。それこそがスフィルの唯一にして最高の武器だと自負していた。なのにこの少年は、大して護衛能力もないのに、心を読んだと思わせるほどの圧倒的な観察眼と推理力によって、スフィルの憧れの部隊に入隊している。それも、未だ少年と呼べるような若さで。
本能が負けたくないと思うと同時に、認めざるを得ないこともわかっていた。
推理のイメージこそ違えど、彼の技はスフィルの圧倒的上位版である。
得意とする頭脳戦で彼に勝てるビジョンが視えないのが悔しいが、それでもスフィルは、同業者として訊ねずにはいられなかった。
「ボクの家が商家だっていうのは、どうしてわかったんですか」
「ああ。それは商家のご子息以外で、高価な小槍を1ダース揃える人間はいないし、たとえ趣味で揃えたとしても、持ち歩くことはしないからだ。そんな習慣があるのは、酒場に必ず小槍当盤が置いてある、ゲームの都目都周辺の商家だけだろう。目都訛りはほとんどないようだけど、きみの故郷はそのあたりかな」
見開いた目が閉じられなかった。
ただ観察眼が鋭いだけではない。彼は推理の基となる知識量が凄まじいのだ。
目都は、王都カルタゴの山を越えた東に位置する目都州の州都で、そこそこに大きな都市である。だが、彼が当然のように並べた知識を、王都の市民が当然のように知っているわけではない。
湧水のように自然に溢れでるその知識量に、スフィルは戦慄した。
「ボクの親がボクの従軍に反対してたことは、どうしてわかったんですか」
「そうだな、それは――きみは元の育ちがいいのに、きみの使用している装備品を見ると、それに反してあまり経済的に豊かではなさそうに見える。となると、考えられるのは二択。ご家庭の経済事情が悪化したか、きみがご家庭からの援助を受けていないかだ」
「ではなぜ、後者だと……?」
「その小槍だよ」
少年憲兵が視線で示したのは、スフィルの腰のポーチに入れられた小槍だった。
「その1ダースの小槍を売らずに持っていられるくらいだから、家庭の経済事情で貧乏暮らしになったわけじゃないといえる」
「そうか……そう言われてみれば、たしかに」
たしかに、仮に父の商いがうまくいかずに貧乏暮らしになったなら、娯楽品である小槍は、とうに売り払っていたところだろう。
「経済的に豊かなご家庭から来ているのに仕送りを受けていない理由は、ご両親が従軍に反対していたか、君が親御さんを好いていないか、親御さんが亡くなったかの三択だが、ゲームの小槍こそ持ち歩いているものの、いかにも王都風の頭布の巻き方や言葉遣いから、きみは故郷に対する愛着がないどころか、意図的に隠しているように見受けられる。だからおそらく、ご両親が反対するのでご実家を飛び出して、単身で上京してきたという線が濃厚かな」
「そんなことまで……」
お金がないので、小杖などの装備品は軍からの支給品を大事に使っている。まさか携帯する小槍と今の貧乏暮らしから、無理やり家を飛び出してきたことまで見透かされるとは。
「きみの格好を見れば、ある程度までは想像できるけど、やっぱり決め手は言葉づかいかな。育った環境、普段心がけていること、無意識の間に気にかけていること、言葉には、それらすべての情報が詰まっている」
彼はスフィルをじっと見つめながら、また品のいい微笑みを浮かべた。
「言葉は、人を映す鏡だ。人の意識と無意識の両方が、端的に映し出される」
淡々と紡がれる彼の言葉は、神殿の奥部に座し真理を紐解いた、慧眼の賢者の老成された響きを纏っていた。
同年代に見えるのに、彼は何も「同じ」ではなかった。何もかもが、スフィルの遥か上を行っていた。
(負けてる……完全に)
すべてを見透かす彼の青い瞳と対峙して、スフィルは急に、言いようもなく恥ずかしくなってきた。
たかが憲兵学校で一番というだけで、同年代の憲兵にそれ以上の頭脳をもつ人間はいないと、勝手に思い込んでいた。
(ダメダメだな、ボクは)
《青獅子隊》に入るには、いくら修練を重ねても満足することがあってはならないのに、いつの間にか憲兵学校という狭い檻の中で、今の地位を最上だと思い込んでいたのだ。
(悔しいけど……ボクの得意分野でさえ、まだダメダメなんだ。それを認めないといけないんだ。ホントに悔しいけど、認めなきゃ)
スフィルの衝撃の理由は、ただ少年に推理で言い当てられたことにとどまらない。ゲームの都目都育ちの生粋のゲーマーとしては、この結果は、「推理」という名の頭脳ゲームで負けたも同然だった。
完敗した以上、それを認めなければ、それ以上の成長はない。ゲーマーの成長は、敗北の悔しさから始まるのだ。
握りしめた拳が震えた。
スフィルがひとり沈黙する間、少年はかなり年上であるはずのカリエクと、親しげに話していた。




