神様がいたなら今の私達はいない。
「て、敵襲! 敵襲です!!」
ゼーレン第四区画、防衛作戦本部に警戒中の兵からの一報が入る。
「報告します! 国境の森に帝国軍の大規模な行軍を確認! 隠れる素振りもありません! 数は……えっと。」
「どうしたの。早く言いなさい。」
エリアーナが淡々と報告を促す。その無表情の追及に兵は背筋を伸ばした。
「は、はい! その……ざっと1万以上……木々の隙間から見える行列は森の奥まで続いておりどこが先頭でどこが最後尾なのかまったく視認できませんでした!」
「1万以上だと!? 偵察の小隊でも強襲部隊でもない、完全な本隊ではないか!」
エリアーナの横にいた片眼鏡の男がその報告を聞き声を荒げる。
「カッセル。本隊がくることは想定内。だからこそ我々は城壁の強化をし、特に王国が得意とする結界技術。それを応用したシステム構築をしてきた。その真価が問われる時が来た。それだけの事よ。報告、ありがとう。下がっていいわ。」
エリアーナは感情のない声で淡々とその報告を咀嚼し、兵を下がらせた。その反応を見て、カッセルはかけていた片眼鏡をかけ直すと、やや強めの口調でエリアーナの態度にモノ申した。
「エリアーナ。お前がいくらゼーレンの防衛のためなら冷静かつ冷酷になれるよう調整を受けているとしても、その回答は冷静すぎる。知っていたな?」
光すら感じさせない無感情なエリアーナの視線がカッセル突き刺さる。
「何か問題でも? 情報の有無や出所に関わらず、防衛体制を強化する方針は変わらなかったはずです。何より。私が貴方やゲルド支部長にこの情報を共有する必要はないと判断し、防衛準備を急がせたことはゼーレンの防衛において何か問題を起こしておりますでしょうか? 私は、ゲルド支部長とこのゼーレンのために、命を捧げております。この判断にご満足いただけないのであれば命を絶てとご命令ください。」
まるで機械のように淡々と答えるエリアーナの回答にカッセルの方がひるんでしまう。
「そこまで求めているわけでは……」
「カッセル。いい。エリアーナに他意はない。」
そのタイミングで奥の扉から2mはあるかという巨体の男がリディアの肩に手を回して入ってきた。リディアはその腕を愛おしそうに抱きしめている。その姿を見て、カッセルもエリアーナも敬礼する。
「そうそう、エリアーナがゼーレンのためにならない行動をするわけがないじゃん。何? 疑うの? じゃあまずカッセルが死のっか!」
明るく狂気的な一言にカッセルは肩をすくめる。あははっ、と狂気的な笑みを浮かべ今にも襲い掛かりそうなリディアを男は引き留めるようにぐっと抑えながら、リディアの顔をしっかりと見て優しく、しかしはっきりと言い聞かせるように告げる。
「リディア。よせ。私の長くからの副官だ。お前達新参より上という自負からくる発言だ。今だお前達の扱いがわかってないだけだ。許せ。」
「支部長がそういうのでしたら我慢しまーす!」
その言葉ににこやかに返事をし、すりすりと腕にすり寄る。その様子をエリアーナが苦い顔をしてみていたことはこの場ではカイとトーマスだけが気づいていた。
「まったく。この小娘は調整直後は血の気が多くてかなわんな。」
そう言いながら部屋の別の扉から白衣の小さな老人が入ってきた。それを見てリディアがその老人に声をかけた。
「余計なお世話! ザメックおじさんは、私の玩具作ってればいいんだよ。」
そして突如、そうだ、と思いついたようにリディアはカイに向き直す。
「で? 玩具試せる相手がきたの?」
カイは呆れながら答える。
「玩具ってなぁ……10万の軍隊だぞ……」
その10万、という単語を聞き驚きを見せたのはザメックだった。
「ななっ!? 10万の軍隊ですと!? ややっ! さ、流石にその規模は想定外ですぞ! その規模で弓や斧で城壁を攻撃されては、せっかく配備が終わった魔力防壁システムとて持ちませんぞ!」
焦りを見せるザメックに対し、冷静に、淡々とエリアーナが答える。
「ザメック、そんなに慌てなくてもいいわ。そもそもそれだけの規模で到達できるわけがないわ。その前に戦力を削ってしまえばいい。そして残りを城門で跳ねのければいい。」
「そのための天然要塞だしね。ここは。僕の魔力弓と、この新兵器の爆裂矢があれば、籠城戦は有利だ。城門及び城壁が削り取られきらない規模まで、相手の戦力を削ぐ。その方法を考えればいいだけの仕事さ。」
そのトーマスの言葉を聞いて、リディアが思いついたように声をあげた。
「そーそ。そのためにさ~ 私、1つだけ提案があるんだよね。」
「ほう? どのような提案だ?」
そう尋ねたゲルドに対してリディアは頬を赤らめながらゲルドの顔を見上げ、遊びの提案をするかのような軽い調子で答えた。
「あのねー 私が、今日。連中の野営地にこそっと忍び込んで。武器ぶっ壊しちゃうんだ~」
その提案に脊髄反射のごとく反応したのはカッセルだった。
「却下だ却下。この規模の軍隊で替えの武器などは後方の補給部隊。たとえ隠密性と機動性に優れているお前でもこの規模の後方の補給部隊を強襲しにいっていたら本番の戦いに間に合わなくなるだろう!」
怒りをあらわにするカッセルに対し、リディアはきょとんとしながら言う。
「ううん。最前線だから大丈夫だよ?」
「リディア! お前は人の話を聞いているのか!? どこの世界に、補給部隊を最前線に置く軍隊があるのだ!」
このまま2人に会話させていても話が進まない。そう判断したエリアーナが口を挟んだ。
「カッセル。少し黙ってもらってもいいかしら。リディア。前線に相手の武器があるという根拠を述べなさい。」
エリアーナに回答を求められたリディアは相変わらず無邪気な笑みを浮かべながら答える。
「10万の情報を持ってきた主が、武器は最前線においてあるだろう、ってね。」
その言葉を聞き、エリアーナが眉を顰めた。
「その情報主は信用できるの?」
先ほどまでと一緒で感情がのらない抑揚のない声。しかしその表情は明らかに疑いを強く持っていた。そんなことお構いなく明るく飛び跳ねるようにリディアは言う。
「ぶっちゃけ信用できないよ! あははっ! でもさ~ あったら面白いじゃん!」
「おいおいリディア……流石に言うけどさ。この規模の戦争になると遊び感覚だと死にかねないんだからな……?」
「カイは心配性だね~ 支部長はどう思う? 私はさ~ 最前線は警備甘いと思うんだよね。」
リディアに意見を求められたゲルドはリディアから腕を離し、顎に手を当て考え始めた。時々、幾千もの戦いを乗り越えた証である、顔の傷に触れながら、ゆっくりと口を開いた。
「……確かに。帝国軍の連中は我々のことを侮っている。警戒は、甘いだろう。それに。10万の兵力を使って、何日戦争をするのかを考えれば短期決戦でくることは容易に想像できることだ。最前線にこちらを切り崩す何かを持っていてもおかしくはない。」
「さっすが支部長。私のご主人様。ねえねえ、いっていいでしょ? でしょ? で! 帝国の連中に血の海に沈めてあげるの! あははっ!」
いつの間にかゲルドから離れ、手を広げて楽しそうに笑うリディア。その様子を見てカッセルは頭を抱え、トーマスは口角をあげ、ザメックはため息を付き、カイは心配そうに見守っていた。そんな中、ゲルドが静かに口を開く。
「エリアーナ。私がお前に命を絶てということはない。そう思い詰めるな。」
「はい。申し訳ございません。支部長。」
「その上で、最終決断はお前に委ねる。」
エリアーナはゲルドに向き直し、敬礼をする。
「はっ! でしたら。結論は1つです。」
そしてリディアに向き直す。
「リディア。お願いできる?」
その声は、淡々とはしていたものの仲間に対する信頼がわずかににじみ出ていたように聞こえた。
「任せておいてよ! 必ず成功させて見せるからね!」
軽いながらも敬礼をするリディア。その表情は無邪気そのものであったが、エリアーナを真っすぐ見るその視線は上司に向けるものではなく、仲間や家族に向けるものであった。エリアーナは軽く微笑むと、トーマスに向き直した。
「トーマス。遊撃隊の一部を貴方に預けます。リディアの夜襲が成功したら即離脱するように。多少派手にしてもかまわないわ。後片付けは私がするから。」
「ふむ。考えがある、という事だね。わかったよ。リディアは任せて。君は君の仕事を全うするといい。」
こうして作戦会議が終わり、各々が準備に向かい散開していった。防衛作戦本部にはゲルドとリディアだけが残されていた。
(さーってと……これでいいのかなぁ、どこかから来たかよくわかんない、巫女ちゃん?)
「リディア。」
「ん? は~い! 支部長! どうされました~?」
そういうとゲルドはリディアの頭を優しくなでた。いつもの調整の時のような慰めのような手つきではなく。優しく守る、父親のような仕草で。
「どうしました?」
「必ず戻ってこい。」
リディアはその言葉に目を丸くした。それは、今までなら使い捨ての駒としてしか見てくれていなかったゲルドからの、初めての心配の言葉だったからだ。
「……はーい!」
(神様がいたなら、今の私達はいない。だけど……それを悲しんで俯くぐらいなら、全部隠してみんなで前を向ける道を自分で作るよ。私は。だから全部全部、楽しむって決めたんだから。それがこの人も救えればそれでまた、楽しいよねって思ってた。でもその決断は……エリアーナには、言えないよね。いずれにしても、こんな風に心配されるなら今も今で悪くはないね……神様がいなくてよかったよ。本当、神様がいたなら、今の私達はいないから。)
自室に置かれた左右違う形の手甲、噴射口が付いた妙なブーツ。そして、青紫に輝く四角い立方体がくっ付いている妙な柄のような武器を手に。リディアは夜の戦地へと向かって行った。




