神様! このシナリオ、キャンペーンってことでいいですよね!?
「リディア。先日、支部長に報告していた帝国の『圧倒的軍事力による制圧作戦』の概要。偵察兵が森に来なくなったこと以外で進展はあったの?」
無表情で抑揚のない声。感情が一切感じられない、冷たい眼差しで青みがかった銀髪の前髪が落ちそうになったのを戻しながら一人の女性が確かめるように同じく、銀髪の、しかし赤みがかった髪をシンプルに一つにまとめている一見無邪気な少女、リディアに問いかけた。
「10万だって。」
「は?」
「え?」
「なんだって!」
その場にいたリディア以外の3人が即座にそれに反応を返した。問いかけた主である女性は思考を停止したかのように目を見開き、眼鏡を掛けた青年は眼鏡を直しながら聞き直す。そして黒髪のガタイのいい大剣を背負った青年は重大な事実をしっかり受け止め驚きを示した。そんな3人の反応をリディアはさらりと受け流しながら嬉々として笑う。
「うん。10万。規模は10万! やりがいあるね、エリアーナ! 帝国兵が10万人も殺せるんだよ! ゲルド支部長も喜ぶね!」
にこにこと美味しい食事が待っている、と言わんばかりに声を弾ませるリディアに対して、エリアーナと呼ばれたこの場の主が彼女の前に駆け寄る様に近づき、肩に手を置き揺さぶった。その動きは先ほどまでの、まるで機械のような表情や動きとは思えないほど感情的である。
「リディア! 貴方何言ってるかわかってる!? 10万、10万よ!? ゼーレン騎士団の規模をわかってて言ってる!? 1万。私たちは1万しかいないの。その話が事実なら、一騎当千を地で行くしかない状況だということなのよ!」
焦りに染まる強い口調。言葉。概要を求めた人物と同一とはとても思えないぐらいに揺らいでいた。その様子を見てもリディアはのんびりと思い浮かべるような仕草をしながら
「そんなに言わなくてもいいじゃん。私達4人と、支部長でしょ? あとバルド! この6人で一騎当万すれば残りは4万。1万で4万はキツイはきついけど~ この規模になれば本国から4万もってきてもらえれば勝てるじゃん?」
とにこやかな表情を崩すことなく返答を返した。その様子を見て、腕組みをしながら口を挟んだのは眼鏡の青年である。
「相変わらず滅茶苦茶な計算をするね。リディアは。」
「あ~ トーマス、できないと思ってる?」
リディアはトーマスに全身を使って不満を訴えると、トーマスは口角をあげながら答える。
「いや、我々4人で10万壊滅させることはできなくもないだろう。作戦次第では。」
リディアの計算のさらに上をいく荒唐無稽な計算に呆れながら大剣を背負った青年がツッコミを入れた。
「お前らなぁ……もう少し現実を見てくれよ。犠牲なしに勝てるわけがないだろ。」
エリアーナは諦めたかのようにリディアの肩から手をおろすと、今度は真剣に考え込むように3人の口にした計算が正しいのかの計算を始めた。
「カイの言う通り。私たち全員が死亡するパターンまで計算に入れれば勝ち目がない戦いだとは思わない。しかし。ゼーレンの行く末まで計算に入れる場合、それは得策ではない。」
そこでぴたりと、エリアーナの瞳と表情から感情が消えた。
「強化人間は作れない。ゲルド支部長の命令は絶対。私たち以外の強化人間がいない以上、ゼーレンの防衛安定のため我々強化人間は死ぬわけにはいかない。」
無表情の顔、抑揚のない声。先ほどまで10万の帝国兵がくると焦っていた人物とは思えないほどの急変。他の3人はその変化をすぐに感じ取り、動く。
「はいはい、ストップストップ!」
「エリアーナ、まだ差し迫った問題じゃない。そもそも10万の出所もわかってない。」
急変を日常会話のように流すリディアとカイ。動きはしないもののトーマスも静かに頷き、カイの言い分が正しい、と言わんとしていた。その3人の声色と表情をエリアーナはじっと見つめた。一度俯き、呼吸を整えてから、顔をあげ直す。そして古くからの友人に話すように、エリアーナは言葉を続けた。
「いずれにしてもゼーレンが帝国軍の大規模侵攻を見据えて防衛計画を立て既に実行していることが帝国側に漏れることを、一番警戒しなければいけない。森からの侵入者は帝国兵でなくとも徹底的に管理すること。ダリル先輩には一層の警戒を指示します。また、10万という数を公表することは裏付けがない以上、裏付けが取れるまでは混乱の元にしかならないため、公表しない。例え10万だとしてもやることは変わりはしないから。3人とも異論はない?」
エリアーナに尋ねられた3人は同時に頷く。
しばらくの沈黙ののち、リディアが何気なく口を開いた。
「それにしてもさ~」
「何、リディア。」
「立場的にはダリル先輩はさ、もうエリアーナの下なのにさ。まだ先輩ってつけるのがやっぱりエリアーナは律儀だなって。」
それに対して何かに気が付いたような表情をした後、無表情に戻る。そして淡々と口を開く。
「先輩は先輩だから。」
この反応に一番敏感に反応したのはカイだった。
「こら、リディア。エリアーナを困らせるなって。」
しかし。その言葉に対して即座にエリアーナは制止を入れた。
「困ってなんかいない。」
そう言いつつもつい頭を押さえてしまっていた。
「でも、頭痛いんだろ?」
「……」
隠すつもりなら頭を押さえるなんて仕草をするべきではなかった、とふてくされたような反応を見せるエリアーナの様子にリディアが明るい笑みを見せる。
「あははっ! 困らせちゃったならごめんね~? そんな気はなかったんだよね。ほら~ 変な情報出したの私じゃん? だからさ~ 和むかなってさ!」
「ありがとう。本当に先輩のことは自然に出ただけなの。別に気にしてもいないし、貴方の意図もわかってる。」
「でも、私。エリアーナがエリアーナでいてくれて嬉しいよ。だけど、無理はしないでね?」
エリアーナが静かに頷く。その様子を見守っていたトーマスがもたれかかっていた壁から重心を起こした。
「やれやれ。僕には過去の大事さはもうよくわからないけれど。リディアが大事にしてほしいって言ってるわけだし、守れるものは守るべきだよ。壊れたものはもう戻らないんだからね。」
「貴方が言うと、余計に頭が痛くなるわね。」
「そうかい。それはすまなかったね。じゃあ、僕は空の警戒に戻るよ。」
そういい、壁に立てかけていた弓を背中に背負うとトーマスは部屋から立ち去っていった。
「リディア。貴方もそろそろ配置に戻りなさい。とはいえ、貴方の場合、支部長の調整の時間だから、言われずとも戻るでしょうけど。」
「あははっ! わかってるじゃん! 先日の遠征でね~ 支部長に可愛がってもらえなかったからもう、足りなくて足りなくて。いーっぱい楽しんでくるね?」
頬を赤らめながらいうリディアに対して、若干表情を歪ませるエリアーナ。
「報告はいらない。」
そんなエリアーナの目をしっかり見て、リディアはウインクをし、
「はいはい、じゃあね~?」
そういい部屋から立ち去った。
「はぁ……あいつ、エリアーナがどんな思いで話を聞いてると思ってるんだよ……」
「カイ、いいの。そもそも私が気付かなかったから。私の罪。」
「違うだろ、エリアーナ。これは、支部長の原罪で、俺たちの罪だ。」
「違う。違うわよ。カイ。これは私の罪なのよ……」
うつむき涙を流しそうにするエリアーナをカイは抱き寄せる。
「お前は、いつだって一人で抱え込みすぎなんだよ……」
部屋の中で抱き合う2人。
「だから、言えないんじゃん……」
そんな2人を閉まり切っていない扉の外でリディアは1人、俯きながら見て呟いた。
朝からそんな重大会議が開かれていた一方で。
城塞都市ゼーレン内の小さな小屋の中の牢屋の中で、胡坐をかき、腕を組んで考え込むセーラー服の少女、品日未子。その思考はいつも通りである――
しかしあれよね。これ、現実なのよね。こうして寝て、起きても私はここにいる。……何で? どうやったら戻れるの? 異世界転送のお約束だと死んだり事故に遭ったらなのに私そんな記憶一切ないし。だったら戻る方法も普通提示されそうだけどそれもないし。……TRPGの世界だからTRPG的に考えると、シナリオクリアで戻れるとか? 大前提がかけすぎているからそう考えて違ったらまた考える方がいいかもなぁ……目標なしって辛いし。
そうなると昨日のリディア襲来。どう考えてもシナリオのクライマックス感あった。でも、私はまだここに居る。これはつまり。これはまだシナリオの序盤だって事……あれが!?
「ミコちゃん? 起きてる? 朝ごはん持ってきたけど、食べる?」
あ、セシリアさんだ! そうだよね、朝、起きたら檻の向こう側にセシリアさんが椅子に座って眠ってて、目が覚めたら「そういえば朝ごはんがなかったわね。」って言って取りに行ってくれたんだっけ。ああ、なんか扉を開けてこっちに持ってきてくれる感じ。後光がさして物凄く女神。そもそも、セシリアさん凄く女神なんだよね。見た目。金髪ロングの流れるようなストレートヘアだし。瞳は金色だし。とても澄んだ目してるし。
「ミコちゃん? だ、大丈夫?」
「はっ! お、おはようございます! 今日もセシリアさんは美しいですね! 喜んで食べます! 食べさせていただきます!!」
「そ、そう? よ、よかったわ、今日も元気そうで。」
あれ、戸惑っていらっしゃる。何故? 褒め方がよくなかった? 流れるような艶やかな金髪に、全てを癒す澄んだ金色の瞳、そして全てを包み込む柔らかで優しい声というべきだった?
「ありがとうございます! いただきまーす!」
さて、思考を戻そう。これがまだシナリオの序盤という推察。私はこの異世界転送、TRPGのお約束に従うならシナリオクリアでなにかが起きるはずなんだよね。もしこれが事実であった場合。私はTRPG初心者だから確定はできないけど、ゲームならいくつもやってるから、大体区切りでなにかが起きるだけは共通しているはずなんだよね。多分、ずれてはないはず。乃華ちゃんと数回やってはいるし、間違いないはず。公式以外で、同人シナリオってのも1回だけやったし。忘れてることってないかな?
あ、このパン美味しい。後でセシリアさんに報告しよ。
そういえば、色んなシナリオを見て回った時に乃華ちゃんが解説してくれたんだよね。基本的にシナリオは序盤から終盤に向かって尻上がり式に難易度が上がるものが多いって……そうなると。あのリディアさんとの対決(1D100)より難易度高いのが次々とやって来るって事!? いやあああああ!!! 私、あれマックスでいい! あれクライマックスがいい! オチも完全にクライマックスだったじゃん!
『ああ、そうだ。未子。同人シナリオに関わらず、なんだけどさ。シナリオには単発物とキャンペーン物って言うのがあるんだよ。単発物はその名の通り、1話完結物ってことね。時々続編出す作者さんもいるけどこれ、売れたらとか評判良かったらやるパターン多いね。で、キャンペーン物っていうのは最初から数話を1セットで1つのシナリオとしてるの。このパターンは1話ずつの難易度が徐々に上がってく感じだから今度やってみる?』
……ハッ! そ、そうだ。そうに違いない 神様、これはキャンペーンシナリオ! 昨日のあれはキャンペーンシナリオの第1話の、クライマックス! そうですよね!!? そうでないと、私はこれからどんどん苛酷になるばかり……キャンペーン物なら! キャンペーン物の第1話だったのなら! 第2話のクライマックスシーンまでは少なくともあのヤバさはやってこないというわけで! ……いいのか。それでいいのか、私? どちらも結局、死線をくぐってないか?
「そういえばミコちゃん。」
「あ、はい! セシリアさん! どうしました? このパンとてもおいしいです。手作りですか? なんかちょっと変わった味ですけどこの地方独特の何かが入ってたりするんですか?」
いけない! せっかく女神が用意してくださった朝食を褒めるのを忘れるなんて何たる不覚!
「え? えーっと……手作り、ではないわね。街の巡回の仕事の時にね、商店街の人からよく物を貰うの。でもゼーレンの特産品は使ってると思うわ。ここって他からの輸入って殆ど頼れない土地だし。」
「山道を守るように作られた要塞都市ですもんね。他からの輸入なしでもやっていけるような構造にしないと籠城戦とかも困るからなんでしょうね。でもそうなるとこういう美味しいものを地産地消するわけで出回らない……勿体ない。」
「ふふっ。貴方もそう思う?」
そうだよね、冷静に考えれば騎士であるセシリアさんが手作りだなんてそんな時間ないよね。でもよく貰い物するんだ。街の人とはとても仲がいいってことだよね。なんかわかるなぁ……人付き合い凄くうまそうだもんね。綺麗だし。歩いてたらつい気になってみちゃう。で、なんかちょっとドジやっちゃいそうなそんなふわっとした雰囲気に手を貸したくなる……わかるわぁ……
「……ところで、ミコちゃん。少し真剣にお話しても大丈夫?」
おや? 物凄く真剣そうな顔。真剣な顔も素敵。でもちょっと語弊があるなぁ。私はいつだって本気ですよ! そうだ。気づかれないのって多分そう言ってないからだね!
「セシリアさん酷いな~! 私はいつだって本気ですよ! だって、変な事したら死にますもん!」
「緊張感がないのよ、貴方には! ああ、でも……多分、それが貴方の強みなんでしょうね……」
あ、セシリアさんを泣かせてしまった……割とガチ泣きじゃない、これ。ふ、ふざけてなんかないですよ! 私、私は本気ですから! で、でも~ 実は~
「す、すみません! 確かに親には緊張感ないって言われるし、友達からも言われるんですけど! その。私、本当にきちんと本気でやる時はやりますから!」
周りから緊張感ないは本当よく言われるんだよね。何でだろう? こんなに必死にいつも考えてるのになぁ……
「うん。それは、昨日の一件でわかったわ。」
セシリアさん! 私の事、理解してくれて嬉しい!
「だからね。ミコちゃん。」
うん? なんだろう?
「嘘偽りなく。貴方が話せる限りのこと。話してくれる?」
……そうだよね。避けては、通れないよね。




